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一分間彼女  作者: てこ/ひかり
私の章
25/30

忙しいから

「それでお兄ちゃんを……すみません、ダブルチーズバーガーセット七つで」

「かしこまりました」

「無理させないためにも、梢枝さんに協力してもらいたいんですよね。梢枝さんは、コーラでいいですか?」

「うん……」

「お母さんは何にする? お父さんは? ちょっと、お父さぁん! すいません梢枝さん。先に、席とっといてもらっていいですか?」

「俺が?」

「はい」


 つぶらな瞳で見つめられ、俺は渋々頷いた。


 時刻は夕方の四時四十四分頃。

 俺は普段屯ろしている路地裏を離れ、繁華街の一角、ハンバーガーショップにやって来ていた。


 注文を連れに任せ、先に二階に上がっていくと、店内は先客達で溢れかえっていた。学校帰りの高校生や大学生達、ペアルックのカップルにスーツ姿の社会人。席の八割が埋まったそこら中で、皆が一斉にそれぞれ会話に華を咲かせるものだから、店内はまるで蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。綺麗に清掃が行き届いたテーブル席のあちこちに、紙屑やらケチャップやらマスタードやらが散乱している。

 なんだかひどく場違いなところにいる気がして、少し申し訳なくなってきた。こんな時間に、こんな場所に幽霊が出るだなんて、誰が想像しているだろうか。見えている人も見えてない人も、俺が幽霊だとは気づいていないに違いない。天井から降り注ぐ煩めの曲に少し顔をしかめながら、俺はキョロキョロと辺りを伺った。壁際のスペースになんとか八人分空いている席を見つけて、俺はひっそりと腰掛けた。


「お待たせ〜」


 しばらくすると、時田家族が両手にトレイを持ってやってきた。


 父、母、長女、次女、長男、次男、四男、それからお母さんの背中には、赤ちゃんがしっかりと紐で結びつけられていた。驚くほどそっくりの顔をした七人が、にこやかに俺の元に駆け寄ってきる。三男である、いつも路地裏で会うお馴染みの健三の姿はない。

 一体なぜ、こんなことになってしまったんだろう。逡巡する間も無く、俺の目の前のテーブルにどさりとダブルチーズバーガーセットが八人分並べられ、ガヤガヤと騒がしく時田家の宴が始まった。


□□□


「……それで、お兄ちゃんまだ仕事中らしくて、連絡つかないんですよ」

「はあ」


 頰いっぱいにポテトを詰め込みながら、時田家の長女:沙織さんがそう言った。


「そしたら、病院から電話があって。なんだか大変なことになってるって、慌ててみんなでやってきたんです」

「みんなで……」


 七人が頷いた。ずらりと並んだ一家総出を前に、俺はコーラを一口、ゴクリと飲み込んだ。それにしてもわざわざ家族全員でやってくるなんて、よっぽど仲がいいというか、変わってるというか……。時田家の次男:健二さんが伏し目がちに呟いた。


「どうしようどうしよう……ってなってた時に、ナースさんから梢枝さんの電話番号を教えてもらって……」

「なるほど、それで俺に電話してきた、ってわけですか」


 俺の目の前で、県の特産品をふんだんに使ったという”スペシャル”チーズバーガーが次々に紙屑になっていった。俺はさらにコーラを口に含んだ。急に知らない番号からかかってきた時は、迷惑業者かはたまた心霊現象かと怖くなったものだが、これで合点がいった。俺は頷いた。


「あい……時田さんは、元気ですよ。俺、幽霊んなって、”地縛先”を探そうと思って今路地裏で寝泊まりしてるんですけど、彼の仕事帰りによく会うんです」

 俺はうそをついた。さすがにご両親を前に、「残念ながら俺より死相が出てます」とは言いづらかった。

「そう……よかった」

 彼の母親:香織さんが顔を明るくさせ、それとは反対に、俺は少し胸を傷めた。


「あの子は昔から要領が悪くてねえ」

「仕事がうまくいってるは思えないし」

「気が休まらないんじゃないかしら」

「健三の上司の方にも相談したんだけど」

「みんな心配してるんですよ。でも私達、明日にはもう帰らなくちゃならなくて」

「健三も一緒に一度地元に帰ってきて、ゆっくりしたらどうかなって」


 時田家が次々に口を開き、カエルの歌みたいに話し始めた。俺はこの間あった眼鏡の男を思い出した。一家の大黒柱:健太郎さんがちょび髭を触りながら目を細めた。


「梢枝さんからも、健三になんとか地元に帰るよう言ってもらえませんか」

「俺がですか?」

「はい」


 七人のつぶらな瞳で見つめられ、俺は首を横に振れなかった。


「でも俺は幽霊だし……。時田さん、霊感ないっぽいですし……」

「電話かメールに、気づかせてくれればいいので。私達からも連絡取りますけど、どうも忙しいのか、電源を切ってるのか、まだ気づいてないみたいなのよ」

「はあ」


 俺は時田の姿を思い浮かべた。大方また仕事で何かやらかして、”何も見えない聞こえない! 状態”になっているのだろう。今夜あたり、幽霊よりも蒼白な顔をして、路地裏に迷い込んでくるかもしれない。


「わかりました。でも、俺幽霊だし、驚かすだけになるかもしれませんよ」

「まあ、ありがとう!」


 時田家の顔がぱあっと明るくなった。


「こんな可愛い子に励ましてもらえるなんて……ウフフ。ねえ?」

「いや、だから俺は幽霊なんで……」

「これでお兄ちゃんもきっと元気になるわ」

「励ますとか元気付けるとかじゃなくて、幽霊なんで……」

「大丈夫。梢枝くんの霊能力なら、きっと励ませるさ」

「だから、俺は霊能力者じゃなくてですね……ダメだこいつら聞いてねえわ」

 何がそんなにおかしいのか、時田家の笑い声は絶えなかった。俺は諦めてコーラを飲み干した。


□□□


「そうだ。あの子に会ったら、これ渡しといてくれませんか?」

 帰り際、店を出ると香織さんが地元で取ってきたという野菜の入ったビニール袋を取り出した。土の香りが、なんだかばあちゃん家を思い出して懐かしかった。俺は頷いた。


「じゃあ梢枝さん、よろしくお願いしますね」

「まあ……やってみます」


 時田家の面々は嵐のようにやってきたかと思うと、嵐のように去って行った。俺は彼らが地下鉄の階段を降りていくのをしばらく黙って見守った。こっちが口を挟む隙もなく、圧倒された感じだ。俺は苦笑いを浮かべ、結局持って帰ることになってしまった、冷えたダブルチーズバーガーにようやく手を伸ばした。

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