表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

プロローグ


 仕事終わりの帰り道を歩く。外はすっかり暗くなっていて、身体はぐったり疲れている。社会人三年目にして仕事には慣れてきたが、慣れてきた分だけ割り当てられる仕事が増えていく。不満は無い。むしろ俺が潰れない程度に適度に増えていくタスクの山は、よく考えられたものだと思う。ときどき褒められて、たまに怒られて、今の生活は悪くはない。


 ただ、味気無い人生だな、と。


 今日休んでいた同僚のように、有給をまとめて消化してやりたい趣味はない。休むための申請書やらスケジュール調整やら代わりの対応を頼んだりやら、そういう事前準備が面倒に感じて、ただ流されるままに会社に足を運び続ける。

 別に不幸なわけじゃなかった。休もうと思えば休める環境は、恵まれたものなのだと思う。ただ、もうちょっと個性とか、特徴とか、自慢になるものが欲しかった。


 だからだろうか。自己紹介は苦手だ。


 松風智紀(まつかぜとものり)、24才。それ以外に何を話したものかよく分からない。特別好きなものはないし、嫌いなものもあまり思い当たらない。しいて言えば、自己紹介が苦手。


 何か、.途中でもう少しやる気を出していたら違った人生があった気がする。

 思えば、いつも周りには人生楽しんでる奴がいた。一歩踏み出して新しいことを始めてる奴がいた。部活で全国行ったとか、小説書いたら賞取ったとか、それ自体の凄さは正直よく分からないけど、とても楽しそうだった。

 妬みはない。俺はそもそも何もしなかっただけで、チャンスは転がっていたような気がする。

 それを俺は面倒がって適当に勉強して適当にだらだらして、何か新しいものに触れる機会を無視し続けてきた。


 子供の頃に見かけたもの。ぴかぴか光る見たことのないコインを拾って持ち帰っていたなら。夜道を走る、なんか猫耳生えてるように見えた女の子のあとを追いかけていたら。「お前には才能があるから入門しろ」と聞いたことのない武術を勧めてくる謎の爺さんの話をもう少し聞いていたら。


 どこかで少しやる気を出していれば、俺も主人公になれたんじゃないのか。


 そんなときに「動物園のベンガルトラが逃げ出した。付近にいる可能性があるので外出を控えてください」なんて放送がどこからか聞こえてきた。一瞬、そのトラを探してやろうかなんて馬鹿げた考えが浮かんだ。一瞬だけだ。もちろんそんなことするつもりは無かった。


 今日もいつも通りの道を帰って、明日にはまた会社に行く。

 その、はずだったのに。


「ベンガル、トラ……?」


 勿論ベンガルトラを見たのは初めてだった。いや、修学旅行なんかで行った動物園でトラを見たことがあったかもしれないけど、覚えていない。あれはベンガルトラだったろうか。アムールトラだったっけ……。

 なんて、そんなことを考えている場合ではない。


 ベンガルトラと目が合った。走り出す。躍り上がる。爪が肩に食い込んだ。押し倒される。

 すぐ目の前にある虎の顔が、やたら大きく見えた。敵意は感じない。愛らしいとすら思う。

 ただ当然のこととして、虎は牙を剥き、俺に食らいつく。


 虎の歯並びって綺麗なんだな、とか。死ぬ間際に考えることなんて、そんなもの。


 悔いは無い。生きてやりたいことなんて、特に無かったから。

 ただ、理不尽だとは思う。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ