第五話 たまたま好きだっただけ
タロウマンを名乗る変質者、もといヒーローは木須を見据える。
「貴様、連続殺人犯の木須透だな⁉ 貴様の悪事、見逃しはしない!」
タロウマンは木須をビシッと指さした。
しかし、コーヒーカップが動いているのでずれていってしまう。そのたびに、彼は指を微調整している。
「少し待て」
タロウマンはそう言って、制御室に入った。
コーヒーカップの回転と音楽がピタリと止まった。
「とうっ!貴様、連続殺人犯の木須透だな⁉ 貴様の悪事、見逃しはしない!」
タロウマンはさっきと同じことを言って、木須を指さした。
仕切り直すのか……。いつの間にか賢者タイムは終わっているようだったが、何か力が抜ける……。
「警察と変質者は殺したことあったけど、そういえばヒーローは殺したことなかったなぁ。ヒーローが死んだら、子供は泣くんだろうなぁ」
「ヒーローは悪に負けたりしない!」
タロウマンが声を張り上げた。
「ねぇ、あいつが死んだら、君は泣く?」
えぇ。急に言われえても……。
「まぁ、いいやぁ。君くらいの男の子は殺したことあるから、先にヒーローを殺そう」
木須はカップから降りて、タロウマンに包丁を向ける。
「いざ」
彼もファイティングポーズをとった。
静寂が訪れる……。すごい緊張感だ。両者、隙を伺って動かない。
俺は思わず、ゴクリと生唾を飲んだ。
「少し待て」
タロウマンが再び、制御室に入った。
「え?」
「えぇ?」
俺と木須はきょとんとして、顔を見合わせた。
少しすると、コーヒーカップが動き出し、音楽が鳴り始めた。
「おうっとぉ」
すぐに止まってしまう。
「あれ、何してるのぉ?」
「俺に聞かれても……」
木須もさすがに困惑しているようだった。
またもや、コーヒーカップが動き出す。今度は音楽が鳴っていない。
止まった。あ、動いた。音楽付きだ。
マジで何してんだよ……。
くるくるとコーヒーカップが回る。カップがちょうど制御室の前に来たとき、タロウマンが窓越しに手で、もう少し待ってくれと合図してきた。
木須が俺の正面に座った。
くるくる。ちゃんちゃんちゃらちゃら。
どうして俺は、殺人鬼と一緒にヒーローが制御するコーヒーカップに乗っているのだろうか……。
木須も暇を持て余して、包丁でジャグリングをしている。こいつ、包丁三本も持ってたのか……。
…………。
「何それ⁉ すっげぇ!」
何、ちゃっかり、特技披露してんだよ⁉ それ、コーヒーカップまわりながらできるもんなのか⁉
「えぇ、ほんとぉ? じゃあ、サービスしちゃおぉ」
気を良くした木須は包丁を増やし、六本でジャグリングを始めた。
「すげぇ、何本までいけるんだ?」
もう完全に遊園地で大道芸を見てるだけになっている気がする……。
「十本までいけるけど、ごめんねぇ、今は六本しか持ってないんだぁ」
「どうして?」
「殺しのときはねぇ、アクマの数字にあやかって包丁を六本持つことにしてるんだぁ。使うのは一本だけなんだけどねぇ」
こいつにも、一応ポリシーというか、流儀のようなものがあるらしい。
あまり、殺しにポリシーとか流儀とか使いたくないけど……。
ふいに、コーヒーカップが動きを止めた。音楽は流れたままだ。
木須が包丁を全てキャッチし、五本は懐にしまった。
「おー!」
俺は思わず拍手してしまった。いかん、いかん。こいつは敵で、大量殺人犯だ。
「やっとかぁ」
俺たちは制御室の方を向く。
タロウマンは、茂みの奥へと消えていった。
「「逃げた⁉」」
もう二度とないであろう、木須と初めて心が通った瞬間である。
残されたのは陽気な音楽だけ。
あいつ、何しに来たんだよ……。
「えーっと、闘い……ますか?」
気まず過ぎて、正面に座る敵に話しかけた。
「えぇ。もう僕、完全にヒーローの気分だったんだけどなぁ……」
そんな、お昼はハンバーガーの気分だったみたいなテンションで言われても困る。
「じゃあ、情報交換しようよぉ」
木須が提案をしてきた。
「え、いいのか?……いいんですか?」
「うん、君はいつでも殺せるからねぇ。それと、僕の方が年上っぽいけど、殺人犯に敬語なんて使わなくていいよぉ。知ってるみたいだけど、僕は木須透。警察に捕まりそうだったから、自分で舌を噛み切ったんだぁ。『夜宵チーム』のニンゲンだよぉ」
ずいぶんとフランクに話すなぁ。こいつ、自殺だったのか……。
「あんたに殺されるわけにはいかない。俺は『廻チーム』の大出鎖矢。てっきり、あんたは『百夢チーム』だと思ってたんだが……」
「本当だよぉ。ほらぁ」
彼が端末の画面を俺に向ける。
「真っ暗だぞ」
「えぇ、ちゃんと、『夜宵チーム』のメンバーが出てるよぉ」
木須は自分の画面を確認する。
つか、敵チームにそれ、見せちゃダメだろ。 ん、見せちゃダメ?
「なぁ、これなんて書いてあるか分かるか?」
俺は自分の端末のホーム画面を見せた。
「さぁ、電源入れてくれなきゃ分かんないよぉ、あ、もしかして」
なるほど。そういうことか。
「自分の端末は他の人には見れない」
「だねぇ。これで、能力や、チームメイトの情報漏洩を防ぐわけかぁ」
「あんた、思いっきりしようとしてただろ」
「名前くらい知られても問題ないでしょぉ。これ、味方同士だとどうなるのかなぁ」
「分からない。まだ、敵にしか会ってないんだ」
「タロウマンは味方じゃなかったのぉ?」
「あんなの知らない」
「タロウマンの能力って、たぶんタロウマンに変身することでしょぉ。だったら、分からないじゃない。ちょっと端末を見てよ」
「確かに……。だけど端末見ても、味方の能力までは分からないぞ」
「端末のチーム表はね、人と会うと更新されるんだよぉ。鎖矢くんに会った時も、『廻チーム』の?マークが一人分、『獲物』に変わったもん」
彼は自分の端末を操作する。
「ほらぁ、『獲物』から、『大出鎖矢』に変わってるぅ」
いやだから、見せられても画面真っ暗なんだよ。
つか、獲物って……。
俺も端末を操作すると、確かに、『夜宵チーム』に木須の名前が登録されていた。
そして、『百夢チーム』に『タロウマン』が登録されている。
「タロウマンは『百夢チーム』かぁ」
木須が言った。
なるほど、チーム表は一番馴染みのある名前で表記されるのか。
だから、鯨伏さんは俺にとって、より馴染みのある芸名で表記されたんだ。
名前を知らないと『獲物』など、自分の感じたように表記される。本名を知っていても、より馴染みのある名前が優先される。
「タロウマンはさすがに本名じゃないよな」
「だろうねぇ。これを見る限り、死んだのはまだ、僕が殺した一人だけみたいだねぇ」
……。
「なぁ、気になってたんだが、俺より前に誰かと戦闘になったのか?」
血まみれのトレンチコートを見る。
「いやぁ、鎖矢くんが最初だよぉ?」
「なら、どうして、血まみれなんだ」
「言ったじゃん。僕がおじいさんを殺したんだよぉ」
「老川さんは同じチームだろ? どうして殺したんだ⁉」
「最初、部屋に閉じ込められたでしょぉ」
「ああ」
「あの人、僕が殺人鬼だって言う理由だけで、僕のせいにして部屋にあったナイフを向けてきたんだ。ひどいだろぉ。だから、殺しちゃったぁ」
老川さんはゲームが始まる前から死んでいたのか……。
正直、日ごろの行いのせいだとも思う。
「確かにひどいかもしれない……。でも、チームメイトくらいは殺さないでほしかった……」
敵チームを殺すのはルールだとしても……。
「分かったぁ。殺さないよぉ。残り三人のチームメイトは大事にするよぉ君の仲間も『百夢チーム』を全員殺すまで、手を出さない」
すんなり、彼は答えた。
「本当か?」
信じられない。信じられるわけがない。
「もちろんだよぉ。僕は殺し以外、悪いことはしないってきめてるんだぁ。だから、嘘はつかない。約束はちゃんと守るよぉ」
「殺しも止めてほしいんだが……」
「それは無理だよぉ」
木須が小指を差し出してきた。
指切りげんまんだ。
「僕ねぇ、こんなに楽しいのは初めてなんだぁ。みんなが野球やゲームが好きなように、僕はたまたま殺しが好きに産まれて、小さい頃から、虫に始まり蛙に小動物と成長するにつれて、どんどん大きな生物を殺すようになった。そしたら、大人も子供もみんな僕を気味悪がった。そうしていつの間にか、周りには誰もいなくなってたんだぁ」
「それはそうだ。で、ついにニンゲンに手を出したと」
「うん、全然知らない人を殺した。その時、返り血を浴びて思ったんだぁ。なんてあったかいんだろうって。それから、僕は寂しさを紛らわすために人を殺すようになった。でも、みんなすぐに冷たくなっちゃうんだぁ」
……歪んでいる。ぐにゃぐにゃに。めちゃくちゃに。どうしようもないくらいに。
「でもねぇ、鎖矢くんと鬼ごっこして、かくれんぼして、一緒にコーヒーカップに乗った。僕のジャグリングまで褒めてくれた。本当に楽しくてうれしかったんだぁ。ありがとう」
木須は子供のような純真無垢な笑顔を俺に向けた。
「破ったら針千本じゃ、すまないからな」
俺は彼と小指を絡め、指切りをした。これで、お互い『百夢チーム』以外に手を出せなくなったわけだ。
「へへへぇ、なんか友達みたいだねぇ」
「冗談じゃない、ただの同盟だ」
「同盟かぁ。なんか秘密結社みたいだぁ!」
無邪気にバンザイをしている。
変な奴に気に入られてしまった……。
さて、ここからだ。
「情報交換の続きだ。もちろんお互いのチームに不利にならない程度にでいい」
「んーと、鎖矢くんは彼女とかいるのぉ?」
「はぁ、あんたに何でそんなこと教えなきゃならないんだよ」
俺の言葉に木須はがっくりと肩を落とした。
「……いるよ」
「じゃぁ、死に別れぇ? かわいそうに……」
「いや、一緒にトラック事故で死んで、同じチームにいるよ。今度は絶対に守る」
「それで、頑張ってるんだぁ。ロマンチックだぁ。彼女さんはかわいいのぉ?」
「世界一かわいい」
「へぇ、会ってみたいなぁ」
「人の彼女を盗ろうとするな」
「違うよぉ。鎖矢くんがすごく真剣だからぁ。愛されてるんだなぁって。彼女さんは幸せだねぇ」
何で、恋バナなんて……。
「そうだぁ! 彼女さんに僕がちょっとだけ傷をつけるよぉ。そうすれば、はぐれてもすぐ探せるよぉ」
「ダメだ。残り二チームになったとき、彼女に危険が及ぶ。そもそもあいつにはかすり傷だってつけさせない」
自分でも驚くほど、冷たい声がでた。
「ごめんよぉ。怒らせる気はなかったんだぁ。そうだよねぇ、大事な人が傷つくのは嫌だよねぇ」
その辺の倫理観はあるのか……。
「いや、せっかく考えてくれたのにすまん……」
何、謝ってんだ。相手は殺人鬼だぞ。
「それなら、彼女さんを一緒に守るよぉ。殺しと逃走には自信があるんだぁ」
「知ってるよ……」
「へへぇ」
「褒めてないぞ」
はぁ、こいつと話すの、すごく疲れるな。
「ねぇ」
「何だよ」
「残り二チームになったらさぁ、一騎打ちしようよぉ。鎖矢くんのことは、やっぱり僕が殺したいなぁ」
「嫌だよ。俺は誰も殺す気はない」
「そっかぁ……。でも、殺さないと殺されちゃうよぉ? 生き返るために、きっとみんな手段を選ばないよぉ」
そんなことは分かっている……。
「どこかで覚悟を決めなきゃぁ……。彼女さんを守れないよぉ」
…………。
「もたもたしてると、僕が殺しちゃうかもよぉ」
「冗談でも二度と言うな」
俺は彼を睨みつける。
「その意気だよぉ。鎖矢くんの能力は応用が利くからねぇ。鏡は色んなことに使える」
「……そうだな」
俺の能力は鏡じゃない。けれど、木須には言う必要のないことだ。
「光を集めて火をつけたりさぁ」
こいつは会ってから、ずっと楽しそうだ……。
「少年! よく持ちこたえた! 私が来たからにはもう安心だ! なぜなら、私が正義から産まれたタロウマンだからだ!」
突然大きな声がコーヒーカップ全体に響き渡った。
入口にポーズを決めた、タロウマンが立っている。
「「もう、お前何がしたいんだよ⁉」」
タロウマンのおかげで、再び木須と心が通った。