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願わくばこの手に幸福を  作者: ショーン田中
第六章『聖女マティア編』
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第百七話『円卓議場』

「理想は連合を結び、大軍を以て稲妻の如き進撃で、ガルーアマリアを陥落させる事ですな」


 ガーライスト王国円卓議場。その末席から、聖堂騎士ガルラス・ガルガンティアの声が響いた。此の議場の中においても尚、何処か軽薄なその態度。しかし周囲から視線を一身に浴びて尚、態度は崩れない。


 その言葉に相槌を打つようなタイミングで、ガーライストの人間が、その意味を問いかける。さも、そんな事をする意味はないのではないかと、暗に言う様にして。


 大聖堂、そしてガーライスト、互いの思惑が交錯するように、一瞬の沈黙が流れた。


 此の円卓議場は、基本的にはガーライスト王国と大聖堂の合流会議が開かれる場合にのみ、使用される。


 大聖堂はその大元を辿れば、ガーライスト国王アメライツ・ガーライストの直轄組織ではある。しかしながら、もはや半ば一つの組織として独立しかけている大聖堂を、ガーライスト国王とはいえ指先一つで動かすなどという事は、時代の流れに伴い不可能になっていると言わざるを得ない。


 大聖堂はその影響力を以てして大陸北西部を支配地域として周辺国家に認めさせ、その内部の法律、治安機構、収税構造までにおいて特権を赦されており、半ば独立国の一つとして機能している。


 それも全ては、大聖堂という宗教がガーライストだけに収まらず、周囲の国々にまで波及し、多くの支持を得ているからこそに違いない。かつて人々が傾倒していた紋章教は駆逐され、旧教と呼ばれるまでにその地位を没落させるほどに。


「意味など簡単な事です。彼ら、旧教の勢力は今は揺らめく小さな火のようなもの」


 周囲の緊張など知らぬように、ガルラスが唇を躍らせる。互いの牽制の押し付け合いなど、さも下らぬとでも言う様に。


 大聖堂がほぼ独立国のような勢力を持つ、それは確かだ。しかし、ガーライスト王国もその影響力を全て失った訳ではない。定期的に、且つ今回のように緊急の事が起こった場合には、互いに同数の代表者を出しあい、円卓にて会議を執り行う。それが、随分と前から一つの慣例となっていた。それが功を奏すかどうかは、全く別の話ではあるが。


 今回あげられる緊急事態というのは、即ち紋章教の手によるガルーアマリアの陥落、加えて、空中庭園ガザリアと紋章教の同盟。それへの対応である事に違いない。


 故に今日、円卓を囲んでいるのはガーライスト、大聖堂の二つの勢力のものだけではない。ガルーアマリアに属するもの、その周辺都市国家に属するものなど、多くの勢力が、己の利権と立ち位置を保持する為、その弁舌を振るわんとしていた。それがまた余計に、この会議を混沌の渦へと変えている。


 その中、ガルラスの言葉が、ゆらゆらと、議場を通りぬけていく。


「今奴らを多少の勢力で叩いては、ただその火を大きくするだけの事。あれをかき消すには、烈風が必要でしょう。大勢力を築いての烈風が」


 そう瞳を見開きながら告げるガルラスの言葉に、表立って賛同するものは少ない。その胸中はどうあれ、此処は今ありとあらゆる勢力が思惑を巡らせる、牽制と利権の取り合いの場。


 軽々に言葉を発することは、下手をすると自らの首が飛ぶことに直結する。


 故に、ガルラスの言葉に声をあげて賛同したのは、一人のみだった。


「……ガルラス聖堂騎士殿の仰る通りでしょう。ガルーアマリアは陥落したとはいえ、その大城壁は未だ侮れるものではありません。大軍を以て、一切の抵抗の余地なく叩き落す事こそが、旧教の息の根を止めるに相応しい」


 その声の主は、バッキンガム・スタンレー。


 ガルーアマリア名士の家の出であり、その伝手と外交力は未だ彼の地位を保持させている。特に、ガルーアマリアの利権をその手に獲りたいものにとっては、彼の言葉は易々と無視できるものではない。最終的には彼の後ろ盾として、交易都市ガルーアマリアの利権を浚ってしまう事も可能なのだから。


 だが、此れはただの戦争ではない、もはや宗教戦争の色を帯びている。ゆえに、事はそう単純でもないらしい。一人の老人が、目を開いて声を漏らす。


「……僭越ながら、相手は旧教。余り大軍を持ち出してしまえば、大聖堂の権威を揺るがすことにも繋がりかねません。これはあくまで、小事として処理すべきでしょう」


 小事。その言葉に思わずガルラスは馬鹿らしいと、そう笑い声をあげてしまいそうだった。


 理解はしている。発言をした老人とて、心の底からそう思っているわけではない。だが何事にも建て前というものがある、彼の属する勢力では、そのように見解が述べられているのだろう。


 それでも此れが小事とは、呑気にも程がある。ガルラスはその指先を卓上に置かれたグラスに巻き付かせ、ワインを喉に含ませた。なるほど、随分と上等なものが振る舞われていた。


 今まで数百年と陥落の文字を歴史の上にのせていなかったガルーアマリア。それが今、彼らのいう旧教の勢力に落とされたのだ。そればかりか、此方が勢力に組み込んでいたはずのエルフすら、彼らと同盟を結んでしまっている。


 これは紛れもない、大事だ。可能であるならば、ガルーアマリア周辺都市国家による連合、もしくはガーライストと大聖堂が噛んでの大軍を送り込みたい。


 そうでなければ、少々の干渉は旧教という火種を大きくしてしまうだけのこと。その事に関しては、ガルラスは、確信めいたものをその胸に宿らせている。


 理由は、あの騎士、いや今は女剣士である、カリア・バードニックの存在。


 あれは、間違いなく傑物だ。時代がその背を押せば当然に英雄になりうる存在だった。それが何故か今では、騎士という身分を自ら捨て去り、旧教の勢力の下でその剣を振るっている。ガルラスは、会議の喧噪を耳から追いやりながら、深く、椅子に座り直した。


 つまり、何かあるのだ。あの勢力には。あの女が与するほどの、傑物がその身を寄せようと思うほどの、何かが。


 それは何か。財宝か、いや騎士階級の者がつられるようなものがあるとは、とても思えない。では名誉か。まさか、旧教という名札の時点で、そのようなものは放り出しているに違いない。はたまた、野心を満たしてくれるものか。これは、多少はあるかも知れない。


 だが、ガルラスが見定めているものは違う。ガルラスは、一つ予測を立てていた。


 あそこには、英雄を惹き付けるほどの、更なる英雄がいるのだと。それは、魔女と称される女か、それとも、裏切り者と、そう呼称される男か。どちらかは分からない。だが、興味は大いにある。


「では、如何でしょう。私に一つの案がございます。鹿の角を押さえつけ、その皮のみをはぎ取る妙案が」


 小太りの男が、鈍い声を出した。ガルラスはよく覚えていないが、確か、周辺都市国家の代表だっただろうか。


 見た目はどうにも鈍重そうだが、その瞳は決して色を失ってはいない。むしろ野心を煌々とたぎらせている。その厚い唇が、のっそりと開きだした。


「奴ら旧教とて、一枚に整えられた鉄ではない。奴らが纏まっているのは偏に二人の人間の威に従っているだけの事。それ以外は、有象無象の集まりにすぎません」


 ガルラスは、男がその後何を言い出すか、大体を理解していた。だから半分は興味をそそられつつ、やはりそれには面白味がないと、何とも曖昧な感情を露わにする。その表情が、歪んだ。


「此れ以降も、旧教は勢力の拡大を目指すはず。奴らはもはやただその場で安定を取る、などということはできません。であれば、我が都市国家が偽計をもってその首を討ちましょう。蛇はその首を刎ねられれば、胴体の処理はどうとでもなるもの」


 なるほど、とガルラスは顎を撫でた。男の意図を、大まかにつかみ取った。それは、会議に出席した者達も、同じであるらしい。


「大聖堂の許可が戴きたい。旧教へと、友好を示す公式書面を出す許可を。それさえ頂ければ――大聖堂に反逆する魔女マティアと、大罪人ルーギスの首は、俎上にのったようなもの」


 随分と得意げな声が、円卓議場の空気を揺らめかせていった。ガルラスは最後まで、どうにも不機嫌そうにその肩を揺らしていた。

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