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第四話 どうにかなること

「へぇー。これが妖精」

 魔法力とは一体何なのか。

 妖精は一体どれぐらいの頻度で発生するものなのか。そもそもどれぐらいいるのか。今から追いかけたら間に合うのか。というか、魔法力をどれぐらい貯めたら究極魔法は手に入れることができるのか。

 聞きたいことは山のようにあったけれども、後ろから聞こえた呑気な声に私は口を開くのが遅れてしまって、振り向いてみると聞きたかったことは全て霧散した。

 まだ床に座ったままのお姉ちゃんが、自分の手をしげしげと興味深そうに見つめていたのだ。

 その手の中で、一匹、妖精がもがいていた。

 私とテーテの目が点になった(いや、テーテの目は元々点みたいなものなんだけど)。

 お姉ちゃんの手からにょきっと上半身をだすような形で掴まれている妖精は、どうにか逃げ出そうともがいていたけど、逃げれずにいた。

 酸素不足の金魚みたいに口をパクパク動かしながら、私はお姉ちゃんに尋ねる。


「お、お姉ちゃん。その妖精……どうしたの?」

「え、これ?」

 お姉ちゃんは妖精を持っている手をあげた。妖精はもがき続けている。


「ケーキを取りに来たとき、冷蔵庫の中に忍び込んでたからとっさに掴まえたの。そのあともっと一杯きたから驚いちゃったけど」

「信じられない!」

 テーテが、分かりやすいまでの感嘆の声をあげた。

 ブラボーブラボー。

 万雷の拍手。スタンディングオベーション。


「この妖精のサイズなら、確かにまだ弱いけど――最弱と言っても過言ではないよ。でも、それでも普通の人がそんなあっさり捕まえれるようなものじゃあないよ」

 それこそ、魔法少女でもない限り。とテーテは言った。

 ああ。なんだ。そんなことに驚いていたのか。

「お姉ちゃんはなんでもできるから」

 なんでもできる。

 お姉ちゃんを表現するのに、これ以上適している言葉はない。

 笛吹りす。

 数多の才能を持つ努力家。

 そんなお姉ちゃんは単純な話『基礎能力』が高い。

 文化系にせよ、運動系にせよ、なにをするにも基礎というものが存在する。

 筋がいい。という言葉に集約されるそれを、お姉ちゃんはひたすらたくさん持っているんだ。

 お姉ちゃんが持っている才能の中で、一番地味で、しかし一番重要で恨めしい才能。

 人間、努力すれば変われると思う。

 それは間違いない。

 しかしこの姉を見ていると、努力と『なにか』が必要だと痛感する。

 努力だけでことたりるのなら。

 姉は『努力家』なだけだし。

 途中でやめたものは『どうにかなること』をサボった能無しになりさがるし。

 負けたものは『どうにかできること』の量が足りなかったやる気のないものになってしまうし。

 私は──お姉ちゃんという実例を前に努力を怠る無価値な人間になりさがる。

 努力していないわけではないのだ。

 『なにか』が足りないだけなのだ。

 才能がないだけなのだ。

 天に愛され、二物どころか十、百、千物も貰っている姉のしぼりカスのような妹は。

 その言い訳がないと、死んでしまう。

 『才能なにか』という言葉は、決して出来る人を褒め称えるためにあるのではない。

 出来ない人でも生きていていいのだと誤魔化すためにある。

 そして、そんな『才能なにか』があるというのなら。私のようなものが、お姉ちゃんのようなものに勝つには。

 非現実的で、規格外のモノに頼るほかないのだ。

 そう、例えば──魔法のような。


「へえ、なるほど。つまり、サッカーも野球もテニスも、ある程度できるぐらいの地力は最初から備わっているっていうことか。まあ、サッカーも野球もテニスも出来る人なんて、腹立たしいことこの上ないけども」

「私よりも、魔法少女の筋もいいかもね」

「それはないよ」

 一人(一人形?)納得しているテーテに、私はちょっと皮肉を言ったつもりだったんだけど、思いがけない返事が返ってきて思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

 え、なに。そこで否定してくるの?


「僕はリスにではなくて、ハナに会いに来た。ハナこそが魔法少女に相応しいと来たんだ。それだけで、ハナの方が魔法少女に向いている。魔法少女の筋がある。ということは分かるだろう?」

「ふ……ふふん」

「ハナは充分、魔法少女としての筋も素質もあるよ。優れてる」

「え、えへへへへへ……」

 褒められた。褒められたのか私は今。

 凄いって言われたのか。

 やばい、自分でも分かるぐらい顔が弛緩している。お姉ちゃん以外にこんなに褒められたのは初めてかもしれない。

 お父さんとお母さんは、私とお姉ちゃんを平等に扱ってはくれたけど、そんなに褒めてはくれなかった。


「し、仕方ない。才能があるっていうのなら、やらないといけないでしょっ!」

 ふふん。と私は鼻息荒くしながら胸を張った。テーテは私の個人情報をさっと背中に隠しながら、にやあ。と笑った。

 魔法少女に相応しいのは『夢見がちで欲深い出来損ない』であり、魔法少女の素質があるということはつまり、『お前、メチャクチャ夢見がちで欲深い出来損ないなんだよ』と言われているということに気づいたのは、数日過ぎてから。

 私は隣で寝ているテーテの首を静かに締めた。ぽろりと落ちた個人情報の束にはこんなことが書いてあった。


***


 ・笛吹花の特徴

 ・おだてると調子にのる。豚みたいな子。

 ・りすと比べると、効果は絶大。


 ***


 ひとまず、逃げた妖精を追いかける前に捕まえている妖精を退治することにした。

 妖精はイタズラをした後、驚いている人間にもう一度イタズラをするのが好きらしく、逃げたとしても近くに待機していて、追いかけてくるのを待っていることが多いらしい。

 じゃあ、少しぐらい放置しておいても大丈夫か。ということで、こっちを退治することにしたんだけど。


「とりあえず、踏み潰してみる」

 テーテ曰く、魔法力を手に入れるのは『倒した張本人』だけらしい。

 誰かが倒したあと、魔法力を奪う。とかそういうことはできないらしい。


「皆で協力して倒した場合、魔法力は平等に分け合うの? それとも最後の一撃を与えた人が総取り?」

 お姉ちゃんはそんな質問をした。

 あ、そうか。『協力』なんてなんにも考えてなかった。

「魔法少女は大体友達がいなさそうな性格をしているからね。まず協力するという事態が想定できないけど――その場合は最後の一撃を与えた人が総取りになるね」

「つまり、最初は出来るだけ戦闘に参加せずに、弱ってきたところを狙って攻撃すればいいわけか」

「うん。すごく魔法少女らしい考え方だね、ハナ」

 そういうわけで。

 お姉ちゃんに妖精を床に押さえつけてもらって、私は人間が一番力を込めることができるらしい位置――踵を妖精の頭に向けて振り下ろした。

 全体重を乗せた全力の一撃だったが果たして――妖精の頭を潰すどころか、頭に当たることすら叶わなかった。


「うっひゃあ!?」

 振り下ろした踵は、妖精の両手によって受け止められていた。

 妖精は私の踵を斜め上に向けて投げ飛ばした。足に引っ張られるようにして、私の体は、まるでバナナで足を滑らせた漫画のキャラみたいに空中で一回転した。

 背中からどしゃっと落ちる。遅れて、浮いていた足が床に降りる。

 け、肩甲骨が……痛い……!!

 この大きさで、この強さなのか。

 これで、最弱なのか!


「最弱の妖精にすら負けるなんて……」

「だから言っただろう。普通の人間じゃあ勝てないって。リスがおかしいんだよ、リスが」

「……今、『やっぱりこいつよりりすの方が魔法少女向いてるんじゃあないか?』と思わなかった?」

 テーテはぷるぷるとかぶりを振った。

 本当だろうか。

 ごまかされているような気がする。


「ハナ、変身してごらんよ。そしたら、それぐらいちょちょいのちょいだからさ」

「ホント?」

 私はカミソリを構えて、「変身」と呟いた。

 瞬間、全身が光のリボンに包まれる。

 ぴろりん。

 光のリボンは足。上半身。頭。手に集中して、プロポーションを変えるがごとく、強く体を引き締めた。

 さっきは油断したから変な声をあげたけれども、今回は腹に力を入れていたから声が漏れることはなかった。

 私の体を締めたリボンはそのまま順々に弾けて、光の粒子に変わる。

 手には桜の花と二本のリボンがついた、肘の手前まで覆える大きな手袋。

 足には高いヒールの、ひざ下まである白いブーツ。

 ひらひらでふりふりでふわふわな、桜色と白色で彩られたロリータ衣装。

 髪の毛は桜色に染まり、桜のピンがついている。

 ぴろりん。

 こうしてみると、どうやらモチーフは『桜』らしい。ということが分かった。

 って。


「今誰か動画撮ってなかった!?」

「気のせいじゃあない?」

 お姉ちゃんはさっとスマホを隠した。

 いや、あのスマホは恐らくフェイク。お姉ちゃんのことだ。わざと見つかって、私に確認させて、証拠がないことを見せつけるつもりだ。

 そして本命は別の場所にある。どこにあるんだろうか。見当もつかない。

 ……まあ、いいか。なにに使うのかは分からないけど。悪いことには使わないだろうし。

 私はもう一度妖精の前に立つ。お姉ちゃんに押さえつけられたままの妖精は、けけけけけけけけけけ。と笑っていたけど、私の服装を見るやいなや、笑うのをぴたりと止めた。

 なるほど。これなら妖精を倒せるというのも間違いではないのかもしれない。

 妖精の横にしゃがみこんで、妖精の頭を親指と人差し指で摘まむ。妖精は私の指をどかそうと必死に手を殴ってくるが、痛みはない。

 おお、さっきはこれにひっくり返されたりしたのに。

 本当に強くなっているんだ……!

 にひぃ。と笑いながら私は指に力を込めた。ぶちっ。と音をたてて妖精の頭は潰れた。

 妖精は動かなくなった。そして蝶の鱗粉のようなものになったかと思うと、その鱗粉は私の体の中に流れ込んできた。

 なにかが増えたような気がする。私という器の中に、なにかが注ぎ込まれたような気がする。

「……いひっ」

「ハナぁ、その虫の羽根を毟って悦に浸っている子供みたいな倒し方はどうにかならなかったのかい?」

 後ろでテーテがなにやら文句を言っているようにも聞こえたが、私はそれを気にすることもできなかった。

 こんな。こんな簡単でいいのか。

 魔法少女の姿になってしまえば、妖精を倒すのは文字通り片手間で出来る。

 ぷちっとするだけで、究極魔法が手に入る。

 なんて、なんて……楽なんだ!

「テーテ!」

「なに?」

「逃げた妖精を追いかけるよ! あれも私が仕留める!!」

「仕留めるって」

「息の根を止める!」

「言い換えたけどそんなに変わらないかなあ」

 私はブーツを脱ぎ捨てて(走りづらい!)、妖精が逃げた方に向かって走り出した。

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