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――そんなことはない。僕は誰かを笑顔にできる人間じゃない。僕には、誰かを助けられる力なんて、
「人を助けることなんて、本当は簡単なんだ。楓ちゃんだって誰かが落としたものを拾ってあげたり、道案内をしてあげたことくらいあるだろう? ――そうだ、そもそも楓ちゃんがうちで働き出したのだって、雪子のことを楓ちゃんが助けてくれたからじゃないか」
「そんな……あの時のことは、助けたなんて大袈裟なものじゃ」
「それがよくないんだよ。雪子もそうだけど、誰かを助けてあげたいと思う人はどうにも自分がしたことを軽く考えすぎるところがある」
「……それはどういうことでしょうか?」
「俺みたいな普通の人間からすれば、人を助けようっていう風に生きられるだけですごいことなんだ。助けることができた、できないなんて関係ないんだよ。それなのに雪子も楓ちゃんも助けられるのが当たり前で、助けられなかったら駄目だ、みたいに考えるだろう? ――そうじゃないんだ。楓ちゃんの生き方は、胸を張って誇れる、人として一番立派な生き方なんだよ。だから、自分のことを馬鹿にするのはもうよしなさい」
――水滴がカウンターに落ちる音がした。その水滴は、僕の頬を伝って落ちたようだった。