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無理だ、と思った。勝てるとか勝てないとか、逃れられるとか逃れられないとか、そういった枠の遥か外側に法山は座している。受け入れること以外何一つ許されない絶対的な絶望の化身。あまりにも圧倒的で抗いようのないそれに――黒く美しい銃口を突きつける人間がいた。
「ありがとう。これならオマエのこときっちり撃てるわ」
銃口は法山のこめかみに密着している。佐治さんの右手の人差し指に殺意が込められる。
「――残念。今日はここまでなんだ」
法山の声と共に、僕は音の洪水の中へと投げ込まれた。
(――元に、戻ったのか?)
混乱から立ち直り、音の洪水の正体は自分の周りのものが元通りに動き出したことによって生じたものだと理解した時には、法山の姿はどこにもなかった。僕の目の前には不安そうな顔をした真奈さんが座っている。
「……せー、せんせーってば! どうしちゃったの!? 大丈夫!?」
真奈さんの発する言葉をようやく脳がきちんと処理し始めた。どうやらかなり心配させてしまったらしい。早く安心させてあげなければ。
「あ、あぁ、ごめん。大丈夫だよ、真奈さん」
僕の返事を聞いて真奈さんはガクン、と音がしそうなほどはっきりと肩の力を抜いた。