貴方と貴女の無垢な関係
「すきってなんですか?」
「なんだろうね…」
彼女は昔からそうだった。分からないことがあれば、何でも僕に聞いた。その度に僕は答えを教えてあげていた。
でも、この質問には答えられなかった。答えてしまえば、僕の感情を彼女に押し付けてしまうかもしれないと思ったからだ。
「貴方にも分からないことがあるんですね」
彼女はいつも通り笑った。答えられなかったことに対して、なにか文句を言うわけでもなく、ただただ優しく笑った。
本当はずっと昔からすきだったんだ、と叫んでしまいたかった。僕は貴女がすきだから、貴女も僕のことをすきになって、と。
でも彼女の、純粋さを僕で汚したく無かったのだ。彼女はありのままのままでいて欲しい、と思ったのだ。彼女のことを思いながら、他の女性を抱く僕に汚されて欲しくなかった。
「僕は、知っていることを話しているだけで、知らないこともある。知りたいことだって、沢山あるよ」
「知りたいこと、ですか。」
目の前にはせせらぎが流れている。裸足になって入っても足首くらいまでしか、水には触れないだろう。
それを二人で眺めながら、彼女が作ってくれたおにぎりを食べる。
「私の知りたいこと…、それは貴方がどうして私と一緒にいて下さるのか、を知りたいです」
それは僕の閉ざしていた心の中をノックした言葉だった。
***
彼女と出会ったのは、深夜だった。
橋の上で景色を眺めながら、立っている彼女に声を掛けたことが始まり。身寄りがないという彼女を僕は家に連れて帰り、一緒に暮らし始めた。
彼女のことは何も知らない。名前や年齢、どこから来て、なぜあの橋の上にいたのかさえも知らない。聞こうとも思わないし、向こうも僕のことを聞いてきたりはしない。ただ日常生活においての疑問はたくさん聞いてきて、その度に教えてあげた。
彼女は一般常識が知らないようだった。でも礼儀や言葉遣いは綺麗なため、どこかのご令嬢なのかもしれない。しかしニュースを見ていてもそのような話題は聞かないため、やはり知らないままなのだ。
彼女と出会い、生活を始めてから早五年が経った。研究者である僕はある程度の地位につくことが出来た。
その期間、募ってきたのは彼女への恋慕ばかり。そして僕は彼女を思いながら他の女性を抱くようになったのだ。
これが、僕の愛なのだ。彼女を汚したくないから、他の女性を抱くことが、僕の愛だ。それを彼女には知られたくないのだ。彼女は、綺麗なままでいて欲しい。
「ねえ、聞いていますか?」
「あ、うん…聞いているよ。それでなんだっけ?」
「どうして貴方は私と一緒にいてくれるのですか?と」
「あぁ、そうだったね。僕が、貴女と一緒にいることに理由なんてないよ」
僕は、そう言った。何も無いんだ、と自分に言い聞かせるかのように言った。そしてそれは彼女にも同じ様に。
「そう、ですか」
彼女は少し悲しげに笑った。
もしかして彼女の求めていた言葉は違うものだったのかもしれない。だから、僕にすきとはどういうものなのかを問うたのかもしれない。
「いつかは、消えちゃうんでしょうか」
「……何が、かな?」
「何がでしょうね?」
彼女はまた柔らかな笑みを浮かべていた。その言葉の意味を、この時の僕はまだ知らない。
いつまでも彼女が綺麗なままでいるべきだ、と思っていた僕は、まだ知らなかった。