洗濯機の中
「それじゃあ、四時四十四分になると君は姿を現せるって訳?」
「はぁ……まぁ」
小さな洗濯機の中にギュウギュウに体を押し込め、”私”は彼を観察した。目元や鼻筋は、姉さんそっくりだ。唇の分厚さは、やはり父親譲りなのだろう。健介と名付けられた少年を上目遣いに眺めながら、私はぎこちなく笑って見せた。長時間洗濯機の中で泳いでいたせいか、肩や腰がちょっと痛い。一緒に入っていた青いタオルやらカッターシャツに巻き込まれ、着ていた白装束もしわくちゃになってしまった。あとでアイロンがけをしておかなくては。
「そういえば最近、夕方になると何か見えてたけど……」
高校生になった健介少年が、訝しげな声を上げた。
「あ、それ私です」
やっぱり、気づいていたんだ。霊感はちゃんと母親から受け継いで、育っていたらしい。親戚の子の成長を見ているようで、私はちょっと嬉しくなった。
「えーと……私、”幽霊”なんで。その時間に貴方を驚かせてやろうと……。えへへ……」
□□□
例えば鏡の端だったり。
例えば少しだけ開いたドアの隙間だったり。
例えば教室の窓の片隅だったり。
本当はもっと小さい時から、私はちょくちょく姉さんの息子に会いに来ていた。
昔は何に対しても好奇心旺盛で、可愛らしかった健介少年。幼い頃は幽霊が見えるとまではいかなかったものの、私がそばを通り過ぎる度、やっぱり何かを感じているらしく、びっくりした顔で氷を背中に突っ込まれたかのように体を震わせていた。私にはそれが何やらおかしかった。
しかし、人間慣れるものである。
高校生になり、最初は私の姿を目撃する度ビクビクと驚いていた彼も、手を振っても全然無反応になってしまった。昔はあれだけ可愛かったのに。私は何だか悲しいような寂しいような気分になって、ちょっと躍起になって目立つ場所に身を潜めたりした。
そして今日、思い切って洗濯機の中に隠れていたら、この冷めたような表情である。
□□□
「……大体時間指定だったらさ、もうそろそろ出てくるなーって、こっちも分かるじゃんか。慣れるとあんまり怖くないんだよね」
「こわっ……!?」
私はちょっぴり傷ついた。こう見えても姉さんの元で幽霊として修行を積み、ナースさんや上条さんの協力の元、この街に住むそこそこの人間を怖がらせてきたのだった。いくら身内とは言え、このままでは幽霊の沽券に関わる。
「どうしたらいいんでしょう? 私、幽霊だから怖がってもらわないと……」
「ちょっとどいてて。洗濯物干さなきゃいけないから」
「あ……すいません」
どうやら彼はまだ、私の正体に気づいていないようだった。両親からは何も聞いてないらしい。君のお母さんとは週一で女子会を開く仲だと打ち明けたら、彼はどんな顔をするだろうか。だけど面白いので、そのままにすることにした。
「あの……」
もうすぐ、四時四十五分になる。あんまり長いこと姿を見せていると、その内バレてしまいそうだ。何かしら理由をつけて、早々に撤退しよう。私は健介少年に目一杯の笑顔を作って見せた。
「じゃあ、明日もよろしくお願いします……次は、もっと怖がらせますので」
「がんばってね」
「はい」
健介少年はちょっと嬉しそうな顔をして、洗濯物を抱えてベランダへと出ていった。
私は透明になったまま、彼に気づかれないように一緒に外へ出た。
外は眩しかった。明日もいい天気になりそうだった。
《終わり》




