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サブタイトルを全て数字に変更しました。
「アルバート、聖女殿の様子はどうだった?」
ここは国王の執務室。
アーサーは午前の執務をアルバート、カルロスとこなしながら聖女の様子を尋ねた。
「ユイは一晩休んで多少は落ち着いたようです。今朝メアリが起こしに入った時には既に起きて、外を眺めていたようですよ。メアリに確認したところ昨夜はシャワーを浴びた後、布団に入りすぐに眠ったと言っていました。途中様子を見に行った時にもきちんと眠っていたとのことです。ユイにも聞きましたがぐっすり眠れて自分でも驚いたと笑っていました。
今朝は顔色も良く、朝食を一緒に頂きましたが…」
そこまで喋って急に口をつぐむアルバートに書類に向けていた目を上げる。
「どうした?口にあわなかったのか?」
「いえ、それは大丈夫そうでした。とても美味しいと喜んでいましたので。ただ…
ほとんど食べないのです」
「何?体調が悪い…いや、顔色も良いと言っていたな。
なぜだ?食事も口にあい、体調も良いなら何故食べないのだ?
そういえばユイ、だったか?あの聖女殿は随分と痩せておったな?」
質問しながら考え込むアーサーにアルバートはとりあえず憶測だが、と前置きしながら語った。
「せっかく作ってもらった食事を残すのは申し訳ないと食べる前から言っていました。それは自分がたくさん食べるので気にしないよう伝えると、困った顔をしながらも少しずつゆっくりと食べ始めました。
彼女が痩せているのは誰もがわかることですし、あまり食べないのだろうとは思っていましたが、想像以上に食べないのです。
いえ、食べれない、と言ったほうが正しいですかね。
ユイはあの年齢にしては身体が小さすぎます。一緒に来たもう1人の聖女候補はそこまで小柄ではないことを考えても小柄な種族、というのも当てはまらないでしょう。そうだというのにユイだけ小さい、いえ、はっきり言ってガリガリといっても差し支えないほど痩せており、食事もこちらの5、6歳の子どもよりも食べないところを見るに、元々あまり食べさせてもらっておらず、少しの食事でも十分お腹がふくれるのではないかと考えられます。
そして、そこにはもう1人の聖女殿が関係しているのではないかと」
今朝食事をしながらアルバートはユイの様子をよく見ていた。何を好んで食べるか、どのくらい食べるか。
そして色々な話をしながらさりげなくユイの情報を引き出したのだ。だが、ことユーカのことになると途端に口数が減り、食事の手も止まってしまうので慌てて話題を変えたのだ。
「うむ。昨晩の2人の様子を見るに、あのユーカだったか?アレはユイのことをやたらと敵視しておったの。気付かれないと思ったのかアルバートがユイを気にかけるたびに睨みつけては周りを伺いすぐに笑顔を貼り付けておったぞ。
それに聖女を引き受けると言いながら返事ができないユイをけなしておったしの。
普通に考えて、ユイの反応の方が正しかろう。
周囲の状況もはっきりせず、信頼できるかもわからぬのに、ましてや勝手にこの世界に連れて来たものを簡単に信じ、助けるなどとよく言えたものだと呆れたぞ。
ああいう軽はずみに引き受ける者は放り投げるのも簡単にするぞ」
どうやらアーサーもアルバートもあの短時間にそれぞれの反応を伺い本質をしっかり見極めていたようだ。さすが一国を束ねる者と言える。
そこで、これまで黙っていたカルロスが口を挟んだ。
「ところで殿下は、今朝はユイ様と朝食を召し上がられたのですか?」
にこやかに尋ねるその目の奥にどことなく楽しげな色が浮かんでいる。
「…ああ。昨晩の様子が気にかかったからな。それに父上に聖女殿のことを頼まれたとは言えタイラーの昨日の様子ではユイのことはほったらかしにするのは目に見えていたからな。
そもそも父上にきちんと面倒を見るように言われたのにもう1人の聖女に肩入れしているのは明らかだろう。
というより召喚直後からユイには全く目を向けていなかったぞ。気付いてないはずはないのに、あのまま我々が行かなければ召喚の間に放置していたぞあれは。
終いにはユーリだったか?アレと一緒にユイに厳しい言葉を投げつけていたではないか。そもそも自分が召喚の儀を執り行ったのにあの言い草はないだろう。呆れて物も言えないぞ。
それに、何よりユイの食事が気がかりだったからな。それなら一緒に食べて好みや食べる量を把握したり、色々聞いた方がこれからの役に立つと思ったんだが………なんだ?言いたいことがあるならはっきり言え」
「クククッ
いえいえ、今日は本当によくお喋りになられますね。
それに随分ユイ様を気にかけていらっしゃるのですね。普段柔らかい物腰ながら女性をさりげなく遠ざけている殿下とは思えない程ですよ。
あ、それとユーリ様ではなくユーカ様ですのでお間違いのないようお気をつけください。」
「ふん。ユーリでもユーカでもどっちでもいいだろう。
普段私に近寄ってくるのは女の皮を被った狼だろう。迂闊に近寄ると噛みつかれるわ。
ユイはそんな女とは違うだろう。あれは誰かが守ってやらなければ消えてしまいそうだ」
憎まれ口をたたいたものの、ふとユイの姿を思い出して口調も表情も柔らかくなったことに自分で気付いているのか。
そんなアルバート見てアーサーとカルロスは目を見交わしそっと笑みをこぼすのだった。
その後暫く黙って書類を捌いていたのだが、何かに気付いたようにカルロスが顔を上げた。
「そういえば今日は聖女様方は何をしていらっしゃるのですか?」
「ああ。
ユイは多少落ち着いたとはいえまだ気持ちの整理がついているわけではないからな。部屋でゆっくり過ごしてもいいし、庭を散歩してもいいし、好きに過ごしてまずは環境に慣れるよう伝えたぞ。
ただ、タイラーたちとは接触しない方がいいだろうと思ってメアリにはメリザとうまく連絡を取り合うよう伝えておいた。
そろそろ昼食の時間だし、一度様子を見に行こうと思っているが」
「そうですか。もうお一方、ユーカ様の方はどうしておられるかご存知ですか?」
聖女様方は、と2人の様子を尋ねたのにユイのことしか言わないアルバートに若干呆れた視線を向けながらも念の為ユーカのことも尋ねてみた。
「さあな?どうせタイラーがくっついているんじゃないのか?今朝は騎士団の訓練にも出ていないようだしな」
やはり予想通り把握はしていないようだ。しかし、聞いたカルロスも実はあまりユーカに関心を持っているわけではないのでどっちもどっちである。
その後昼食近くまで黙々と書類を捌いていたのだが、そろそろ終わろうかという頃執務室を扉をノックする者がいた。
また新しい仕事かと3人ともゲンナリしながら促すと入ってきたのはタイラーとユーカだった。
違う意味で3人とも内心ゲンナリしつつも表情には出さず、カルロスが代表して声をかけた。
「おや、タイラー殿下にユーカ様、いかがされましたか?」
タイラーの後ろでヘニョンと眉毛をさげ、いかにも声をかけてくれと言わんばかりの表情をする優香。しかしどことなくわざとらしさが感じられるので
面倒臭いと思っても仕方ないだろう。とりあえず誰もそこには触れないことにした。
「父上、少しお願いがあって参りました」
「ほお、お願い、とな?」
「はい。
ユーカは元いた世界からこちらの世界に無理矢理連れて来てしまいましたが昨日から気丈に過ごしています。でもやはり本当は心細い思いをしているのです。
そんな気持ちを見せないように明るく頑張る姿はとても健気ではありませんか。
そこで、少しでも淋しくないように皆んなで側にいてあげたらいいのではないかと思うのです。
それと折角なので、皆んなでお昼を頂いてはどうでしょうか?あ、それと歓迎パーティをするべきですよね!あとは「ちょっと待て!」
どんどん要望を出すタイラーをアルバートが慌てて止める。
止められたことに少し不機嫌そうにしながらも特に文句を言うこともなく黙って待っている。
「一体何を突然言い出すんだ?
確かに淋しそうに見えないからといって実際淋しくないわけではないことくらいわかる。だから父上がお前に世話をするように言ったのだろう?」
「ええ、それは私にもきちんとわかっています。だからこうしてユーカと一緒に過ごしているのです。でもこれまでいたたくさんの友人や家族の代わりになるには残念なことに私1人では到底役不足なのです。ですから!」
「いやいや、ちょっと待て。いくらなんでも元の世界と同じようにたくさんの友人や家族?の代わりをするのは無理だろう。
ユーカさん、淋しいのは勿論理解していますし申し訳ないとは思いますが、さすがにそこは我慢してもらうほかありません。私も国王も宰相もそれぞれたくさんの仕事を抱えているのですよ。特に今は各地で魔物の活性化の報告が上がっていたり、瘴気のこともあり本当に忙しいのですよ」
タイラーでは相手にならないと思い優香に直接説明をしたアルバートは本当に申し訳なさそうに眉を下げ、困ったように微笑んで見せた。
「あ、勿論です!今は大変な時期ですもんね。そのために私だって呼ばれたんだし。
うん。大丈夫です。淋しいけどちゃんと我慢できますよ!」
任せてくださいとばかりに力こぶを作って見せるがこの世界ではそんなジェスチャーはないので皆んな笑ってスルーである。
「あ、でも、もしよかったらなんですけど。勿論無理にではないですよ!もし、もしも少しでも時間があるなら食事くらいは一緒にできないかなって思うんです。少しの時間でもお互いのことをお話ししたり、一緒に過ごすことができたらきっと淋しくなくなると思うんです!それにお互いのことを知るのはこれからの事を考えても大事だことだと思うんです。
ダメ、ですか?」
健気な女の子を装って頑張りますアピールを必死でする優香。更に最後に胸の前で手を組んでちょっぴり首を傾げて見せる。これで落ちない男はいない!と常日頃友だちに自慢していた優香の男を落とすテクニックである。しかし…
「うーん、そうしたいとは思うんだけど本当に忙しいんだ。ゴメンね。
あ、でもタイラーは聖女のお相手をするという大義名分があるから仕事も勿論免除だから、しっかり相手をしてもらうといいよ。
タイラー、優香さんのお相手をしっかりするんだぞ」
しっかりきっぱり断った挙句、タイラーに丸投げである。
ここまではっきりと断られると思っていなかった優香は驚いて目がまん丸になって口がパカっと開いたまんまである。かなり間抜けな顔である。
「そうだな。さすがに今は無理だよな。
ユーカ、大丈夫だ。私がずっと一緒にいるから!食事も必ず一緒に摂ろう。今朝は一緒できなかったけど明日からは朝も勿論一緒だ」
優香のことを気に入っているタイラーとしては優香と2人っきりで過ごしたかったが、淋しいと言われれば自分の感情を押さえてでも優香の希望を叶えたい、と思っていたのでアルバートの方から断られて、更にはしっかり相手を、と言われウキウキである。
一方、イケメンに囲まれて過ごしたいと思っていた優香はタイラーをうまいこと言いくるめて、国王に会いに来たのだがラッキーなことにそこにはアルバートがいたのだ。
タイラーもイケメンだが、優香としてはどちらかといえばアルバートの方が好みである。しかもアルバートは第一王子。うまくいけばこの国の未来の王妃に自分がなれるかもと勝手な妄想を繰り広げていたのだ。
それなのに断られてしまった。
はっきりいって信じられない。ポーズや目線の角度などなど、これまで男を落としてきた数々のテクニックの中でも成功率の高いテクニックだ。まず落ちない男はいない!と豪語していたのに、全く通用しなかったのだ。
信じられないあまり暫く呆けてしまった。
だがここで食い下がるとワガママな女というレッテルを貼られてしまう可能性が高い。押してダメなら引いてみよう、という言葉もあることだし今回は大人しく引いてみることにした。
「そうですよね。
あの、忙しいのに我が儘言っちゃってごめんなさい。
えっとタイラー?これからも一緒にいてくれる?」
(うんうん。私って素直で可愛いじゃん!まだ出会って2日目だもんね。これからこれから〜)
そんなことを考えているとは想像もしないタイラーは見事に
(ユーカは本当に素直で可愛い子だなぁ)
とすっかり騙されているのだった。
仲良く2人で去って行く後ろ姿を残った3人は冷めた目で見送るのだった。
ここで優香が少しでも振り向いていたらこれから先、アルバートに無駄なアピールをしなくてすんだかもしれない。
そしてすっかり疲れきったアルバートは癒しを求めて結依との昼食に向かい、コッソリとあとを追いかけてきたアーサーとカルロスにちゃっかり邪魔をされ結局4人で昼食を摂ることになった。
午後から癒しの時間を邪魔されたアルバートが負のオーラを撒き散らしながら仕事をし、夕方には3人ともいつも以上にぐったりしていたのだった。