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願わくばこの手に幸福を  作者: ショーン田中
第十八章『英雄編』
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第五百八十二話『反旗を翻す者ら』

 大聖教及び旧王国の連合軍はメドラウト砦を陥落させた先行六万兵に向けて、新たに増援を発した。兵数は四万弱。先行軍と合わせれば十万に届く兵数だ。


 増援の中核を成すのは上級貴族のロイメッツ=フォモール、ギルレアージ家をはじめとした貴族私兵らと、大聖堂が保有する聖堂兵。


 アメライツ=ガーライスト国王、聖女アリュエノ。両者を有した親征軍は、赤熱した意志すら見せている。


 だが全軍の指揮権を握るのは国王でも、聖女でも、上級貴族でもない。ただ一人の男にのみ指揮は預けられた。


 護国官ジェイス=ブラッケンベリー。国軍の最高指揮権者。数多の戦役において敗北を持たず、国家の護持者とされた者。


 本来は各貴族や大聖堂が有するはずの私兵指揮権すらも委任された彼は、たった一人で十万の兵士の頭脳となってそこにいた。


「此度の戦役、ブラッケンベリー護国官はどう見られます」


 月が隠れそうな夜。指揮官天幕の中にいるのは、ブラッケンベリーともう一人、上級貴族ロイメッツのみだった。ロイメッツは大柄な身体を椅子に預け、蝋燭の灯りを頬に受ける。


「戦役か。果たして、此れはただの内戦だよフォモール卿。それも王都を戦場にした最悪の内戦だ」


 眉間に皺を刻み込み、珍しく感情を露わにした様子でブラッケンベリーは応えた。忌々しさすら見え隠れしているのは決して気のせいではないだろう。


「ゼブレリリスは死した。もはや大災害、大魔との戦役は終えたと見る。ならば肝心なのは戦後だ。卿はよくわかっているだろう」


 ロイメッツは頷き、ブラッケンベリーの瞳を見る。彼が言わんとする所はもう捉えていた。それに戦後とはつまり政治の領域。むしろロイメッツに一日の長がある。


「周辺大国は共に大災害によって傷つきました。主力の魔術軍が崩壊したボルヴァートや、部族都市が半壊したイーリーザルド、盟主が失われたロア。そうして国土を大いに荒らされ、王都すら失った我々。……しかし得たものは何もない。ではどうなるか、というわけですな」


 敢えて言うのであれば、手にしたものは平和だけ。しかしそれで諸国諸侯が満足するだろうか。


 するはずがない。一時は安息を受け入れたとしても、いずれ失ったものに対し、それに相応しいだけのものを手に入れたいと思うのが人間の性だ。


「卿の言う通り。復興の為に数年は平和が続くだろう、だがその後はどうか。復興が終わり、未だ他国が混乱の最中にあってしまえば。必ず牙を剥くものが出てくる。我々は、戦後の次の平和の為に手を打たなければならない」


 復興による平和は、恐らくもったとしても五年だろうとブラッケンベリーは見ていた。五年あれば、必ず諸国は傷を縫い留める。抜本的な治療は不可能でも、失われた軍を繕うことくらいは可能だ。


 そうして立て直しが終わったのならば。諸国は内部に溜まった不満を吐き散らすように他国への侵攻を開始するだろう。


 魔性の蹂躙によって数多の畑は失われ、人的損失は多大。食物も金銭もまるで足りないというのに、復興の為に税は集めねばならない。国内の不満は、必ず高まり続ける。


 各国が統一された意志でも持たない限り、諸国は他国から勝利と物資と領土とを輸入するために動き出すだろう。


「――もし此の内戦を執り行えば、それは勝てる。英雄……いや、ルーギスなる者の戦役は調べたが、個人の技量はともかく軍の運用は明らかに彼の専門ではない」


 これも包み隠さないブラッケンベリーの本音だった。


 ブラッケンベリーが新王国を観察する限り、驚異的であるのは個人であり軍の運用ではない。ガルーアマリア陥落からサーニオ会戦、監獄ベラ、ボルヴァート朝戦役、そうして王都奪還に至るまで。彼らが軍の運用故に勝利に至った事例は見られなかった。


 むしろ軍の動きだけを見るならば敗北を喫していてもおかしくない点すらある。それを彼らは、複数の英傑の働きによって覆してしまった。


「彼らは脅威だが此れだけの戦力差があれば戦役は勝ちうる。しかし、即時とはいかないだろう。相手に二万超の軍勢と王都があり、籠られればその分時間を食う。結果、国は荒れその次の諸国戦役で敗北する」


「……承知しております。そこで、護国官のお気持ちを伺いたい」


 少々遠回りはしたものの、ロイメッツの興味の矛先はそこだった。


 国軍、私兵、大聖堂兵。十万の大軍の指揮官が、どこを向いているのか。何を目的とし何を成すつもりなのか。


 それは果たして、己の思惑と同一であるのか。


 ブラッケンベリーはロイメッツの瞳を見て、一瞬思考を走らせてから言った。


「――無論。内戦を止めるのだ。陛下と聖女殿の御意向に反してでも」


 人払いが済ませてあるとはいえ、大胆な口ぶりにロイメッツは大柄の身体を僅かにのけ反らせた。


「……意外でした。護国官は、陛下のお言葉を絶対とされているかと」


「私も堅物と思われていた自信はある。忠誠と矜持、規律という言葉は好きだ。だが、私は国家の護持を最たる目的としなくてはならない。陛下自身が、かつてそう望まれて私をこの役職を与えたのだから」


 なるほどとロイメッツは顎を指で撫でた。それこそがブラッケンベリーの許容できる忠誠のあり方なのだろうと理解する。


 此の内戦の果てが泥沼にまでガーライスト王国を引きずり込むものだとするなら。護国官として動かないわけにはいかないというわけだ。

 

「彼――ルーギスがゼブレリリスを殺したことで旗向きも変わってくる。大聖教を正義と掲げる者らの中に、迷いが生まれる事もあるだろう。本来なら出征前に押し留めたかった所なのは事実だが。次善の策でも致し方ない」


 ロイメッツは眉間の皺を指でほぐしながら、ブラッケンベリーの言葉をかみ砕く。そしてゆったりとした素振りを敢えてとりながら、唇を引き締めた。


「さて……そこまで教えて頂いた以上、ただ話しただけ、というわけではありますまい」


「無論だ。卿に頼みたいことがある」


 ロイメッツ、そうしてブラッケンベリーもここまでの会話は既定路線であるかのように言った。


 元より政治面において敢えて協力者を多く持たなかったブラッケンベリーにとって、懐を開いて話せるのはロイメッツ位の者だ。そうして、彼ならば信用に足ると信じている。


「――陛下と聖女殿には一度お退き頂く。事が起こった後、卿には政治面での収束を任せたい。私も軍方面に根回しはするが、貴族らは私に賛同しない者も多いだろう」


 ブラッケンベリーの言葉に、ロイメッツは一時だけ動きを止める。こう来ることはロイメッツにも見えていたが、それでも最後の判断に一時を持つのは彼の癖のようなものだった。


 最後の最後、本当に此れで良いのか。大柄な身体や粗野な態度からは到底見受けられない慎重さこそが彼の武器だ。


 一瞬の逡巡。


 そこに刃が振り下ろされるように、言葉が混じった。


「私も護国官殿に賛同いたします。閣下」


 人払いをされた天幕の中、堂々と踏み入って来たのは一人だけだ。元より、彼女だけはロイメッツの護衛として同席を許されていた。


 それに何より彼女は国王よりも聖女よりも、国家に忠実だ。それが信じられているからこそ此処にいる。


「――ヴァレリィ」


「……申し上げた通り。リチャードは大聖教によって、不死者の種を植え付けられました。私は今の大聖教に信を置けません。それにゼブレリリスが死した以上、もはや手を組む必要性は薄いでしょう」


 ヴァレリィ=ブライトネスは鮮烈なあり方と、余りに悲壮な顔つきで言葉を漏らした。つり上がった眦は何時もの通りだったが、数多の感情がその胸中に在る事は容易に想像が出来る。


「大聖教の教えが正しいとしても、それが今の態勢を肯定する事にはならない。私はそう考えます閣下」


「ふむ、お前がそうまでも言うか」


 ロイメッツはヴァレリィの刃物のような言葉に頷いて応じる。


 元よりほぼ決まりきったものではあったが、ロイメッツの意志もまた固まった。国王の外戚という身分にあるフォモール家であるからこそ、此の国家自体を守り通さねばならない義務がある。


「承知しました。非才の身ではありますが、出来うる限りの事をいたしましょう」


「……有難い。だが、詳細の前に卿に話さねばならない事が一つある」


 ブラッケンベリーは、酷く複雑そうな表情を浮かべてから唇を動かした。彼がこのような表情を浮かべるのは珍しい。


 無理やり言葉を選ぶようにブラッケンベリーは言った。


「真実かは不明瞭だ。頭に入れるだけにしていただきたい。――聖女殿からの密書の件だ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めて感想書かせていただきます。少し前にコミック版から作品を知り、一気に読ませていただきました。何百となろう系小説を読んできましたが、今連載中の中で最も好きな作品です。主人公、ヒロイン達を…
[一言] 爺さんには死んで欲しくないけど、操られたりもして欲しくないな
[気になる点] リチャード爺さん、不死者かー(>_<) ヴァレリィの活躍に期待! [一言] 気になる伏線が多くてヤキモキしますわ!( ^ω^ )
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