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第九話 平等とは基準があって初めて成り立つが、基準がある時点でそれは平等とは言い難い

 例えばクラスにとても賢い人がいます。

 彼女はとても賢くて、とても頑張り屋です。

 次のテストもきっと満点を取るでしょう。

 でも、それはズルいです。

 努力をするというのは、ズルです。不平等です。

 なぜならこの世には、努力できない人もいるからです。

 努力することが重要であることは努力できない人は知っています。

 でも同時に、皆努力してるんだから、努力してもあんまり意味がないことも理解しています。

 皆歩いているのならまだいいですが、走っているのでは、結局距離は縮まりませんし、ただ疲れるだけです。

 世界は不平等です。

 平等であるのなら、走っていても歩いていても止まっていても、評価を与えるべきです。

 だから私は魔法少女になりました。

 私の魔法は『』。

 良いことも悪いことも、なんでもかんでも平等に、半分こできる魔法です。

 これで私は賢い人の『努力』を半分貰いました。

 これで平等です。これが平等です。

 さてテストの結果はどうだったかと言えば。

 賢い人87点。

 私27点。

 いつもの点数が12点であることを鑑みれば、努力を半分貰っただけあったのですが、それでもこの点数の差はどういうことでしょう。

 まあ、単純な話なのですが、世界は思ったよりも単純なものではなく、努力を半分こにした程度では、才能の差異で結局平等にはならないということでした。あるいていない

 なにかを平等にしたところで、別の場所で不平等になる。

 なにかを区別するということは、どこかが差別されてしまう。

 世界は一筋縄ではなく、多重だからこそ

 だから私は究極魔法に祈ることにしました。

 頭の悪い私では考えつきもしなかった賢しい手段なのかもしれませんし、考えたところで理解できない超自然的なことかもしれませんがともかく。

 私の究極魔法で叶えたい願いはただ一つ。

『世界を平等に』

 そんな願いのための魔法『分配』。

 なのに、こいつは……。


「なにもしない……ですか?」

「うん。そう。なにもしない。してあげない。自分から動く。ということができないあんたにとって、それ以上の手立てはねぇだろう?」

 頭突きをして鼻がぶつかるぐらいの距離にまで近づいてきた笛吹花――エブリフールはぎぃっと笑った。

 ええ、はい。その通りです。

 私の魔法は『自分からはなにもできない』仕様になっています。悲しいことに。喜ばしいことに。

 私自身から行動しないといけないのなら、この魔法の意味がありませんからね。

 ですが、とはいえ。

 なにもしない人間となにもしない人間が向かい合えば、そこにはなにも生まれません。

 私はそれで一向に構いませんが――戦うのは悲しいことです――しかし、エブリフールはそれでは敵わないはずです。

 戦って、姉である笛吹りすを取り戻すことが、あなたにとって最重要事項なのではないのですか?

 それとも、戦わずして姉を取り戻す手段でも思いついているのでしょうか。

 彼女は私と同じぐらい愚かであることは、魔法少女である時点で分かりきっていることではあるので、そんな策略を練る。ということができるとは思えません。

 この『攻撃しない』という作戦だってそうです。

 魔法が『切断する魔法』で魔法のステッキが『安全カミソリ』という頭の中には攻撃しかないような魔法少女です。

 きっと彼女の背後には作戦を考えることができる、私たちよりは賢い人がいるのでしょう。

 ん、背後?

 私はエブリフールから視線を外しました。

 本来ならするべきことではないのですが、笛吹花は攻撃するつもりはないようなので問題はありません。

 それにもしも攻撃してくる素振りを見せてきたら、妖精たちが知らせてくれます。

 エブリフールと一緒に来ていた鼠色のローブ――コスプレィヤの姿がありませんでした。


「っ……甘い!!」

 私は叫んで、妖精たちに命令を飛ばしました。

 この場にいる小さな妖精の数は六十二。

 言うまでもなく、彼らの目を使えば、隠れれるところなんてありません。

 実際、妖精たちに命令を飛ばしてから一秒もたたないうちに、鼠色のローブが、私たちの目の前に投げ飛ばされてきました。


「あなたが、囮だったんですね?」

 エブリフールの笑みが強張っていました。

 どうやら、攻撃しない。と言いながら接近することで、私の目を自分に集めておきたかったようですね。

 その間にもう一人――コスプレィヤに笛吹りすを連れ去ってもらう。そういう作戦。

 しかし、コスプレィヤを拘束した今、この作戦は失敗です。

 さて、攻撃しないという戦争放棄を撤回しますか?

 それとも、作戦が破られたから、負けを認めますか?

 私は勝ちを確信していました。

 これは私の人生で初めての『確信』です。


「平等じゃあなかったのか?」

「……え?」

 くっくっく。と。

 喉になにか突っかかっているような、そんな笑い声で、目の前のエブリフールは笑っています。

 勝ちとか負けとか、平等じゃあなかったのか? とでも言いたいのでしょうか。

 確かに平等ではないですね。勝ち負けがあるということは、そこに差があるというわけですから。

 しかし仕方ありません。ここで私が負けてしまっては、私の目標である『世界を平等にする』という願いが遠のいてしまうではありませんか。

 必要悪。という言葉もあるではありませんか。そういうことにしておこうではありませんか。

 しかしどうやら、彼女が言っている平等は勝ち負けに関することではなかったようでした。


「私とそいつだけ見ていてさ。皆平等に見ていてくれよ。無視はかわいそうだろ?」


「は?」

 私は素っ頓狂な声をあげます。

 無視って。なにを言ってるのでしょうか。

 この場にいるのは、私とあなたと笛吹りす。それと今捕まっている笛吹りすしかいないじゃあないですか。

 と。

 エブリフールの意見に首を傾げているときでした。


「やりましたよ、ハナ!」


 という声が聞こえてきたのは。

 声がしてきたのは私の背後――そう、笛吹りすがいる方向からです。

 思わず振り返ると、そこには笛吹りすをおんぶしてダッシュして逃げている少女――コスプレィヤの姿がありました。

 え、あれ。

 コスプレィヤのコスチュームは、鼠色のローブだったはず……?

 ぎゃらぎゃらぎゃらぎゃらぎゃら。

 鼠色のローブが笑いました。

 誰が聞いても不快な、人を小馬鹿にしているようにしか聞こえない笑い声です。

 鼠色のローブを着ている誰かは、妖精に拘束されたまま手首を動かして頭をすっぽり覆っていたローブを脱いだ。

 そこにいたのは、コスプレィヤではなく、ボーイッシュな女の子でした。

 適度に日に焼けて、小麦色の肌をしている。

 ギラギラとしていてギザギザしている歯を見せつけるように、にぃっと彼女――元魔法少女、ロングロングフィールドは私を嘲笑います。


「ちゃああああああんと個人情報は確認しないとダメだぜえぇ? 最近は顔写真付きじゃあねえと身分証明書として認められなかったりするんだからなぁぁぁ!!」

 ぎゃらぎゃらぎゃらぎゃらぎゃら。

 ロングロングフィールド――本名は知りません――が嘲笑う中、私は困惑します。なにせ、彼女が着ている服は正真正銘、まさしくまさに、魔法少女のコスチュームであったからです。

 それなのにどうして、彼女が着ているんですか?


「普通に脱いで借りたからに決まってるだろ」

 エブリフールが笑いを噛み殺しながら言います。

 この二人、人が狼狽している姿を見てくすくす笑うなかなかどうして、性格の悪い趣味があるようでした。

「お前もさっき、バイクから身を守るために着物を脱いだだろう。魔法少女の衣装は脱げる普通の服だ。だったら、普通に着せ替えぐらいできるだろ」

 さて問題。

 エブリフールは口元を吊り上げた状態で言います。

 偉そうな口調ですが、多分これを考えたのは、彼女ではなく、彼女の背後にいるだろう、誰かなのでしょう。そちらも中々、性格が悪い。


「本物のコスプレィヤは一体どこにいたでしょうか?」

「……バイクですか」

「正解。腐っても私たち中学生だからね、自分たちが自由にできるバイクなんて持ってるわけないじゃん」

「コスプレィヤの恰好をするだけで、バイクに乗れるなんて、最高だったよ」

 ぎゃらぎゃらぎゃらぎゃら。

 ロングロング・フィールドは笑います。

 本当、本当。

「不快です」

「不快なところも平等に認めて貰いたいね」

「不快だと思うことも平等に認めてほしいものです」

「平等なんて不可能なんだよ、やっぱりさ」

 エブリフールが笛吹りすの近くに移動します。

 どうしましょうか。もう一度、彼女を奪い取りましょうか。ここには妖精が何匹もいます。それに相手は攻撃する意思がないようですし、取り戻すことは容易でしょう。

「ねえ、ハーフ&ハーフ」

 笛吹りすから視線を外し、こちらをじろりと見たエブリフールは言います。

 その眼には悪意とか敵意とか、そんな感じの二文字が浮かび上がっているようです。私はとっさに、自分の周りに妖精を配置します。

 攻撃をしない。という相手に対して、どうして私は防御を取っているのでしょうか。

「一つ質問があるんだけどさ、あんたの魔法って、『半分にする』んで間違いないんだよね?」

 どうして今更魔法の確認を?

「ええ、はい」

 とにかく私は頷きます。

「平等に、半分にします」

「だったら、いい。半分で、充分だ」

 エブリフールが安全カミソリを手にします。

 どうして、どうして。

 攻撃をしないのでは?


「攻撃はしないのはただの作戦」

 エブリフールの体がゆらぁりと揺れます。

「これは、ただの私の意思」

 消えました。

 いえ、消えたのではありません。

 魔法少女の脚力を全力で使って、地面すれすれを擦るようにして、跳躍しているのです。

 突然のことに、私は対応することが出来ませんでした。

 私が対応できないということは、私が操っている妖精たちも動けない。ということです。なるほど、考えますね。

 そこまで理解したところで、私の視界はぐりんと回転しました。

 前を向いていたはずなのに、空を見上げていて、後頭部から鈍い音がします。

 足を取られた――。

 気づいたときには、私の上にエブリフールがまたがっていました。

「お前、どうせまた、姉ちゃんを攫えばいいや。とか、そんなこと考えてるだろ?」

「――」

 なにか言い返そうとしたんです。しようとしたのは覚えています。

 しかし、それを忘れさせようとするかのような鈍い痛みが顔面を覆います。顔面を殴られた。それに気づいたのは、霞んだ視界に浮かぶエブリフールの顔が、ぶん殴られた後みたいに、腫れていたからでした。

「な゛……んで……?」

「殴られる程度なら、慣れてる」

 ガツン。ガゴン。メキャ。グチャ。グチ。グチ。グチ。メチッ。ヌチッ。

 女の子の力だと侮ることなかれ。

 魔法少女の腕力は、女の子の顔を、前衛美術に変えることぐらい容易なのです。

 私の顔からする音が固体を殴る音から水を殴るような音に変わっていく中、エブリフールの顔も醜く変形していきます。多分、私の顔もあんな感じになっているのでしょう。

 私は思わず両手を前に突き出します。

 エブリフールは拳を握ったまま動きを止めます。鼻で息をしようと思いましたが、ぶっ。という音が漏れるだけでした。多分へし折れて、血がつまっているんだと思います。

 回復リカバリーをしなくちゃ。そう思ったのですが、その度に、殴られて意識が途切れます。まるで回復リカバリーのタイミングを理解しているかのような攻撃です。

 エブリフールは鼻をふん。と鳴らして、鼻につまっていた血を噴きだします。先を潰したホースのように噴きだした鼻血は私の顔を真っ赤に染め上げます。生暖かいです。


「あんたはどうせ、また、お姉ちゃんに危害を与える」

 だから。とエブリフールは私の首筋にそっとなにかを添えました。視界外なので見えませんが、ちくりと皮膚を裂く感覚から、それが安全カミソリであることはすぐに分かりました。『切断』のカミソリ。どんなものでも真っ二つにするカミソリ。それが、私の、首に、刃を……。

「どんなものでも半分にするんだよなぁ」

 エブリフールは言います。

 なんの淀みもない、確信と確実だけを言葉にしたような声で。

「だったら、首を真っ二つに切断しても、半分しか、切れねえんだよな?」

 半分しかって。

 半分あっても、人間生きられないでしょう。

 首の皮一枚繋がってたら生きれるのは、言葉の世界だけです。

 それに。それに。

 首を切断する。ということは、エブリフールの首も半分切断されるということです。

 私の首とあなたの首。

 仲良く平等に、真っ二つ。

 それに一体、なんの意味があるんですか。

「平等にクズが消える。素晴らしいものを救うために、クズがようやく役にたつんだ。喜ぼうぜぇ、平等主義者。クズと素晴らしいモノの命は同価値だったんだ!」

 エブリフールの目は本気です。

 本気で、私を、殺すつもりです。

 安全カミソリに力がこもります。

 私は咄嗟に叫びました。


「分かりました! もう! 二度と! 笛吹りすには手を出しませんから!! 殺さないでください!!」


***


 魔法少女対決第三試合。

 『365日イタい子(エブリフール)』対『幸せも悲しみも半分こ(ハーフ&ハーフ)

 『切断』対『分配』

 勝者――『365日イタい子(エブリフール)

 決まり手――脅し

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