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願わくばこの手に幸福を  作者: ショーン田中
第十二章『神霊編』
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第三百七話『選び取った意志』

 カリアの鮮やかな銀髪が跳ね、その小柄な身体を駆動させる。両手に掲げるは、黒緋の大剣。


 行うことは何も複雑な動作ではない、ただいつもの様に。それこそ幼少の頃から幾度も、幾千も、幾万も繰り返した剣を振りぬくという所作を成す。それだけの事。カリアに限り、其処には欠片ほどの過ちも起こらない。


 もはや一つの極致といって良い流麗な線が、中空に描かれる。同時、巨人の神話が振りぬかれた。


 それは敵対する聖女に向けて。神霊と、そう名乗る脅威を呑み込んでしまう為に。黄金が眼を、見開いた。


 白と黒緋が混ざり合った光彩が一瞬にして大神殿を貪っていく。視界は覆われ、発される荒々しい風圧に喉は押し込まれる。とても人間が耐えうるものではない。


 閃光と風圧の乱暴さ加減に耐えかねたとでも言うのだろうか、敷き詰められた大神殿の石板が僅かに軋みをあげた。


 そうしていつしか軋みは呻きに、呻きは絶叫に、そうして最後に絶叫は崩壊音へと変じていく。石板は割れ、柱には歪な罅が姿を見せた。


 それは何も不思議な事はない。ある意味で当然の事。


 カリアによって振りぬかれた一振りは巨人の神話。巨人とは、破滅的な破壊を齎す者を指して言う言葉。


 ならばその力の一端を、よりによって彼の王の寝処で用いたならば。その結果が成す所は絶対的な破壊のみ。


 古から永い時を歩み続けて来た大神殿が、ようやくその役目を終えたとばかりに身を震わせる。砂が払われ、小石が震えながら大気を蠢ていた。


 ――そうしてある時点で、致命的な音が鳴った。大神殿を支え上げた巨骨、その中枢が砕けた音。


 唐突で、完全な崩壊が始まっていく。歴史の重みに反し、呆気ないとすら思えるもの。


 新しき巨人の目覚めを祝うように。そうしてかつての巨人の消滅を悼むように。大神殿が、消えていく。


 悪徳も、聖女も、そうして巨人も。何一つを関係なく、崩壊は飲み込んでいった。それを新たなる一歩への洗礼だとでも言いたげに。


 大神殿は何時しか死雪に溶け込み、白の中へと消えていく。ゆったりと、永い歩みを止め眠りについた。


 それは、古い時代の一つが終わった事を告げるかのよう。



 ◇◆◇◆



 積み上がった死雪を踏みつけ、もはや瓦礫となった大神殿を眼下に置きながら、黄金の眼が瞬いた。唇を踊るように揺らめかせる。


「酷いものだ。呆然とするね」


 そう呟き、アルティウスは肩を払う。大神殿の破片から零れ落ちた砂や埃の匂いが鼻孔を突いた。


 中空を見渡しながら、何かを探すように眼を、すぅと細める。悪徳たるルーギス、それに此の惨状を作り上げた張本人、カリア=バードニックの姿はもうどこにも見えない。


 逃げ去ったか。アルティウスは仕方がないと、視線を降ろした。


 勿論、崩壊する大神殿に巻き込まれ、そのまま潰された蛙のように内蔵を吐き出して死んでいる、という事も有り得るのだが。


 アルティウスは指先で髪の毛にかぶった砂煙を払いながら、それをひっそりと胸中で否定した。いいや、彼らは此れでは死ぬまい。


 理由は簡単なものだ。オウフルがその指先を回しているのか、それとも別の要因があるものか分からないが。何にしろ、彼らは大巨人フリムスラトの腰まで上げさせた。そうして、その存在を消滅までさせたのだ。

 

 ならば死ぬはずがないとも。


 運命とはそう軽々しいものではない。大魔を消滅させておいて、そう簡単に死ねるほど世界は優しく等ないのだ。彼らが死ぬときには、それに相応しい最期がある。

 

「アリュエノ。君の語る所が、欠片ほどは理解できた気がするよ。ほんの少しだけね」


 アルティウスは、己の身体に語り掛ける様に唇を指でなぞりながらそう言った。それは大した感慨を含んだ物言いではなかったが、アルティウスにすれば随分と気持ちの籠った言葉。


 アリュエノと少しずつその存在が近くなっている所為だろう。消え失せていたはずの人間らしい情動というものが、僅かばかり胸に抱かれているのをアルティウスは感じていた。


 もう、完全な同化は見えている。本来であれば、後は淡々と時間をかけて糸を紡いでいくべきだろう。最も危険が少ないように。


 それだけでアリュエノの四肢は聖体躯となり、アルティウスの受肉が完成する。

 

 ――そうなれば、ようやく原典が此の手に舞い戻る。


 それが最も良い道筋だと、そう思い描いていたのだが。アルティウスは白い吐息を漏らしながら、肩を震わせる。


 そうも言ってはいられない。どうやら、彼らに時間を与えすぎるのは良くないらしかった。


 アルティウスは此処に至って、一つ認識を改めた。それは、ルーギスと紋章教に対してのもの。


 ルーギスなる者、ひいては紋章教という勢力に至るまで、かつての頃においては取るに足らない存在と言って過言ではなかった。


 事実今に至っても、紋章教は勢力こそ拡大し始めているとは言え、未だか弱い獣が少しばかり牙を剥いたという程度に過ぎない。アルティウスが造り上げた大聖教という巨獣からすれば鼻息で吹き飛ばせる存在だ。


 大きく旗を靡かせているが、いずれどこかで噛み砕かれその存在は掻き消える。


 そう、少なくとも今この世界では誰もがそう理解し、そう認識している。恐らくは紋章教聖女のマティアすらも。


 だからこそ。アルティウスはその認識を改めた。頬が、揺れる。


 今日、本来であればこの場でアルティウスは全ての決着をつけるつもりだった。大英雄に聖女アリュエノ、そうしてアルティウスの愛し子達とルーギスなる愚者。


 その全てが揃う舞台こそ、幕引きに相応しい。ルーギスは当然に大英雄に敗北し、愛し子達は皆この手に絡み取られるはずだった。


 だが、何の因果が働いたのか、彼は生き延びてしまった。それ所か大英雄と相打つ事すら成し遂げたではないか。


 あり得ない。不可能な事だ。少なくとも、そのはずだった。詰まり今日この場では、不可能が可能になってしまったというわけだ。


 本来不可能を可能にし得るのは、神の寵愛を受けた勇者か運命の選択の末に生まれた英雄だけ。しかし凡夫たるルーギスにそのようなものはない。


 何者でもない彼が、何かに選ばれるなどという事はあり得ない。詰まり今日起こりえたことを表現するならば、ただの一言。


 ――そう、奇跡だ。


 ルーギスなる者は何にも選ばれはしなかったが、自らの意志で運命の奇跡を選び抜いた。因果を選別し、事象を踏み抜き、悪手とも取れる振る舞いを成した上でそれを掴んだ。


 かつて、一度だけそういう人間をアルティウスは見たことがある。他愛ない、もはやこの手の中にあると思わせておきながらいつの間にか転がり出て、そうして最後には己に牙を突き立てた彼。

 

「認識と理解を改めよう。神霊を名乗る以上、全ての過ちは正されるべきだ」


 世界に言い聞かせる様に、アルティウスは語る。その言葉の先には、誰もいない。


 大英雄の魂と肉体は此方にあり、そうして誉の騎士も存命だ。けれども、もはや悠々と待ち構えるだけの時は終わった。


 固い手を打っているだけでは、あの心臓を握りつぶす事は出来まい。時には傷を負う事を承知で手を打たねばならない事もある。


 アルティウスは、いともたやすくその決断を下した。


 本来は、福音戦争が終わった後に起こるべきものなのだがね。アルティウスはそう言って、唇を波打たせる。アリュエノが、胸中で笑みのようなものを浮かべているのが分かった。


 ――さて、大悪。君が奇跡を起こすのならば、私はそれすらも塗りつぶそう。我が聖女の安寧の為、精々膝を屈してくれるが良い。

 何時も本作をお読み頂き誠にありがとうございます。

 皆様にお読み頂ける事が、何よりの活力となっております。


 第十二章『神霊編』は本話で完結となります。

 次回からは第十三章となりますので、よろしければ続けて

 お付き合い頂ければ幸いです。


 お読み頂き、本当にありがとうございます。

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