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願わくばこの手に幸福を  作者: ショーン田中
第十五章『背徳編』
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第四百五十五話『宝石と歯車』

 城壁都市ガルーアマリア大正面。初日と変わらず相対するガルーアマリア軍とボルヴァート正面軍の両者は、裏門の攻防と打って変わってその一歩を踏み出せていない。


 誰もがただ陽光に照らされ、その銀光を輝かせるのみ。兵の一人も動こうともしなかった。


 いいや、正確には動けなかった。戦場に在る以上、誰もがただの死は覚悟の上だ。恐怖がないとは言えないが、受け入れる事は出来る。


 だがそれでも、想像すら出来ぬ力に踏み潰されて死ぬのは御免だった。


 戦場の空。天から見下ろすように、その熱線の雨は降り注ぐ。


 空気そのものを焼き焦がし、狂暴な本性を見せて尚、煌びやかな宝石の輝き。魔人、宝石バゥ=アガトスは本来の紅い髪の毛、白い眼を輝かせ宙を駆る。その在り方は己こそが中空の支配者だとそう語るかのようだった。


 それに対するは、地を闊歩する無機質な人形。琥珀色の眼は何一つの感情も映していない。魔人、歯車ラブールは淡々とした様子で熱線を迎える。


 人間を瞬きで焼き尽くしてしまう暴力的な熱線は、ラブールにとってすら紛れもない脅威。生身で受ければどうなったものか分からない。


 けれど生涯、彼女は生身一つであった事は一度もなかった。


 ラブールの両脚が変造を起こし、その姿が人形から掛け離れていく。禍々しい造形が施されたそれは、もはや脚ではなく鋭い刃そのもののよう。


「宝石バゥ=アガトス。貴方の王はもう死に絶えた。それで尚抗うのですか。即時、原典を封じなさい」


 ラブールは一瞬で巨大な魔脚を振るいあげ、熱線を両断し斬り払う。次も、そのまた次も。煌びやかな宝石の閃光が、魔脚の前に全てその軌道を変えさせられていた。


 宙を揺蕩う宝石は、忌々しそうに言う。


「王が死んだのなら私が王になれば良いでしょう。第一、それをあんたがいうの歯車ラブール。あんたの王だって同じじゃないの。ああ、御免なさい。そういえばあんたは王の顔すら見たことがないんだっけ。だってあんたが生まれる前に、あんたの種族は全部死に絶えたのよねぇ。だからあんたは王の洗礼すら受けてない――産まれ損なった気分はどう?」


 熱線を捌かれて尚、アガトスはその勢いを弱めない。ただ全力をもってして、歯車という存在を押しつぶす、そんな情動すら籠った閃光の嵐だけがそこにあった。その閃光が真面に運用されれば、ボルヴァートの一軍とて容易く消し飛ぶ。それだけの暴威だ。


 だがラブールは其れを正面から斬り落とし、そうして跳んだ。魔脚を駆動させ、ますますもってその凶悪さを強めてアガトスと対面する。


 ラブールにとって、中空は決して遠いものではない。そこを駆ける事すら容易だ。彼女が空の神の魔人であればこそ。


 魔脚の刃が宙を舞い、そうしてアガトスの首、いいや体躯そのものを屠り去らんと奇怪な音を鳴らす。空間が断絶される悲鳴をあげてその身を拉げさせていた。


 ラブールは眉根一つ動かさぬままに口を開く。


「言っている意味は分かりかねますが。敗戦の汚名に塗れ、死に損なうよりは良いものです。即時、決着をつけてさしあげましょう」


 宙を食らう刃を、宝石が熱線をもって射ち落とす。その瞬間には次の刃がアガトスの腹を狙い、またも熱線によって迎撃される。


 それが数度続いた。傍目から見ればもはや目で追う事すら困難な魔の攻防。熱線の一つ一つ、そうして魔脚の一振り一振りが、凝縮された魔の極致だ。


 ただの剣でそれらと相対したなら、まず間違いなく一瞬で消し飛ぶだけの容量を有した魔。それらが互いに牙を立てあう様は恐ろしいながらも奇妙な美を有している。


 だが、暫く続いた拮抗ももう終わる。いいや拮抗すらしていなかったのかもしれない。


 明確に、アガトスはその勢いの色を失い始めていた。熱線はラブールを捉えきれず、ラブールの魔脚はその畏怖すべき速度と鋭さを早め続ける。


 それも当然の事だった。アガトスは未だ体躯を依り代と共にしたまま。その最大火力にも限度がある。


 そうしてラブールはその原典ゆえに、一撃で殺されぬ限り必ず勝利する。なればこそアガトスは、全力をもって彼女を圧倒しなければならなかった。


 それが出来なかった今、もはやこの攻防における終着が互いに見え始めている。


 アガトスは胸中で舌を打った。その矜持ゆえに表情こそ歪めはしなかったが、それでも焦燥は生れ出てくる。


 このままでは己の敗着は決まったようなもの。かと言って出力を上げ続ければ、悲鳴をあげるのはレウの魂だ。


 体躯を魔力で埋め尽くせば、手足はアガトスのものとなり、僅かに残ったレウの魂も消え失せるだろう。


 本来であればそれに躊躇すべき理由などない。そう、まるでないはずだ。レウに人間の醜悪さを見せつけてやるとそう言ったが、己が命と比べれば天秤がどう傾くかなど容易い計算のはず。


 喉が鳴るのを、アガトスは感じた。魔力が足りない。今も宝石から惜しみなく発される熱線の一本一本に、狂おしいほどの魔力が込められている。そう長く続けられるものではなかった。


 その様子を見て取ったように、ラブールは魔脚を掲げながら口を開いた。


「宝石バゥ=アガトス。今一度だけいいましょう。原典を封じるのです。貴方が、人間なぞに入れ込む理由は皆無だ。弱く、生み出すモノのない彼らには何ら意味も、価値もない。彼らの役割と言えばその貯め込んだ魔力を死して我らに還す程度のもの。即時、決断を」


 魔脚が放つ一閃が、とうとうアガトスの身にまで届き始めていた。腕から鮮血が噴き出し、空を汚す。アガトスの体躯の至る所が、あらぬ音を立て始めた。もはや熱線すら、後一度放てれば良いという程度だろう。


 ラブールが語ることは、アガトスにとっても同意すべきものだった。


 人間を殺し、食らう。それが魔だ。人間の役割というものは、ため込んだ魔力を死して吐き出し、魔性に献上する家畜程度のもの。恐らくはラブールが今回成しているのもそれだろうとアガトスは思う。


 今この世界は、アガトスが生まれ育った頃合いと比して余りに魔力の濃度が薄い。原因は明瞭だ。魔の根源たる魔性はその姿を消し、アルティアは魔を定型化させその神髄を奪い取っている。


 いずれこの世界からは、本来の魔という概念すらも消え失せてしまうかもしれない。それを成さぬ為に、ラブールは大量に人を殺す術を選んだのだろう。確かに一つ一つを殺して回るより、よほど効率が良い。


 そうして人間達は抗うこともできず、己の命惜しさに同族を殺し続けている。


 やはり人間は醜悪で、弱い。それを否定をする気なぞアガトスにもなかった。僅かに吐息を荒げながら、アガトスは宙を駆る。


 だが、だ。一つ承服できぬ事がある。そうしてアガトスという魔人は、不服な事にたいして頭を頷かせるという事は決してない。


「はぁ、ん? 何に、価値がない、ですって?」


 そうとも、承服出来ない。


 アガトスは宝石の如き眼を見開き、歯を噛みしめる。久方ぶりの血の味がしていた。勢いよく腕を振り上げ、拳を握り込む。ラブールを撃墜せんがためのその一振り。


 当然ラブールはそれを迎撃すべく、そうしてそのまま心臓を抉りぬく為に魔脚を放った。音が失われ、空が途切れる。


 肉体の死が、一瞬アガトスにも垣間見えた。だがそれでも尚、彼女の想いは変わらない。

 

 アガトスは、幾人もの人間を見た。ある人間は自分の命を投げうってでも誰かを救わんと歩みを前へ進ませた。またある人間は誰かを守るために、己の危険なぞ顧みる事すらせず慈愛を与えた。


 そうしてある人間は、辛辣な過去を負わされ、死を眼前にしながらも、人の助けとなる事を求め足掻いて見せた。


 余りにか弱い、原典も持たない人間の癖をして。それでも全てを背負い続けて、彼らは此処に来たのだ。ただの、人の子が。

 

 ――その様の何と美しいことか。


 紅の頭髪が天に座する。白い眼が堂々たる振る舞いをもって開かれ、一瞬、アガトスはその体躯を取り戻した。


 長く伸びた四肢に、女性らしさを備えたその体躯はまさしく美の顕現。宝石の全盛とは即ちこれだ。


 そうして最後の宝石の熱線を、ラブールとは逆方向に、己の身体を前へと押し出す為に用いた。もはや視界に収まらぬどころか、人間の肉であれば弾け飛ぶその加速域。


 一瞬、ラブールの反応が遅れる。彼女が、一度もみていないものには反応が出来ないのをアガトスはよく知っている。


「――強さしか誇るものがないあんた達より、弱い彼らの方がよほど美しいわラブール」


 鈍い音がなる。空間そのものを打ち砕かんばかり、熱線により加速した豪速の拳が、ラブールの体躯を捉えていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 熱線って光レベルで質量無さそうだけど、後ろに出しても推進力になるのかね
[良い点] アガトスちゃん可愛いかよ 人の美しさを感じちゃってるのか 良いなあ
[一言] ヒトから魔の者へも身体構成が変わっていっている現状に加えて、今回では背面からの推進力によって剛の拳で敵を撃ち抜かんとす、ねぇ…………パッと見た限りではシ◯ルブリットみたいですかな?(笑)
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