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願わくばこの手に幸福を  作者: ショーン田中
最終章『神話血戦編』
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第六百二十九話『我が英雄』

 光の柱を打ち立てながら、アルティアは立っていた。その姿はこの都市全てが自らのものだと語る傲慢さと自負を有している。いいや実際には、この都市だけでなく大陸全てがそうであると思っているかもしれなかった。


 人間王メディクと、宝石アガトスを共に相手取って一歩も退かない所か、跳ね返して見せる剛たる力。だが恐ろしいのはそれで尚、奴の底が見えない事だった。


 奴は一度も、命を振り絞った必死な様相を見せてすらいない。まるで作業でもするかの如く、敵を相手取っている。


 心の奥底からぞわりと緊張が滲み出て来る。きっと奴の全盛、魔性を屈従させた頃の奴はまだ奥底に眠っているはずだ。


 その確信があったからこそ、俺の指は咄嗟に魔剣を握りしめていた。


「もうそろそろ死んでもいい頃合いだと思うんだがね、何時まで生き残ってる気だよ」


 アルティアの唇が、笑みを浮かべながら小さく囁く。


「死なないからこそ、神というのだろう?」


「そうかい。同情するね」


 喉を鳴らす。嗚咽が走る。背筋は冷たい汗が伝っている。アルティアの生物としての強度が、空気を伝わって感じられる。


 それでも、魔剣を抜くしかなかった。この場で殺さねばならないと、脳内が警鐘を鳴らしている。


「――原典解錠」


 周囲の空気と魔力が、一段温度を下げていく。全てのものは刃が触れると共に死に絶え、生の輝きを失っていった。本来あるべき循環に従い失われるはずの生命が、強制的に奪い散らされていく。


 奴の光とは正反対の性質。天城竜を、精霊神を、巨人を殺した刃。アルティアが真に神霊であったとしても、悉く殺して見せる。


 空気が唸りをあげる。生と死の対極が此処にあった。


「どうせなら、君が自分で自分の首を切り刻める程度には利口である事を願いたかったが――」


 奴の言葉を待たず、魔剣の紫電が迸った。刃が空気を距離を、周囲を覆う魔力すら殺して奴の首へと飛んでいく。頸椎ごと首筋を斬り落とすための一振り。通常であれば、遠隔での斬撃を阻むものは何もない。


 其れを真下に打ち落としたのは、アルティアの閃光だった。斬り伏せたはずの刃の感触が失われ、詰め込んだ魔力が無散していく。


 魔剣を切り返し、再び刃を構える。だがその合間に、アルティアの唇が囁いた。


「それはドリグマンの権能が手本だろう。アレにも弱点がある。距離が遠くなればなるほど、時間差が出ること。比例するように魔力も消費する。それに君の原典は、刃で直接斬らねば殆ど効果がないのは分かっているか?

 この大陸は私の庭。もう幾度も其れは視た。私を殺したいのなら、最後まで使うべきではなかった」


 思わず、瞼を跳ね上げた。俺自身、最初から距離を殺す手法がアルティアに通じるとは思っていなかったが。それでも易々と跳ねのけられた上、分析までされるのは衝撃だ。


 しかしそれも当然だった。むしろ、今まで思い至らなかった俺が馬鹿なのだ。


 アルティアは俺が今まで相対した数以上に、多数の魔性達と対立し過去殺し合いをしてきたはず。ならばそれだけ、魔の手の内は知り尽くしている。


 奴は傲慢なだけの神様ではなく、死線を幾度も潜り抜けて来た過去の英雄でもあるのだから。

 

「随分と親切だな。だが、俺も分かった事があるぜ」


 アルティアは、俺の一振りを打ち落とした。受け止めるのでもなく、かつてのように魔力で打ち消すのでもなくだ。


 ――詰まり、奴は刃を受けるわけにはいかなかった。


「やっぱりお前も、こいつが通れば死んではくれるわけだ。それだけで十分さ」

 

 多少なりとも懸念はあった。フリムスラト大神殿でのアルティアは、一切の刃を受け付けない化物だった。ならば此の原典とて意味を成さないのではないかと。


 しかし奴の挙動がそれを否定する。ならば後はどうでも良い。どれほどの事があろうと、必ず奴の首筋を抉り取ってみせる。


「なるほど、道理だ」


 そう言って、アルティアもまた一歩を踏み出す。傍らのヘルトを差し置いて、黄金の瞳でもって俺を見た。


 余りに見慣れた、かつて輝く星にすら見えた、アリュエノの瞳。成長したアリュエノの姿を、まじまじと見つめるのは久しぶりの事だった。


 その容貌は吟遊詩人に尊ばれるほどに整えられ、凡人が持ちえない美質を髪先からすら発している。きっと幼少の頃のアリュエノだけを知る人間が見れば、別人と思うほどだろう。


 けれども、その姿はやはり俺が知るアリュエノでしかなかった。アリュエノの瞳と唇が、言う。


「その刃ならば、私を殺せるかもしれない。私の命を断つ事が出来るかもしれない。私は人類の神であっても、君の神ではないのだから」


 けれども、と。アルティアはアリュエノの口を使って語る。


「――だが私を殺せる者は一人だけだ。例え死ぬにしても、他の者に殺されるなど我慢がならない」


 アルティアが足で大地を叩く。どういう理屈か。最後のその言葉だけは、アリュエノの声ではなくアルティアが本来持つ声に聞こえていた。魂から人を揺さぶるような、伝説を呼び起こすような声。


 刹那、奴の魔力が俺の身体ごと周囲を呑み込んでいくのが分かった。光の柱を中心に円状に広がっていく光の天幕が、都市全域を覆いつくしていく。


 もはや陽光も、夜も関係ないというように、その光は輝いていた。天上全てが、アルティアの魔力を纏っている。


 俺とフィアラートだけでなく、メディクやアガトスでさえ言葉を失った。如何な大規模な魔術魔法の類とはいっても、此れほどのものはそう見るものではない。


 それこそ、神話の時代でもなければ。

 

「此処は、私の都。私が造り上げ、人類が最盛を迎えた時代の帝都。そうして、私の神殿だ」


 煌びやかな輝きの中、都市が少しずつ姿を変貌させていく。魔力による幻影を塗りたくられているのだろうか。まるで都市が、最盛期の頃に生まれ直そうとしているかのよう。時が逆回りを成そうという姿は、余りに現実離れしていた。


「……無茶苦茶。荒唐無稽なやり方ね。分かってるんでしょうね、これ以上やらせれば勝ち目ないわよ」


 口を挟んだのはアガトスだった。軽口を叩くようでありながら、その表情は何時になく固い。ヴリリガントに共に挑んだ時でさえ、もう少し軽薄さが残っていた気がする。


「此の都市の最盛期は、詰まりあいつへの信仰が絶頂だった時よ。人類誰もがあいつ一人を称えていた時代。其れをあいつは再現させようとしてる。意味、分かるでしょ」


 光の柱は、其れを再現するための柱石といった所だろうか。幾ら神様を名乗っているとはいえ、流石に反則すぎると愚痴の一つくらい言いたくなった。


 フィアラートも唇を震わせながらため息をつく。


「詰まり、今何とかするしかないってわけね。エルディスじゃないけど、嫌になるわ」


 時間全てが、俺達の敵。吐息を漏らしながら、足を踏み出す。例え敵が強大であれ、打つ手が思い浮かばずとも、前に出るしかない時というのは必ず来る。それが今だった。


 カリアやエルディス、他の連中はまるで間に合いそうにない。俺達でやるしかない。


 幻想を、神話を此処で殺す。魔剣を振り上げ、魔力を練り上げる。


 瞬間、聞き覚えのある声が周囲に響いた。


『――ルーギス。かつて貴様に語ったな。一度のみ機会を与えようと。今が即ち、その時というわけだ!』


 光しか無かった世界に、影が生まれた。顔は見えない。輪郭すら掴み切れない。大柄なのか小柄なのかすら分からなかった。


 だがそいつは、確かに俺達のすぐ上にいた。不思議だ。顔すら見えないのに俺はそいつを知っているし、そいつが笑っている事も分かった。


 いいやこんな奴が、他にいるはずもない。


「オウフル――ッ」


 初めてアルティアが、驚愕の感情を露わにした。奴の視界が、影に奪い去られる。


 オウフルと、そう呼ばれた影が語った。


「アルティア。貴様は英雄だ。あの暗く冷たい牢獄で、共に立ち上がった日から。貴様は常に英雄だった。誰が認めずとも、私が認めよう。貴様は間違いなく人類を愛しているし、誰よりも人類の為に戦い、人類を守るために傷を背負った。だからこそ、もう終わろう」


 影が、歌うように語る。


「――原典解錠『英雄殺し』」

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― 新着の感想 ―
ここで英雄殺しが来るか!!
[良い点] 間違いなく燃える展開だけどフルメンバーじゃないしまだまだ熱くなるんだろうな
[一言] いやいや、まだよ。まだ終わらんよ。例えアルティアを抑えても、正ヒロインにしてラスボスたるアリュエノの姉御が控えてるだろ?
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