2 私たちは途方もない才能を秘めていたっぽいのです。
まあポン……ポン子は置いておくとして、突然密林に放り出された人間は何をすればいいんだろう。サバイバルものの漫画やドラマに触れたこともあったけれど、具体的な知識はほとんど残っていない。栄養が取れなくてもしばらくは活動できるが、水が無くなるとすぐ動けなくなると聞いた覚えがあるし、やっぱり最初は水の確保だろうか。
幸い見通しの良い場所にいるおかげで、崖下に流れる大河が確認できている。あれが飲めれば水は大丈夫そうだ。
「いや、置いておかないでくださいよぅ。神様みたいなものなんですよ? すごいんですよ? なんでさらっとスルーしてるんですかー! 普通もっと驚いたり喜んだりするはずなんですよー」
驚いてはいるけど、現状に喜ぶところがあるとは思えない。どうしよう。会社に休む連絡を……まあ当然圏外なわけで。
「あ、会社なら心配ありませんよ。ほぼ時間止まってるので」
時間が、止まってる? 何を言っているのか分からない。スマホの時計は進んでるっぽいけど。
「ベンガルトラさんに殺される直前で、時間を引き延ばして頑張っているところなのです。一年くらいは持ちますね」
「何言ってるのか分からないんだけど、一年後に俺はどうなるんだ?」
「ベンガルトラさんに殺されますね」
そうか。まあ一年後の危機なら、後回しでいいだろう。そもそもポン子の言ってることが本当かどうかも怪しいし。そんなことを考えても仕方ない。まず下に降りて水場を……。
「ええー。こっちでは一年後でも、あっちではきっと一秒後ですよ? 大事では? ではでは? 差し迫りまくってると思うんですけどー!? こっちの世界でいくら魔王を倒して美女をはべらせ幸せな暮らしを作っても、一年後にはベンガルトラさんのお腹の中なんですよ!?」
「でも一年後だから」
後で迷わないようにと崖下に広がる森の景色を頭に焼き付けようとするが、はたして下に降りてからちゃんと歩けるか自信がない。そもそもどこからどう降りればいいのだろう。起伏の激しい山がちな森。直線でもかなりの距離がありそうなのに、まして山登りとなると自分の体力が持つか。
道に迷うリスクを踏まえると、先に野営を考えるべきかもしれない。太陽はまだ高いが、季節も地理も分からない以上いつ日が沈むか分からない。早めに火を確保するべきか。木と木をこすり合わせて火起こし、というのは素人には難しいらしいが、かといって他のやり方を知らない。
「そんなに悩まなくても、水や火を出すくらいなら私ができますよ。たぶん」
「本当か!? 先に言ってくれ!」
「ええ。世界間移動を成し遂げた私とあなたのマジカルパワーはきっと主神クラス。今まで気づいてなかっただけで、私たちは途方もない才能を秘めていたっぽいのです。たぶん。ちょっと水を出すくらいちょちょいのちょいです。たぶん」
その、最後に添えられる「たぶん」が途方もなく不安なんだけど。
「それはほら。これまでやってみたことがないので。守護霊的なアレをやり始めてまだ日が浅いもので、私たちによもやこれほどの魔力が秘められていようとは思っていなかったのです。でも大丈夫。自分の力を自覚したポン子ちゃんは無敵です。たぶん」
「とりあえずやってみてくれないか?」
「ふふっ。神の奇跡を頼むときはそれ相応のやり方というものが……ってなんでいきなり二礼二拍手なんですか。冗談ですよ。一礼しなくていいです。私とトモくんの仲じゃないですかーっ」
ポン子は螺旋を描いて空に飛びあがり、ひと際強く光り輝く。そこから勢いよく、俺の目の前まで降りて来て。
そこで止まっていた。
「あの。水を出す魔法ってどうやればいいんでしょう? トモくん知らない?」
知るわけがなかった。
「ですよねー……」
少しでもこのポンコツに期待した自分が馬鹿だった。自分でなんとかしよう。そしてこれに関わって大切な時間を無駄にしないようにしよう。
そう覚悟を決めて、背後の森の中に足を踏み入れる。まずはどこか、下に降りられそうななだらかな斜面を見つけるところからだ。
「えっと、ごめんね」
足元にはしっとりとした土と、そして苔むした岩肌。近いうちに雨が降っていたのだろうか。湿り気が足を取って歩きづらい。複雑に入り組んだ根が土の中に紛れ込んで、時折つまづいて転びそうになる。
「ゆーるーしーてー」
もう空は見えない。高さの異なる木々が、少しでも光を受けようと枝葉を伸ばし合って、頭上はすっかり緑一色。森の奥に進むにつれて徐々に薄暗くなってきた。そのせいで、ただでさえ歩きづらい足元が見えなくなってきて余計に辛い。
「無視はやめてよーひどいよー」
そういうわけで、手ごろな光源であるポン子の存在は有難いわけだが。
「あ、そうなの? じゃあ許してってばー。役に立ってるんでしょ?」
こう一気に立ち直られると、少しイラっとする。こちらの心を読んでいるようだが、それはなんだか嫌だ。自分に限らず、思考を読まれて嬉しい人間はそうそういないと思う。
「そんなー」
だいたい、どうしてこのポンコツは火や水を出せると思ったんだ。俺をからかうとしてるわけじゃなくて、本気でそう思い込んでいたあたり救いが無さすぎる。
「だって時間操作で世界転移ですもん。こんな凄いことができたら、他もいろいろできると思うじゃないですか」
「時間操作や世界転移のやり方なら分かるのか」
「……分からないです」
だめだこいつ。返品したい。
「ま、待ってください。あの時は超焦って必死だったんです。ちょっとベンガルトラさん見てみたいなって思って私が初めてトモくんを誘導してみたらこれが予想外にベンガルトラさんが素敵にワイルドでワイルドすぎて……」
なんてことだ。お前のせいだったのか。ポン子。
「ごめんなさい。なんでもしますから許してください」
「なんでもしてくれるのか。じゃあとりあえず火と水を頼む」
「……ごめんなさい。反省して――ぎゃっ! やーめーてー!」
試しにポン子を叩いてみたら、意外にも手ごたえがあった。光の塊だというのに、何故かしっかり叩けている。
「それはそうですよ、今のトモくんはなんかこう、マジカルパワーが凄いので」
ともあれポン子が暗くなっていると、明かりとして心もとない。反省はしてほしいが、もうちょっと明るくなって欲しい。
「そう言われても、私こんな人に見えるくらいの力を持つの初めてで、どうしたものか。たぶん気分が良くなったら明るくなると思うので、適当に褒めてくれません? きゃーポン子かわいい、こっち向いてー、みたいな」
……反省してほしい。