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『こんにちは。君が佐治のやつが気にかけている子だね――なるほど、あいつが目をつけるだけあって中々ややこしいようだね』
ずいぶんと佐治さんと親しいようだが、特に疑問には思わなかった。これがそう言うなら、僕は全て受け入れるだけだ。
『……ふーん、君、中々素質があるじゃないか。多分大したことのないトカゲなら一人で問題なく対応できるようになるんじゃないか? まぁ、流石に私をどうにかするのは無理だろうけどね』
声の主が言っていることは正しい。何故正しいのかといえば、声の主が言っていることは全て正しいからだ。
『佐治のやつとはいつかは会わなくちゃいけないけど、今はまだ我慢だな。楽しみは後に取っておけばおくほどいい。それに君がどこまで成長するかも少し興味があるしね。佐治とはまた違った方向でエグくなりそうだよ、君』
声の主の顔を見る。だが何度見ても顔がよくわからない。一体どうしてしまったのだろうと思いつつ、僕は声の主の顔を見続ける。何の意味もないことはうっすらわかっていたが、それでも僕が今対峙しているものがなんなのか知りたかった。
「あの、すいません。あなた、一体なんなんですか?」
とりあえずそう尋ねてみると、声の主は楽しそうにハハハハハと笑った。
『そうかそうか! すごいな、自分の意思が戻ってきてる。やるじゃないか、君!』
この人はお客さんではないし、猛さん夫妻の知り合いでもない。僕の知り合いでもない。そしてほぼ確実に、人間ではない。
『まぁ私のことはいずれ嫌でもわかるよ。佐治のやつに会いに行くのは今ではないけど、そう遠い話でもないんだ』
声の主は猛さんがいれたコーヒーを美味しそうに飲んでいる。僕はただその様子を見ていることしかできなかった。いっそ掴みかかりたかったが、声の主に触れた瞬間、自分の手がこの世のものではなくなりそうで、恐ろしかった。
『――うん、勘も鋭いし賢明だ。私に手を出した時点で終わりだってきちんとわかっているんだね。大丈夫、今特に何かするつもりはないよ。それじゃあこれでお暇するとしよう。あぁ、これはコーヒーの代金だ。君に預けておくよ』
そう言って声の主は僕に一万円札を渡してきた。僕はそれを受け取った。声の主はそのままビべリダエを出ていった。
「――あれ、この一万円は」
僕は猛さんがコーヒーをいれてくれるのを待っていただけなのに、なんで一万円を持っているのだろうか。
「あの、猛さん、この一万円、猛さんのものですか?」
「ん? 一万円? いや、知らないけどどうしたんだい? その一万円、楓ちゃんのじゃないの?」
「違います、気づいたら持っていて……他にお客さんいませんでしたよね?」
「そりゃあ来たら気づくからねぇ……なに、本当に誰のかわからないの?」
「はい……なんだろう、ちょっと怖いですね」
猛さんだけでなく雪子さんにも聞いてみたが、やはりわからないということだった。僕はどうしたらいいだろうか、と相談し、結局交番に届けるという結論になった。猛さんと雪子さんにお騒がせしてすいませんでした、と謝り、僕はビべリダエを後にした。