9/ 慈悲無き葬列
不定期更新です。
/1
「Sīþīn nama gehālgod」
演奏と祈りに伴って告別式が始まる。
黒い波のように雪崩れ込む葬送隊が黒馬の嘶きと共に聖別された得物を振り翳す。
その度に地面に横たえられるクラウィス族の戦士達。
「Tō becume þīn rīce. Gewurþe ðīn willa on eorðan swā swā onheofonum」
葬儀は滞りなく進む。だが式典は一切の熱を帯びず、ただ悼むように冷たく静かに奏でられる。
風葬は進む。黒い群れが地を覆う様はまるで鴉が屍を漁るよう。
星の光を浴び、散を乱しながらも毅然と抗うクラウィス族。
だが死とは理不尽にして絶対。
如何に武勇に優れようとも、それが命であるのなら、やがて滅び朽ちゆくが運命。
「Ūrnegedæghwāmlīcan hlāf syle ūs tōdæg」
草原は瞬く間に墓場へと変わっていく。
陽が陰り、夜が訪れるのと同じように、死から逃れる術を人は持たない。
巡る季節のように、万物が流転するように、ただ滅びを時を待つのみ。
「And forgyl ūs ūre gyltas,swā swā wē forgyfað ūrum gyltendum」
崩れることなく葬列は続く。
葬列者達は死者を尻目に突き進む。
「And ne gelǣdþu ūs on costnunge, ac ālȳs ūs of yfele」
ロンギバルは咆哮し、自慢の大斧を振り回す。
だが抵抗虚しく黒い盾に弾かれ、愛馬に槍が突き刺さる。
重力には逆らえず落馬するロンギバル。周囲の全てを闇に囲まれては立ち上がることすらままならない。
せめて斧を拾おうと手を伸ばすが、黒い馬に踏み砕かれ葡萄酒が地に振り撒かれる。
そして──馬上から槍が殺到し、ロンギバルの全身に余すことなく吸い込まれていく。
苦悶は無い。ロンギバルは己の身に起こったことを認識する間もなく天使に身を委ねた。
「────Sōþlīce」
演奏と祈りが終わる。
同時に鉄と鉄がぶつかり合う音も止まる。
──式典は滞ることなく遂行された。
「……終いか。その魂に憐れみあれ」
それを見届けた二つの星は何の感慨もなく最後の祈りを口にする。
そして葬送隊を連れて更に遠くに突き進んでいく。
一面に溢れた葡萄酒。固い土に突き立つ剣の群れ。
そして──風に曝される魂無き戦士達。
そこは、この上なく集団墓地と言うに相応しい場所であった。
/2
────地獄。
この光景を形容するのならば、そう言う他ないだろう。
クラウィス族は都市を持たず、古くからの暮らしを保持する保守的な部族であった。
その歴史は長く、かつての帝国が建国された時には名が知られていたほどだ。
帝国が全盛期であった時、北方諸族征服に乗り出した時には連合を組み、帝国に抗ったと記録に残っている。
だが────それも今日この日が最後。
族長ロンギバル共々主力を撃破したケルサス軍は翌日にはその本拠地に攻め込み、残存した兵を容易く撃破しながら彼らを蹂躙する。
まず集落を取り囲み、民衆の脱出を不可能にしてから行動に出る。
手向かう者は容赦なく殺し尽くし、女子供は鎖に繋いで奴隷とし、家畜や穀物に装飾品といった財産を一つ残らず略奪した。
そして集落に火を放ち、たちまち一面を煉獄に変える。
更にその部族のシンボルを破壊する為にあらゆる宗教施設を破壊し、生き残った民衆の眼前で聖樹を切り倒す。
そして最も過酷な運命を背負ったのは神官達であった。
彼らは民衆の前に引き立てられ、まず最初に改宗を強いられた。
当然、神官はそれを拒絶する。
ケルサス軍はそれを見越した上で見せしめを行う準備を既に終えていた。
改宗を拒んだ神官は集落の最も高い丘に連れて行かれ、民衆の目前で処刑されることになるのだ。
まず刑吏は棍棒を持ち出し、神官の四肢を砕き折った。
あまりの激痛に喚く神官を尻目に刑吏は木材で組んだ簡素な十字架に彼らを括り付ける。
そして足元に油を染み込ませた藁を敷き──火を放った。
獣にも似た叫びが夜に残響する。
吹き付ける風によって火の勢いは弱まり、神官達に残された最後の救いを遠ざけていく。
やがて強風で炎は消えてしまうが、神官達はまだ生きていた────否、生かされていた。
皮膚の大部分は蝋のように溶け、殆ど人型の炭に成り果てながらも彼らは口を魚のように開閉し、不可能になった皮膚呼吸を補う為に必死に酸素を吸おうとする。
彼らの火傷は大部分が第二度で、最悪なことにまだ痛覚神経が焼け残っていた。
その為風が吹くたびに焼け爛れた皮膚が軋み、激烈が痛みが舞い戻ってくる。
叫ぼうにもそれだけの酸素は取り込めず、声帯も殆ど焼けてしまい機能していない。
────彼らは悶えながら、己を助けぬ神を呪いながら最期の刻を願うしかなかった。
「どうだ! これでもまだ貴様らは戦神とやらが助けてくれると思うのか!?」
エオウルフが残った神官と改宗を拒む民衆に呼び掛ける。
彼は人を救い、奮い立たせるのが信仰ならば、人を怯えさせ、従わせるのも信仰であることを知っていた。
そして────こういう場において頑迷な信仰がどれほど無意味で馬鹿げているかすら、同様に知悉していた。
「神は全てを見ているが貴様らを救いはしない! それは貴様らが我らに抗ったからだ! 我らこそ主の眷属、神罰の代行者なり! もし尚も歯向かうならば、神が慈悲をお与えになるか試してくれよう!」
恐怖の処刑を見届けた者の内に、最早拒む者は一人も居なかった。
彼らは恐怖のままに帰順し、その場で洗礼を受ける。
これこそが大王の得手とするやり方だった。
まず平和的に交渉し、次に武力をちらつかせ、帰順したならば徹底して厚遇する。
対して歯向かおうものなら容赦なく攻撃し、その部族の文化を消し尽くし、存在した痕跡すらも残さず破壊する。
そうして飴と鞭を使い分け、恐怖と利益で人心を掌握する。
故に彼らと相対する者は完全な破滅か制限付きの栄光かを選択することになり、結果として抗うことなく帰順する。
そう、恐怖と惰性こそが人間の最も大きな原動力であると大王は知り尽くしているのだ。
そうして僅か数日で北方最も蛮勇を誇った部族を壊滅したケルサス軍は、住民を鎖で連行しながら悠々と帰路に就く。
またしても、大王は大陸制覇へと前進したのである。
────だが、彼らは知らない。
彼らこそ、大王とは異なる意図を持つ誰かの掌の上で踊らされているに過ぎないのだと────。
今回で七星候登場編は終わりです。
細かい描写に拘った結果、蹂躙シーンが中々にえげつなく仕上がりました。
でもまあコンキスタドールよりはまだマシな気が……。
もし良ければ感想や評価をお願いします。その一つ一つが作者の糧となり燃料となります。