第一話 四国研究学園自治州
昨日と変わらない日常。けど、今この瞬間からも昨日と変わらない日常、とは限らない。
身支度を済ませて寮から徒歩20分にある学校までの道のりは、今日も昨日と同じで学生に溢れている。
朝飯はいつも通り激安スーパーで買った菓子パンと、同じく激安スーパーで買ったコーヒーで歩きながら済ます。
ゴミは乱雑にビニール袋に放り込んで、空気を抜いてカバンの中に押し込む。
ただ一点、普段と違うのは彼ら彼女らが話す内容は、昨夜の子供攫いの襲撃のことだ。その標的は自分達なのに、まるで他人事のように話していた。
様々な「制服」に身を包んだ学生が登校するこの道。通称学生通り。
歩きつつも嘆息するほど平凡かつ、いつも通りの「日常」だ。
中庸な高校に通う俺からすれば、名門に通う証であるあの制服姿の彼ら彼女らが羨ましく、妬ましく思う。
所詮、金がなければ名門には行けない。いくら守られる立場とはいっても、分不相応の身分が求められるわけだ。いくら頭がよくても、いくらスポーツの才能に恵まれたとしても、この中では超えられない壁がそこにはある。
四国研究学園自治州。
略称、四国州。
30年くらい前にセイジカがやらかしてくれたおかげで、こんなにも狭い空間で俺たちは過ごす羽目になった。
日本の国土面積からすれば約20分の1のちっぽけな島。
あー、糞ったれ、糞ったれ。反吐がでるほど糞ったれだ。
こんな朝から陰鬱な気分で登校なんて、本当に糞ったれだ。
少子高齢化で、どんどん日本の人口は減っていく。特に俺たち若い世代の層が薄く、薄くなっていた。
30年前の国会で承認された「人口増加関連法」及び「児童管理法」。
前者は「婚姻統制法」「出産奨励法」「子育て支援法」「未婚者課税法」の4法からなっている。
婚姻統制法は読んでそのまま、婚姻を法的に強制する法律だ。戸籍換算で30歳(誕生日の前日)までに結婚しろってことだ。もちろん、国としてはそのための婚活パーティーやお見合い事業を民間に委託する形で無償提供。結婚すれば結婚祝い金や各種支援事業を展開するなど、結婚を望む人には願ったりかなったりの法律だ。出産奨励法や子育て支援法も、子供を望む人には願ったりかなったりの法律。だが、未婚者課税法というのが問題だそうだ。
「34歳以上の身体的、精神的に健康な未婚者は、従来の税とは別途課税対象となる」
その課税額はほぼ厚生年金全額と同額であり、月20万の収入であれば約3万円も引かれるというものだ。
とまぁ、そんな金払えるか! と多くの人が怒り狂ったわけだ。
だが、この人口増加関連法を隠れ蓑に児童管理法という史上最悪の悪法が可決されてしまった。
俺は30年前に生きていた人たちを恨む。だってこんな悪法のお陰で俺たちはこんな狭い島に閉じ込められてしまったのだからな。
だがまあ、だからこそこの「四国研究学園自治州」ができあがったわけで、今の平穏があると思えば悪いことばかりではない。
住むところは支給され、月々8万円も生活費が支給される。
ベーシックインカム制度様々だ。
ま、今はベーシックインカムは不要な程度には副収入があるけどな……。
ふと、横を見た。
ブロック塀に張られた少し煤けたポスターを、俺は見た。
ポスターにはクリーム色の癖毛の女の子が、鉄砲を持っている写真に、真っ赤なゴシック体の文字で「大人と戦いま戦火?」と書いてあった。
なるほど。確かに心躍る非日常だ。かなり残念なフレーズであることを除けば……な。
そしてあの日から憧れる
右下に小さな文字で「学徒防人隊・徳島」とURLが書かれていた。
学徒防人隊……か。
20年前に起きたあの事件をきっかけに発足した学生戦闘部隊。学徒防人隊。
2000人以上の未成年者が拉致されたあの事件を契機に、州は武装化を始めたんだっけ。まぁ、あれはいつまでも「ここは自治州で治外法権ですよー」と嘯いてた州のお偉いさん方にも非がある。
あの事件からは四国にある全自衛隊は四国州管轄の州隊に改編。ついでにと言わんばかりに、私設軍として学徒防人隊が編成された。あの事件よりも前から武力的手段で児童が拉致されるといった可能性は指摘されていた。厚生労働省管轄組織には「児童適正教育監査室」という怪しげな部署が出来上がっていて、これが武装組織らしいという噂が絶えなかった。
実際に事件が起きてようやく自体の深刻さを理解した州のお偉いさん方が、学生による有志部隊「学徒防人隊」の設立、同時期に文部科学省も児童保護の名目で教職員を「学生保護委員会」として四国州に配備。元陸上自衛隊第14旅団は州陸隊となり、学徒防人隊と学生保護委員会によって防陸隊が組織された。
さらには防空隊と海洋隊が州隊に追加されたわけだけど、結局『子供攫い』は橋を渡って陸からくるんだ。過剰防衛にもほどがあるだろ。と思うわけだけだ。
ぶっちゃけたところが四国州のGDPが関東圏域を抜いてしまったから、政府としては防衛力強化のために利用している。現に州法でも「他国との有事の際には州隊は指揮権限を日本国に移譲する」とあるからな。更には国家予算の防衛費とは別枠で防衛力を強化できるていう馬鹿でかいメリットもある。そのおかげか所為か、かなり大所帯になったわけだ。
州陸隊、学徒防人隊、学生保護委員会などの実働歩兵戦力で5万人。10式戦車改 30輌、16式機動戦闘車 60輌、19式装輪自走155㎜榴弾砲 30門、12式地対艦誘導弾発射機 12輌……最新鋭装備を導入した陸防隊。
30機のF-35Aと80機の四国州独自開発の防空戦闘機F-44を中核とした防空隊。
陸防隊を自前で輸送可能にするために導入されたおおすみ改型輸送艦8隻とそれを護衛するための護衛艦30隻を中心とした海洋隊。
この三隊を統合して統合州隊と呼んでいる。いやいや、防衛するにしたって過剰が過ぎる。
だが、実際のところの指揮権限は霞が関の自衛隊総監部に握られているの実情だ。州隊とはいえ前身は自衛隊。結局は自治州が自治州の金で日本のために組織を肥大化させ続け、奴ら「子供攫い」が来てもあくまでも自治州側からの「要請」で動く組織。役に立たないからと、専ら学徒防人隊と学生保護員会が前線にたっている。
学校の授業でも座学でも、このあたりは小学校からずっと教えられている。
それほどまでに重要なんだ。四国州にとっても、日本にとっても。
平和って最高だ。
軽く背伸びをする。体がほぐれていくのを感じる。
普段通りの日常。何一つ変わらない。平凡な日常。それがこの先もずっと続くと、その瞬間まで思っていた。
ヒュー……
風切り音が遠く聞こえた。それも複数だ。
周りは気づいていない。
「みんな伏せろおおお!!!!」
俺はありったけの大声を張り上げて、一目散に側溝の中に体を突っ込ませた。
泥水が服に沁みようが、カバンがどろどろになろうが知ったことではない。
この音は……
ドォン!!!!!
突然の爆発音。
あー糞ったれ。予想通りだ。155㎜榴弾砲の砲弾落下音。
着発式の必殺範囲は縦30m、横15mの縦円形。殺傷範囲が概ねその3倍……。
落ちたところは約60m前方。咄嗟に側溝の中に入らなければ前身がズタボロになっていたのは間違いない。
続く第2射の風切り音。
さっきのとは全く別方向に向かって撃っているようだな。
ということは今の試射か……ふざけやがって。
いまになってようやく非常事態を知らせる警報が鳴り響いた。
『非常事態宣言。速やかに最寄りのシェルターへ避難ください。非常事態宣言。速やかに最寄りのシェルターへ……』
機械声音で鳴らされる無機質な放送は、日常が非日常へと一変したことを理解させるのに十分だった。
だが、俺はシェルターには行けない。
俺は懐からタバコを出して火を点ける。焼け野原で焼けた肉と髪が漂わせる独特な匂いを紛らわせるにはタバコの臭いが一番だ。
カバンから拳銃を一丁抜き出し、腕に埋め込んでるICチップを読み込ませて使用許諾を得る。
これで位置情報は送られた。10分としないうちに回収ドローンがやってくるはずだ。
向かう先は学徒防人隊徳島鳴門ベース。
とりあえず、待ってる間にタバコを堪能しつつ、要救助者にトリアージを付けていく。
いざというときのために10個ほどは持たされている。
周りを見れば仲間が数名いたようで彼らもトリアージを行っていた。
さてさて……。
「戦争の時間……か」
トリアージが終わるころ、丁度回収ドローンが数十機と救急ヘリが到着した。