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今回は説明の回になります。それぞれの主要な登場人物の紹介をしています。長めになっていますのでご注意ください。
一同は国王の執務室に場所を移した。
国王の執務室には大きなデスクと本棚、そして来客用の大きなソファセットが置いてある。
ソファセットはテーブルを挟んで3人掛けのソファが二脚。そして中央には1人掛けのソファが一脚ある。その1人掛けに国王が、国王の向かって右手に第1王子アルバートと小柄な少女、白髪の老人、いやユクト神官長が。
その対面に第二王子タイラー、優香、バーニスがそれぞれ腰掛けた。
そして先程まではいなかった1人の男性が国王の横に立っていた。
「さて、それでは話を聞こうか」
重々しくアーサーが声を発した事によりタイラーがここぞとばかりに発言する。
「父上、私はここ最近の魔物や瘴気の噴出が気がかりでなりませんでした。しかし一向に聖女召喚の儀を行う兆しもなく、このままでは国民の不平不満が爆発するのではと危惧しておりました。
そこで、色々な文献を調べたところ聖女召喚の儀を行うのは神官長ではなくても同等の神力さえ持っていればできることを知ったのです。
そこでここにいる副神官長のバーニスと召喚の儀を執り行なったのです。
勿論国王である父上やユクト神官長の許可なく執り行った事については深く謝罪し、国民のためならば如何様にも罰を受ける覚悟であります」
「「「はぁ」」」
自信満々に褒めてもらえるとばかり思って発言したのに何故か国王からも、第1王子である兄からも、そしてユクト神官長からも出たのは褒め言葉ではなく大きな溜息。
「父上?」
「この、
馬鹿もーんっ!!!」
「は?」
「お前は一体これまで何を学んできておったのか!よいか、この召喚の儀はそんなに簡単に行うものではないわ。なぜかこのように決まりがあるのかもう一度説明してやろう。一言一句聞き漏らさずしかと聞くがよい!
まず一つに神官長のみが執り行うことができるとあったはずだ。これは確かに神官長と同等の神力を持つバーニスにも執り行うことはできる。しかし、それは神力の面だけだ。バーニスには精神力が圧倒的に足りん。この儀を執り行うには強い神力と強い精神力が必ず必要なのだ。それは少しでも感情のブレがあればどのような失敗を起こすかわからぬからだ。
そして二つ目、その儀を行うに当たって国王の許可が必要とあったはずだ。
よいか、ここからの話をしっかりと聞いておけ。
この召喚の儀はこの世界とは別の世界から聖女の力を持った少女を召喚するための儀式だ。
要はな、この世界とは別の世界からそれまで生きてきたその少女の人生から、家族から友人から引き離して全く知り合いもいないどころかこれまでの世界とは全く違う世界に、国に、勝手に、連れてくる、ということだ。簡単に言うと誘拐となんら変わらんのだ」
重々しく語られた内容にも関わらずタイラーはまだ反省をしていない。
「しかし!
このバーニスは失敗をしておりません。それは彼の力が神官長に勝るとも劣っていないということではないですか!
それに誘拐と言いますが、この召喚の儀は昔から行われていることですよね?そしてそうしなければこの国は、世界は魔物が溢れ瘴気に覆われ人間がまともに生活できなくなってしまうではありませんか。
そもそもこうして連れてこられた聖女は王族並みの対応を受け、城で手厚くもてなされるはずです。元の生活より余程よい生活を送れるのではないですか?それならば「馬鹿もーんっ!」
「まだわからぬのか。では逆に聞こう。
お前はある日いきなりこの世界とは全く違う世界にたった一人きりで放り込まれたらどうだ?
今までの生活の仕方も常識も全く違う。己の常識や考えが全く通じぬ世界にたった一人だ。右も左もわからぬ。食べ物さえ全く違うやもしれん。そんな世界に己の意思ではなく強制的に連れていかれてそれで全く平気なのか?
よい生活を送らせてもらえるからと、親兄弟、友人らから引き離されて平気でいられるか?
お前はそうやってそこの少女たちを無理矢理この世界に連れてきたのだ。その責任をお前は一人で負えるのか?
だから国王の許可が必要なのだ。だから神官長しかできぬのだ。
人一人のこれまでの人生を奪った責任を、これからのその者の生活の責任をこの先一生負っていかなければならん。
生半可な精神力の者では耐えれんだろうな。
どうだバーニス、お前はそれに耐えることができるか?」
そう話を振られたバーニスに目を向けると、そこには真っ青な顔をしてブルブルと震える姿があった。
「あ、あ、わ、わた、しはなん、てことを…」
そう言うとそれだけ震えていたのが嘘のように俊敏に立ち上がり床に手をついて
「あ、わ、わた、しはなんて、ことを。
す、すみま、せん。すみ、ません。もうし、わけ、ありませ、ん」
ボロボロと涙を流しながら二人の少女に謝る姿がそこにはあった。
国王の話を聞き、バーニスのその姿を見て漸く事の重大さにタイラーは気付いた。
「あ、私は………」
そう言ったきり、言葉が出ないタイラーを見てほぉっと息をついた国王は
「此度のこと本来なら重罪にするべきところだが、その責任の重さを考えて踏み切れなかった儂にも責任がある。
バーニスについては神官長に任せる。
そしてタイラーには責任を持って聖女の世話をするように。あとは今一度王族の責任について学び直せ」
「はい」
始めの頃の自信満々な態度はなりを潜め、すっかり大人しくなったタイラー。
そしてそこでやっとこれまで静かに成り行きを見ていた聖女たちに注意を向けた。
「さて、いきなりこんなところに連れてこられて、訳もわからぬのに説明もせずここまで声もかけず申し訳なかった。
お互い名前も何もわからぬうちにこちらの話を
進めて悪かった。では説明の前にここにいる者の紹介をしよう。説明はそこからじゃな。
ではまず儂からかな。
儂はこの世界アニエスの中心国であるアニエス国の国王アーサー・デイ・アニエスだ。
この世界や国についてはおいおい学んでいけばよいからここでは説明を省くとするかな」
そう言ってニッコリ笑うその顔は先程までの厳しい国王としての顔とは違い、とても優しくまた国王とは言ってもまだまだ若々しく、プラチナブロンドの髪を軽く結んで後ろに流し、深い青の瞳に思わず見惚れてしまうほどだった。
「では次は私が。
国王の息子でこの国の第1王子 アルバートです」
アルバートはがっしりとした国王とは違いすらっとしており、しかし軍服に包まれた胸元などを見るにひょろりとした貧弱さは感じない。元の世界で言うところの細マッチョと言った表現がぴったりだ。そして髪色は国王譲りで同じく軽く結んでこちらは左肩から前に垂らしている。瞳の色は綺麗な紫色をしておりどことなく色気を感じる。
「同じく国王の息子で第2王子のタイラーです。
改めて申し訳なかった。今後何なりと言ってくれて構わない」
こちらは金髪碧眼で、国王譲りのがっしりとした偉丈夫だ。金色の眩い髪を短く刈っている。
この3人、身長はアルバートが一番高く、国王とタイラーはアルバートより2、3センチ低く2人は同じくらいだ。
「では次は私が。
私はこの国の宰相を務めておりますカルロス・フォン・ギルトナーと申します。よろしくお願いいたします」
カルロスは銀髪を国王と同じく後ろで軽く結んでおり、瞳の色は綺麗な翠色だ。
この中で1人メガネをかけており、どことなく冷たい印象を与えるがその瞳を見ると温かみを感じる。
「ふむ。それでは次は儂かな?
儂はこの国の中央神殿に仕える最高神官長、ユクトじゃ。
バーニスが申し訳ない事をしたのぉ。家族の代わりにはなれなんだが良ければじじと思うてくれ」
そう言って細い目をさらに細めてニッコリと笑う顔は気のいいお爺ちゃんといった感じだ。背もこの中ではかなり低く髪も白いのでどことなく親しみが持てる。
「あ、わ、私は副神官長を務めさせて頂いておりますバーニスです」
未だに床に座り大きな背を丸めてボロボロと泣くバーニスはいい年をした大人だとは思うのだが、どことなく頼りなく感じる。本当に副神官長などという偉い立場の人なのかと疑問に思う程だ。
「それではお嬢さん方も名前などを教えて頂いてもよろしいかな?」
やんわりと自己紹介を進めてくれるのはやはり優しく微笑む神官長だ。
「えっと、優香 白築です。優香が名で白築が姓です。
16歳です。これまでは働いたことはなくて学校、んー?同じ年頃の子どもたちが集まって色んな勉強をするところですけど、そこに通っていました」
肩より少し長い髪を金色に染め、クウォーターの為元々色素の薄い瞳は薄茶色。いきなり連れてこられた割には全く動じておらず、堂々と、凹凸のしっかりある胸を張って話す姿は16歳には見えない程だ。勿論そのように化粧をしているのだがそんなことは誰も知らないので大人びだ綺麗な少女、というより女性として見ていた。身長も先程タイラーが並んで歩いたところこの国の女性ともあまり変わらないくらいありそうだ。
次に皆んなの目が向くのが未だに顔色の悪いもう1人の少女だ。どうにか涙だけは止まったようだがうっかりすると今にも溢れそうなのを必死で我慢しているのが伺える。
「大丈夫かい?名前言えるかな?」
そう言って優しく背中を撫でて顔を覗き込むアルバートに小さく頷いて
「あの、白築 結依、あ、じゃなくて、えっと結依 白築です。結依が名で白築が姓です。
16歳です」
「「「「「「えっ!?」」」」」」
そこで皆んなの声が揃った。それもそのはず、小柄な身長はこれまでの栄養不足がたたり150センチほどしかなく、ノーメイクのその顔も童顔で、どう見ても10歳から12歳くらいにしか見えなかったのだ。
しかし、その顔をよく見ると一つ一つのパーツがとても整っておりしっかりと食事をすればきっととても愛らしくなるだろうとアルバートなどはその年齢を聞いて喜んだほどだ。
そうして次は何のために呼ばれ、これからどうするのか、といった話に移っていった。
そしてここからの話はどうやら宰相が進めるようだ。
「先程陛下方の話を聞いてどこまで理解されたか分かりませんので一から説明させて頂きます。
この世界アニエスには5つの大国があります。そしてその大国の中心にあるのがここアニエス国です。この辺りはまた後日学んでもらうことになります。
そして、この世界で暮らしているのは人間だけではなく、獣人、エルフ、ドワーフ、小人族がいるのです。
この5つの大国はそれぞれの種族がおさめています。特に種族間の争いはなくそれぞれの交流も盛んにあります。
ここで問題になるのがこの5つの種族の他にも実は魔物といったものがいるのです。この魔物は我々人間を、また、他の種族の者たちを襲うのです。
普段はこれらを冒険者ギルドが管理している冒険者たちや各地に配属されている騎士が退治してくれているのですが、数百年に一度、瘴気が噴出し、魔物が活性化するのです。瘴気自体も浴びると人間などは死んでしまいかねないのですが、これはそれぞれダンジョンや、深い森の奥でしか発生しません。なので普通に生活している分には問題ありません。
しかし魔物は違います。普段はダンジョンや森の奥、たまに街道に弱い魔物も現れますがそれこそギルドの冒険者が退治してくれるのですがこの瘴気を浴びて活性化した魔物は森の奥やダンジョンから我々の住んでいるところまで出てくるのです。
魔物にあるランク、魔物の強さですね、それもこうなってくると関係ないのです。ありとあらゆる魔物が強くなり襲ってきます。冒険者たちが必死で退治してくれていますがこれから先それも厳しくなっていくことでしょう。
要は根本を断たないとダメなのです。その根本が瘴気です。
しかしこの瘴気はどんなに高ランクの冒険者でも手を出すことができません。精々神官が神力で対抗するしかないのですが、それもある程度抑えるくらいしかできません。
瘴気をなくすには、それを浄化と言うのですが、その浄化をするしかないのですがそれができるのは聖魔法を扱える聖女しかいないのです。
本当でしたらこの世界に住む者たちで解決すべき事だとは誰もが分かっているのです。しかし、残念なことにこの聖魔法を扱える者がこの世界には存在しないのです。そこで大昔の賢者と呼ばれる方が編み出したのが召喚の魔法陣です。
この世界とは全く関係ない世界で暮らす方に誘拐まがいにこちらの世界に引っ張ってきた挙句、このような事をお願いするのは心苦しいのですが、どうか、どうかこの世界をお救いください」
そうして長々と説明をしてくれた宰相を始め、周りにいた人たち皆んなが頭を下げた。
皆んなの視線がなくなった事でニヤッと笑ったのはどちらだったか。
「あの、頭を上げてください。
正直頭がいっぱいで、何をどうしていいのか分からないんですけど、要はこのまま放っておくと魔物に人々が襲われ、えっと、滅びる?んですかね?
それなら私みたいな小娘に何ができるか分かりませんけど、この世界の人たちが助かるように頑張りますので、色々教えてください」
そう言って元気に頭を下げたのは優香だった。
「ユーカ、ありがとう。私の勝手でこっちに連れてきたのにそんな風に言ってくれるなんて、ユーカはまさしく聖女様だな。私ができることはなんでもするから遠慮なく言ってくれ」
そう言って優香の手をギュッと握りしめて2人見つめ合うこと暫し。
一方結依は一生懸命頭の中で話を整理していた。この世界に来てからのこと、先程の説明。正直、ではわかりました、なんて簡単に返事はできない。その魔物がどんなものかも分からない、聖魔法も使えるか分からない、そんな状況で簡単に受ける優香が信じられないのだ。そもそも優香は良い顔しいで、安請け合いした挙句にっちもさっちも行かずこっちに押し付けてくるのはいつもの事なのだ。
そう、この2人実は全くの知らない者同士ではないのだ。2人は従姉妹であり、結依は散々優香に嫌な目にあって来ていたのだ。しかし大人しく優しい結依はそれをはねのけることもできず、これまで過ごしていたのだ。
「ユイ、無理に今すぐ返事をしなくても大丈夫だ。いきなり連れてこられて、話を聞いて分からない事だらけだろう?今晩一晩、ゆっくり寝て、よく考えて返事をしてくれればいいから」
そう言って優しく手を取ってくれるのはこの世界で顔を合わせてからずっと気遣ってくれているアルバートだ。
そんな優しいアルバートにすぐに返事をすることができず、申し訳ないやら情けないやら、不安やらですっかり目尻が垂れ下がっている。
そんな表情もアルバートの庇護欲を掻き立てるのだが、そんなことには気付くことなくコクリとただ頷くことしかできなかった。
そしてそんな2人を、いや、結依を憎々しげに見つめる優香。
できればアルバートにも自分の側にいて、優しく声をかけてもらいたい。というか、良い男は皆んな自分のもの、結依なんかには勿体無い、なんで結依なんかに優しく声をかけるのかとイライラしていた。
「ねぇ、結依、こんなに困ってるのに見捨てるなんて相変わらずあなたは冷たい人ね。こんなによくしてくれる皆んなに自分の持っている力を貸すのは人として当たり前のことでしょ?それともやっぱりあなたって思い遣りも優しさもない人なのかしら?」
「そ、そんなことない!でも…」
そんな優香の言葉に顔を上げて反論するも
「ほら!でもって言いながら受けることができないじゃない?
うーん、でもやる気のない人がいても足手まといだし、話を聞く限り一刻も早く対応した方がいいと思うの。
だから、私がするから結依は何もしなくていいわよ」
そうしてさっさと結論を出して隣のタイラーと話し始めてしまった。
タイラーはタイラーで、すぐに受けない結依を冷めた目で見つめてすぐに目をそらした。
すっかり萎縮し言葉を発することもできず涙が溢れないよう我慢して顔を俯ける結依の背中を優しく撫でるアルバート。
そしてアーサー、カルロス、ユクトはそんな結依に優しい眼差しを向けた。
「ユイ、アルバートも言ったようにまだこちらに来て間もなく、まだ混乱している事だろう。ましてや魔物や瘴気と言ったものはそちらの世界にはないものだと文献に載っていた。
だから今すぐ返事をしなくても誰も君を責めたりしない。
だからまずはゆっくり休んで、少しずつこの世界について学んでいってほしい。それからどうするか考えても遅くないからね」
そう諭すように結依に語りかける国王に向けてタイラーは呆れた眼差しを向けた。
「父上も兄上も呑気なものですね。
折角この世界に聖女がやって来たのですから一日も早く対処してもらった方が民だって安心でしょう。
勿論無理やり儀を執り行った私がいうべき事じゃないのはわかっていますが、一緒に来たユーカはこうして良い返事をすぐにしてくれたんですよ?だったら同じようにできるはずだし、できないならユーカがいるのだから必要ありませんよね?
ていうか元々聖女は1人だと言いますし、きっとユーカが聖女でそっちはただの巻き込まれ?なんじゃないですか?そんな人間に構う余裕なんてないと思いますけどね」
タイラーのセリフにどんどん顔色が悪くなる結依と、どんどん表情が険しくなる皆んな。そんな周りの様子に気がつかずペラペラ喋るタイラーとウンウンと同意するように頷く優香。
この後、誰も何も言わず解散になった。ここで結依を庇って文句の1つでも言いたいところだが、恐らくそうすることによって優香の結依に対するあたりは更にきつくなると、周りのみんなは気が付いていた。
そして、初めは反省したように見えたタイラーだが、どんなに言ったところで考えを改めないことにも気が付いたのだ。そして、初めから優香のみ世話を焼いて結依の事を放置していた事を思い出した。
だから結依が真っ青になって必死に涙をこらえていても誰も何も言わなかったのだ。
しかし優香はそんな周りの態度に皆んなは早々に結依に見切りをつけたと勘違いしていた。その眼差しを見れば結依の事を気に掛けていると簡単に気付きそうなものなのに。