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一分間彼女  作者: てこ/ひかり
僕の章
8/30

煙突

【夕飯、冷蔵庫の中にハンバーグが入ってます。】

【分かった】

【帰りは遅くなるから、先に食べてて】

【うん】


 帰り道、メールをチェックすると母から短いメッセージが送られてきていた。真っ暗になった夜道の中で、スマホの画面がぼんやりと浮かび上がる。

 田んぼの稲は緑一色に染まり、季節は夏に近づいたとは言え、夜になるとやはりまだ少し肌寒かった。今日も夜空には夏の大三角が光る。ダラダラと自転車を漕ぎながら、こちらも短くメッセージを飛ばした後、僕は野ざらしになった線路の横のあぜ道を急いで駆け抜けていった。


「ただいま……」


 結局その日、帰り着いたのは二十三時を過ぎていた。

 玄関を開け、誰もいないことが分かっていつつも、とりあえず声を出してみる。案の定、まだ二人とも仕事から帰っていないのだろう、明かりのついていない家から返事はなかった。


 何度も見た光景とは言え、明るい時を知っている分、真っ暗な家の中はちょっと不気味だった。時々冷蔵庫などの家電製品が唸りを上げ、天井から木材の軋むような音が聞こえてくる。そう言えば子供の頃は、妙な音が聞こえてくる度この家には幽霊でも住み着いているんじゃないかと思っていたが、まさか『いる方』が証明されるとは思わなかった。


 頭がやけに重い。

 慣れない勉強のしすぎだろうか。居間の電気も付けずにそのままふらふらと奥の自室に突っ込むと、僕はベッドの上にバタンと倒れた。

 学校では今日も抱えきれないほどの宿題を出されたが、今はそんなことはどうでも良かった。これから夕飯を食べて、風呂に入ってゲームをして、やらなきゃならないこと一通り終わってから、やっと残った勉強に手をつけようか、くらいのものだ。あまりの過密スケジュール過ぎて、もう目が回りそうだ。


 ……なんてことを考えているうちに、どうやらいつの間にかベッドの上で眠り込んでしまっていたらしい。気がつくと、時計の針は四時を過ぎていた。


「?」


 まだ霞みがかった頭で、僕は違和感を感じ首をゆっくりと回した。

 何かが、おかしい。

 いつの間にか、部屋の電気が消えていた。薄暗い部屋の中で、机や箪笥のシルエットだけが黒く浮かび上がって見えた。両親が帰ってきて消したのだろうか、それとも……。


 ブツン!

「!」


 突然大きな音がして、部屋の片隅に置かれていたテレビが勝手についた。その一角から急に青白い光に照らされ、僕は思わず目を細めた。四角いテレビ画面の中には、何やら円柱のようなものが写っていた。

「…………?」

 映像の場所に、僕は見覚えがあった。家のすぐ近くの公園の雑木林である。円柱の横に小さく写っているのは、いつも通学の途中で見かける古びた水飲み場だった。一体何故こんな映像が……僕はじっと画面を見やった。


「…………!」

「…………」

「…………」

「…………」


 それから、約十分。粘りに粘ったが、どうにも映像はそのままで、何の変化もない。僕もいい加減眠くなってきたので、諦めてテレビを消そうとした。その時だった。


『時田さん! 時田さん!』


 聞き覚えのある声が、僕の後ろの方から聞こえてきた。振り向くと、壁際の箪笥がガタガタ震えている。僕はとりあえず箪笥の中段を開けた。

「きゃあっ!?」

「…………」


 引き出しを覗き込むと、箪笥の中に白装束の帯の部分が見えた。

 可愛らしい悲鳴が聞こえてきて、半透明の着物が身を捩る。


「そこじゃないです! 上段! 上の段を開けてください!」

「分かったよ……」


 声の主に促され、僕は仕方なく引き出しの一番上を開けた。すると、頬を藤色にしたいつもの幽霊少女が、ジト目で僕を睨んできた。

「時田さんのエッチ……」

「何で?」

 

 少女はぷいっと目を逸らし、そのまま黙ってゆっくりと箪笥からすり抜けて出てきた。

「せっかくビデオレターまで用意して、時田さんを驚かそうと思ったのに……」

「ああ、あれ……」

 

 僕は未だに映像の変わらないテレビ画面を振り返った。

「あれ、何なの?」

「手作り『呪いのビデオ』ですよ。ほら。有名な、一週間で死んじゃう奴あるじゃないですか。あれを参考にして……」

「あー……」


 疲れた目を擦り、僕はもう一度ビデオをじっくりと眺めた。

「じゃ、あれ井戸?」

「そうです」

「じゃあ、何で地面から突き出してんの?」


 僕は地面から二メートルほどの高さに伸びた謎の建造物を指差した。幽霊少女が少し照れたように笑った。


「掘る時間がなかったので……」

「あれじゃ井戸じゃなくて煙突じゃないか」

「そうなんですか?」

 少女が首をかしげた。


「そうだよ。しかも、ちっとも映像変わらないし。普通だったら、画面から這い出てくるのかなーとか期待するじゃん。それが何で、後ろの箪笥に隠れてるんだよ」

「ごめんなさい……。ちゃんと撮れてるかなって、確認したくて……」


 少女は申し訳なさそうに俯いた。そのまま一分が過ぎようとしていて、幽霊は徐々に姿を暗闇に溶かしていった。


「ちょっと待って。もっと突っ込みたいところがたくさんある。例えばこの映像はどうやって撮ったのか、とか……」

「いえ、勉強の邪魔になるといけないので……夜分遅くに失礼しました」

「変なとこ律儀だな……。全く、こんな箪笥の中に……いつから待機してたの?」


 僕がちょっと大げさにため息をつき、出突っ張りになった引き出しを戻した。僕の問いかけに、少女は何がおかしいのか顔を綻ばせた。


「それは、違うんですよ」

「え? 何が?」

「フフ……ちゃんと勉強に集中してくださいね。わた」

 そこまで言いかけた途中で、少女は時間が過ぎ煙のように姿を消してしまった。


「…………」

 僕はしばらく黙ったまま、誰もいなくなった空間を眺め続けた。


 煙突の映像は、それから三時間くらい続いた。


 幽霊の仕業なのか、単なる録画時間のミスなのか。テレビ画面は液晶の明かりとともにつきっぱなしで、消そうにもどうにも消せないので……それから僕はベッドの中で、朝まで何にも変わらない煙突の映像を延々と見せられることとなった。

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