プロローグ 日常
銃声が四方から聞こえ、爆発音は断続的に街に響くき、立ち昇る黒煙は街の至るとこから立ち上り、辺り一帯を血と鉄と火薬の臭いが覆い尽くす。
俺の街は惨憺たる戦場となり、昨日までの平穏は過去のものとなった。
アサルトライフル片手に防塁越しに黒ずくめのあいつらを一人も逃がさないように撃っていく。
戦闘開始からわずか1時間。
本州と四国研究学園自治州とを結ぶ玄関口である鳴門市、鳴門インター付近での戦闘は既に市街地手前まで及んでいた。
とはいっても、もとより戦闘予定地域。ここには今は誰一人もいやしない。
徐々に押し込まれているが、まだなんとかなる。
州自衛隊への応援要請は既にでている。現状は我々「徳島県東部学徒防人隊」と「文部科学省児童保護委員会」で食い止めてみせるしかない。
相手は歩兵のみとはいえ、「厚生労働省児童適正教育監査室実行部隊」。別称「子供攫い」。
「人口増加関連法」と「出生児童管理法」に則り、国家権力として子供を国家の名のもとに攫う、悪党だ。
悪法もまた法というけれど、この法律だけは御免だね。
この法律が施行されてから30年。日本は日本国と四国研究学園自治州に二分して半ば内戦状態がずっと続いている。
早く州隊にきてほしいけど、俺が生まれるよりも昔から徳島地方知事やってたとある御仁が、「徳島に自衛隊は要らん!」とごねた結果、徳島に正面戦闘が可能な州自衛隊はない。あるのは阿南にある第14施設小隊のみだ。
それなら善通寺駐屯地からタイヤ戦車なり重機関銃をのっけた装甲車で駆けつけて貰えるほうがよほど有意義だ。
そうこう考えている間に子供攫いがしびれを切らして軽機関銃を持ち出したから、火力は正義と言わんばかりに押し込まれ始めた。
おいおい。俺もあんたたちが目当ての「子供」なんだけどな。あんまり撃ってると俺死んじゃうよ。あ、反抗するガキは要らないってことですか。さいですか……。
砂入りドラム缶や土嚢で作られているとはいえ7.62㎜機関銃を撃ち込まれ続けているからか、ドラム缶の砂がなくなり弾が貫通し、土嚢の壁も崩れ始めた。
万事休す……やり残したことが多すぎて、死ぬに死にきれないから銃だけ防塁から出して打ち返す。
メクラ撃ちでも打ち返さないよりはまだマシだと思う。
「敷島君!応援に来たよ」
俺を呼ぶ声が聞こえた。
振り向けば機関銃を担いだ一人の小柄な少女が見える。
あぁ。聞きたかった声、見たかった姿。
可愛らしい声は俺の聴覚を刺激し、可憐な容姿は俺の視覚を、そして担がれた機関銃に慄く。
おいおい、M2を担いできたんですか。銃だけで40kgくらいあったはず……あ、弾薬まで……その弾薬箱だけで30キロくらいあったはず……いや、この人からすればまだまだ余裕だろう。
「宮古先輩まだ生きてましたか」
「減らず口言う暇があったら弾幕張って!」
「あいよ!」
宮古先輩がM2をセットする間、俺は猛然と射撃する。弾倉が尽きたら速やかに次の弾倉を差し込んで、槓桿を引いて連射する。
基本的には単射で一人一人を狙い撃つ方が得意なんだけど、今は撃たれないことが重要。
「敷島君。ベルトささえて」
M2の薬室にリングで繋がれた銃弾の1発を置いて、その大きな槓桿を一度引いて、さらにもう一度引く。M2独特の初弾装填を手早くやると同時に、俺の撃っていた銃の弾が尽きる。
「ぶっぱなすわよ! くたばれ悪党が!」
「先輩口きたな『ズドズドズドズドズドズド!!!!』
M2の派手な発砲音で言葉は遮られたけど、まあ良しとしよう。
子供攫いもさすがに重機関銃を持ち出されては撤退するしかないようで、そそくさと車に逃げ込んでいく。
さすがにM2で人を照準するのは協定違反なので、あくまでも「警告」として数メートル手前の地面めがけて打込んでいるようだけど、抉られた地面と弾の破片で結構な大けがしてるようにも見えるけど……200メートルもさきだと、あまりよくわからないな。
他の地域でも撤退が始まったようで、黒塗りの高機動車が続々と逃げていく。
いっそのこと橋を落とせばいいのに。と、毎度思うことだが、橋の所有権は自治州には一切ない。
淡路島も自治州になっていればと思うものの、あそこはいまや厚生労働省が管理する「国有地」だ。もう二度と淡路島が自治州寄りになることはないな。
せめてもの救いは瀬戸大橋としまなみ海道、そして海・空からの侵入は協定により禁止されていることかな。
けれど、子供攫いがそれをいつまでも遵守してくれるとは限らない。
協定期限切れである2年後。それが最大の懸念だな。
「やっと帰ってくれたか……」
「帰り道の鳴門インターで15即機が待機してるから、あれを突破しないといけないでしょうに……かーわいそー」
「毎度毎度何十人と拘束されてるのに、ずっと送り付けてくるなんて、よっぽど人材が余ってるのですかね?」
胸ポケットからタバコを取り出して一服を始める。
先輩にもわけると、タバコは残り2本。
たのみ少なやタバコが2本……軍歌の雪の進軍よろしく、雪まで降り始めた。
「逆よ。逆」
吐く息が白いのはタバコか寒さか。どちらにせよ絵ずら的には完全にアウトな先輩の喫煙姿だ。
もっとも、俺も同じだろうけど。
「日本の18歳未満の人口が1500万人を切ったわ。このままいけば、10年後には1400万人を割るそうよ。人口増加のためなら、手段を選んでられなくなったのよ」
「……法の名のもとに正義。それが本当の正義なんですかね」
俺の吐く息は白い。
だが、体は熱い。隣に先輩がいるからだろうか。
「さぁね、けど老人なら腐るほどいるわ。その証拠があそこに転がってる死体よ」
「……くそったれな現実ですね」
「けど仕方ないじゃない。だってこれが現実だもの」
流れていく風に紫煙が混じって、吐く息はタバコと寒さでより白い。
聞こえなくなった銃声と爆発音、収まり始めた黒煙と、薄れていく血と鉄と火薬の臭い。
「さて、あとかたずけは後方部隊に任せて、撤収しましょう。明日の講義に遅れると単位が不味いのよ」
「あはは。先輩らしいですね。つっても俺も、そろそろ英語の単位が……」
「敷島君の場合は、ただの勉強嫌いでサボってるだけでしょ。さて、どっか食べにいきましょう」
「なら、ぴんぴ亭っていう美味しい魚料理が食える定食屋いきませんか?」
大の男でも持つのを躊躇うようなM2を彼女は軽々と担いで歩き始めた先輩を、俺は追いかける。
「いいわね。じゃ、あんたの奢りね」
「え、ちょ……」
「命の恩人である私に、ちょっとくらいは恩を返しても罰は当たらないわよ」
クスクスと笑う宮古先輩の後ろ姿。
この人にはやっぱり敵わないな。
「しゃーなしですよ。しゃーなしに、驕りますって」
「そうこなくっちゃ」
二人して笑いながら歩く道。
俺も、先輩にも見えているけど視えていない。
そこら中に横たわる敵の死体。
どの死体も、きっと俺より年上なのだ。
これは狂った世界で生きる、俺たち「子供」の物語。
俺は今日も、生きている。