表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一分間彼女  作者: てこ/ひかり
私の章
22/30

怒られたから

「ウオオオオオオッ……!!」

「!?」


 また別の日のことだった。深夜、月も見えないような真っ暗な空の下。

 俺が電柱に寄りかかって一眠りしていると、突如通りの向こうから叫び声が聞こえ、明かりの無い路地裏へと突っ込んでくる人影が見えた。


「ウオオオオ……ッ!」

 俺は寝惚け眼を擦りながら、叫び声の主に目を凝らした。

 血走った目に、頬のこけた青白い顔……間違いない。この間この路地裏でぶっ倒れた時田健三、あの男だった。


「ウオオ……!!」

 時田は口から涎が溢れるのも構わず、何故か真っ直ぐに電柱を目指して走ってきた。相変わらず顔に生気が無く、何よりその、深夜に電柱に直進してくると言う行動が単純に怖い。幽霊初心者の俺の方がまだ、正常な判断と健康的な顔色をしてると思う。

 時田は俺の姿は、相変わらず見えていないようだった。このままの勢いでは俺が寄りかかっている電柱にぶつかって、大怪我をしてしまうだろう。止めなければ、きっと痛いでは済まないはずだ……。


「ウオ……ぎゃあああああ!!」

 ……とかぼんやり思ってると、勝手に彼が先走った。俺は電柱に肩を預けたまま、まだ半分夢見心地で時田が激突する様子を見上げていた。電柱に頭から突っ込んだ彼はおでこに巨大なたんこぶを作り、持っていた鞄の中身をぶち撒け、そのままひっくり返って地べたをのたうち回った。


「ああああ……痛……! 痛い!!」

「当たり前だろ」

 眠りを妨げられた俺は仕方なく起き上がり、呆れてため息をついた。霊感のない時田には、幽霊の俺の声は届いていない。それでも、突然現れたサラリーマン風の奇人の愚行に、突っ込まずにはいられなかった。


「何やってんだお前」

「痛い……!! 痛ァイ!! 僕は……僕は馬鹿だ!!」

「分かってて何故……」

 奇人は地面をゴロゴロ転がりながら、大粒の涙を流して両手で顔を覆って叫んだ。

「僕は……僕なんか、電柱に頭をぶつけて死ねばいい! 僕はそのために生まれてきたんだ!!」

「そんな人間いるわけねーだろ」


 時田の額から、だらだらと赤い血が流れているのが見えた。実際、”痛い”で済んでるのが不思議なくらいだ。念のため病院に行った方がいいかもしれない。両手を真っ赤に染める年上の男を見下ろしながら、俺はスマホを手に取った。


「ったく……。一体何があったんだよ……」

「僕はダメ人間だ……!」

 血と涙と鼻水と涎と汗で顔中をべたべたにした彼が、人目も気にせず泣きじゃくり始めた。こんな深夜に人通りなんてありはしないが、ここを寝床にしている幽霊にとっては厄介な話だ。


「僕は……僕は……!」

「もしもし? この間の幽霊ッスけど……。ハイ、また路地裏で、同じ奴が怪我しててッスね……」

「今日も仕事でミスをして……上司に死ぬほど怒られてしまった……!」


 恐らく空中に浮かぶスマホにも気づいていないくらい、彼は錯乱状態にあるのだろう。やっぱり、病院に行った方がいい。


「でも……でも悪いのは僕なんだよ……。僕が何遍やっても覚えないから……」

 そう言って、彼は突然ガバッと起き上がると、地べたに散らばった書類をかき集め、ぐしゃぐしゃにしながら夜空に掲げた。小刻みに震える彼の手からこぼれ落ちた紙が、何枚か宙を舞いひらひらと地面に落ちた。その行動に俺は若干引いた。


「今度は何だよ……」

「でもさ! こんなの覚えられるワケないじゃん! 三百頁もあるのに!! 無理だよ! 僕何の知識もなくこの業界に入ったのに! 何だよ”テクノロジードリブンのシュリンクをエスカレ”って。初心者に専門用語が通じると思うなよ!!」

「うるせえ!」

「ゲフ……ッ!!」

 彼の金切り声にイライラした俺は、思わず鳩尾をぶん殴った。彼が顔面蒼白な顔をさらに青くした。

「しまった……そういやここは……ぎゃ、ぎゃああああ!!」

「黙れ!!」

「あああ……!!」


 寝静まった路地裏に、若い男の叫び声が響き渡った。

 俺は時田の顔を引っ掴んで、無理やり顎を閉じさせた。恐らく舌を噛んだであろう、ガリッと言う耳障りな音が聞こえ、彼の目がぐりんッ! っと回転し白目を剥いた。俺は顔をしかめた。これじゃどっちが幽霊だか、分かったもんじゃない。


「要するに、これを覚えりゃいいんだな!? どうなんだ!?」 

「ああ……ああ……!」

「ったく、めんどくせえな! 頭で覚えられないなら、俺が体に刻み込んでやるわ」

「助けてえ!! 悪霊があ!!」


 泣き叫ぶ彼を無視して、俺は分厚い書類をひったくった。それから地面に転がっていたボールペンを拾い上げ、彼の手の甲にガリガリと文字を刻んでいった。


「ぎゃああああ……!」

「覚えられないんだったら、カッコつけてねーでこうやって手に書いときゃいいだろ……ん?」


 気がつくと、時田は泡を吹いて気絶していた。

 俺は無視して、時田の体にボールペンを走らせた。


 結局、作業が終わったのはもう次の日の夜四時過ぎだった。病院までついていった俺は、先生の許可を取り、ナースさん達と協力して彼の身体中に約三百頁分を刻み続けた。耳なし芳一みたいに全身ビジネス用語まみれになった時田を見て、その姿に俺は若干引いた。でもこれで彼が明日からビジネス用語をマスターしてくれるなら、俺も何かの役に立ったってワケだ。人助けした心地いい疲労感に包まれつつ、俺はあくびをしながら路地裏へと戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ