1 守護霊的なアレです。感謝していいですよ。
「おーい」
「にゃー!」
「おきてー」
「ほら、そろそろ起きよう? 風邪ひいちゃうよ~☆」
よく言えば可愛い。本音を言えば少し痛々しい甘ったるさ。知らない声だ。
背中にはゴツゴツとして冷たい地面。風が頬を撫でていく。閉じた目蓋に光を感じる。
少なくとも、自宅のベッドではない。ならいったいどこなのか。
自分は、悪酔いして路上で眠ってしまうタイプではないと思う。そもそもお酒とか普段は飲まない。今は頭痛なども無いし、頭もすっきりしている。いや、すっきりしているというのは言い過ぎか。何が何だか分からなくて困ってるし。
「……あの、死んでたりしないよね? 大丈夫だよね? トモくーん?」
こんな声の女の子に心当たりはないし、ましてトモくんなんて呼び方は生まれてこの方されたことがない。喜びよりも困惑が先立つ。起き上がるのがちょっと怖い。なんか怪しい商法にひっかかってないだろうか。
「ほら、死んだふりとかやめましょう? それ意外と通用しないですよ。動物は意外と賢いのですよ」
とはいえ、いつまでもこうしていても仕方ない。
「おはようございます」
「あっよかった。おはよー」
最初に目に入ったのは青い空。そして視界の中をふわふわと浮かんでいる光の玉のようなもの。なるほど、分からない。分からないのでとりあえずそのまま起き上がる。
一方には森。なんだか凄い太くて高い木が大量に並んでいる。人の歩く.ような道は見当たらない。
もう一方には岩場が突き出して崖になっている。そこから視界一杯に広がる森、森、森。隙間なく緑が地を覆い、それを広大な川が貫いている。
「……ジャングル?」
「いえ、熱帯雨林はもっとこう、生態系の循環が早くて、背の低い木々とツタや蔓がいっぱいいっぱいな感じじゃないんです? まあ私も実際に見たことはないんですけどー」
周りに人の姿は見えない。とすると、このふわふわした光の玉が話している?
「そーですよ。気付くのが遅いですよトモくん」
うわっ、声に出してないのに反応してきた。なんなんだろう、これ。
「コレとは酷いですね。物扱いですか? 命の恩人だと言うのに」
「恩人……いや、人でないのは確かだと思うのだけど」
「むぅ。反応が冷たい。いいですか。私はあなたの守護霊的なアレです。感謝していいですよ? むしろするべきです」
守護霊的なアレ。分かりません。やっぱり自分は、お酒に酔ったとかで大分ダメな精神状態なのかもしれない。
「いいですか、あなたはベンガルトラさんに襲われて死にかかっていたところを、私の力で異世界転移的なアレで助かった身の上なのです。なんで覚えてないんですか。ベンガルトラさんですよ、ベンガルトラさん」
そういえば、そうだったかもしれない。ベンガルトラ。うん、覚えがある。
しかしこのふわふわのおかげで助かったというのはどういうわけだろう。
「ふふん、話せば長くなりますが、私はあなたが生まれた時からずっと側についてたり、ついてなかったりした守護霊的なアレなのです! 守護霊的なアレというのが何か知っていますか? 知らないようですね!」
うん、知らない。そういうスピリチュアルな話には関わらないことにしている。
というかその「的なアレ」という言い方はなんなんだろうか。他にちゃんとした名称があるならそっちでお願いしたい。
「あー。それは、その。私は仮免許というか、研修中というか、ちゃんとした神様ではないので……」
心なしか、光の玉がチラチラと光度を落としている。落ち込んでるんだろうか。
「でもでもっ! あなたはラッキーなんですよ。今はかなりの人口過多で、守護霊付きの人は日本でも10人中3人くらいなんです。八百万の神がいるといっても、今や日本人口は一億人を突破してとてもじゃないけど行き渡らない売り手市場。かつては神様枠に入らなかった下級霊も動員しててんやわんやなのです。でもでも私はそんな新卒神霊の中でもわりかしメジャーでいけるクチ。バルバドスアライグマとかシマワラビーとか、誰も聞いたことがないような絶滅動物霊たちとは違ってですね」
本人が言っていた通り、この話は長くなりそうだ。話半分に聞いておこう。
それより、今は目の前の事態が優先だ。ここはどことも知れぬ密林(たぶん熱帯雨林ではない)の中。これからどうやって生きていけばいいのか。食料の確保、帰る手段、何より野生動物の対処。体力の残っているうちに行動していかなければ、状況は悪くなるばかり。
「ええっ! 目の前というなら私の方が目の前にいるじゃないですか。24年間連れ添ってきた仲なのに、どうしてそんなに淡白な対応なんですか。私、寂しいです」
「そう言われても、こっちには何の覚えも無いんだけど。そもそも守護霊的なアレはなにをどう守護してくれてるんだ?」
「大抵は意識を誘導して、迷ったときに正しい方に導いたりとか、でしょうか。たとえばこう、同時に二人の女の子から告白されて困っちゃうなー、とか。大手企業の傘下に入るか自分で起業するか悩んじゃうなー、とか。そういう人生の選択を間違えないようにするのが主なお仕事ですね。」
そもそも、そんな贅沢な悩みを持つ機会に恵まれなかったんだが。
「そうなんですか。良かった」
「そうなんですかって、守護霊さんは24年間横で俺のこと見てたんじゃなかったっけ?」
「あっ……いや、たまにお休みすることとかありましたし……」
こいつ本当は働いてないんじゃなかろうか。
「そ、そんなことないですよ! 現にベンガルトラさんに襲われていたあなたを異世界転移させてるじゃないですか! こんな大仕事、なかなかできないですよ! 私自身びっくりです。いやー、24年間ずっと力を温存してきた甲斐がありましたっ」
やっぱり働いてなかった。
「なっ、なんで確信してるんですかっ!? トモくん怖い」
うわぁ、俺の守護精霊的なやつ、ポンコツだ……。
「ポンコツじゃないですっ。私の名前はポン子ですっ」
ポンコツだ……。