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一分間彼女  作者: てこ/ひかり
僕の章
2/30

ボウリング場

 自宅から約二キロ程離れたところに、僕の通っている高校がある。


 早朝。玄関を開けると塀の向こうに見える、通勤ラッシュで交通量の多い国道に向かう。

 そこから右に逸れた細い脇道に入り、僕は朝っぱらから錆びついてガタの来た自転車をかっ飛ばした。

 住宅街の坂道を下ると、ブナ林が目に飛び込んで来た。そこを抜けると学校までは、後はひたすら田んぼ道だ。途中、犬の散歩をしているいつものおじいさんとすれ違い、僕は車輪を回す足の勢いを止めることなく黙って会釈を返した。僕は腕時計をチラリと覗き込んだ。学校が始まるまで、後三十分弱だった。


 『朝課外』は、早朝七時から始まる。

 今年から受験生になった僕等は、それから六限目が終わり『夕課外』が終わる夜中の十九時まで、実に半日学校に拘束されることになる。進学校でもないのにご大層なことだ。僕は家から一番近いという理由でこの高校を選んだことを激しく後悔した。無理にでも親を説得して、都会の学校に行けば良かった。

 やっぱり、都会の高校生は地下鉄で通学とかするのだろうか?

 僕は地下鉄という存在をもちろん動画で見て知ってはいたが、未だかつて乗ったことがなかった。


「おはようございます!」


 やがて学校が近づくと、校門に立っている体育教師が竹刀を片手に大きな声でこちらに挨拶をしてきた。こちらも大きな声で挨拶をしないと、後々体育の授業中目をつけられ面倒なことになる。

 朝課外の件といい、本当にこんなこと全国の高校で行われているのだろうか?

 時々自分達だけ騙されているんじゃないかと言う気分になる。



 一体何のために、こんなことを毎日繰り返しているんだろう……?



 僕は寝ぼけた頭のまま、ガヤガヤと騒がしい校門の中へと突っ込んで行った。


□□□


「うっす、時田」


 午前六時四十分。

 自転車を押して駐輪場に向かうと、先に到着していた同じクラスの上条が、ママチャリを停めながら片手をひょいと上げて挨拶してきた。

 上条忠。

 彼とは何の因果か一年の頃からずっと同じクラスで、同じスマホアプリのゲームにハマって「ハート」を送り合う程度の仲だ。

 要はこの学校で僕の一番の話し相手だった。


 綺麗に整えられた短髪に、高校生の癖にニキビ一つない健康的な肌。爽やかな風貌そのままに、僕なんかにも分け隔てなく接してくれる。脱ぐと地味に筋肉質な上条は、バスケ部に所属していて、背だけはばかに高かった。彼は僕のコンプレックスを知ってか知らずか、十センチ上の高さから僕を見下ろし気さくに話しかけてきた。


「昨日の数学。第二問解けたか? 朝課外の宿題のやつ」

「……ヤバい。やってなかった」

 僕ははたと立ち止まった。上条が呆れたように僕を見つめてきた。

「何やってんだよ。今日十五日だぞ。お前当てられる可能性高くね?」

「深夜ラジオかけてて……。そんまま寝ちゃったわ……」

 

 やらかした。今日は四月の十五日だった。出席番号十五番の時田健介・つまり僕は『日付と同じ出席番号の生徒に問題を解かせる』とかいう、日本古来の伝統文化により教師に指名される可能性がかなり高かった。


「上条……見せてくんない?」

「しょうがねえなあ……」


 上条はわざとらしくため息をついて見せたが、その表情は笑っていた。僕はホッとため息をついた。流石は僕の親友である。なんだかんだ言って、上条は真面目だし面倒見がいい。カッコいいのは苗字だけではない。


□□□


「そういや今日の放課後、クラスでボウリング行くらしいんだけど、お前どうする?」

「え?」


 教室に着くと、僕は早速上条からノートを受け取った。

 問題の内容すら確認せずに答えを丸写ししていると、横で突っ立って見ていた上条が僕にそう尋ねてきた。


「回ってきてただろ?」

「…………」


 寝耳に水である。

「回ってきた」とは、恐らくクラスでグループ会話ができるアプリの話だろう。僕もクラスメイトと特段ベタベタしたくはなかったが、仲間外れにされるのも嫌だったので、渋々何個かのグループには入っている。僕から発言することも無く、ほとんど交流はなかったけれど。


 だけど、全部のグループに入っている訳じゃない。中には活発な奴らだけが集まるグループとか、アニメとか漫画好きの所謂オタク系の奴だけが集まっているグループもある。上条は運動部だし、気さくだしふた昔前の渋い俳優といった顔立ちで、女子ウケも悪くない。「学校では決して悪目立ちしない」をモットーに陰日向を生きている僕とは、対極にいる存在だった。


 僕のところには回ってきてない……つまりはそういうことだ。

 僕は気づかれないように上条を見上げ、努めて平静を装った声を出した。


「あー……僕はいいや」

「ん? 行かないのか?」


 上条が腕を組んだまま首をひねった、その時だった。


「え!? 行かないんですか!?」

「!」


 突然上条の向こう側から、三角筋を被った少女がひょっこり顔を出してきた。僕はほんの少し目を丸くした。


「アンタは……」

「おはようございます、時田さん」


 そこに現れたのは、およそクラスには似つかない白装束姿の少女。四時四十四分に出る、例の幽霊だった。

 病弱そうな薄い化粧の青白い肌に、「いかにも」なロングの黒髪。小動物のようにまん丸とした瞳は、伸びきった前髪で覆い隠されている。顔立ちが整っているので、きちんと髪を整え手入れすれば、恐らくこの幽霊も美少女に生まれ変わるに違いない。

 僕は黒板の横の時計を見上げた。

 時計の針は、六時五十六分を指していた。


「え? 何? まだ全然時間じゃないんだけど……」

「すいません、びっくりして思わず出てきちゃいました」

「何だそりゃ。アンタの方が驚くのか……」


 こんな朝方から幽霊を見るなんて……珍しいものが見れたというか、何とも変な気分である。僕は肩を落とし、少女の幽霊は恥ずかしそうに青白い頬を赤らめ俯いた。関係ないが、青と白に赤を混ぜると藤色という薄い紫色になる。厳密に言うと彼女の頬は、藤色に染まっていた。


「行った方がいいですよ、時田さん。もったいない……」

「そんなこと言われたって……。恥ずかしいじゃんか、呼ばれてないのに行くなんて」

「でも……」

「誰としゃべってるんだ?」


 見えない幽霊と話し出した僕を見て、隣にいた上条が不思議そうに首をかしげた。僕はちょっと思案し、少女の方を指差しながら答えた。


「……僕にしか見えない幽霊と」

「……そうか」


 彼は僕の指差した空間を一瞥し、それ以上は何も言わなくなった。それから上条は少し悲しげに僕の数学のノートをじっと見つめていた。彼が何をどう解釈したのかは分からないが、僕は断じて嘘は言っていない。


「ねえ。せっかくの機会なんですから。仲良くなるチャンスですよ」


 僕が答えを書き写す作業に戻ると、先ほどの幽霊が横から話を蒸し返してきた。 


「いいんだよ、別に。えーっと、アンタ名前なんだっけ?」

「片桐です。片桐梢枝。時田さん。私、実はボウリングって聞いて一つ思いついたことがあるんですけど……」


 片桐と名乗った少女が、目をキラキラさせて僕の机の上に身を乗り出してきた。僕はシャーペンを走らせたまま、死んだ魚のような目で尋ねた。


「何?」

「それは、秘密ですよ! 言ったら怖くないじゃないですか!」

「……ボウリングの球が、掴んだら生首になってるとか?」

「え……」

「?」

「…………」

「…………」

「……まさか、図星とか?」

「…………」

「…………」


 幽霊が目を逸らした。

 ……どうやら図星だったみたいだ。僕も気まずくなって目を逸らした。彼女は気を取り直して、ますます頬を藤色に染め咳払いをした。


「ね、時田さん。ボウリング行きましょう?」

「余計ヤダよ。何で生首掴まされること分かってて、行かなきゃいけないんだよ。僕だってそんなこと前もって聞いてたら、驚き辛いよ」

「お願いします」

「嫌です」

「お願いしま……あっ」

「…………」


 少女の幽霊は深々とお辞儀をしながら、そのままスーッと消えていった。僕は黒板の横の時計を振り返った。一分間。制限時間が過ぎた幽霊は、煙の如く僕の前から姿を消した。


「そんなに行きたくないのか……ボウリング」

「…………」


 すると、上条が僕のノートを見つめたまま、悲しそうにそう呟いた。僕は顔を上げ教室を見渡した。気がつくと、教室にいた複数名の生徒達が僕の方を見ていた。どうやら僕と少女の幽霊の会話は、教室中にダダ漏れだったらしい。


「……ま、考えとくわ」

「そうか……」


 しばらくして、僕は上条と目を合わせないまま、顔を赤色に染めてポツリとそう返事をした。

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