表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願わくばこの手に幸福を  作者: ショーン田中
最終章『神話血戦編』
659/664

第六百五十八話『役者はいずれ舞台を降りる』

 眼前には魔物の渦。アリュエノが発する光と影から這い出て来る魔性達。それはまるで際限がないように思われた。


 恐らくアルティアの支配とは、これを呼ぶのだろう。彼女は敵対する全てを呑み込み、取り込み続けながら自らの一部として治めてしまう。


 素晴らしいほど化物だ。俺達だって飲まれれば同じ立場になるはず。そりゃあ誰も勝てなかったはずだ。敵ですら彼女は呑み込み続けたのだから。


 人類ではこの威容な化物に敵わない。しかし、魔を有する者は全ての魔を統括する彼女を傷つけられない。酷い仕掛けだ。ペテンと呼んだって良かった。


 魔の軍勢が、槍を、牙を――時に原典を掲げながら玉座の間を所狭しと蹂躙する。


 毒も、歯車も、今まで戦ってきた彼ら彼女らもこれの一部。魔の根源と言える軍勢達。肌は総毛立ち、眦が強い魔の鼓動に痙攣している。


 けれど、一つ良い事もある。ようやく物事が俺に分かりやすく成ってきた。第一、今まで国家だの軍事だの。面倒な事ばかり考えさせられてきたのがおかしかったのだ。


 要は、こいつらを楽にしてやれば良いわけだ。


 我ながら物騒な発想だと笑いそうになった。これじゃあまるでカリアかエルディスだな。


 銀と碧眼が背中を貫くのが分かった。ふざけている時間がないのは承知の上だ。機会は一度。アリュエノは先ほどと違い、自分の手を晒し続けている。言わば体内にため込んだ魔力を大放出しているに近しい。


 ならば今近づけさえすれば、あいつが抱えて離さないものだって殺してやれる。――そう信じるしかない。


「さぁて、行くか」


 一歩を力強く踏み出す。敵が迫りくる一瞬が永遠にも感じられる。奴らは間違いなく俺を取り込みにくる。アリュエノは容赦をしないだろう。彼女は眉を僅かに下げ、微笑を湛えながら俺を見ていた。僅かに乱れた頭髪はそれでもなお美しさを見せつけている。


 思い出す。かつての旅路で、アリュエノが俺を見ていた時の表情そのものだ。


 魔剣を振り上げ、一息もつかずに振り下ろす。魔が、眦の端を駆けて行った。


 ――刃が纏った夜が、光を震わせ落ちる。


 闇とすら言えない、黒が魔の軍勢を呑み込んでいく。太陽の届かない夜影が、豁然、光の合間を打ち払った。手の平に異様な感触が浮かび上がった。がちりがちりと、歯を鳴らしながら刃が魔性の命を踏み潰していく感触。


 しかし、これだけじゃあ終わらないだろう。アルティアの奴は、何百年も魔性をため込んできたわけだからな。


「カリア」


 頼り甲斐のあり過ぎる盾殿の名を呼んだ。呼吸を合わせるまでもない。もう彼女らとはかつての旅路の頃のように、対立してばかりではなかったのだから。


 頬を掠めるほどの危うさで、それでも俺には一切傷つけずに巨人の閃光が軍勢を粉砕する。過ぎた剛力は、音すらも置き去りにするようだった。一瞬遅れて、床板の一部が崩れ落ちた衝撃が響く。


 見えてきた黄金の瞳を見据えたまま、再び刃を振り上げて一歩を踏み出す。


「フィアラート――」


 合図は無かった。だが俺が踏み込む瞬間に合わせて、共犯者は待ち構えていたように炎を吹き上げさせる。彼女が操舵する怪物は、魔獣の嵐すら崩壊させて奪い去っていく。


「――エルディスッ!」


 玉座に向かって、勢いよく跳躍した。それはもはや軍勢の顎に自ら飛び込むような行為。だが俺の女王陛下は頼りになる。俺が危機に陥れば、それとなく助け船を出してくれるのは何時も通りだった。


 俺の足元を包み込み、着地先にいた魔性の全てを呪い殺して、エルディスの呪術は俺の為に道を開く。もはや呪いというより、意志持つ生物のようにすら見えた。


 無論、魔性の軍勢がこの程度で滅んだわけではない。ただ、彼女らは俺の為に道を切り開いてくれただけ。ただ数秒の為だけに。


 アリュエノが眼前、数歩の距離。詰まり間合いに、いた。


「随分と仲が良いのね、ルーギス」


「そうだろう。俺の自慢の仲間だよアリュエノ」


「嫉妬しちゃうわ。彼女達ととっても仲良くしていたのね」


 呼吸を合わせるようなじゃれあいだ。言葉を交わしながら俺は片手で魔剣を肩に乗せて構え。アリュエノは指を振るって軍勢を指揮する。彼女はやはり微笑で俺を見て、言う。


「――私の手は、取ってはくれなかったのにね」


 その一言が、その想いが、アリュエノの全てのように感じられた。


 目が見開き、ぞくぞくと背骨に震えが走っていく。恐怖とは違う何か。畏れとも違う何か。しかし決して幼馴染から感じてはいけないはずの感情を、アリュエノから受け取ってしまっていた。


 指が固くなる。不味いと分かっていても、胸が軋む。善悪がどうであろうと、正義と悪がどうであろうと、俺は彼女の道筋を否定しようとしているのだ。


 俺が誰よりも救いたいとかつて願ったはずの、アリュエノの願いを。

 

「ルーギス」


 アリュエノの指先が輝きながら動く。魔性の軍勢が、俺へ注ぎ込まれるのが分かった。アリュエノはやはり変わらぬ表情で、首を傾げる。


「私を、愛してくれる?」


 微笑をうかべながら、けれど悲し気な様子で彼女は問うた。四肢に魔性が食らいついてくる。魔が俺を取り込んでいる。何をもって答えを示せと言われているのかは俺でも分かる。


 呼吸を落として、目を細めた。瞼の裏に幾つもの光景が見える。


 歯を思わず噛んだ。そう言えば、噛み煙草を何処かになくしちまったな。空気を噛むようにして、答えた。


「幾らでも。――お前の願いをぶち壊す男で良けりゃあな」


 残った左腕で魔剣を再び強く握りしめる。腰を駆動させ、肩を回転させて刃を振るう。それだけで良かった。それだけで魔剣は、俺が思う通りに魔性共を駆逐してくれる。彼らの為の死を与えてやれる。


 もう一歩、アリュエノへと近づく。


「……どうして。私は、貴方を救ってあげたいのに。これしか貴方を幸福にする方法はないのに」


 アリュエノが慟哭するように、喉から声を張り上げさせる。数多の魔性の軍勢を率い、王都まで陥落させようとする聖女様には到底見えない。


 その様子はまるで泣きじゃくる子供のようだった。どうして彼女は俺よりずっと頭が良いはずなのに、致命的な所で思い違いが激しいのだろう。本当に、こればかりは幼い所から変わらない癖なのかもしれない。


「馬鹿を言うなよ。俺の趣味じゃあないって言っただろ。そんなに一緒に死ぬのが良いなら、俺とお前だけで首を刺し合えば良かったんだ。それで全部終わりさ。俺は別にそれでも良かった。……いいやもしかしたら、今のお前が言う幸福だって、受け入れる事だってあったかもな」


「なら、どうしてっ。何でよ、ルーギスッ!」


 かつての頃。何もかも諦めてしまっていた頃。そこに差し出された手と幸福を、俺は拒絶出来ただろうか。何度問答しても、答えは出ない。だからきっと、俺のような人間がアリュエノに言える事はそうないのだ。


 不幸だったけど、世界は捨てたもんじゃないなんてのは俺には重すぎて。生きているだけ幸福なんだと言えるほど、達観もしていない。


 だから、言えるのは一つだけ。


「――欲が出たのさ。お前に生きていて欲しい。カリアやフィアラートにエルディス。他の仲間もそうだ。二人だけで幸福よりも、他の奴らも一緒に幸福の方がいいだろう。くだらない欲の所為で、こんな所まで来る嵌めになった」


 世界なんてのは生きるには最低だが、それでも捨ててしまうのは憚られる。


 そんな世界だ。どうせなら、他の連中も幸せな方が良いに決まってる。


 呼気を吐き出して、アリュエノに向け魔剣を振るう。どう足掻けど、今のアリュエノを放っておけば世界はおのずと死んでしまう。なら彼女の核、原典に魔力を注ぎ込み続けているであろう、


 ――人類英雄アルティアの魂を殺さなければ。

 

「……本当。貴方って自分勝手よねルーギス。そんなもの、誰も幸せにならないに決まってる!」


「知った口を聞くんだな」


「知っているもの」


 アリュエノは黄金の瞳を見開いて、牙を剥く様子で言った。未だ魔力を有している身体はそれだけで破壊力を持つ。ぎこちない様子で腕を振り上げ、彼女は吼えた。


「誰もの幸福を望んで、誰もを幸福にしようとして。その成れの果てが彼女じゃない。終わりは何時も同じ。誰も幸せになれませんでした、よ!」


 幼少の時以来と思われるほどに、アリュエノが感情をむき出しにする。彼女が何を知って、何を見てきたのか。おおよその検討はつく。俺程度が考えつく事だ、彼女だって考えただろう。


 アリュエノが腕を振るうのを見ながら、魔剣を振るう。


「知るかよ。俺とそいつは別人なんだからな」


 がちりと、アルティアの魂に狙いをつけていたはずの刃が、アリュエノの魔力によって受け止められる。


 思わず目を見開いた。俺が左手一本であったとはいえ、幾らなんでも彼女が受け止められる代物ではないはずだ。正確に魂のみを狙い打っていたはず。


 アリュエノが、指先で魔の軍勢を指揮しながら言った。


「……これも彼女の身体から作ったものよね。魔力の塊じゃない。魔性を統括する今の私に、これがどうやって効くのかしら」


 そういって、アリュエノは黄金の瞳を輝かせた。未だその内には光が煌めき、魔力が脈打っている事を思わせる。魔の軍勢は、彼女の指揮に促される様に濁流となって打ち震えた。


 巨人も、竜も、精霊も。俺も全て飲みほさんとするほどの勢いだ。


「――誰も彼女には勝てなかった。だから、私にも誰も勝てない」


 アリュエノの片手が、俺の首筋を撫で掴む。まるで丁重な代物を扱うようでありながら、俺を魔の中に呑み込まんとしている。


 アルティアの時代。確かに彼女に勝ちうるものはいなかった。彼女は神霊そのものとすら言われる存在だ。魔にも、人にも敵はいなかっただろう。とうとう殺せたのは、暗殺という手段だけ。


 けれど――奴が生まれて来る前に、生きて死んだ人間もいるじゃあないか。


 玉座の間、王都を見下ろす窓の外。


 ――魔力を発し続ける光の柱と、抗う人類の姿が見えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 〉人類ではこの威容な化物に敵わない。  「威容な化物」。初見、誤字か? とも思いましたが。上手い表現であると思います♪
[気になる点] なんだか駆け足というか急ぎ足というか…少しばかり巻きのような…? [一言] アルティア、全ての魔を統べて、人を統一したからそれ以降の魔と人に特攻入るみたいな感じなんだろうか 魂帰りみた…
[良い点] ルーギスさん今までで1番主人公してるなぁ [一言] カリア、ファアラート、アルディスと本当の仲間になり、信頼度でも救世の旅のヘルトを越えたんだなぁ…と感じる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ