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願わくばこの手に幸福を  作者: ショーン田中
最終章『神話血戦編』
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第六百三十五話『二人の英雄』

 そも神話とは、何だろうか。


 其れは偉業を語る物語ではなく、人を称える物語ではない。想像を超えた現象を語る物だ。


 崩れ去る破壊を物語ったフリムスラトの巨人神話。


 奪い去られる旱魃を物語ったヴリリガントの天竜神話。


 生命が産み落とされる奇跡を物語ったゼブレリリスの精霊神話。


 人も魔も超越した現象こそが、世界にとって語りうる価値を有し、神話足りえて世に迎えられる。そうでない神話は、所詮淘汰される運命に過ぎない。


 だとするならば、この英雄の神話は何を物語っているのだろう。


 黄金の頭髪と瞳を真っすぐに見つめながら、俺は自分自身に問うていた。俺は、此れを殺せるのだろうか。


「――おい、ルーギス。ちょいと聞いてけや」


 すぐ傍でメディクが、顎を引いて眼を強く開いていた。眉間に皺が寄り、矛を強く握りしめる様子から、戦意を漲らせているのが分かる。


 視線だけで彼を見つつ、喉を鳴らした。返事をしようとしたが、知らない内に喉が乾ききっていたらしい。微かな音が喉から出ただけだった。

 

「存外で驚愕で茫然だ。化物が控えてるっていうのに、目の前の奴ももう人間じゃあねぇ。だが俺達は、両方とも超えて行かなきゃあ勝ちはねぇ。それに――あの馬鹿でけぇ柱もくさい。酷い魔力の匂いがしやがる」


 言って、メディクは顎をくいと動かしてアルティアが打ち立てた光の柱を指した。


 アリュエノはあれこそが都市を変貌させる要だと言っていたが。メディクもこういうのであれば、アレが想像の外の存在であるのは間違いがない。時間は明確に俺達の敵というわけだ。


 肩を竦めて返してから、唇を動かす。


「それで、まさか諦めようってわけじゃあないよな」


「無論で当然で瞭然だ。分かるだろう、此処で全員が時間を食ってる暇はねぇ。奴は俺が引き受ける。お前は先に行け。あの嬢ちゃんを止めてこい」


 メディクが矛の切っ先をヘルトの方へと向け、周囲を牽引するように一歩を出た。眼前の危機に対し、自ら先陣を切る姿は王というより歴戦の将を彷彿とさせる。きっと彼は、千年も昔の時代においてもこうだったのだろう。


 周囲を惹きつけ、兵に背中を見せながら自ら最前で皆を率い続ける王だったのだ。見せつけられた背中が、彼の歴史を表している。


 間違いなく、メディクの提案は妥当な選択だ。アリュエノに爺さんも先に行ってしまった。宮殿の中の事を想えば、此処で足を止めている暇はない。


 だが、それでも。


「悪いが、断るよ。あいつは俺が殺してやる。約束みたいなもんさ」


 腰に携えた白剣に僅かに指を沿えた。


 ヘルト=スタンレーはフリムスラトの大神殿で死んだ。本当は、あの時俺も奴に殺されていたのだ。ただ他の連中に生きながらえさせてもらっただけ。言うなら俺も奴と大して変わらない、死人同然というわけだ。


 ならあいつは、同じ死人の俺が殺してやらないといけないだろう。


 俺がメディクに合わせて一歩を出ると、ふわりと宝石が周囲で浮かんだ。


「なぁに。あいつ、生前はあんたの友人か何だったの。何でもいいけど、そういう拘りは今は嫌いじゃあないから。でも私はアルティア――アリュエノとかいう子を追うわよ。悪いけど、あいつの言う世界ではレウは生きられ無さそうだから」


「……さぁな、ただの敵だよ。敵同士でも情が芽生える事はあるだろう。どうするかは好きにしてくれ、俺だってそうするさ」


 アガトスと俺の声を聞いて、メディクは目を一瞬細めた。それは俺達を諫める類のものではなく、むしろ懐かしいものを見るような目つきだった。


 頬を崩してメディクは言う。王ではなく快活な好漢としての色合いが、瞳に戻っていた。


「あの嬢ちゃんはどうする?」


「それも、俺が止めるさ。追いかけてこいって言われたからな」


「委細結構! そう言うのなら任せようじゃねぇか。所詮俺は過去の人間だ、後ろだけを任せとけ。お前らは目の前の事だけを考えろ」


 メディクの言葉に、背を押される。こうも率直に、誰かに自分の道を後押しされたのは初めてだったかもしれない。


 フィアラートとエルディス、そうしてブルーダーに目配せをした。彼女らも、この場でどう動くべきであるかは理解しているのだろう。互いに軽くうなずき合った。


 視線を動かし、ヘルトを見る。黄金の瞳は、間違いなく俺を見ていた。一歩、また一歩と前へと踏み出す。


「――聖女は貴方を排せよとは仰らないと思いますが」


「関係あるか? 他の事が俺とお前の間に」


 魔剣が手の平に吸い付いてくる。俺の中に存在する原典が、一度殺した相手を今一度殺せと囁いている気がした。もはやあの頃とは違い、互いに人間とは到底呼べず、賭けるものも己の命だけではない。


 両者ともに、目指すべき理想があった。その為には互いは排されなければいけない。紫電を腰元に構え、地面を足で叩いた。


「関係無いだろうヘルト=スタンレー、なら決着をつけようぜ。俺もお前もそれ以外の生き方なんて出来ないのさ」


 もはや、ヘルトに抱いている感情は憧憬だけでは無かった。かといって敵意や殺意とも異なる。憎悪でもない。何と呼べば良いのか、俺自身にすら分かっていなかった。


 ただ黄金の瞳を輝かせながら白金の剣を構える奴に向けて、戦う意志だけを向ける。


「残念――ではないのが不思議です。ええ、何とも言い難い。自分の事なのに理解が出来ない」


 ヘルトは一言を言って、直ぐに言い淀んだ。俺と同じように、言語化し辛い感情を胸に抱えている様だった。しかしその懊悩を一瞬で噛み砕いて、奴もまた足を踏み出す。


「しかし、戦いましょうルーギスさん。それが僕の望みであり、不遜以外のなにものでなくとも」


 奇妙な事に、生前のヘルトの表情が今の奴にはあった。正義を信望しながらも、それでいて尚燃え立つ熱を持つ奴の色合いが。


 同時、背後から声がかかった。強さを孕んだメディクの声だった。吐息を押し出した音が聞こえる。


「――餞別だ! くれやろうじゃねぇか! 全員出遅れるんじゃねぇぞ!」


 言った瞬間、強烈に矛を振るった音が耳を貫く。次に、声が響いた。

 

「超越――豪技『巨人殺し』」


 巨人をも殺す一撃が、宮殿前の石畳を目掛けて放り投げられた。石が雨の如く弾け飛び、土が津波となってあふれ出す。地面から嵐が噴き出しているといっても過言ではない有様だ。


 だが、それは絶好の目隠しになった。


 ヘルトの視界が紛れ、その瞬間を突いて宝石の軌道が視界の端を過ぎっていく。他にも複数の影が動いていた。


 もはやヘルトは、其れらを追いかける事は出来ない。いいや、させなかった。


 一歩、二歩、三歩。土飛沫にまぎれて近づき、腰元から紫電の線を描き切る。もはやそこは、俺と奴の間合いだった。


 白金が応じるように弧を描き、紫電を食い取った。がちりと、鉄と鉄が接合する音がする。鉄に火花を吐き出させながら、数度其れを繰り返した。一撃一撃の重さが、腕を軋ませる。魔人と変わらぬ体躯が、今にもへし折れそうだった。


 呼吸をしている暇は無い。以前と比べれば随分と素早く動くようになった身体が、今は気が狂いそうなほどに遅く感じられた。一瞬が、刹那が死に繋がっている。


 ヘルトは未だ原典の力を使っていない。奴の語る神話がどんなものか、俺は拝めてすらいなかった。


 だというのに俺と奴は互角の地平にいた。距離を殺した上での陽動も、魔剣に誘導される至高の斬撃も、奴は全てに対応してみせる。俺の一撃も、奴の一撃も互いの皮は削れても骨は砕けていない。


 全くの不覚だった。俺はそんなヘルトの姿を見て、脅威よりもある種の懐古心を胸に抱いていた。頭がおかしくなっているのが俺自身分かっている。しかし、思わざるを得なかった。


 ああ――やはり此れこそが英雄。此れこそがヘルト=スタンレー。


 俺が焦がれ、俺が目指し続けた頂きが此れだ。かつての旅路、何者にも退かず、何者をも打ち崩した救世者。


「――決着を付けましょう、ルーギスさん」


 攻防の僅かな合間に、ヘルトが言った。黄金の瞳に、間違いのない熱が宿っていた。何処かが斬れたのか、血が滴っている。


 鉄と鉄が接合した音が響き、その後に奴の声が続いた。


「神話の一角を、お見せします」


 白金の剣が、轟きをあげて輝きを増した。まるでこの世そのものを、呑み込まんとするかのように。魔力が凝縮され、幻想の輝きがその場を包み込んでいく。


 瞬間――世界の骨格が、崩れる音がした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 原初の悪や神殺しが中心となったとはいえ、ルーギスの原点はあくまで英雄への憧れであり、宝剣の銘たる英雄殺し。 アリュエノとの決着も付けて欲しいけど、やっぱりヘルト相手が一番しっくりくる
[良い点] 改造されまくったルーギスでさえ圧倒するこの感じ ルーギスじゃないですが久しぶりに英雄たるヘルトを感じました
[良い点] >関係あるか?他の事が俺とお前の間に 殺し文句すぎる
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