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第二話 悪いクズと良いクズ

 私は委員長に「屋上に行かない?」と提案したところ、不思議そうな表情を向けられた。

 屋上だったら誰も見ていないし、いないから話がしやすいじゃん。と言うと、納得して承諾してくれた。

 うちの学校の屋上は解放されていなくて、鍵がかかっている。

 しかし、魔法少女の魔法にかかれば鍵のひとつやふたつ、簡単に開くことができる。


「ていっ」

 変身ドレスアップして、軽いかけ声とともに、安全カミソリを振り下ろす。

 ドアノブはすぱっと切れると、踊り場にこんころと転がった。

 キィ。と音をたててドアは開く。


「さっ、委員長どうぞ」

「いや……屋上に入るのは校則違反だし、それに校則を守れって言っているのに、自分は破るっておかしいでしょう」

「かたっくるしいなぁ。だから委員長なんだよ」

「そんな『委員長』を悪口みたいに使わないでよ」

 いやいやいや。と委員長は顔の前で手のひらを横に振った。

 マジメさんだ。

「ドアノブを壊したこと、あとで先生に伝えておくからね」

 面倒くさいマジメさんだ。

 ちょっと物が壊れたぐらいいいではないか。

「言ってもいいけど、信じてもらえるかなぁ?」

「それは大丈夫。私は先生からの評価は高いから。例え嘘でも、信じて貰える」

「優等生め」

「人に好かれる努力をすればいいのよ。簡単なこと」

「人に好かれる才能なんてものがないもんで」

「少しぐらい、頑張ってみればいいのに」

「頑張ったらこれ以上疎遠になることぐらい、私にだって分かる」

「もー。そんなことを言うー」

 委員長とこうして話すことは実のところ、かなり珍しい。

 いつもならば、一方的に話しかけられて、どこかに行くのをひたすらに待っているだけだ。

 だから、こうして話してみると、委員長に対するイメージがちょっとだけ変わった。

「ねえ、委員長」

「なに?」

「私さ、委員長のことを生来のマジメさんだと思ってたんだけどさ」

「その真面目って、誉め言葉で使ってる? 貶し言葉で使ってる?」

「私が誉め言葉で使うとでも?」

「ありがとう、嬉しいわ」

 こいつ、誉め言葉ということにしよった。

 それはともかく。


「でも委員長って、実際は根っからのマジメさんではないよね」

「……そりゃあじぶんのことをマジメだとは思ったことはないよ。だって、当然のことを言っているだけだもの」

「ああ、いや。そういう心持ちの話じゃあなくて」

 言い訳をしようとする委員長に、私は手を突きだして制する。


「どうして、委員長はのうのうと屋上に上がってきたの?」

「どうしてって、屋上で話をしようって言ったのはあなたじゃあない」

「屋上は立ち入り禁止だよ。出入り禁止。委員長がさっき言った通り」

 うちの学校の屋上は、大体の学校がそうであるように開放されていない――閉鎖されている。

 もちろん、勝手に入るのは校則違反だし、程度によっては一発で停学になるような重罪である。生徒手帳の校則欄を読むことが趣味である委員長が、もちろん知らないはずがない。


「もしも委員長が普通のマジメさんであるのなら、屋上に行こうと言った時点で注意しない? 屋上に行くのはダメだよって事前に阻止をしない?」

 でも、委員長はそれをしなかった。

 私が屋上に侵入してから初めて、屋上に入るのはダメだと言って、自分は入らなかった。

 それはまるで、自分は共犯ではなく、彼女を止めるためにいたのだと言わんばかりに。

 それはまるで、誰かが過ちを犯すのを待っていたのだと言わんばかりに。


「委員長はルールを守ることを他人にも強要するタイプではなくて、ルールを守り、悪い子を咎めることで自分の評価を高くしようとするタイプだ。違う?」

 マジメが服を着て歩いているのではない。マジメという服を着こんでいるだけだ。

 委員長の表情がすう、と変化した。

 ぶつかった時に見た、全てを信用していない、全てを見下している淀んだ目。

 はぁ。とため息をつく。


「だったらなに。正しくあれば問題はないでしょう? 経過よりも結果を見なさいよ。理由なんてどうでも良いのよ。正しければ、それで良い。間違っているのなら、それは悪い。単純明快。赤子にだって分かる勧善懲悪」

 正しくあれば清濁は関係ないでしょう。と、委員長は吐き捨てるように言った。


「別に」

 私は言う。

「否定する気はないよ。理由が純粋であろうと不純であろうと、自分の正しさを押し付けてくる人は、総じて嫌いだから」

「私も自分が出来損ないであることを認めて、のうのうと生きている人間は嫌いよ」

「出来損ないだと分かっている分、気楽でいいよ。出来ないことが当然なんだから。周りの評価をいちいち気にして、出来る自分を演じないといけない不自由なあんたと違って」

「天才の姉と比べられて捻くれて、評価を気にしないようにと気にしているようなあんたにだけは言われたくない」

 私は委員長に向けてこぶ――げふんげふん。こぶしの利いた声で「それもそうだ」と言い返した。

 いやいや、喧嘩なんてしてないってば。こんなことをするわけないじゃん。殴ってなんかいないし、蹴り返されたりもしてないし、掴み合いのとっつかみ合いのどつき合いなんてしてないってば。わあ、待って。お小遣い減額しないで。本当だから、本当にしてないから!

 ……ぐすん。

 それで、ええと。

 委員長とこぶしの利いた声で、互いの腹にドスンと衝撃を与えあったあと。

「それで」

 と私は言った。口の中を切ったのか、ちょっとばかし痛かった。

「どうして委員長は私が魔法少女だって気づいたの?」

緑野えんの長靴ながぐつ

「ん?」

「私の名前。どうせ覚えてないんでしょう?」

「もちろん」

「あんたの名前は笛吹花。クラスメイトの名前ぐらい、覚えておきなさいよ」

「クラスメイトの名前を呼ぶ機会がないもんで」

「ボッチめ」

「そんなボッチがいるから、そんな奴にも気をかけ(・・・・・・・・・・)てあげる優しい子(・・・・・・・・)という好評価が貰えるんだからいいじゃん偽善者」

「その部分は感謝するけど、あんたがそんな性格のままなら私の評価は落ち込むんだけど」

「へえ、私の性格にも一つぐらい良い所があるんだ」

「死ね」

 直球で言われてしまった。

 なに。猫被るのをやめたらそんなに灰汁の強い性格になっちゃうわけ?


「性格の悪いボッチクズのことなんて放って、別の慈善活動をしていればいいのに。というか、一人でいることは悪いこと?」

「悪くはない。しかし、良いことでもない。特に集団行動の場においてはね」

 グループをつくるときに一人余っていると、それを押し付けあう時間がもったいないでしょう。と委員長――緑野は言った。

 入れてあげる。ではなく、押し付け合う。

 中々いい表現だなと思った。

 毎回残っている私を、皆無言で、目だけで押し付け合ってるものな。

 最終的にジャンケンで負けたところが私を押し付けられることになる。

 目の前で真剣にジャンケンをして、勝ち負けで一喜一憂するクラスメイトを見ると、悲しい気分になる。

 なんで負けた方なんだよ。勝ったもんにしてよ。体面を装ってよ。

 クズだって傷つくことだってあるんだぞ。


「で」

 嫌なことを思いだしてしまった私は、少し強く言う。

「緑野。どうして私が魔法少女だと分かった?」

「簡単な話。あんたの肩に乗っているマスコットキャラクターが見えたから。なんなのそれ。肥えた耳の長いパグ?」

「酷いね!? 違うよ、どこからどう見ても雪うさぎだよ!」

「ああ、ぬいぐるみチックだから分かりづらかったの。ごめんなさい」

「まったく、失礼だね。肥えただってさ」

「触り心地は太った動物を触っているのと変わらないから、あながち間違ってはいないんじゃあない?」

「ひどいっ!?」

 ぷんすかと怒るテーテの腹をつまむ。中に綿が入っている体は、ふにふにとやわらかくて気持ちよくてちょっと可愛らしい。もう抱きついたまま眠りたいぐらいだ。

 ……なに、お姉ちゃん。そんな愛玩動物を眺めるみたいな目をして。

 うさぎの抱き枕とかいる? いるっらない! いらない! ちがう、いるって言ってない。噛んだだけ。そんな可愛いの、私には似合わないし!

 とにかく!

 テーテのおなかを摘まんでいたんだけど、そこでようやく私は違和感に気づいた。私はそれをそのまま、口にする。


見えるの(・・・・)?」

くっきりと(・・・・・)

 マスコットキャラクターの姿は、魔法少女の姿と同じように、一般人には見えない。認識されない。

 そういうルールのはずだ(お姉ちゃんに見えているのは、きっとお姉ちゃんが一般人ふつうではないから。ということだろうと思っている)。

 なのにどうして、縁野には見えているのだろうか。


「そんなの、決まってるでしょ」

 困惑する私に、緑野は半ば呆れたように言う。

「私も、魔法少女だったってだけ」

 緑野のセリフに、私は素直に驚いた。

 彼女が魔法少女だったから。ではない。

 そりゃあさっきまで――緑野が生来のマジメ人間であると思っていたときだったら驚いただろう。

 でも今の、私と同じくクズであることが分かった状態ならば、それは理解できる。

 生来のクズにこそ、魔法少女はふさわしい。

 一週間と少し、魔法少女になって至った結論である。

 だから、驚いたのはそっちではなくて。

「だった?」

「そう、過去形――私はとある魔法少女に負けて、魔法少女ではなくなった」


 ***


「魔法少女『井の中の蛙大海を欲すロングロング・フィールド』。あいつはそう名乗ってた」

 ちなみに私は『聞け、我が名(ボーリング)は健全なりて(ガーリッシュ)』ね。と緑野は言う。

 ボーリング? なに、緑野ってもしかしてボーリングが趣味だったりするの?

 ちょっと意外だ。 

「多分、あんたが想像している意味と違う」

「え、ボーリングってあれじゃあないの。重いボール投げるやつ」

 私はボーリングをする素振りをしてみせる。

 委員長は哀れな馬鹿を見るような目で見てきた。なんだよ、悪かったな、外国語分かんないんだよ。通知表1でしたよ。いいもの、私日本人だもの、海外行かないもん。ずっと日本にいるから日本語以外いらないもん。

「あんたは? 魔法少女の名前」

「……『365日イタイ子(エブリフール)』」

「やっぱり魔法少女としての名前ってさ、少しバカにしている節があるよね。あんたにはピッタリだけど」

「まあ罪深いほど欲深いというか、基本クズみたいなやつしかなれないらしいしね。あんたみたいな」

 喧嘩はしなかった。

 互いに口の中に指を突っ込んで口を限界まで引き延ばしたり、げしげしと膝で蹴ったりしなかった。


「まあ、私も魔法少女になって、妖精をちまちま倒したりしていた。そんなある日、あいつは急に私の目の前に現れた。そして――襲ってきた」

「で。負けたんだ!」

「嬉しそうに言うな、嬉しそうに」

 目をキラキラ輝かせたりなんてしてないよ?


「実際、私は負けた。魔法少女同士が戦うなんて想定してなかったから、驚いちゃって。体勢を整える余裕もなかったよ」

「言い訳乙」

「このっ……まあ、ここまではどうでもいいんだ。私は負けて、魔法のステッキと妖精は半分に切り裂かれた」

「ひえっ」

 テーテが自分のお腹に手を伸ばしながら悲鳴をあげた。切り裂かれたところを想像したのだろうか。


「そして、私は魔法少女ではなくなった。初めは、魔法少女の数を間引くために襲ってきたのだと思ってた。ほら、ここら辺には五人いるんでしょう。私のマスコットも言ってたんだけど、やっぱり多いらしい。でも、そうじゃあなかった――あいつは、私の魔法力を奪いに来たんだ」

「……魔法力を、奪う?」

「倒された後、私は体からなにかが抜けていく感覚にとらわれた。魔法力が抜けていく。そして、私を倒したロングロングフィールドに魔法力が吸われていくのを、確かに感じた」

「え、待って。魔法力って……奪えるの?」

「私だって知らなかった」

 緑野は深くため息をつく。


「魔法少女の契約はマスコットとステッキが媒介になっているのだと聞いたとき、ああ、この二つの片方でも欠けたら魔法少女にはなれなくなるんだな。ということは理解できた」

「おお、ハナと違って賢い」

「一言余計」

「でも、まさか貯めていた魔法力が奪われるなんて思わなかった……魔法少女じゃあなくなったのだから、魔法力はいらないとはいえ、相手の願いを叶える一役を買ったのだと思うとすごく癪……」

「おお、クズらしい発言」

「だから言ったじゃん。委員長もクズだって」

 顔を両手で覆って、本気で悔しがる緑野を前に、テーテは少し引いていた。

 いや、分かるよ。

 自分の願いが叶わないならまだいいけど、他人の願いが叶う手助けをしてしまうことになるなんて。

 自分にメリットのない、他人のメリットなんて、なんの意味があると言うのだ!


「でも、どうしてそいつは緑野の魔法力を奪えたんだ? 魔法力を吸う魔法でも持ってたのかな」

「いや、たぶん妖精を退治したときと同じ現象が起きているんだと思う」

 緑野は両手を顔から離しながら言う。


「退治して、そいつが持っている魔法力を吸収する。それが魔法少女同士でも作用するらしい。それだけ。予想外だけど」

「なるほど……」

「分かってる?」

「分かってない」

「これ以上簡単に説明しろって言うの……」

 緑野は頭を抱えて変な声をあげた。


「バカに説明するのは難しい。ブタに自分が食用肉であることを説明するような虚しさに近い……」

「私が太っているとでも言うつもりか!」

「ハナ。そういう意味じゃあない。そして、きみは今、さらにバカを露呈している」

 緑野は深くため息をついて、私の目を覗き込んだ。

 その目はまるで、呑み込みの悪い幼稚園児を見る保母のようで、自分の末路を知らないブタをトラックに詰め込む業者の人のようだった。


「いい、妖精は倒されたらどうなる?」

「消える。あと、魔法力を放出する」

「そう。その魔法力はその後どうなる? 空気に溶け込む? 消えてなくなる?」

「いや。私たちの体にしみこむ。なんていうか、体の中に長い水槽があって、その水量が増える感じ」

「そう、魔法力は私たちの中にしみこむ。それはどうしてだと思う?」

「えっと……私が魔法少女だから?」

 我ながらバカっぽい答えではあったが、緑野は驚くことに「そうだね」と頷いた。


「『私たちが魔法少女だから』『魔法力には倒した相手に吸い込まれる性質がある』とか、考えられえることはある。でも、一つ、確実に言えることがある。『魔法力を持っている者を倒すと、魔法力が手に入る』」

 まるでゲームの経験値みたいだと私は思った。

 魔法少女同士でもそれが通じるとは私も委員長も想像できていなかったわけだけど。

 でも、緑野の例から考えて、通じるのは間違いない。ということだ。

 その事実にいち早く気づいたその魔法少女(なんだっけ。ロンロンフォール? パンダみたいな名前だな)は、緑野を襲ったわけだ。


「ねえ」

 緑野は言う。

「あなたはこの事実を知ってどうするの? 他の魔法少女を襲って、魔法力を稼いだりする?」

「しない」

 私は即答した。


「だって、魔法少女ってことは、相手も魔法を使ってくるんでしょう? 返り討ちにあって私も魔法少女じゃあなくなる危険性もあるし。それなら、妖精をちまちま倒して魔法力を貯める方が効率的でしょ?」

「自分より弱いと分かったら?」

「狙う」

「クズ」

「なんかもう、クズ呼ばわりにも慣れてきた。しかしクズ」

「なんだいクズ」

「どうして私にそんな情報を教えたの? 私なら絶対情報は教えずにあんたがその……ロンロンフォール? に倒されるのを切に願うところだけど」

「私もそうしたいのもやまやまなんだけど、二つほど理由があってね」

 緑野は指を二つ立てる。

「理由一。あんたに恩を売って、究極魔法が手に入った時、私の願いも叶えてもらう」

 究極魔法は何でもできる魔法。叶う願いは一つなんてちんけなものではない。でしょう? と緑野は言った。なるほど、そういう手もあるのか。まあ、叶えれそうな願いであれば、叶えてやるのも、やぶさかではない。土下座とかするならなぁ!


「一応聞いておくけど、緑野の願いってなんだったの?」

「『全ての人類がルールを守り、正しく生きるようになる』それを達成したとき、世界は必ず、私にひれ伏す。私の評価は絶対になる」

「どこまで行っても、誰かの評価ってわけ」

「当たり前でしょう。誰かに評価されないと、誰かに素晴らしいと言ってもらわないと、それがどれだけ素晴らしかろうと、無価値でしょう?」

 評価するものがいて、初めてモノには価値がある。

 私の価値は、誰かが決める。

 だから私は、誰かに媚びを売るし、誰かを蹴落とすのだと。緑野は言った。

 清々しいやつだな。と私は思った。良い人であろうとする姿勢は、私のようなものを自分の評価をあげるために利用している姿は嫌いだけど、その心情は嫌いではない。

 私の価値は、誰かが決める。覚えておこう。


「そして、理由二。あんたがロングロングフィールドに不意を突かれて負ける可能性を少しでも減らすため」

「願いが叶わなくなっちゃうもんねえ」

「それもあるけど、もう一つある。ロングロングフィールドの願いが叶ってもらっては困るから」

「なに、『この世を世紀末にする』とか、そういう願い?」

 私は小馬鹿にするように言ったのだけど、緑野は真剣な表情で頷いた。


「あいつの願いは『長野県に海をつくる』……まあつまり、日本沈没なんだよ」


 ***


「長野県に海をつくるか、確かにどこの位置につくったとしても、色んな県が海に沈んじゃうね」

 全てを聞き終えたお姉ちゃんはそんな風に感想を漏らした。

「それにしても、その、ロングロングフィールドって子はよくもまあ、他の魔法少女を襲うっていう方法を思いついたものだよ」

「多分、初めからそういうつもりだったんじゃあないかって、緑野は言ってた」

「どうして?」

「魔法のステッキが錨だったから。妖精を倒すのに、そんな大仰なもの必要?」

「人を倒すのにも、そんな大仰なものが必要とは思えないけど……ああ、そうか。鎧の上からも攻撃が通るようにか」

 頭の上でお姉ちゃんは納得したように声をあげた。そう、ロンロン(長いので省略)は明らかに、初めから魔法少女を襲うつもりだったのだ。


「まあ、その後緑野から情報の共有のために携帯番号教えて。ラ〇ンのアカウントでもいいから。と言われたんだけど、携帯持ってないと言ったら凄い顔をされた。まあ、それが携帯を持ってなくて困った話。困ってはないけど」

「ほらー。やっぱり現代人には携帯は必需品だから持ってないとダメだよー」

「いいって、持っててもどうせ誰とも連絡しないでゲーム機になるだけだから……それよりいいの、お姉ちゃん。体動かしに行くんじゃあなかったの?」

「おっと!」

 お姉ちゃんは時計を一瞥すると、私に抱きつくのをようやくやめて、てきぱきと用意をすると数分後には余所行きの状態になっていた。


「それじゃあ行ってくるね。夕飯は用意してあるからしっかり食べること。戸締りはしっかりとして、変な勧誘は無視すること。あと、きちんと勉強もしないとダメだからね」

「分かった、分かったから!」

 初めて留守番するわけでもないんだから! とお姉ちゃんをあしらいながら、私はそっぽを向いた。

 お姉ちゃんはにこりと笑ってから玄関に続く廊下に向かって、足を止めて私の方を見た。


「私の評価は、誰かが決める。だっけ? 良い考え方だよね。自分で自分を否定出来なくしている。理由のない悪い自己評価が無くなるようにしている……この考えでいったら、花ちゃんの評価は私の『最高に可愛い妹』で決定していたりするのかな?」

「……はやく行かないと遅刻するよ」

「『素直じゃあないツンデレ妹』『最高に可愛い自慢の妹』『あなたが妹だから、私は姉でいられる』『愛らしい私の妹』『大好き花ちゃん』」

「はやく行けもう!!」

 歌うように言ってくるお姉ちゃんに、私はソファの上にあったクッションを投げつけた。

 お姉ちゃんは笑いながらそれを避けて「おほほほほほ」とわざとらしい笑い声をあげながら外に出ていった。

 荒い息を整えて、私はソファにどすん。と深く腰かけた。

 頬が熱い。真っ赤になってそう。

 ……。

 お姉ちゃん。

 私は、そんなお姉ちゃんの優しさが苦手だ!

 クズは優しくされたり無償の愛を向けられるとね、死にたくなるんだぞ!!

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