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「……真奈さん、お願いがあるんだ」
「お願い? と、とりあえずどんなのか言ってみてよ」
僕は温かな真奈さんの手を、痛みが走らないように、けれど精一杯に握り締めて、
「今日の夜、真奈さんを抱き締めて寝たいんだ」
沈黙。凄まじい発熱。そして、
「かっ、いっ、いいいいいいいいいい大丈夫っ! うん、大丈夫だからそのくらい。その、うん、任せて、せんせー!!」
僕は、自分の幸福を選んだ。僕を支えてくれた人達を、僕を救ってくれた人達のことを本当に思うのなら、僕は彼らから離れるべきなのに。
――自分の左手が紙片を握り締めていることに、ようやく気がついた。広げて確認する。そこには、
『今度会う時は君の見ている前で、完璧な形で佐治の心をへし折ることを誓うよ。そしてその時に見せてあげよう。誰にも見せたことのない佐治の本当の姿を』
あまりにも邪悪な託宣が書かれていた。
(どうして……どうして、僕は――!!)
思わず真奈さんの手を両手で握り、そのまま祈るように額に押し当てた――いや、事実僕は祈っていたのだ。無駄だと理解しているのに、無意味だと理解させられたのに、それでも、心配と驚愕が入り混じった真奈さんの声を聞きながら、これから確実に訪れる絶望から、どうか逃れられますように、と。
七 怨讐の皹 終了
※次回の更新は七月を予定しています。