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月下の亡霊、異世界に立つ  作者: 旧世代の遺物
1/18

1/ 出逢い

 こんにちは。初めての異世界モノです。

 未熟故に誤字や文法ミス、統一されていない表記が散見される拙作ですが、皆様の楽しみになれば幸いです。

 主人公は一般人ではないので悪しからず。


 また、不定期更新ですので投稿に間が空きますがどうかご了承ください。



    /-



 ──その出逢いを憶えている。

 煌々と翳りを知らぬ月光の下、わたしはソレに出逢った。

 満天の星明かりすら拒むソレは夜にも似た深い闇。

 輝く月夜に照らされ色濃く人型を作り出しているソレは、果たしてどちらが影であるのかすら判らない。

 草木を濡らす露は赤黒く、それに濡れた影はより昏い。


 初めてその瞳を見た。初めてその瞳で見られた。

 深海のように暗い瞳は、不思議とただわたしの姿をくっきりと映し出している。

 意思は決して解らない。

 意志は決して通じない。

 されど遺志だけ残し合う。


 それがわたしとソレの始まり。紛うことなき黎明の夜。

 もはや遠い記憶となったそれがいったいいつの事だったかは思い出せないが、わたしが最期に思い起こす光景もおそらくこれなのだろう。

 その在り方をわたしは斯くの如く定義した。


 ────月下の亡霊、と。



    /1



 ──なんて月が綺麗な夜だろう。

 

 秋の夜のこと。

 わたしは月を見ることが好きだ。

 何故かと言われるとどう答えていいのか分からないが、それは誰もが同じ答えを返すのだと思う。

 こじつけめいてはいるが理由を付けるとしたら──それはきっと、失くすことがないからであろうか。


 わたしに父は居ない。

 かつて帝国の将校であった父は五年前の戦いで死んでいった。

 その時わたしは──地獄とはこんなにも近いのだと知った。

 太陽はいつも燃えるようで──いつもとても灼けるようで。

 そうしてわたしは今ここに居る。

 

「──おい」


 掛けられた声に振り向く。


「もう誰も起きていないぞ? 物好きな奴だな」


 声の主はよく見知った顔。旧帝国の臣民にとっては忌々しいであろう金髪碧眼で長身の青年。

 ──名前は確かアルベルトと言った。


「今日は寒い。お前も早く寝た方が良いぞ」

「そうですか。そう言う貴方こそお疲れでしょうに」


 大方、夜の見廻りに来たのであろう彼は槍の名手であり、同時に部族有数の美男として名が通っている。

 貴族身分である彼が卑賤なわたしなどの心配をするのは些か奇妙ではあるが、その身分を問わず公正に人と接する態度はわたしとしても好ましいと言えるものだった。

 もっとも、月が見えるまで起きていることの少ないわたしが今も起きているということが珍しいからなのだろうが。


「なに。お前の働きぶりは目に余る程だからな。それに──今宵は何故だか不穏な気配がするからな」

「──気配? 夜が不穏であるのは常ですが──」


 ──轟音。

 まるで脳に直接響いてくるような、落雷じみた轟。

 そこで周囲を見回す。

 だが誰も起きてはいない。もしかするとわたしにだけ聞こえたのかもしれない。


「おい! どこへ──」


 制止を無視して音の聞こえた方向に駆ける。

 音源はきっと下の牧草地か。


「──これは」


 そこはまるで隕石でも落ちたかのように抉られており、その中心にはなんと人らしきものが倒れ込んでいる。

 性別は男だろうか。これだけの衝撃の中心に居たにもかかわらず、外傷は一つも見当たらない。

 それだけでも異様極まる事態であるのだが、男の外見はなお奇天烈なものだった。

 膝丈まである黒い羽織。どこの民族の型式ともいえない特異な装束。

 ──ソレはまるで、空から落ちてきたかのよう。


「何にせよ、放っておくわけにはいきませんね…… 」


 おもむろに近づき、その軀を抱えようとする。

 だが華奢に見えるその外見とは裏腹に、男は重かった。

 どうしたものかと考えあぐねていると、アルベルトが駆け寄ってくる。


「──なんだソイツは? 空から落ちてくるなど、まさか隕石ではあるまいに」


 驚愕は当然だ。

 わたしも彼もまさか突如として人間が出現するなどと思ってもいなかったのだから。

 

 そこで男の顔を見る。

 東方の騎馬民族と似た、掘りの浅い顔立ち。だが彼らとは違い浅黒くも黄色くもない肌は月光に照らされ、白く輝きを放っている。

 似ている外見の民族と言えば──かつて帝国が交易していたという、極東の島国あたりの人種だろうか。

 だが今や帝国は崩壊し、東方との繋がりは途絶えて久しい。

 ならば何故このような者が一人現れたのか。


 さらに謎を呼ぶのは背中に差している曲剣だ。

 大型のスクラマサクスにも匹敵する大きさを誇るそれは、黒く塗られた鞘に収まっており、見たこともない文字が金で鋳込まれている。

 このような武器はどの文献にも見当たらなかった。


 現状、男について判明していることはなに一つ有りはしないが、まだ男には息があった。

 ならば、この機会を逃す手はない。


「アルベルト殿、如何しますか? このまま放っておいては何らかの損益を被りかねませんが」

「……確かに、そのような珍物を捨て置くのは惜しい。良かろう、運ぶぞ」


 アルベルトはその屈強な体躯に相応しい筋力で軽々と男を抱える。

 医術の心得がある者なら誰もが知っていることだが、意識の無い人間とは尋常ではなく重い。それも筋肉の付いた男であればなおさらに。

 今日は彼が居てくれて幸いだった。筋力の乏しいわたしでは精々引きずっていくしかできなかっただろうから。


 この男が何者かは判らない。

 されど、もし目覚めた暁にはこの混沌の時代に大きな旋風を巻き起すような気がしてならなかった。

 ──きっと誰に讃えられることもなく、名を残すこともなく──。



 ◇    ◇    ◇



 翌日。

 あの異装の男は空いた宿舎に収容することにした。

 辺鄙な拠点である此処の部隊長にアルベルト自身が打診して、特別に許可を与えてもらってのことだ。

 わたしは数少ない医術師であるため、奴隷という身分でありながら下手な農民より余程厚遇してもらっている。

 ……その所為で族長コーバックから直々に本拠地から離れた軍事拠点に移されてしまったのだが。


 傷病者の看護の合間にあの男の様子を見る。

 安全の為武器は取り上げられてはいるが、自由と公正を重んじる北方民族らしく、縛られたりしてはいない。

 男は未だ目覚めない。

 その容貌はさながら人形の様で、こうしていると死人も同然だ。

 わたしは何故か──意味も無くその様を眺め続けている。

 一度足りとも言葉を交わしたこともないというのに、男は自身が属しているであろう民族の中でもとりわけ異端であるのだと推測できる。

 そしてその在り方は──久しく忘れていた他者への関心を呼び覚ますには充分過ぎた。


 結局、その日はそうやって無意味に時間を潰すこととなった。

 どのみち、わたしにとって意味のある事柄など自己保身程度しか有り得ないのだが。



 ◇    ◇    ◇



 夜。

 大きな悲鳴で目が覚めた。

 どうやら近隣の部族の夜襲らしく、戦士の青年が奴隷や牧者に避難を促す。

 考え得る限りおよそ最悪の目覚めを迎えたわたしは、それに従って粛々と戦火から離れようとする。

 だがその前に、あの黒い青年のことが頭を過る。


「……すみません。ワタシはともかく、あの男はどうするのです? 捨て置くのですか?」

「そんな場合か! 連れて行くなら好きにしろ! もとよりお前が──がぼぁ」


 言い終わる前に小型の投げ斧が首に突き刺さる。

 その投擲に特化した形状の斧を見る限り、敵はフェルム族で間違いないだろう。

 まあ、この混沌とした時代だ。いずれはこうした事が起こるとは思ってはいたが、まさかこんな最悪の時期とは。

 何が最悪かって、これではあの男を捨て置く他に生き残る手段が無くなったということだ。

 

 ──どうしてだろう。命が掛かっているというのに、わたしはあの男を見捨てるのを躊躇っている。

 あんな何処から来たかも何者かも判らない人物など、どうなったところで知ったことではなかろうに。


 それに──自分がこのような地獄でも平然としていることが苛立たしく思える。

 五年前からというものの、わたしからは他者への関心や共感といった人間的な情がおよそ欠け落ちていた。

 背後を見れば飛び散る血潮が、散らばる四肢が、連れ去られる女奴隷の姿が見える。そのどれもが見知った顔だ。

 その全てから目を背け、助けを求めわたしの名を呼ぶ知り合い達の声に耳を塞ぐ。

 わたしは果たして──敵か友か、どちらから逃れようとしているのだろうか?

 

 状況は完全に劣勢、何の予兆もない奇襲に自陣は混乱し、押し寄せる敵に否応なく押し流される戦士達。

 敵が遂にわたしに迫る。


「──■■」


 言葉は似通っている為か一応理解できる。

 眼前の五人は皆返り血塗れの戦装束に身を包んでおり、その目は血に飢えた獣としか形容しようがない。

 奴隷達を連れ去ったように、わたしを殺すつもりはないのだろう。

 ──それならばいい。

 わたしが持っている技能を顕示すれば、彼らもわたしをただの奴隷としては扱うまい。

 大丈夫、こんなことは慣れている。


 周囲に生きている者は居ない。

 わたしは何ら抵抗することなく状況に身を任せ、乱暴に肩に手を置く男から目を背ける。

 だが──。


 顔に生温かい液体が降りかかる。同時に肩に掛かっていた力が緩む。

 男を見遣るが、そこに合わせるべき目は在らず。

 男の顔は地面から私を見上げていた。



 ◇    ◇    ◇



 ──ふと、目が覚めた。

 周囲を見回すが、まったく憶えのある場所ではない。

 だが木造建築の中であるということだけは理解できた。

 外は何やら騒がしく、怒号やら悲鳴やらが幾重にも木霊している。

 持っていた愛刀は無い。何処へ持ち去られてしまったらしい。

 

 粗末な扉を軋ませ、外に出る。

 中々に悲惨な有様だ。

 轟々と燃え盛る業火に草花を濡らす紅い血潮。

 古めかしい装束に身を包んだ戦士らしき者達が己の手と手で互いを殺し合う。

 戦争など直接目にした経験はない。されど、飛び散る血潮と頽れる肢体は幾度も目にしてきた感覚がある。


 兎にも角にも、状況が把握できないのでは話にならない。

 よく見ると、戦士の他に連れ去られる女達の姿が見える。

 状況を説明してもらうには手頃だろうと考え、息を殺して観察する。


 ──はて、殺し合っているのはどちらも同じだが、どちらに味方するべきか。

 おそらく建物に居たことから、自分を拾った、或いは連れてきたのは襲われている方だろう。

 ならば殺すべき相手は──。


 金髪を長く編み込んだ女が見える。

 アレを連れ去られては不都合だ。それならあの五人組は邪魔だ。


 自分は焔の灯りの隙間、夜の闇に潜り込み、最後尾の男の喉に拾った短剣──サクスと呼ばれるのだろうか──を突き刺し、引き倒す。

 他の者にも違和感を感じさせる間も無く、肋骨の間から心臓へ、首の骨の隙間から動脈へと突き刺し、瞬時に命を刈り取る。

 最後の一人が違和感に気づくが、警戒の隙間を縫って接近し、最も切断しやすい部分に刃を食い込ませ、そのまま骨ごと肉と皮を断ち切る。

 ばさっ、と草花が落ちる頭を受け止める。噴き出す血潮は良い栄養になるだろう。


 五人組を残らず黙らせてから、唖然とする女を見据える。

 女は何故か自分を遠い目で見つめ返す。


 ほんの数秒、されど永遠にも近しい刹那。

 語るべき言葉を彼方へ置き去りにしたまま、自分と女は互いに交わらぬ感情を視線に乗せて交錯させていた。


 ──これは始まり。

 全てを忘却した亡霊たる自分と全てを諦観した奴隷たる彼女の、長いようで短い、喪ったナニカを取り戻す旅路の黎明である。

 

 お読みくださりありがどうございます。

 やはりファンタジーは不慣れなジャンルですので難しいですね。


 この世界は5世紀頃の西ヨーロッパをモデルにした世界で、主人公は一応現代から転移しています。

 前述のように一般人ではないので、感情移入できる余地は少ないと思っています。


 もし良ければ感想、評価の程をお願いします。その一つ一つが作者の燃料になります。

 

 

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