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一分間彼女  作者: てこ/ひかり
俺の章
17/30

帰り道にて

「…………!」

 やがて姉さんは俺が見つめる中、白装束の袖で涙を拭き、ふう……っと息を吐き出した。そして徐にポケットからスマホを取り出すと、誰かと連絡を取り始めた。


「!」

 次の瞬間、俺のポケットに入っていたスマホが突然大きな音を立て始めた。木々の間に止まっていた鳥達が、電子音に驚いて羽を広げバサバサと飛び立って行く。俺は心臓の音を跳ね上がらせ身を強張らせた。


「やべ……!」

 音に気づいた姉さんがキョロキョロと辺りを見渡し、こちらに近づいてきた。俺は隠れる間も無く、怪訝そうな表情を浮かべる姉さんに見つかり目が合った。 

「結希ちゃん……?」

「…………!」

「何やってんのよ?」

「…………!!」


 森の中にある寂れた神社の一角に、場違いなほど明るいダンスミュージックが響き渡る。もちろん俺も姉さんも、着信音に合わせて踊り出したりはしなかった。ぽかん……と口を開ける姉さんに、精一杯の苦笑いを浮かべ、俺は額に一筋の汗を滴らせた。

 

□□□


「……っとにもう、呆れたわね。そんなしょーもないことで私を待ち伏せしてたの?」

「うぅ……すぃァセン……」


 軒下でしきりに身を縮こまらせていると、隣に座った姉さんの表情がちょっとだけ和らいだ。


「あのね、彼氏ならいないわよ」

「そうなんだ……。なんかホッとしたような、残念なような……」

「好きだった人はいたけどね」

「!」


 俺は顔を上げた。姉さんはさらっと髪を掻き揚げた。その仕草に目を奪われた俺は、同時に漂ってきたシャンプーの香りに鼻腔をくすぐられ、しばらくクシャミを我慢する羽目になった。


「何よ?」

「何でもないです……」

「失礼ね。私だって、人並みに青春時代があったのよ」

「何も言ってないじゃないデスか……」

「顔に書いてあるのよ」

「…………」

「ま。離れ離れになっちゃったけどね。高校を卒業してから……もう何年も会ってないわ」

「え……」


 俺は跳ねるように顔を上げ、姉さんを見つめた。

「この浴衣はね……」

 姉さんは、腕に抱いた白装束を俺に見せた。

「その人と夏祭りに行くことになって、街まで買いに走ったの。今でこそ色落ちして白くなっちゃたけど、当時はもっと藤色だったのよ」

「…………」


 若かりし頃の姉さんが一生懸命浴衣を選んでる姿を想像しながら、俺は白い和服を眺めた。これと三角巾でもあれば、まるで和風ホラー映画に出てくる幽霊だ。姉さんは懐かしむように口元を緩ませた。 


「思い出すわあ……。彼と、一緒に限定ダブルチーズバーガー買って、食べたっけ……」

「その……」

「ん?」


 俺は言葉に詰まった。

「その人とは……その人って、もしかして……」

「ああ。生きてるわよ。今頃、都会の街にでも揉まれてるんじゃないかしら」

「なんだ……。てっきり……」


 俺はちょっと拍子抜けして肩を落とした。先ほどの姉さんの涙を見てしまったから、もしかして死別したとか、ちょっと踏み込みにくい話題かと思ったのだ。


「ふふ……でも私、少しくらいなら霊感あるのよ」

「ええ……?」


 すると姉さんはそう言って、固まってる俺に茶目っ気たっぷりに微笑んだ。俺は眉を潜めた。姉さんは、そんなオカルトめいた話とは縁遠い人だと思っていた。だけど、普段の田んぼでのパワフルさを見ていると、姉さんなら力技で強引に幽体離脱とか会得してもおかしくはない気がした。


「結希ちゃんはないの? 霊感」

「あるワケないでしょ……」

「ウチにも出るのよ。ほら、冷蔵庫の横に漬物石あるじゃない。あれの裏側のとこ」

「ウソだぁ……え? ウソだよね?」

「ふふふ」


 姉さんは俺をからかうような表情を見せ、よいしょ、と階段から腰を上げた。俺はまだ動けずにいて、賽銭箱の横に座ったまま、爽やかに髪をなびかせる姉さんの後ろ姿をぼんやりと眺めた。

「…………」


 ……もしかしたら、話題を逸らされたのかも。


 そう思ったが、それ以上は俺も無理に尋ねたりはしなかった。姉さんが階段の手前で俺を振り返って手招きした。


「さ、帰りましょ?」

「……はァい」


 振り返った姉さんの表情は穏やかで、もう普段の感じに戻っていた。だけどその目は、まだほんのり赤いような気がした。

 

 ”穏やか”なのは、きっと表情だけだ。


 そのことを、俺は今日目撃して知ってしまった。だけど、何て声をかけていいかも、どうしていいかも俺にはまだ分からなくて、ただただ無言で姉さんの後ろを俯いて歩いた。


□□□


 それから俺は姉さんと二人で、夕暮れの帰り道を歩いた。外はまだ明るかったが、西側の方は徐々に橙色に染まっていて、水色の空には既に薄っすらと星が浮かんで見えた。


「結希ちゃんはさあ……」

「?」


 ばあちゃん家まで続く坂道を登っている途中、夕日に照らされた姉さんがふと俺に声をかけてきた。


「将来なりたいものとかある? やりたいこととか」

「え? 全くないけど……」

「そうなの? 羨ましいな」

「は?」

「だって、これからいくらでも見つけられるってことでしょう? 自分のやりたいこと」

「…………」

「それに結希ちゃん”素”で可愛いし……。”俺”じゃなくて”私”とかにしてみたら……もっとモテると思うんだけどな」

「はあ!?」

 俺は思わず立ち止まった。

「いきなり何だよ……!?」

「もっと”女子力”をアップして……仕草や言葉遣いって、意外と大事よ」

「な、な……!?」

 姉さんは俺を置いてけぼりにして、一人楽しそうに頷いた。


「あとはきっかけね。例えば好きな子を、ボウリングに誘ってみるとか」

「何言ってんだよ……! そんな奴いねーよ! 近づく奴がいたら、ソイツの生首でボウリングしてやるわ」

 俺はだけど、自然と頬が赤くなるのを感じながら、アスファルトに唾を吐き捨てた。

「会いたい人には会える時に会っておかないと……後悔するわよ?」

「……!」


 道端で立ち止まり、逆光に照らされた姉さんの表情は、俺からはよく見えなかった。


 それから家に帰るまで、姉さんはやたらと”タコさんウインナー”の作り方とかを俺にレクチャーしたがった。俺は横で悪態をつき、しかめっ面を作りながらも……姉さんが元気になってくれたことが嬉しくて、内心は嫌な感じはしなかった。

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