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願わくばこの手に幸福を  作者: ショーン田中
第十八章『英雄編』
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第五百九十四話『正義の在処』

 ガーライスト王国の今後を占う新王国と旧王国の会談。本来であれば長きに渡る時間を必要としただろう話し合いも、この時ばかりはつつがなく進み騒動なく終結した。


 当然の事だったのかもしれない。誰一人として内戦を望んでおらず、双方共に意志は同じ所にあった。新王国、旧王国という垣根は失われ始め、如何にしてガーライスト王国を存続させるかという方向に舵はきられている。


 国家に害成す魔性の存在は、放置すればそのまま国家の内臓を食い破る。人間同士が戦い続ければ国家そのものが失われてしまうのは誰の目にも明らかだった。


 両勢力共に思う所はあれど、破滅の前に押し留まるだけの理性があった。それが薄氷のものであれ、今は繋ぎ止められている。


「先に伝えた通り、我々の戦力はメドラウト砦が有する十万兵だけではない。西方諸国連合のロア、そうして東方からも約定を得ている」


「東方? ……そう、自由都市同盟ですか」


「一部のだがな。ボルヴァート朝の魔性戦役時に兵力を確保し都市を掌握した男が首魁だ。山賊とそう変わらんと聞いている。しかし三方から攻め寄せられれば兵の質など大した問題ではないでしょう」


 ロイメッツが淡々と告げる事実に、新王国側を含めた全員が緊張を漲らせる。


 新王国を覆う状況は思うより遥かに深刻だ。北方の旧王国軍だけでも押し留めかねるというのに、東西の兵まで出てくれば話にならない。対抗するにしても平野での決戦ではなく王都周辺を用いた泥沼の持久戦だろう。


 結果、間違いなく国は枯れ果てる。

 

「……西方ロアと同盟を成したならば、バードニック家と傘下の貴族も合流するでしょうな。アレは国家への義務で動く人間だ」


 西方の話を耳に留め、たまらなくなったようにカリアが銀瞳を歪め口を開いた。


 本来西方諸国からの盾となるはずだった辺境砦コーリデン。歴史に取り残された遺物に過ぎない砦を護るのは、カリアの生家たるバードニック家――バーベリッジ=バードニックだ。


 彼が国家への義務を果たす為ならば手段を選ばない人間であるのは、カリアが誰よりも理解している。

 

「アメライツ陛下が留まらぬ以上、我らが留めねばならん。まして魔性が入り込んでいるとなれば、犠牲を払ってでも駆逐する。よろしいですな聖女殿」


「ええ、勿論です。此処は人類の国ですから」


「ならば最後に一つだけお伺いしたい」


 ロイメッツとマティア両名の署名を持って、殆どの約定は結ばれた。兵力の合流方法、必要に応じ十万の兵力をもってロアと自由都市同盟の兵を跳ねのける事、それに旧王国軍に属した人間の処遇。そうして国王と聖女の取扱。


 率直に言えば苛烈な処分に落ち着いたものは一つも無かった。そもそも今のように新王国と旧王国が対立しているのは、魔性によって国家が蹂躙された結果に他ならない。


 人間が人間の意志のまま、国家を救おうと動いた結果対立したのであれば厳重な処罰はくださない。そういった建前の下に処遇は定められた。


 今後の統治。細かな政治組織など決める事は数え切れぬほどだが。それでも一旦の落ち着きを見たと言って良い。


 だからこそ、最後になってロイメッツは切り出した。此れを聞けば決まるものも決まらぬ可能性があると認識していたからだ。


「新王国でゼブレリリスを討伐した際――竜が共にいたという噂を聞いております。流言飛語なら構わない。しかし違うのならば、真実を教えて頂きたい。あなた方は魔性を飼いならせているのか」


「なるほど。その噂ですか」


 ロイメッツの追求とも思える言葉にマティアは思わず一拍を置いた。彼にすれば、これは会談が終わった後の雑談として切り出しているのだろう。


 だからこそどう答えるべきかマティアは一考した。何も魔性を従える事が即ち悪ではない。例えばボルヴァート朝も魔術にて魔獣を操り兵として用いているし、魔獣使いと呼ばれる冒険者らも存在するほどだ。


 けれど例えば――魔性の頂点が一角とも呼べる竜、巨人、精霊であればどうだろうか。鮮烈そのものと言える彼らを従わせていると言って果たして安易に頷く事が出来るだろうか。


 そもマティアも、何故竜がルーギスの言葉に従ったのか本質は分からない。ただ彼の言葉から伝え聞いたのみだ。


 二秒、マティアは熟考した。今後の動きにも関わってきかねない返答を口の中で造り上げる。


 頬に僅かな色を付けながら、マティアは呼気を吐き出した。



 ◇◆◇◆



 旧王国軍陣地。指揮官天幕には護国官ジェイス=ブラッケンベリーと、その参謀が休む間もなく文書に目を通している。十万の兵は大軍だ。それらを維持するだけでも相応の判断が必要になってくる。


 その上彼らは、本来の仕事とは別の段取りも付けねばならなかった。詰まり、国王と聖女の拘束について。


 兵の支持を取りつける事はブラッケンベリーにとってさして困難な事では無かった。おおよその将達はブラッケンベリーと繋がりを持っていたし、形式上彼は国王より与えられた軍事大権を有している。


 事実として彼の双肩にはガーライスト王国の軍事に関する全権が与えられていると言って過言ではない。

 

「先行の六万と後続の四万。兵の合流はつつがなく済んだ。陛下と聖女殿のご様子はどうだ」


 赤い外套を身に付けながら、巻き煙草を置いてブラッケンベリーは言った。参謀の一人が眉間に深い皺を刻み込んで応じる。


「大きな動きは見えません。護衛の近衛兵、聖堂騎士らの切り崩しは困難ですが兵力を背景にした交渉は可能でしょう。フォモール様の動向次第ですが」


「フォモール卿がやるのだ。成功するさ。彼は私よりずっと政治力に長けた御仁だ。問題は彼らよりも我らだろう。陛下と聖女殿、国家と宗教の頂点に合わせてお退き頂く必要があるのだからな」


「……閣下」


 参謀は眼鏡を目元に押し付け、鼻にくっきりとした痕を残す。落ち着かない指先が、彼から緊張が抜け落ちない事を示していた。


「本当にこのような事を成されるのですか。此れは紛れもない国家への叛逆に値するでしょう。国家の盾たる閣下が何も」


「君の言いたい事は分かる。しかし果たして国家への叛逆とは何かな」


 ブラッケンベリーにしては珍しく、部下の答えを待つように問いかけた。軍人としての面が大きい彼は、普段このような曖昧な問いかけはしない。賛か否か。可能か不可能か。それだけのはずだった。


 だからこそ参謀も言葉に戸惑い、喉に声をつっかえさせながら答えた。


「……国王陛下に剣を向ける事でしょうか」


「一つの正解だな。だが私の考えは少し違う」


 ブラッケンベリーは外套を着直し、目を細める。巻き煙草の火を完全に消してから、天幕の外を見た。


「国家への反逆とは、国家への冒涜を見過ごす事だ。国王陛下は一国における絶対権力者。国家をより良きものにするため、陛下に上奏するのが我らの務め。しかしそれでも尚陛下が国家を滅亡に導かれるのであれば、それは冒涜に他ならない」


 天幕の外は雪空だった。死雪は降りやまず、未だ此の世が魔性のものであると語るように暗雲が空を覆う。未来はまるで見通せない。


 ブラッケンベリーにすら新王国と旧王国、どちらが信用に足るかはもはや分からなかった。どちらが正義でどちらが悪かは、後世の歴史家に任せるしかないだろう。


 ただ一人の人間に過ぎない彼には今この場を見て判断を下す事しか出来ない。


 参謀がブラッケンベリーの言葉に肩を小さくした。震えをもって足元がかつりと鳴る。当然の事だ。上官たる護国官自らが、こう言ったのだ。


「国王陛下そのものが国家ではない。国家とは我ら全てだ。王冠を誰が被ろうと皆を生存させるための機能でしかない。護国官とは其れを補完するための装置だ。

 見ただろう君。大魔ゼブレリリスが国土を食い荒らしていた際に、国軍が命じられた事はメドラウト砦を陥落させる事だった。反面、新王国の彼らは兵を引き裂いてでもゼブレリリスを討った」


 軍において兵を分割する行為が血反吐を呑み込むほどの行為である事をブラッケンベリーは痛感している。軍は分ければ弱くなり、身動きが取れなくなるものだ。


 例えそれが勢力の中心地たる王都を護る為であったとはいえ、新王国はそれを成してまでゼブレリリスを討伐した。


 ――言うなれば、此方も同じ事をすべきだったのだ。


 王都が新王国軍の手に落ちているからなんだと言うのか。王都アルシェはガーライストの中心地であり、数多の民が拠り所とする大都市。決して見捨ててはならない要衝。


 国王と大聖堂の行いは、王都が呑み込まれる事を許容したに等しい。詰まりは、再び王都の民を見捨てたのだ。


 一度目は魔人ドリグマン、二度目は大魔ゼブレリリス。――いいや、見捨てたという意味で言えば三度目だ。北方スズィフ砦において、六万の兵と勇将を彼らは見捨てた。

 

「私は国家の盾であり、陛下の護持者ではない。此れが傲慢である事は分かっている。本来してはならない事だ。しかし民と臣を見捨てる事に慣れてしまえばそれはもう王ではないだろう。――国王陛下と聖女殿の身柄を確保する」


「……かしこまりました。閣下がもう御心を決められているのであれば、我らに言葉はありません」


 もし此の絵図を描いたものがいるとするならば、その者は余りに人の感情が分からない人間だとブラッケンベリーは思う。いいやもしくは、分かった上でこうしているのか。


 赤い外套を風に靡かせ、ブラッケンベリーは参謀と共に天幕を出た。兵と軍の掌握は済んでいる。多少の抵抗はあっても抑え込める範疇だ。そうして例え魔性が軍に入り込んでいたとしても――今事を起こす方がマシだ。その時は己は死ぬことになるだろう。


 細く切れ長の瞳をより鋭く締め付けて、ブラッケンベリーは一つため息を漏らした。


「――せめて、そうだせめて。ゼブレリリスを我らの軍勢が討伐したのならば、それで良かった。それすら成せないのであれば、もはや正義は我らにない」


 ブラッケンベリーの言葉は、一つ何かを諦めた者の言葉だった。己の信じていたものを捨て去った者の声色だった。参謀だけがそれを聞いて、無言のまま目を伏せた。


 メドラウト砦に鎮座する十万の軍勢。その中で一つの動乱が起ころうとしている。護国官ジェイス=ブラッケンベリーが歴史の表舞台に登場する最後の場面と、そう言って差し支えのない一幕がようやく瞳を開いていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ブラッケンベリーさん登場当初からそのセリフを声に出すと胸に迫るものがある方だったので……おお〜ん(滂沱)
[気になる点] アルティアは不穏分子らを泳がせておいて、勝手に集まってくれるのを待ってからまとめて始末するつもりなのかな?
[良い点] カリアの動揺 [気になる点] ジェイスの最期
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