洗濯機の中
「それじゃあ、四時四十四分になると君は姿を現せるって訳?」
「はぁ……まぁ」
小さな洗濯機の中にぎゅうぎゅうに押し込められ、身動きがとれない彼女に僕はそう尋ねた。僕を上目遣いに見つめながら、彼女は曖昧に笑って見せた。ぐるぐるにねじ曲がった青いタオルやらカッターシャツに巻き込まれ、彼女の着ていた白装束も若干渦を巻いていた。
「そういえば最近、夕方になると何か見えてたけど……」
「あ、それ私です」
彼女がちょっと嬉しそうに笑った。
「えーと……私、幽霊なんで、その時間に貴方を驚かせてやろうと……。えへへ……」
□□□
例えば鏡の端だったり。
例えば少しだけ開いたドアの隙間だったり。
例えば教室の窓の片隅だったり。
自称・幽霊だと名乗る少女は、ここ最近、毎日同じ時間に僕の前に現れていた。
言っとくが、僕に霊感はない。
生まれてこの方心霊現象に遭ったことがないし、そんなものは幻覚か思い込みなんじゃないかと思っている。だからこそ余計に目の前の出来事が信じられなかった。
しかし、人間慣れるものである。
最初は彼女の姿を目撃する度ビクビクと驚いていた僕も、一ヶ月もすれば全然気にしなくなっていた。大体夕方の四時四十四分など普段はまだ授業中だし、柱の影なんかに隠れられて見つめられても、気づかないことも多い。だけどそうすると、次の日彼女はより目立つように僕に見つかりやすい場所に姿を現すのだった。
そして今日、洗濯機を開けたらこの有様だ。
□□□
「……大体時間指定だったらさ、もうそろそろ出てくるなーって、こっちも分かるじゃんか。慣れるとあんまり怖くないんだよね」
「こわっ……!?」
どうやら幽霊の尊厳を損ねてしまったらしい。
「怖くない」と言われ傷ついたらしい彼女が、泣きそうな顔で僕を見上げた。
「どうしたらいいんでしょう? 私、幽霊だから怖がってもらわないと……」
「ちょっとどいてて。洗濯物干さなきゃいけないから」
「あ……すいません」
洗濯機の中から、いそいそと彼女が這い出してきた。他人事ながら、もっと幽霊らしく出てくりゃいいのに、と僕は思った。
「あの……」
僕は壁にかかっている時計を見上げた。もうすぐ、四時四十五分になる。残り十秒くらいでスーっと薄くなりつつ、彼女が申し訳なさそうに呟いた。
「じゃあ、明日もよろしくお願いします……次はもっと怖がらせますので」
「がんばってね」
「はい」
三角巾の少女に健気な笑顔で明日の恐怖を予告された後、僕は洗濯物を干し始めた。
外は眩しかった。明日もいい天気になりそうだった。