第八話 私たちは自主的に動きたくないし、能動的にも動きたくない
どうして魔法少女は変身するのか知ってるか?
それはもちろん、自分が大嫌いだからだ。
自分以外にならなくちゃ、願いの一つでも叶えることができないことぐらい、知っているからだ。
***
「……悲しいことです」
私の目の前にいる着物を着たおかっぱ頭はそう言った。
多分そうだろうな。と思って怒鳴に轢けと言ったけれども、やっぱりこいつが『幸せも悲しみも半分こ』で間違いないらしい。
「お前がハーフ&ハーフか。なるほど。カワイイじゃん。髪の毛が引っこ抜かれたみたいな髪型が特に」
「ありがとうございます。また会いましたね。エブリフールさん。あなたはとてもとても憎たらしい顔をしてますね」
ハーフ&ハーフは血の流れている額をおさえながら。私をねめつける。
私はそれに応えるようにギラギラと笑ってみせる。
「よくぞよくも、私のお姉ちゃんを誘拐してくれたな。お姉ちゃんだったら誘拐犯の一人や二人や一グループや一国や一地球ぐらいどうってことはないと思うんだけどさぁ。一応、一応、一応? 助けに来たわけではないんだけど、様子を見に来る予定だったんだけど、どうやらこうやら『お姉ちゃんを助けてしまった』みたいだなぁ!!」
「嬉しそうだね、花ちゃん」
お姉ちゃんは倒れたまま、にへらと笑った。
お姉ちゃんは確かに体調を崩してはいるけれども、それでも、こんな状況で倒れたままでいるはずがない。
私はハーフ&ハーフを睨む。
「お前、お姉ちゃんになにをした」
「なにもしてません」
ハーフ&ハーフは頭のケガを回復しながら言う。
私が露骨に舌打ちをすると、ハーフ&ハーフは意趣返しだと言わんばかりに二マリと笑う。
「被害は与えていません。ただ、意識を『分配』しただけです。ここにいる妖精たちと同じように」
彼女がそう言うと同時に、それが合図であったと言わんばかりに、私の周りを妖精たちが取り囲んだ。
小さいのから大きいのまで。
弱いのから強いのまで。
隔たりなく、平等に。
私を取り囲む。
「私は争いごとは嫌いです」
「私も嫌いだ」
「意外ですね。口より先に手が出そうな性格だと思ってましたけど」
「手は出すけど喧嘩は嫌いだ」
「私はできれば手を出したくないですし、喧嘩もしたくありません」
「つまり?」
「手を引いてください」
「ヤナコッタ」
思わずカタカナで言ってしまった。
どうして手を引かなくてはいけないのだ。
「悲しいことです。どうしてですか? 手を引いてもらえば、あなたにも彼女の才能を分配します。もちろんのことですが。そうすれば、あなたの願いも叶うのでは? 姉に勝つことも容易になるのでは?」
「ならねえよ」
私は言う。断言する。
例え条件が同じになっても、私はお姉ちゃんに勝つことはできない。
私が私でいる限り、私はお姉ちゃんに勝てない。
それにだ。
「私は今のお姉ちゃんに勝ちたいんだ。手加減なんて嬉しくねえんだよ、わざとも容赦も無抵抗も弱体化も私とお姉ちゃんの間には必要ない。じゃねえとさ――」
――安心させれないじゃん。
私はもう一人でも大丈夫だって、言えねえじゃん。
だから。
私はポケットから安全カミソリを手に取ると、目の前にいる小さな妖精を真っ二つに切り裂いた。私の左手の中指と人差し指が地面に落ちた。
拾い上げながら走る。ハーフ&ハーフは残念そうな――それでいて嬉しそうな笑みを浮かべながら私を見据えた。
残念だよなあ。嬉しいよなあ。
今までなにもできなかった自分が、なにか出来るようになるっていうのは。
嬉しくて嬉しくて。
つい、使いたくなるよなあ。
「私は『365日イタい子』! 願いは『お姉ちゃんに勝つこと』!」
「私は『喜びも悲しみも半分こ』! 願いは『世界を平等にすること』!」
私たちは互いに己の名を名乗って――名乗る必要はないのに。なんか、感情が昂っていたのだろう――ハーフ&ハーフはお姉ちゃんをさらった大きい妖精に命じた。大きい妖精は、私に向けてこれまた大きな拳を振るう。
それに対して私は――なにもしない。
めきめきめき。と頭蓋にヒビが入る音が聞こえる。
体は衣装《鎧》があるから平気だけど、それでもがくがくと揺れる。
内臓が元の位置にある自信はない。衣装で覆われてない場所はどうだ。もろに殴られた左腕は奇妙な形にへし曲がっている。少なくとも、私は自力でこの形に曲げれた覚えはない。
――さあ、どうだ?
飛び出していないことが不思議でたまらない眼球で、私はハーフ&ハーフを見た。彼女は、愕然とした表情で私を見ていた。私の行動が理解できない。という風だった。そして私の体には、変化なし。殴られたダメージは体にない……っ! これなら、問題はない!
私は妖精の腕を押しのけて、再びハーフ&ハーフに向けて走りだす。両足はケガしないようにしたから、走ることは容易だ。
「っなた……! なにを考えているのですか!」
小さな妖精たちが襲いかかってくる。ケガしていない右手で掴んで投げ捨てる。ダメージは与えない。与えてはいけない。
同時に左腕に回復をかける。妖精半分ぐらいの魔法力を消費。
この分は後で取り返してやるからな!
ハーフ&ハーフと私の間の距離は、大股で十歩分ぐらい。
地面を強く蹴る。ふわりと、可愛い衣装が空気を含んで膨らむ。飛びかかってくる小さな妖精を掴んでは投げて掴んでは投げていると、大きな妖精が再び私に殴りかかってきた。
今度は的確に、私の頭だけを狙って。
めきぃ。と首から音がする。振るわれた腕に合わせて、私の体はぐるんぐるんと回転して、潰された蚊のように地面に落ちた。
首は……繋がってる。皮とか肉とかぶちっと千切れたりしてるけど、胴体から外れたりはしていない。地面に指を突きたてて、四つん這いになったままハーフ&ハーフの方へと再び走り出す。彼女は、甲高い悲鳴をあげながら叫んだ。
「なにがしたいんですか! どうして反撃しないんですか!!」
「なにもしない」
ぐんっ。とハーフ&ハーフの眼前に、私は顔を突き出す。
たどり着いた。距離、半歩まで。
「私はなにもしないし、なにも考えてない。考えたのは委員長だ」
私は、ハーフ&ハーフの額に自分の額をぶつける。
二倍痛い。
「あんたは、私と同じで誰かが決めてくれないと、動けない。自分で動くことを、したことがない。だから魔法も――自分からではなにもできないんじゃあない?」
***
「なんであんたは、妖精を縦に真っ二つにしたくせに、真っ二つになってないわけ? その方が社会のためになるのに」
「ゴミ掃除が大変だからじゃない?」
「ゴミが動き回ってる方が後々大変でしょ」
ハーフ&ハーフが私の家を襲ってきた直後、私はお姉ちゃんを追うのではなく――委員長の家に上がり込んでいた。
委員長の家の場所はコスプレィヤが知っていた。
なんで知っているのだろう、こいつは。と思ったものの、私の家も知って痛し、全員分を調べていたのだろう。ハーフ&ハーフの家は知らなかったみたいだけど。
ともかく委員長の家に忍び込んだ私たちに、委員長は呆れたようにため息をついた。
「ひれ伏せ。隷属しろ。平伏しろ。明日提出の宿題をきちんと提出しろ。そしたら、手伝ってやらなくもない」
「私が究極魔法を手に入れたとき、あんたの願い叶えてやらねえぞ」
現状を説明したあと、こんな感じの高度な交渉の後、私は委員長に作戦を練ってもらうことに成功した。
委員長は眉間をつまみながら、足を組み直す。
「マジメな話。どうしてあんたは真っ二つにならなかった?」
「私がすごく強かったから」
「間違いない」
「へ?」
てっきり否定されるとばかり思っていたことを肯定されて、私はぽかんと口を開ける。
「考えてもみろ。あいつの、ハーフ&ハーフの言う通り、平等公平の、文字通り半分ずつにする魔法であったとするなら、全身真っ二つにされた妖精の半分――つまり、あんたは上半身か下半身を真っ二つに、実験に使われたプラナリアみたいになっているはずだ」
「……なあ、テーテ。その場合のケガって回復でどうにかなる?」
「真っ二つになった後意識があって、魔法を願える余裕があれば」
「下半身ならワンチャン」
「ないから死ね」
吐き捨てるように、委員長は言う。
「しかし実際のところ、妖精を真っ二つにしたときは手指の付け根を切り裂かれる程度だったし、妖精を輪切りにしたときは、足が五枚にスライスされただけ。妖精に果たして『死』の概念があるのかは別として、妖精は死んでいるのに、あんたはたかが大怪我。平等を謳っているわりには、どうも平等ではない、よね?」
「まあ、確かに」
「命の価値に上下がないのが平等? 上下があるのが平等? 頑張りが報われるのが平等? 頑張らなくても報われるのが平等? あんたと蟻の命が同価値であることは言うまでもないけど、私の命と蟻の命は果たして同価値かしら? 価値が同じであることが、平等なのかしら?」
「平等ではない」
「同価値ではないもの同士を、それでも平等で管理する場合、どうしたらいいと思う?」
「私に分かると思う?」
「『数値』だよ」
呆れたように、委員長は口にした。
「テストの点数で実力を測るのは平等だ。勉強だけでなにが分かるんだと馬鹿なその他大勢なあんたは言うだろうけど、勉強以外でもなんでもテストはできるだろ。点数で『平等』に『比較』する行為が、テストなんだから」
機会は平等にくれてやったってことだ。とテストの点数がいつもほぼ満点な彼女は言う。対してテストの点数がひどく悪い私は言う。
「つまり、あいつはテストの点数でダメージを平等に分けてるってこと?」
「ハナ、普通に考えたらダメージを数値化していると考えるのが妥当だと思うんですガ」
隣にいるテストはできるけどわりとバカなコスプレィヤが助け舟を出してくれた。ああ、なるほど。そういうことか。
「むしろそれ以外になにがあるっていうのよ。私、そんな難しく説明してないからね?」
委員長が訝しむ目で私を見る。
私に説明する時は小学生に説明するような気分でするといい。
「つまりねー、例えばあんたのパンチの威力を十としてー、ハーフ&ハーフを殴るとー、ハーフ&ハーフには五のダメージしかいきませんし、あんたは五のダメージの体のどこかに喰らうことになるんですよぉ。分かりますかぁ? 体のどこかにというのはぁ。あんたが妖精を輪切りにしたダメージが足にいったことから想像できますぅ。場所の指定ができないのならぁ、輪切りに合わせてぇ、頭が縦に裂けてるはずですからねぇ。ここまでは分かりましたかぁ?」
「バカにされていることはすごく分かった」
「あとハーフ&ハーフは自傷行為をしない。ダメージを半分相手に押し付けることができる能力なのなら、相手に攻撃を誘うより、自分で自分を攻撃した方が早いに決まってる」
「確かに」
「それをしないってことは、押し付けることができる相手は好き勝手に選べないってことだ。落ちてきた岩で頭をうったのなら、そのダメージを押し付けることができるのは、落ちてきた岩だけ。自発的にはできなくて、能動的にしかできない。そういう能力なのだとすれば、対処方法は簡単」
委員長は指を一本立てた。
「敵じゃあなくなればいい。戦わなければいい」
「戦わなければ生き残れないじゃん」
「その平成仮面ライダー。結局戦ったやつ殆ど死んだでしょ。ラストなかったことになったけど、死んだでしょ」
つまり。と委員長は言う。
「あんたはあいつに攻撃をしてはいけない。攻撃をしてくるようにしむけてくるだろうけど――例えば妖精で殴ってきたり――反撃してはいけない。大丈夫。魔法少女の衣装っていう鎧があるから、攻撃をそこで受け止めたらちょっとゲロ吐きたくなる程度で済むって」
「衣装以外の場所を殴られたら?」
「腕がもげたって回復でどうにかなるんだ。骨折の一つや二つ我慢しろ」
「だったら、反撃をしたって同じじゃあねえのか?」
「妖精を輪切りにしたら足が輪切りになった。という状況から判断して、ダメージを与える対象は選べないけど、ダメージを与えれる個所は選べる。だったら、喰らう場所は自分で選んだ方がいいでしょ」
「……ひとつ分かったことがある」
「なに?」
「あんた、私に大怪我を負ってほしいんでしょ」
「昨日宿題を出さなかったお前が悪い」




