8/ 轟く極星
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クラウィス族は数は少ないものの、類稀なる勇猛さによって独立を保っている高潔な部族である。
時に残虐な死によって、時に厳格な掟を課すことによって彼らは部族のアイデンティティを守り抜いてきた。
そして彼らは今回もそうすることを選んだ。それまでもそうであったように。
だが──それこそが最後の選択であったのだと、彼らは今際の際に悟ることになるのである。
「族長! ケルサスの軍勢が動き始めました!」
「来たか! 皆の衆、構えよ!」
屈強にして精強なるクラウィスの軍勢。
その先頭に立つ一際強壮な巨漢が声を張り上げる。
彼こそ名高き族長ロンギバル。高潔なる戦神の血統を継ぐと言われる一族の当主である。
それと共に五千を超える戦士が咆哮し、ある者は馬に跨り、ある者は盾と槍を手に徒歩のままに敵陣に突き進んで行く。
──その直後。
彼らは突如として顕現した灼熱の星に呑み込まれた。
◇ ◇ ◇
クラウィス族の領土に向けて進軍する星を冠する軍勢。
その中でも一際目立つ軍団があった。
銀のラメラーアーマーの上に漆黒のローブを纏い、顔を黒い兜で覆った不吉そのものを象徴する暗黒の軍団。
その名も"葬送隊"。
大王キルデリックの親衛隊である彼らは、同様に七星候に指揮されることもあり、少数ながらも圧巻の武練によって敵に絶対の恐怖を与える。
大王の王権の象徴であり、戦場における凶兆である彼らに相対して死を免れた者は居らず。
それ故に彼らは葬送隊と呼ばれるのだ。
彼らの先頭に立つは武においては無双と言われる"極星のバルタザール"。
そしてその総大将にして七星候の長たる"凶星のエオウルフ"。
ケルサスの軍勢はなんと八千。
それはクラウィスの軍勢を遥かに超える数であり、決して敵を見くびることのない大王の慎重さの表れである。
「なるほどな、この気迫──流石の勇猛さだ。我らが駆り出されるは道理か」
「ああ、遺産の開帳も許されている。まったく、大王も思い切ったことをやるものだ」
二つの星はその手に遺産と呼ばれる兵器を手に敵と相対する。
その後ろには悪名高き葬送隊。相手が如何に強壮な軍隊であれ、もはや勝負は決したも同然だ。
この異形の兵器の力を前にして、尋常な戦力など意味を為さない。
何故なら──それは本来ヒトが手にしてはならぬ混沌の力なのだから。
葬送隊を筆頭にケルサス軍は進撃の刻を待つ。
緊張が引き絞られた弓のように限界に達したその時、バルタザールが己の得物を手に言祝ぐ。それに連れて槍の封印が解除されて行き、剛槍の真の姿が露わになる。
「Mann wæs fram Gode āsend,þæs nama wæs Barthasar.」
バルタザールが槍を構え、全身の筋肉を激烈に引き絞る。
──閃光。
瞬間、剛槍に周囲の大気が吸い寄せられ、槍が凶々しく、されど神々しく輝き始める。
その輝きはまさしく一等星。極星と呼ぶに相応しい輝きを湛えた剛槍は臨界に達し、放出の刻を今か今かと待ち続ける。
あまりの光景に敵味方を問わず戦場に怖気が駆け巡る。
頭ではない。身体が、本能が理解してしまうのだ。
──あれは、ヒトの世に有ってはならない力なのだと。
「我は第一の槍を投じる者なり。続くを拒むならばただ死あるのみ!」
斯くして極星は投げられた。
「──行くぞぉぉぉぉ!」
族長ロンギバルはケルサスの軍勢が姿を現した瞬間、突撃を命じ鬨を上げる。
それと共に騎兵隊が地を蹴り、草原を疾駆する。
──だが。
先頭に立つロンギバルの遥か後方、軍勢の中央で駆ける兵士の幾人かが何かを目にした。
それは飛翔物だった。
それは輝きを放っていた。
──それは星のようで、例えるならば一等星。
それは途轍もなく迅く、まるで星が落ちて来ているようにすら思えた。
輝きは強く、直視することも叶わない。
けれど強く、より強くそれを凝視する。
星が間近に迫る。とても熱くて眩しくて我慢できない。
そこで漸く理解する。
それは──どうしようもないほどに『槍』でしかなかった。
──極光が迸る。灼熱が駆け巡る。──遅れて轟が響き渡る。
その全てを覆い尽くす閃光に、誰もが目を覆った。
葬送隊も、ロンギバルも、鳥や馬や虫でさえも。──エオウルフとバルタザール以外の誰もが須く等しく悉く。
耳は聴こえない。
あまりの轟音にクラウィスの者達は音を失い、直視してしまった兵の目も白く焼け付いてしまった。
永遠にも思える刹那の後、両軍が光を取り戻す。
──驚愕。
あれだけ戦場を騒がしていた鬨の声は既に無く。
死んだような静寂だけが場を支配する。
クラウィス軍の中央を見遣る。
そこに居た筈の千人は塵一つ遺さず消え失せ、代わりに隕石でも落ちて来たかのように抉れた大地だけが在った。
クレーターの周辺は劫火に包まれ、幸い光に飲み込まれなかった兵士達も灼熱に苦悶の叫びを上げ、駄々っ子のように地を転げ回る。
「な、何、が」
ロンギバルは後方の惨状を目にし、狼狽する。
先頭の兵士達も同様だ。
無理もない、いや当然の反応だろう。
理不尽が常の戦場であっても、よもや唐突に星が落ちるなど誰が想像出来ようか?
そう、出来はしない──ケルサス軍を除いては。
「──res vale」
それを見届けたエオウルフは典礼言語で厳かに令を下す。
同時に喪服を纏った葬送隊の従者が楽器を持ち出し、鎮魂歌を奏でながら祈りを始める。
「Mōdor ūre þū þe eart on heofonum」
演奏と共に葬送隊が敵陣に躙り寄る。
その一糸乱れぬ疾走はまるで一つの巨大な影のよう。
日光すら拒む黒は、夜よりもなお深い闇。
黒い石碑ではないかと錯覚するほどの黒馬に跨ったそれらは、まさしく告別式に相応しい色を帯びている。
彼らは疾る──今日この日、クラウィス族に別れを告げる為に。
敵陣営のデモンストレーション。
この辺りからファンタジー要素を出していこうと思いますが、なんだかインフレさせすぎた気が……。
それではまた次回。