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願わくばこの手に幸福を  作者: ショーン田中
第十六章『東方遠征編』
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第四百七十二話『怪物の名前』

「しかし……魔術師様! 我々は、領主様に逆らう事も、罪を犯したこともない! それがどうして処刑などと!」


 頭髪の多くが白となった村の長が、しゃがれた声を吐き出して言う。これほど声を出したのは久方ぶりであったかもしれない。


 何せこの村で大きな声を出す事があるとすれば、多少無茶をした子供を叱りつける事くらいのものだった。


 それほどに平和であったし、荒事もなかった。家畜と共に暮らし続ける慎ましい日々のみがある。そんな数多くあるボルヴァート朝村落の一つ。


 その老人に向けて、魔術師は簡単に語る。


「弱い者に生きる価値等はない……そう魔人様が仰られた以上仕方ありません。もう誰も逆らえない」


 静かな言葉だった。もはやこういったやり取りにも慣れ切ったという振る舞いだ。次々と行われる村落での処刑行為がもはやボルヴァート朝という国家により是認された今、それを止められる者はいない。


 権力が肯定する以上、それは悪ではないのだから。


「悪く思わないでください、長老。決められた事ですからね。もう力ない者に生きる場所なんてないんですよ」


 そう魔術師が漏らした途端、焼け焦げた匂いが老人の鼻孔を突く。嗅いだ事のない匂いだ。嫌な、嫌な予感が老いた脳裏に張り付く。


「……いや、ぁあああっ!?」


 燃え立つ村落。宛もなく響く悲鳴に、沸き上がる緑煙。家畜小屋から牛馬は逃げ出し、蹄の音が騒音をさらに掻き立てる。その様子が窓からくっきりと老人には見えた。


「馬鹿、な……これ、はこれは魔術師様……何故、何故!?」


 事が始まったのだと老人の弱り切った瞳ですら理解が出来る。


 その事実を目にするまで、老人には魔術師が言ったことが真実だと思えていなかった。例え理由はなくとも性質の悪い冗談なのではないかと、そう思いたかった。


 だが魔術師は、縋るような目をする老人に向かって笑みを浮かべ言う。


「――決められた事です。それ以上にはありません」


 緑色の煙は村そのものを覆い尽くし、それが逃げ場はない事を示している。どこに行けど、火か煙に飲まれ死ぬ。視覚と嗅覚、そして聴覚の全てで死が実感できた。


 ボルヴァートの魔術師と兵らはそれを最期まで見守り続ける。その兵の中には魔獣や魔族の者もおり、もはやボルヴァートという国にどれだけの魔性が入り込んでいるのかを示していた。


 いいやもう、魔術師らとてどれほど人と言えるかは分からない。魔人に忠誠を尽くすため、村人たちを殺しを続ける彼らが本当にまだ人であるのか。それを問うた所で答える者はどこにもいない。


「如何です。素晴らしい出来でしょう」


 魔術師が傍らの魔性に語り掛けた、老人に話しかけるよりもよほど親しげだ。


 魔人の係累であろう、鳥の顔をした魔獣はかちかちと嘴を鳴らして答えた。笑みを浮かべるようにぐいと嘴が歪んでいる。


「良いんじゃあないの。うちのボスは弱っちい奴らが嫌いだからヨ」


 魔人に近しい彼がこういうのであれば誤りはないだろう。魔術師は胸を撫でおろしながら肩を軽くした。


 鼻につく匂いを嫌いながら、瞳を鉛のように鈍くしてその光景を見続ける。いつも通り変わらぬ光景。轟き続けた悲鳴もいずれ地下に沈み込み、埋葬もされぬ黒焦げの死体のみがそこに残る。


 近郊の小さな村はおおよそ焼き尽くしてしまった。そろそろ、大規模な村を焼かねばならないかもしれない。ただ焼くばかりでは趣向に欠けると魔人も言うだろう。いずれ何か考えなければ。


 魔術師が、そう思い始めた頃合いに。何時もの光景が僅かに歪む。ぱちぱちと、火の燃え猛る音がぶれた。

 

 ――風を巻き込み、暴風を鳴らす魔弾が走る。それは火を呑み込み、燃える木々をなぎ倒していった。


 次には雷鳴が周囲に響き渡り、魔弾同様に次々と火のついた家屋や木々の大部分を破壊していく。その度に火が、少しずつ収まりを見せていった。


 明確な魔術の行使。魔術師にしかこのような大規模な事は行えない。


 しかしこの国家には、もはや村々を救うために魔術を行使する者はいないはずだった。魔術師と兵が息を飲む、魔性らは眼を煌めかせた。


 声が響く。


「ハインド。貴方の野蛮な魔術も時には役立つではないですか。消防に転属されては如何ですの――」


「――抜かせエイリーン。貴様の戦役にしか役に立たん魔術より、私の方がよほど品が良い」


 二人の魔術師が消えゆく炎の中にいた。ボルヴァート朝の人間であれば見紛うはずもない。


 才ある者のみで造り上げられた栄光あるボルヴァート軍、その副官。真に魔術師と呼ばれるもの達。


 散り晴らされる炎と緑煙の中、エイリーンは声を響かせ言った。


「ああ。貴方達ですか。魔術師でありながら、我らが村々を焼いて回っている山賊共は」


 その声は透き通るようでいて、情動に満ちている。素晴らしく人を見下す事に慣れた声。いつも通りの調子を崩さぬようにしながら、エイリーンは言葉を続ける。


「栄誉栄達を求め、力を欲するは魔術師の本能。それを否定する気はありませんわ。けれど、よもやその為に護るべき民を殺すとは――恥を知れ、賊共」

 

 その奥から姿を見せるは、更に数多くの魔術獣兵に魔術装甲兵。エイリーンの感染魔術が周囲一帯を覆い尽くしていき、そうして同時、巨大な雷光が轟く。


 大柄な体躯に両腕の魔術機構。ボルヴァートにおける一つの象徴。魔導将軍マスティギオス=ラ=ボルゴグラード。


「村民を救う事を第一に当たれ。無用な犠牲を生むな。反抗する者には、魔術師たるという事がどういう事かを教えてやれ!」


 征圧は一瞬だった。元から数も練度も違う。多少魔性がいた所で、抵抗出来うるものではない。マスティギオスに従う将兵らは紛れもない精鋭で、国家に残った魔術師達は鎮護の兵のみ。


 今度は魔術師達が悲鳴あげながら、早々に壊乱した。元より彼らは戦うための者ではない。村を燃やす為に此処にいたのだから。


 そして万が一にも――ボルヴァート、否マスティギオス軍と接触したのであれば、即時退避をするようも命じられていた。


 もしも彼らが来るのであれば、此処であると彼らの首謀者は理解していたから。


 壊乱した魔術師と兵を見ながら、村落よりややも離れた丘で、一人が笑みを浮かべる。眼鏡のレンズが、光を反射していた。


「来た、やはり来たぞ。だが残念な事だ。善意とは怪物、飼いならせなければ死ぬだけ! その分俺は利口だった、そうだろう!」


 キール=バザロフは笑罵して口を開く。それは自分に酔う様でもあり、そう言い聞かせているようでもある。


 彼の後ろには、大勢の兵と魔性が列をなしている。此れらは全て、キールが悪意に身を任せてから初めて手に入れたもの。


 ああ、それまで己は何を持つものでもなかったとキールは思う。魔術師などという肩書は屑ほども役には立たず。その肩書がためにあざ笑われる日々。


 如何に心に杭を打ち勉学や労働に励めども、魔術の才がなければ魔術師に評価など与えられない。


 徒労に徒労を重ねる日々。正しき道に至ろうとしても道は見つからず、何時しか遠くはなれた所で途方にくれる。


 魔術師として生まれた事が不幸なのか。それとも才持たぬ事が罪なのか。


 だが、全てがなくとも機会だけはキールの手元に転がり込んできた。


 大魔ヴリリガントの顕現。玉座には牙がかけられ、軍は半壊。今まで国家の頂点であった将軍や円卓魔術師達も、魔性に逆らう事すら出来ない。


 何せ、逆らった者らは都市ごと消え失せたからだ。


 そして時間が流れれば流れるほど、邪魔者はいなくなっていった。魔導将軍は、魔人に従うまま軍を率いて国を出たし、主だった魔術師らは殺されるか息をひそめた。

 

「――出来損ないと見下され、もがき苦しむだけだった俺が、今ここにいる! 見ていろよ魔導将軍。善意とやらが、ただ悲劇を生む怪物である事を教えてやる!」

 

 そうして、最後にはこの俺が全てをもぎ取ってやる。拳を握りしめ、息を荒げながら、キールは兵に前進を告げた。


 魔性の類は、喜びをあらわすように大きな咆哮をあげた。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ悪意は悲劇以外に喜劇になったりしますものね……。 魔人たちにも引かれる人間の悪意よ。 おや、残り香の元って、もしや?
[一言] この作品の名有りキャラにしては珍しいくらい小物ですねキール 最初期のルーギスやロゾーはおろか、トカゲにすら劣る器の小ささ
[一言] ここに来て、意外と思います この子(キール)本当に頭が足りてないね 例え魔性が強いでも 君が戦で生き残る道理はどこにもない 前は都市それとも村落で簡単に裏切りと魔性で乗り切る 今回は歴とした…
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