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願わくばこの手に幸福を  作者: ショーン田中
最終章『神話血戦編』
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第六百十四話『彼女の闘争』

 黄金の瞳、黄金の頭髪、手には光輝剣。


 変化したシャドラプトの姿はアルティアと瓜二つ、いいや言ってしまうなら紛う事無き同一の存在に見えた。精々違うのは服装くらいのものだろうか。


 アルティアが身に着ける鎧に対し、シャドラプトは色鮮やかな狩人装束を身に着けていた。かつて世界掴み取った女が着ていた故郷の装束。


 相違はただそれだけ。容貌は勿論、気配も、一歩の踏み出し方も、魔力の放出も、果ては呼吸から瞬きの一つに至るまで全てが同じ。


 もはや変化というより変生と言った方が適切だ。シャドラプトの体躯に、かつてのアルティアがこの一瞬のみ宿っている。


 両者が相まみえた瞬間、間合いは消し飛んでいた。互いに構えた光の剣が交差する。世界すら削り取りそうな魔力の衝突。


 ――刹那。音も消え、視界が光に溢れ、空気すら失われた。


 光の剣が鬩ぎ合う、一切が沈黙するその場を破ったのは、アルティアの唇だった。


「なるほど。私ならば私を殺せると言いたいわけか」


 感心したような、しかし落胆した気配で言う。


 神霊たるアルティアならば、神霊を殺せる。単純明快なその理屈。万物を変化の対象とする影、シャドラプトであればこそ取れる手段だ。

 

「性質を、魂を、思想すらも変貌させる誇り無き者であるからこそ。こんな事が出来るわけだ」


 数度衝突があり、その度に光が弾ける。周囲の有象無象など一切立ち入れない領域が両者の間にはあった。


 思わず、アルティアは眼を細める。


 紛れもない、そこにいるのはかつての自分だ。変わらず人類を愛し、人類を尊び、そうして未だ人類を信じていた頃の。此の狩人装束こそが、シャドラプトの知る己の全盛なのだろう。


 まるで刺し違えんとでもするかの勢いで、シャドラプトは交えた光剣を更に振るい、突き、弾けさせる。光は数多に姿を変えた。ある時は弓であり槌であり杖であり、またある時は剣だった。踏み出す一歩は常に必殺。視線だけであらゆる魔性を凌駕する。


 けれどやはり、アルティアは落胆すら感じさせる様子で唇を動かした。


「それは、安易すぎるだろう――盗人」


 光の交差は、まさしく瞬く間に終わった。常人であれば、視界が光に包まれたとしか感じない。


 しかしその一瞬で、勝敗は決した。


 真なる黄金は威風堂々と両脚で立ち、偽物は膝を屈する。シャドラプトの双眸は砕けんばかりに激痛を発し、焦点が定まらない。かつての大英雄を模した身体は、たった数秒も持たずに砕けかけていた。


 当然の事だ。分かり切っていた。


 シャドラプトの変化は無限ではなく、万能でもない。自らの器を魔力で変造しているのみ。魂の容量を超えた時点で、自身が失われる結末は必然だ。


 限度を超えるならば、精々が数秒。だがそれだけの無茶をしても、厳然たる現実は動かない。


 詰まり――偽物は真実に勝利しえないという現実。


 例えシャドラプトが完璧にアルティアの全盛期を盗み取ろうと、その張本人が此処にいる。拮抗は出来れど超越は出来ない。

 

「だから、どうしたのだ」


 血を口元から零しながら、未だアルティアの姿を保ったままシャドラプトは言った。数秒と思われた変化が、一部崩れながらも持続しているのは衝撃的だ。


 しかし口調は何時ものものだった。視線も、もはやシャドラプト本人のもの。


「そんな事は分かり切っているじゃないか。己は何時だって変わらず、本物には勝利し得ない。だから逃げ去ってきたのだ」


 何時だって誰かに化け続けてきたシャドラプトは、何時だってその誰かに捕まらないように逃げ続けるしかない。彼女にとって、生きる為の闘争は即ちそれだ。


 生きて、生きて、生き延びてやる。彼女の原初、最初に生まれた意志。


「なら今回もそうすれば良かっただろう? 魂すら竜族に変貌させたんだ。生き延びる事だって出来たんじゃあないのかな」


「……貴に気付かれているのなら、意味がないじゃないか」


「気付かないわけがないだろう。――反吐がでるほど傲慢で誇り高い竜族が、他の生物に変化するなどあり得るものか」


 いいや竜族に限らない。数多の魔性がこう思っている。己の種族こそが、至高で唯一の種族だと。


 他全ての種族など、足元にひれ伏せさせる者に過ぎない。巨人も、精霊も、妖精も、魔獣も、鉱魔も、吸血種族も、かつてこの大地に蔓延った全ての種族がそう語るだろう。


 しかし変化とはそれらとは正反対。――即ち他の生物を騙る事。己が生き様を否定し、他の生き様を肯定する事。己が他者より劣等であると断じる卑劣な行為。種族を血統を誇りとする魔性がそのような真似をするものか。


「――ふン」


 だからこそ、他者へと姿を変貌させるシャドラプトの原初は――他者の瞬きで死してしまうほどの儚い生物でしかなかった。


 喰われる者であり、奪われる者であり、踏み潰される者でしかない。本来の魔性の本能である闘争は、彼女に死しか与えなかった。


 だから、逃げた。


 逃げて、逃げて、逃げ続け。嘲笑われようと侮蔑されようと見放されようと。逃げ続けて生を得た。死肉を食らい魔力を得た事もあれば、狡猾に騙し盗み取った事もある。


 より強き者に化け、力を得てまた強きに変貌する。彼女が魂すら変質させて竜という種族を選んだのは、一時において最強の種族であったからだ。


「誇り高さなど何の役にも立たないのだな。己より誇り高く、種族の血統を守った魔性がどれだけ滅んだ。己は、生き残って此処にいるのだ」


 這いずり、逃げ続け、生き延び。そうして今――至高の大英雄の前にいる。其の姿にすら彼女は変貌しえた。


 生きれば、生きてさえいれば。何時か必ず勝利しうる。あの羽虫の如き時代から、常に他者の影に過ぎなかった己ですら此処まで到達したのだから。


「――だから、逃げればいいのだな。恥も醜聞も、命を奪えない」


 シャドラプトの一言は、アルティアに告げたものではなかった。逃げる事を否定し続けた大馬鹿に向けたものだった。


 崩壊する身体のまま、しかし己も落ちぶれたものだとシャドラプトは頬を拉げさせる。如何に方策を練ったとはいえ、ここまで無謀に身を晒すなど脳が灼かれているとしか思えない。馬鹿らしさの極みだ。しかし、仕方がないではないか。


 毒を、呑んでしまったのだから。


 シャドラプトは、瞼に浮かんだ一人の男をふと思った。きっと彼も、案外死ぬ時は呆気なく死ぬのだろう。


 何故なら彼は逃げないから。


 シャドラプトが逃げ続ける事で勝利を得たのに対して、彼は立ち向かい続ける事で勝利を得た。


 本来ならシャドラプトにとって、一笑に付して終わる生き方だ。下らない。自分より強い者と相対すれば終わりだ。馬鹿の生き様ではないかと。


 しかし、どういうわけか彼は終わらなかった。


 立ち向かい続け、遂には己より強い者を克服した。天城竜ヴリリガントもそう、精霊神ゼブレリリスもそう。今より遥かに弱い人間であった頃から、彼は勝利し、這いあがり、此処にいるという。


 知らず歯を食いしばる、光剣を再び握りしめ、足で地面を踏み固めて瞳を見開いた。後一振り、まだ出来る。まだ戦えるとも。


 ――あの姿に、思う所があって何が悪い。


 アレは、強者に勝利して見せた。永遠に強い者から逃げ続けるしか出来なかった己の前で、ただ勝利し続けたのだ。


 ああ、己ながら馬鹿らしい愚か者だとそう言える。シャドラプトは自嘲すらしながら呼気を漏らした。


「アルティア。己は貴を克服する、此処で勝利するのは己だ」


「剥がれた化けの皮で出来る事があるのなら、是非みてみたいものだね」


 二つの黄金が再び対峙する。空気が途端に熱を増した。


 しかし、もはや衝突する前から勝敗は決していると言って良かった。片や万全、片や壊れかけ。シャドラプトがアルティアの姿を模倣しようと思えば思う程、勝利の目は遠のいていく。


 しかし、シャドラプトは立った。対峙し、目の前の敵を見る。逃走路は此処にない。此れは勝利の為の布石なのだ。


「――ッ!」


 両者とも、ほぼ同時に間合いを消失させた。


 瞬きが光を生み出し、乱反射した数多の光が虹色にすら輝いている。彼女ら以外の誰にも、目で追う事すら不可能な神話の戦い。全ての動きが殺意となって、両者を突き刺す。


 しかし、やはり勝敗は変わらない。


 アルティアの光が、シャドラプトの首を食らわんと這い寄った。大英雄となった彼女は勝利しか知らない。彼女自身すら、もはや彼女を殺せない。


 彼女を殺せる者がいるならば――。


 刹那、呼気の合間もない時間。


 アルティアが目を見開いた。彼女の光が、ぴたりと止まった。黄金の瞳が一人を映す。彼女は其れを視てしまった。

 

 ――許せとは言わん。永遠に呪え。俺はお前を、こんな手段でしか救えない。


 かつて彼が己を殺す瞬間に放った言葉が、アルティアの耳を撫でていた。


 紛れもないその一瞬、アルティアの意識が隔絶する。生前と変わらぬオウフルの姿が、彼女の眼前にあった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] シャドがオウフルだった ってことでは無いんだよねきっと
[一言] 全部終わったらシャドもルーギスの嫁になってるって信じてるからな
[一言] シャドさん何気に男前でしたね 性別種族をこえた者に対して命をはる 逃げてもいいくらいなのに
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