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一分間彼女  作者: てこ/ひかり
俺の章
19/30

四十九日にて

 額縁の中で何処か醒めた表情を浮かべる、金髪の少女……。どこからどう見ても、それは他ならぬ俺自身の顔だった。


「……!!」

 俺は遺影の中の自分から目が離せないまま、ささくれ立った畳の上をよろよろと後ずさった。

「どう言うことだよ……!?」

 

 何故遺影が飾られている?

 俺は、死んだのか?

 だとしたら何時?

 じゃあ、今の俺は一体……!?


 頭の中を、答えの出ない疑問がぐるぐると駆け巡って行く。突然の出来事に言葉を失い、途方に暮れていると、突然後ろから声をかけられた。


「悠希ちゃん?」

 振り返ると、買い物帰りの梢枝姉さんが襖から顔を覗かせていた。俺は何か言おうと、喉の奥から声を出そうとして……だけど息が詰まりすぎて、音らしい音は何も出てこなかった。


「……!!」

「どうしたの?」


 俺の様子に気づいた姉さんが、訝しげに仏間に足を踏み入れた。俺は愕然としたまま、ゆっくりと飾られていた遺影に視線を戻した。姉さんも俺の視線を追って、自然と目線を上へと向けた。

「!」

 すると姉さんは何かに気がついたように、ハッとした表情を見せた。俺はまだ、今何が起こっているのか分からず、泣き出しそうな顔でようやく声を絞り出した。

「姉さん……」

「悠希ちゃん……。貴方……」

「……?」

「気づいたのね……!」

 姉さんが悲しそうに顔を伏せそう呟くのを、俺はまるで何処かの遠い国の出来事のように聞いていた。やがて、それが自分の事を言っているのだと気がついて、心臓が早鐘を打ち始めた。


「悠希ちゃん! 待って!」

 気がつくと、俺は叫び出したい衝動に駆られ、居ても立ってもいられず走り出していた。静止する姉さんの体を押しのけようとして……俺の手は、姉さんの体をするりと通り抜けた。


「!!」

「悠希ちゃん……!」


 いつも姉さんに触れてきたはずの、俺の両手。てっきり姉さんの体にぶつかるはずだった俺の体は、そのまままるで透明になったかのようにすり抜けて仏間の出入り口に転がった。顔を上げると、同じように泣きそうな顔をしている姉さんと目が合った。その顔を見て、俺は悟った。

 姉さんは、知ってたんだ……俺が、もうすでに”死んでる”ってこと……。


「悠希ちゃん!!」


 姉さんの叫び声を背中に感じながら、俺は薄暗い廊下を駆け抜け外へと飛び出した。敷石の通路から家の外に向かう途中、中庭にいたばあちゃんが視界に飛び込んで来た。


「!」

 俺は息を切らし、思わず立ち止まった。ばあちゃんは中庭に突っ立ったまま、じっと俺の方を見つめた。その視線は、俺の姿を見ているのか見ていないのか分からない、そんな表情で……俺の体を通り越して、背中の景色を見ているかのようだった。数週間前、仏間で俺の手を取ってくれたばあちゃん……。

「……!」


 生憎俺は無宗教だし、神様や仏様といったものを信じちゃいない。そもそも”幽霊なんている訳ない”派だった。


 そんな俺自身が、まさかもう死んでて、幽霊そのものだったなんて……。


 目の前に突きつけられた現実を受け止めることが出来ず、俺は突き動かされるまま逃げるように走り出し山を降って行った。


□□□


「あ! おねえちゃあん!」

「!」


 山道を駆けて行く途中、吉村さんとこの菜月が俺に声をかけてきた。菜月は、二階の窓から身を乗り出し、にこやかな笑顔で俺に小さな手を振っていた。だけど、生憎俺に答える余裕はない。全身からどっと吹き出る汗もそのままに、俺は足を止めることなく視線だけを上げた。

「おぉい! おねえちゃああん!」

「菜月、誰としゃべってるんだよ?」

 笑顔で俺を呼ぶ妹の後ろから、吉村家の長男が不思議そうに窓から顔を覗かせた。キョロキョロと辺りを見渡す兄の表情は、目の前の道路を走っている俺の姿が見えていないようだった。

「……!」

 俺は言い知れない不安を押さえ込むように唇を噛み、菜月の呼びかけに答えることなく坂道を突っ切って走った。


□□□


「はあ……はあ……!」


 やがて山道を降りて行った俺は、とうとう息が持たなくなって膝に手をついた。玉のような汗が、額からアスファルトに落ちて地面を濡らして行く。気がつくと、俺の目の前には例の神社への入り口があった。

「…………!」

 朦朧とした頭で、ふらふらと俺は石畳の階段を登り鳥居の中へと吸い込まれて行った。


 日が落ちた後の神社は、街灯もないため予想以上に暗く、それこそ幽霊が出てもおかしくないような雰囲気を醸し出していた。辺りを囲む木々から、蝉達の鳴き声が五月雨のように降り注ぐ。走り過ぎて足が痛い。肺からはヒューヒューと空気が抜けるように息が漏れ続け、全身に酸素を運ぶ血管が激しく脈打っているのを感じる。

 なのに……なのに、俺はもう死んで、幽霊になっている……。

 目の前が真っ暗で何も考えられないのは、何も急な運動をしたせいだけではなかった。一体自分の身に何が起こっているのか、さっぱり分からなかった。掲げた自分の掌を見つめる。よくよく目を凝らすと、掌の向こう側の景色がうっすらと透けて見えた。


「悠希ちゃん!!」

「!」


 すると、鳥居の向こうから姉さんが姿を現した。俺を追いかけてきたのだろう。姉さんもまた髪を振り乱し、いつもの豪快な姿からは想像もつかないほど悲痛な表情を浮かべていた。


「姉さん……!」

「……!」

 俺は顔中の筋肉を引き攣らせ、届くかも分からない小さな音で掠れた声を絞り出した。


「姉さん……。お、俺……一体……」

「悠希ちゃん……黙ってて、知らないふりしててごめんなさい」

「!?」

「貴方は、停学じゃなくて、喧嘩になった時に友達を庇って屋上から落ちて……それで」

「!」


 姉さんが長い睫毛を少し潤ませて、悲しげに目を伏せた。

 姉さんの口から出た言葉が、耳の奥で何度も何度も渦を巻き、俺はその場に立ち尽くした。確かに喧嘩になって気絶するまで殴り合って、病院で目が覚めたことだって何回かある。だけど、まさかそれで死んでただなんて……。


「すぐに病院に運ばれたんだけど……」

「そんな……」

 俺はよろめき地面に倒れそうになりながら、思わず半透明の両手で頭を抱えた。


「じゃ、じゃあ……俺、自分が死んだことに気づいてなかったってワケ……!?」

「…………」

「でも、でも皆普通に接してくれてたじゃん……! ばあちゃんも、吉村さん達も、姉さんだって……! それに、俺普通にご飯も食べるし、眠くなるし、物だって触れるのに……!?」

「ええ……。悠希ちゃん、落ち着いて聞いて……」


 姉さんが顔を上げ、慎重に俺に近づいてきた。


「貴方はね……幽霊として未熟すぎて、みんなに姿を見られているの」

「!?」


 俺は意味が分からず、ポカンと口を開けた。姉さんは小さくため息をついた。

「自分でも幽霊だって気づいていないから……姿を隠す術とか、人間に触れられないようにするだとか……幽霊としての振る舞いが、まだまだ全然コントロールできてないのよ」

「……!?」

「だから、ちょっとでも霊感のある人になら、バッチリ姿を目撃されてるし、触ることだってできちゃうのよ。私も霊感ある方だって言ったけど、こんなのは初めて……」

「んな……!?」

「私、幽霊の世界のことなんて詳しくないけど……それって、何かちょっと問題になる気がするわ……」

「…………」


 だって、幽霊なのにみんなに姿見られちゃってたらおかしくない?

 姉さんは大真面目な顔でそう言った。俺は事態が飲み込めず、ぽかんと口を開けることしかできなかった。幽霊としての振る舞い? そんなこと、ついさっき幽霊だと知った自分に分かるはずもない。俺はとうとう考えるのを止め、その場にへたり込んだ。


「んな……んなこと言われたって……」

「…………」

「俺、死んでたなんて……これからどうすりゃいいんだよ……!」

「悠希ちゃん」


 すると、近づいてきた姉さんの影が俺を覆った。俺が顔を上げると、いつもの凛とした表情の姉さんと目が合った。


「姉さん……俺……俺……!」

「悠希ちゃん。貴方が幽霊だから……何?」

「え……!?」


 途方に暮れ泣き出しそうな俺の顔を両手で掴んで、姉さんはぐっと顔を近づけてその大きな瞳で俺の目の奥を覗き込んだ。


「幽霊だからって、死んだこと以外何にも変わらないでしょう? 死んじゃったから、もうお別れだと思った? 私達が、貴方のこと見放すと思った? そんなワケないじゃない。田舎舐めんじゃないわよ」

「ええ……!?」

「これから貴方、四十九日、一周忌、三回忌、七回忌……ってずっとイベント事続いてくんだから。しっかり幽霊してないと、恥かいちゃうわよ」

「えええ……!? イベント……!?」


 俺は幽霊なのに姉さんに顔面を鷲掴みにされ、力強い生者の眼差しから目を逸らすことさえできなかった。


「それに、貴方も言ってたじゃない。私も、ばあちゃんも、貴方のお父さんお母さん、周りの人だって……。みんな幽霊だなんて気にせずに、貴方に分け隔てなく普通に接してるでしょう?」

「……!」

「悠希ちゃん。悠希梢枝ちゃん。それでも不安だってんなら、私の家にきなさい。貴方は人間としても、幽霊としてもまだまだ未熟なんだから。私がみっちり鍛えて上げるわ」

「は……!?」


 いつのまにか、涙も引っ込んでいた。目を白黒させる俺に、姉さんは有無を言わさずはっきりと俺に言ってのけた。混乱していた俺の頭に、だんだんと周りの音がクリアになって戻って来る。相変わらず蝉達の鳴き声が、五月雨のように俺と姉さんに降り注いでいた。


「いいこと? 幽霊だからって、容赦はしないわよ。ウチに来る以上……しっかり働いてもらうからね。まずは姿を隠す術と……せっかくだから、クローゼットでも作ってもらいましょうか」

「は……はぃ……」


 それから姉さんは、いつもの調子でニッコリと俺に白い歯を浮かべてみせた。その圧倒的な生命エネルギーに、幽霊の俺は自分が死んでしまっていたという悩みも不安も吹き飛ばされ、ただただ頷くことしか出来なかった……。

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