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一分間彼女  作者: てこ/ひかり
僕の章
9/30

もし

 予備校などが開催している模試は、大体年に数回行われる。


 夏休みが始まる直前、自分の実力を試す良い機会になるからと、僕等三年生は全員駆り出された。会場になっている大学は地元を遠く離れた都会にあった。

 試験とは言え、あまり悪い気はしない。ほとんど地元を出たことのない僕にとっては、軽い小旅行気分である。僕はネットで経路を確かめてみた。


 電車を乗り継ぎ、小一時間ばかり揺られた後、さらにそこから地下鉄で数十分かけて北へ行ったところに、目的地はあった。地下鉄に乗ってみたいという密かな願いが、まさかこんな形で叶うとは。僕はちょっと拍子抜けした。


 初めて乗る地下鉄は、予想以上に怖かった。

 朝方だったのに窓の外は真っ暗で、一体今が朝なのか夜なのか、一瞬僕は時間の感覚を見失った。他の乗客達が平然とした顔で乗っていられるのが、何だかとても都会人らしくて格好良かった。改札をくぐって階段を上ると明るい空が待っていて、まるで映画館にでも入ってたような気分だった。


 初めて足を踏み入れる『大学』という場所も、これまた新鮮な感じだった。

 実際の大学は思った以上に広くて、まるで一つの小さな街がそこにあるようだった。敷地内にコンビニもあれば、理髪店まで用意されていたので、僕は目を丸くした。道をすれ違う大学生達が私服だったのが、最高に良いなと思った。会場となっているB棟には、集まった大勢の高校生達で溢れかえっていた。


「頑張れよ」

「そっちもな」


 会場で自分の受ける教室を確認し、上条と別れを告げる。

 僕は302号教室で、上条は301号教室だった。教室の、窓際の後ろから三番目が僕の席。少し緊張しながら、僕は広々とした大学の教室の扉を開けた。

 広い。

 高校とは大違いで、恐らく何百人と座れるだろう長机がずらりと並んでいる。いつもと違う場所という緊張感が、僕を少し身震いさせた。


 僕の席の隣には既に他校の制服を着た見知らぬ生徒が座っていて、僕は軽く会釈した。

 目つきの悪い、金髪ヤンキー風のその女子は、僕をジロリと睨みあげた後黙って暗記帳を手にガムを噛み始めた。

 他にも、丸坊主に丸眼鏡のいかにも『ガリ勉』と行った風貌の男子や、チャラチャラと腕にブレスレッドを下げたロン毛の生徒など、話したこともない生徒がそこら中で各々勉強道具を開き、模試に備えている。

 僕も自分の席に着き、参考書を取り出して読み始めた。


 しばらくすると、入り口から厳格そうなスーツの若い男性が入ってきて、教壇へと登った。彼は腕時計を覗き込み、教室が静寂に包まれるのを待ってから、ゆっくりと口を開いた。


「それでは、始めてください」


□□□


「……それでさあ、時々向かいの地下鉄とすれ違うんだけどさ。一瞬のことなのに、音がすごいからビクッとしちゃって……」

「お前、さっきから地下鉄の感想ばっかりじゃねえか。模試はどうした模試は」

「聞くな。聞かないでくれ……」


 その日の夕方。

 長時間拘束からようやく解放された僕は、見慣れない都会のビルの間を上条と二人歩いていた。見たこともない数の人と道ですれ違う度、僕はキョロキョロと辺りを眺めた。せっかく都会に出てきたのだから真っ直ぐ帰るのはもったいないと、僕等は帰りの駅から少し離れた繁華街を目指した。上条は呆れたように肩をすくめた。


「何かあるだろう。この問題がダメだったとか、この教科が難しかった、とか……」

「ないよ。強いて言えば、全部ダメだったよ」

「茶化すなよ。何のための試験だ」

「そうだな……。そう言えば……」

 

 こういうところで、上条は真面目である。僕は思い出したように呟いた。


「今日は、出なかったな」

「そうか。何の問題だ?」

「違うよ。問題じゃなくて、ほら。いつも驚かしにくる奴。僕にしか見えない幽霊が、だよ」


 歩みを進めていると、次第にビルの間から大きな看板広告が目に付き始めた。横では大量の車が、休む間も無く次から次へと通り過ぎて行った。僕は少し笑いながら上条を横目見た。上条はニコリともせずに答えた。


「そら、試験中だったから遠慮したんだろ」

「そうかな……そんな奴には見えないけど。だって、毎回邪魔しに来るんだもん」

「邪魔っていうか、お前が心配だったんだろうよ」

「はあ……。僕を心配してくれるのは、この世で幽霊だけか……」

 ため息を漏らす僕を尻目に、上条は腕時計を覗き込んだ。

「どうする? 電車まで後二十分くらいだけど……カフェでも寄ってくか? それともハンバーガー買って、帰ってお前ん家の近くの公園で食う?」

「そうだなあ……」


 そう言って、僕は思い当たる節があって立ち止まった。上条が数歩歩いて、不思議そうに振り返った。


「どうした?」

「いや……そういえば……。やっぱり、怪しいと思ってたんだよ」

「何が?」


 僕は上条の目を覗き込んだ。この男が、何故見えない幽霊と喋り始める僕を前に平然としていられるのか、分かった気がした。僕は上条に近づいて脇腹を小突いた。


「上条、お前やっぱり……あの幽霊のこと、見えてるんだろ」

「何言ってんだ」

「地下鉄の件も、何故か知ってたしな。ビデオレターだって、あの公園でどうやって撮ったのか疑問だったけど……お前が手伝ってたんだな? 今思えば、毎回あの子が出て来る度に、近くにお前がいた気がするわ」

「違えよ」

 僕の言葉に、上条はしかし、静かに首を横に振った。


「本当か? 別に隠すほどのことでもないだろ。もしかしてだけど、お前があの幽霊に指示出して、ちゃんと勉強してるかとか見に来させてたんじゃないか? 道理で、やけに心配性な幽霊だと思ったんだ……」

「違うんだよ」

「じゃ、何だよ」

「みんなだよ」


 上条は憮然とする僕を見下ろしたまま、静かにそう呟いた。


「俺だけじゃなくて。担任も。生徒会長も図書委員も。それからお前のお袋さんも。みんな元気のないお前のこと心配してて、それであの幽霊にこっそり励ましに行くよう頼んでたんだよ」

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