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願わくばこの手に幸福を  作者: ショーン田中
第十五章『背徳編』
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第四百五十七話『語られる会談』

 街道から外れた村道。過去街道が整備された際に廃棄されたそこは、今や雑草が生い茂り道である事すら胡乱げだ。


 打ち捨てられた道宿場も、大黒柱が軋みをあげもう何年も経たぬうちに自然へと還る事だろう。ゆえに、ここが用いられるのは恐らくこれが最後となる。


 ボルヴァート軍と紋章教軍、二大司令官の会談。列席するは魔導将軍マスティギオス=ラ=ボルゴグラードと、紋章教英雄ルーギス。


 マスティギオスは用意された椅子に腰をかけながら、副将たるハインドに声をかけた。


「戦場にて見たというのは、やはり間違いはないか」


「……確約は致しかねますな。ですが、過去お見掛けしたご息女に似た人物であれば確かに」


 ハインドは主の問いかけに不機嫌な様子こそみせなかったが、参ったとばかりに視線を俯けた。これは今日三度目の問答だ。


 マスティギオスが一つの事を二度以上に渡り確認するのは稀な事であって、よほどの関心があるのだと傍らからも伺える。


 見たというのは他でもない。黒髪黒眼。マスティギオスが娘の一人、フィアラート=ラ=ボルゴグラード。


 彼女は紋章教による福音戦争の最中に行方不明となり、今なおその消息は確かでない。時折風聞で似たような人物を耳にすることもあったが、そのどれも不確定な情報でしかなく、かといってマスティギオスは直接その風聞を確かめるわけにもいかなかった。


 名家魔術師というのは奇特な人種だ。例え子が万難にあったとて、折れてしまうのであればそれまでという考えが普遍的に流通し、ゆえにこそ子も多くを作る。


 幾本もの華を育て、虫にも薬にも負けぬ種だけを残し、あとは間引いてしまうのに近しい。それこそが正とされている。


 その中で魔術師の、ひいては国家そのものの模範たるマスティギオスが、己の娘に対してはその消息を慌ただしく探し回るなど出来るはずもない。


 だがハインドは、実際の所御大将は娘の事をよくよく気に掛けていたのではないかとそう思う。


 この征西において一度も承諾をしなかった会談を受け入れたのも、娘の名前にて送られたきた書状が要因の一つに違いあるまい。


 また会談を受け入れられたもう一つの要因は、マスティギオスを監視し続けてきた魔人ラブールの不在だ。


 常、その意向の通りに魔導将軍を動かし続けてきたラブールが、この時においては同じ魔人と衝突を続けている。ある意味、だからこそ会談が可能になったともいえるのだが。


 今一時だけならば、兵の全てを停止させ時間を裂く事が出来る。エイリーンは好機に何をと業腹かもしれないが、ハインドとしてもこれは興味深い会談だった。


 フィアラート=ラ=ボルゴグラードの安否もさることながら、戦場で垣間見たあの英雄、ルーギスなる者が、己の御大将にどのような事を語るのか。


 よもや降伏ではあるまいが、一時的な停戦や和解という線はありうる。それとも全く別の事か。何にしろ、その多くは断ることしか出来まい。だがその人物像を測ることは出来る。


 英雄たる人物が、いかな性質であるのかを知ってみたい。それはボルヴァート軍副将としてというより、ハインドの個人的な興味だった。将校とは、その多くが英雄に焦がれるもの。それが敵であれ、なんであれ、関心は尽きない。


 彼らが到着したのは、ハインドが護衛の兵らを伏せさせたまま、周囲へ二度ほど斥候を放った頃合いだった。


 恐らくは別に護衛の兵がいるのだろうが、実際に見えるのはただの二人。ローブを目深にかぶった男女だというのはわかる。


「我が将。来ました」

 

 うむ、とだけ言ってマスティギオスは頷いた。心ここにあらずといった生返事だった。


 その様子に思わずハインドは動揺を起こしたが、態度には出さない。毅然とした表情と態度を保ったまま、ローブの二人組に言う。


「止まられよ。顔と、名を伺いたい」


 必要最低限の礼儀を含めた言葉。婉曲な表現や言葉遣いというのは、戦場では用いぬというのが習わしだった。


 二つの顔が、ほぼ同時に表れる。一つはハインドが戦場にてまみえた顔。特徴的な凶眼に、幾つもの傷痕を残した顔つき。飄々とした様子で唇が動く。


「ルーギス。それだけだ、それ以外に名は持たない」


 家名も、称号すら語らずに彼は言った。庶民、冒険者の出であるとは聞いていたが、家名すら持たぬとは思わなかった。それだけの者が、今ここに立っているというのだから驚きだ。


 だが、今誰もが耳目を奪われていたのは、ルーギスよりもその傍らに寄り添う黒の女性の方だった。


 美麗な黒眼に、艶やかな黒髪。マスティギオスと同色のものを持ちながら、彼女は言った。


「……フィアラート=ラ=ボルゴグラードに御座います。この度は、会談の場を用意頂き至上の感謝を、将軍閣下」


 ハインドは己の眼を一度疑う。過去、彼はフィアラートとは出会ったことがあった。正直を言うなら、その時胸に抱いた感情は決して肯定的なものではない。


 常に周囲からの評価を気にしていて、自信のなさげな少女。それが純粋に、ハインドが抱いたフィアラートという少女の評価だ。ボルゴグラードの息女としては物足りぬと、そう思ったのが事実。


 才覚ある兄弟姉妹や周囲の人間らの影に消えてしまいそうな、儚げな印象すら感じていた。


 けれど今はどうだろう。まるで別人のようだった。月日が経ち成長したというだけではない。その芯から強かさすら受け取れる。


 外見こそ間違いなくボルゴグラードの血筋であるとそう分かるが、かつて己が見た少女とはどうにも重ならなかった。


 ハインドは間を置いて自らも名乗りをあげ、そうして己が将を見た。マスティギオスは瞳をじぃと細め、そうして椅子から立ち上がり、大柄な体躯を伸ばしながら言った。


「マスティギオス=ラ=ボルゴグラードである。礼には及ばない。本来であれば歓待をもってもてなしたいところだが、そうもいかぬ。互いに時はなく、語る事は多い」


 マスティギオスはフィアラートの方を一瞬見つめたが、それ以上の事はしなかった。父としての情と、魔導将軍としての責務が鬩ぎ合い、許されるのはその程度だったのだろう。


 ハインドは周囲の兵らに改めて用意をさせ、即席ではあるが会談の場を造り上げた。もしも歴史に残るのであれば、街道の会談とでも名がつくのだろうかと、そんな事をハインドは考えていた。


 場が整うと同時、まずはハインドが口火を切った。


「――我が総司令官、魔導将軍閣下は貴殿らに会談の機会をお与えになられた。まずはその目的と、率直なる要求をお聞きしたい」


 軍の司令官同士が会談を行うというのは、当然ただ親交を深めるというようなものではない。明確たる要求があり、目指すべき目的があるからこそ開かれるものだ。


 進軍の停止か、和解か、それとも。ハインドは想定できる答えを頭中に浮かべながら声を待つ。


 声を受けて口を開いたのは、ルーギスの方。その表情には気負いのようなものはなく、ただ冗談でも言うような雰囲気で彼は言った。


「大魔ヴリリガント、魔人ラブール――いいやそれ以外においてもだな。人間に敵対する大魔と魔人共。奴らをこの大地から一掃する。その為の同盟でも結べれば有難い」


 一瞬、誰もの言葉が止まる。


 ルーギスが発した言葉は、少なくともハインドの想定からは大きく外れたものに違いない。


 その要求は今ここにて行われている戦役に対するものではなく、大魔、魔人と呼ばれる者ら全てに対しての言葉。


 まるで馬鹿げた狂言だ。


 あの異形を、あの脅威たる大災害を、一掃する。疑問や困惑よりも、正気をこそ疑ってしまいかねないその言葉。 


「――話を聞こう」


 だがマスティギオス一人だけが、その言葉に頷いていた。

何時もお読みいただき誠にありがとうございます。

皆さまにお読み頂ける事と、ご感想などなどが最大の励みになっています。


さて、今月26日に発売のコンプエース2月号様に、本作のコミカライズ版を

掲載頂いております。


ご興味おありであれば、お手に取って頂ければ幸いです。

今後とも何卒、よろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] ルーギスかっこいい!
[一言] お、も、し、ろ、く、なってきたー!
[一言] ハインドさんが成長したフィアラートを見た反応が、この世界で初めて英雄としてではないフィアラートと出会ったときのルーギスの反応と対照的ですき
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