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「なんだい、楓? 私の何が知りたいんだ」
息を大きく吸い込み、呼吸を正す。目の前の圧倒的な脅威に気圧されず言葉を交わすために。
「お前の名前だ。僕は、お前の名前を知りたい」
トカゲは拍子抜けしたという様子で、
「名前……名前、か」
「そうだ。名前だ。名前がわからないんじゃ呼び辛いだろう」
もちろん名前が知りたいというのは口実にすぎない。言葉が交わせるということは言葉を通して内面を透かし見ることができるということだ。それによって見える水の中の薄氷のように儚いものが、あるいは状況を打開するきっかけになるかもしれない。
「君の好きなように呼んでくれていいさ――いい名前なら、許すよ」
――奥歯を砕くように噛み締める。認めたくはないけれど、しかし確かに僕の道標になってくれているあの善意と同じ言葉を、その口から放つなと心が絶叫する。
「好きなように、だって? お前のための名前なんて、僕は何一つ思いつかない」
精一杯の怒気を込めて僕は言った。トカゲはハハハハハ、と声を上げて笑うと、
「それじゃあ私が候補を出そう――アーサー・ブライアント、コーディー・デンハム、オイゲン・ファーナー、ジルベルト・アセルマン、イルデブランド・ヤッキア、カリナ・ルシエンテス、宮中 仁平……」
「――いい加減にしろ!!」
トカゲの口の動きが止まる。