ダブルチーズバーガー
それから僕は目当ての”スペシャル”ダブルチーズバーガーを買い、そのまま地下鉄の改札口を潜った。
地元の情報番組とかで良く取り上げられていた、我が県の特産品をふんだんに使ったオリジナルのチーズバーガー。一日限定五十個の、お一人様一つ限りのすごい奴である。楽しみにしていたが、流石に地下鉄の車内で食べるのは少し気が引けた。本線の鈍行に乗り換えて、人が空いた時にゆっくり手をつけよう。行きよりも若干混み合った車内で、僕と上条は運良く席に座ることができた。
「結局、あんまり店寄れなかったな」
「……ああ」
「この分じゃ、家に着く頃には日が暮れてるだろうな」
「あー……」
「来週、進路相談あるんだってな。時田は何学部に行くかとか、もう決めたのか?」
「うん……」
「……さてはお前、聞いてないだろ」
「だなー……」
上条はやがて諦めたように小さくため息をついた。
僕は僕で、「プールが終わった後に受ける数学の授業」みたいな顔をしながら、まるで夜中のように真っ暗な窓の、向こう側に映る自分の姿をぼんやりと眺めていた。
車輪の軋む音がやけに車内に大きく響く。
どうやら慣れない土地への長旅で、知らず知らずのうちに疲れていたのだろう。僕は次第に眠気に襲われた。
「…………」
うつらうつらとしているうちに、僕は”彼女”のことを考えていた。
……僕にだけ見えると、そう思っていたあの幽霊少女のこと。
だけど本当は、そうじゃなかった。
僕だけじゃなくて、隣にいる上条も、クラスメイトや僕を怒鳴り散らした教師・斉藤も、わし鼻の坂本生徒会長も……他にもたくさんの人たちが、”幽霊”を目撃していたのだ。それから……。
……それから僕はそんなに、みんなに心配されるほど元気がなかっただろうか。
そう考えると何だかちょっと恥ずかしくて、有り難くて、申し訳無かった。まあ僕がこれから受験にやる気を「出す・出さない」は別問題として……もうちょっと他の人に心配をかけないような身の振る舞いをしなきゃいけないな、と思った。
地下鉄がカーブに差し掛かり、僕の体も他の乗客ごと大きく左右に揺れた。
瞼の重さに耐えきれなくなった僕はとうとう目を瞑り、それからもう一度、幽霊少女のことを思い浮かべてみた。
……今日は、彼女は僕の元に現れるだろうか?
……一体いつどこで出てくるかは分からないが、まあ、驚くことはないと思う。
食べ物の恨みや、勝手に家を改築された辛みもあったけれど……。
彼女もまた、短い時間ながら、僕のことを心配していたのだろうか?
だとしたら、もし現れたら、その時は……。
”ありがとう”と、そう言おう。
その時だった。突然、真っ暗だった窓に映る自分の姿が、真っ白に包まれて見えなくなった。暗闇を抜け、眩しいくらいに明るい地上へと飛び出した地下鉄は、そのまま終点の駅へと突っ走っていった。車内に西陽が差し込み、僕は暖かな光に包まれ目を細めた。
僕は腕時計を覗き込んだ。四時四十四分。
何だか急にお腹の辺りがソワソワとし始め、僕はキョロキョロと辺りを伺い始めた……。
《第二部に続く》




