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願わくばこの手に幸福を  作者: ショーン田中
第十八章『英雄編』
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第五百九十六話『廃村の戦役』

 廃村となった村落を歩き、馬車を目指す。雪がいやに寂しげなのは、やはり人を失ったからだろうか。


 新王国との会談を終え、ロイメッツ=フォモールは一抹の安堵を胸中に収めた。不思議と大柄な体躯が、この時ばかりは小さくなって見える。


 会談内容は及第点と言っていいだろう。相手側に譲歩する部分はあったが、過大な要求を押し付けられはしなかった。味方につけた貴族の領地も保全できる。ブラッケンベリーに顔向けできない事態にはならなそうだった。


 ふと傍らを歩くガルラス=ガルガンティアが、紅槍を肩に賭けたまま退屈そうに言う。本当に今回の交渉に興味はなかったのだろう。顔つきには緊張感らしきものが欠けている。


「フォモール卿。ヴァレリィはバードニックのと話し込んでる。もうちょっとかかりますぜ。良いのかい」


「構わんとも。奴も弁えている。血を見る事態にはならんだろう」


 バードニック家を出奔した娘も、年若いながらに一角の人間になった。元より騎士としての才覚を持っていると聞いていたし、運もあったのだろう。無事に花開いた様だった。ヴァレリィと境遇が似ているだけに、互いに感じ入る所もあるのかもしれない。


 ロイメッツはカリア、そうして新王国の代表者であった聖女マティアを思い出して知らず眉を下げた。


 ロイメッツが魔性について問うた際、マティアは恐れ一つ見せずに答えてみせた。


 ――魔性を無暗に恐れる必要はないでしょう。恐れは無知から生まれるものです。智恵があれば魔性はただの隣人に過ぎない。


 それだけではないが、より鮮烈だったのは此の一言だ。智恵の信仰者らしい紋章教の聖女らしいといえばそう。


 しかしロイメッツは此の一言に、己らが斜陽を迎え、彼らが王都を手中にした理由を見た気がした。


 ガーライスト王国では大聖教に――いいや始祖アルティアの思想に従い、魔性を最大の敵とした。魔術は一定の者にしか公開されず、思想は統一された。市民の中には魔術の存在を知らぬ者とているかもしれない。排斥すべきだと考える者もいるだろう。


 それが必要であったのは確かだ。


 魔性が大陸の覇者であり、人類は虐げられ奪われる者でしかなかった時代に、彼らを隣人とする思想など排斥してしかるべきもの。ガーライスト王国は統一帝国の継承者であり、此の考えを疑う事すらなかった。


 だが時代は進んだ。


 人類が大陸の覇者となって文化は発展し、智恵が産まれ、思想は複雑化し疑問を持つ余裕が出来た。学者らは、時に市民さえもこう問う。


 ――魔性とは何者か。


 大聖教は敵と答えた。紋章教は知るべき者と答えた。


 たったそれだけの違いだ。どちらが正しいのでもない。全ては時代が決める。


「ガルラス。お前はこの先どうなると思う。もう此の頭には分からんらしい」


「そうですねぇ」


 ガルラスは獣のように鋭い犬歯をがちりと鳴らし、顎に手をやってから暫く黙り込んだ。


 彼が真面目に思考する様子は珍しい。ロイメッツも雑談と思って振ったものだから、意外そうに彼の顔を見た。


 ガルラスは真剣な表情をしていた。


 目つきは鋭く尖り、まるで戦場にいるような立ち姿を見せていた。神妙な様子を十分に取ってから言う。


「――歌姫様が、護国官を殺して軍の主導権を握るでしょうぜ。フォモール卿、あんたも死んじまう」


 唐突な物言いに、ロイメッツだけでなく護衛の兵らも表情を固くして動き出せなかった。数秒の空白が挟まる。


 ガルラスがふざけているのか、それとも――。数名が思考も動きも止めた間隙を縫うように、ガルラスは言葉を続ける。


「本当は、此処であんたとあちら側を殺す事になってる。もう他の連中も動き出しただろう。だがフォモール卿。俺はあんたが嫌いじゃない。騎士である以上、暗殺者の真似事もしたくない。

 こんな様で騎士も何もねぇとは思うがよぉ。此処であんたが逃げてくれるなら、俺が獲物を逃がした間抜けで終われる。だがあんたが俺を殺そうとするなら、俺は騎士章典に従ってあんたを殺さなきゃならない。言ったろ、ヴァレリィを置いてきて良いのかってよぉ」


「……お前は国家の大事を預けられると思っていたのだがな。ガルラス」


「……そいつはあんたの目が曇ってたんだろうよ。俺の目的なんざ昔からかわりゃしねぇ」


 紅槍が、途端に殺意の固まりに置き換わる。空気が冷たい理由が死雪だけではなくなった。ガルラスの鋭い瞳はもはや猛獣の其れ。


 彼の言葉は真実だ。もし一瞬でも敵対行動を見せれば此処は彼の狩場に変貌する。誉の騎士の切っ先は決して敵を逃がさない。


 硬直する護衛の兵士をロイメッツは手を振って制し、頬に皺を刻む。


「何故だ。国家を疲弊させる事がお前の願いではないだろう。聖堂騎士としての矜持か?」


「いいや? 聖堂騎士だった事も、守護者に任じられた事も俺にとっちゃあ関係ねぇ。大聖堂にも義理はねぇよ」


「ならば何故!」


 ガルラスは鋭利な刃物を思わせる雰囲気を発し、紅槍を構えた。吐き出す呼気の一つすら殺気に満ちている。むしろ言葉が理性的なのが違和感なほどだった。


「身内の義理があってな。我が貴弟のために、ガーライスト騎士として最高位が欲しいのさ。……今更引き返すには長く歩き過ぎた」


 騎士の最高位は『冠絶』。かつて統一帝国の時代に造り上げられ――アルティアの騎士にしか与えられなかった称号。並び立つ者無きを意味する二つ名。


 其れを与えられるのは、国王と教皇の二人の意志が合致した時のみ。その為に、旧王国に与するとガルラスは言う。


「馬鹿な……ッ! お前ほどの男が、称号如きに目が眩んだか!」


「ああ、称号如きの為に俺は今まで生きてきたんだよ。その為に生かされたんだ。――さて、お喋りはこの辺りまでらしいなぁ」


 その『音』に気付いていたのは、ガルラスだけでは無かった。ロイメッツも、護衛の兵らも聞いている。


 鉄が擦れ、がちゃりがちゃりと鳴る音。それは重装歩兵が動くようでありながら、跳躍しているかの如き迅速さだ。


 ロイメッツがガーライスト国内で大貴族として君臨できたのは、彼自身の血筋と政治力もあるが。彼が二振りの剣を有していた影響も大きい。


 一振りは、かつての勇者たるリチャード=パーミリス。もう一振りは番人、銀縁群青――ヴァレリィ=ブライトネス。


「よぉ。相変わらず早ぇなてめぇは――」


「――主君を殺さなかった事にだけは礼を言おう」


 ガルラスの殺意を受け取り、ヴァレリィは即断した。何も聞かずに、全身を覆う魔術鎧でガルラスの首筋を狙い打つ。


 速度は弓矢に近しく、極められた体術の滑らかさは目に映っていて尚捉えきれない。


 彼女がいるからこそ、ロイメッツは言葉で時間を得る事を選択した。彼女が来る事を理解していたからこそ、ガルラスもまたそれに乗った。


 ――紅槍と魔術鎧が絡み合う。一瞬の内に三度接合し火花が散った。


 一つ一つが殺意の応酬。ロイメッツらには視線で追う事すら難しい領域の戦いだ。


 魔術鎧がヴァレリィの魔力を吸い上げ、閃光を走らせる。雪の狭間に光が煌めいた。相対してガルラスは紅槍を唸らせ鎧の隙間を狙い打つ。


 互いに、当然の如く相手を殺す為の一撃だった。配慮などない。先ほどまで肩を並べていた者に抱く感情など、二人はあっさりと捨て去れる。


 むしろヴァレリィが気を回していたのは、ガルラスが離反した理由ではなくその他の気配達だ。廃村の中に這いつくばるように。影から忍び出てくるように魔性の気配がうなじを刺す。


 明らかに村に入った際には存在しなかったモノが存在している。まるで――いいや当然知っていたのだろう。ロイメッツと新王国の人間が此処に集まる事を。


「我々を此処で殺し、王都に奇襲をかけると言ったところか。単純な方策だな」


「単純なのが一番楽で一番強力なのは分かり切ってるだろうがよぉ。それに、先の事に気を回す必要はねぇ」


 ガルラスが一瞬間合いを図り、次の瞬間にヴァレリィの首筋に紅槍をねじ込んだ。ヴァレリィが手甲を持って槍を叩き伏せ、再び数度接合する。

 

「『汝の敵を敬え。敵への作法が汝に誉を与える』。――騎士章典の第何章だったかは忘れちまったがよぉ。俺は一人の人間として、てめぇに敬意を払おう。此処で死んでくれ。それで終わりだ」


「私がこの程度で終わるとでも思っているのか。勇者と比肩すれば、貴殿など塵芥に等しい」

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― 新着の感想 ―
今まで騎士道騎士道行ってきたのに急に称号を求め出すのは違和感
[一言] うーんガルラスは今、真面な状態なのか。 ロイメッツとシンクロしたけど、ガルラスと称号にこだわる男がいまいち結びつかない。騎士章典にめちゃこだわりがあるのかと思ったら、思ったより把握しきれてな…
[良い点]  >>勇者と比肩すれば、貴殿など塵芥に等しい  いい……
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