第六話 平等と対等を叶えるために必要なものと不必要な人
長々と。
4359文字使って滔々と語りつくしたテーテは、満足げに鼻をふんと鳴らした。
だから私は、頭のてっぺんに踵をのせるようにして、そのまま目一杯力をこめて、テーテを踏みつぶした。
中身に綿がつまっているぬいぐるみだからか、頭が足の形に合わせて『凹』っていう漢字(?)みたいにへこんだ。
「ぐえっ」
潰れたカエルみたいな声が足元からしたが無視だ。強く力をこめて更に潰す。
やはり、話させるべきじゃあなかった。確かに自分から話すのは恥ずかしかったから、テーテに話させたのはあるけれども、しかし、自分で話すのも恥ずかしかったけれども、人に話されるのも普通にめちゃくちゃ恥ずかしかった。
うわあ。うわあ。うわあ。うわあ。
捻くれ者の皮肉屋二枚目クールキャラが、実は家で飼ってる犬に赤ちゃん言葉で話しかけていたのがバレてしまったっていうぐらいうわあ。
「ハナってキャラとかを気にするタイプだったんですね……」
「いや、別に気にはしてない……はず」
陰キャラは意外と、自分のキャラを大事にしている説はある。
「あと、ハナがお姉ちゃん大好きだってことは、私でも分かりますよ?」
「うそっ!?」
「私は嘘をつきませんよ。事実を言わないことはありますけど」
「…………」
自分の顔が嫌いだから整形をしているのは、嘘ではないのだろうか。
突っ込もうと思ったけれども、それはパンドラの箱を開くような行為な気がしたのでやめた。
一つの希望のために、厄災をまきちらすなんてバカみたいだ。
一つの希望よりも、百の平凡の方が大切に決まってる。
「だからちょっと不思議だったんですよね」
コスプレィヤは小首を傾げる。
「どうしてそんなに――傍から見ても分かるぐらいに好きな相手に勝ちたいなんて。でもなるほど。好きだから勝ちたかったんですね」
「そんなあっさりした感じに纏められたくないんだけど……まあ、そんな感じ」
「分かりました。納得です。ではどうぞ」
コスプレィヤは私の前に、ストロベリーを差しだしてきた。久々の登場がこれか。
「……なに?」
「ぶった切ってください」
「はあ?」「はあっ!?」
私だけでなく、ストロベリーも声を荒げた。
そりゃあそうだ。行動の意図がさっぱり分からない。いや、コスプレィヤの行動の意味が分からないこと自体は今に始まったことではないのだけれども。
「あのさ、コスプレィヤ。マスコットキャラクターがやられたらどうなるのか、分かってんの?」
「私は魔法少女じゃあなくなり、私が集めた魔法力はハナのものになります。ですよね?」
「別に、倒してまで欲しいと思えるほどの魔法力でもないけどね。あんたの場合」
「でも願いには近づきますよね?」
「あんたの魔法は使えるから魔法力を奪うより利用した方がいい。倒すんだったら、やっぱりあの平等野郎――」
「悲しいことです」
と。
不意に。声。
声のした方を向いてみると、窓のへりに、妖精が座っていた。
いつもは息を吸う行為すら楽しいと言わんばかりに、ゲラゲラ笑っている妖精だが、そのオレンジ色の妖精は、笑うことなく、眉を下げて、悲しそうな目をしていた。
そんな様子の妖精に、私は見覚えがあった。
「『幸せも悲しみも半分こ』」
「私は野郎なんかではありません。そもそも、男は魔法少女にはなれません」
「顔を一切見せないものだから、もしかしたら、野郎みたいな顔をしているのかなと思って」
「あなたよりは可愛らしい自信がありますよ」
「可愛らしいって言葉は便利ね。顔の良くないやつにだって使える。いい誤魔化しの言葉だ」
「悲しいことです。人の言葉を信用できないなんて」
「じゃあ私の言葉も信用してよ。人に顔を見せずに話しているやつは往々にして、自分の顔に自信がないんだ。自分に自信があるやつは顔を出すことに抵抗がないように。ああ、すまない。ごめんね。そういえば、あんたは私と同じ、出来損ないなんだった」
「私は言葉を信用していますが、人は信用していませんので。特に、あなたみたいな人は」
「私もあんたみたいなやつは信用できない。気が合うね」
「同族嫌悪ってやつですね。喜ばしいですかね。悲しいですかね。ところで、私はあなたと同族であると考えること自体を嫌悪します」
「けけけけけけけけ」「うふふふふふふふ」
私とハーフ&ハーフは肩を震わせながら、ゲラゲラと笑った。
カエルの輪唱みたいだと思ったが、輪唱にしては、気持ちの悪い音だ。
「では」
と、ハーフ&ハーフが言った。
「今度、顔を合わせることにしましょうか。私の言葉が嘘偽りないことを証明するために。うふふ、それは喜ばしいことです」
「それを言うために、あんたはうちに来たわけ?」
「用事がなければ、わざわざ家に来ませんよ。友達じゃあないんですから」
「私は友達なので、用はなかったですが、遊びに来ました」
「コスプレィヤ、ちょっと黙ってて」
気の抜けた意見を言うコスプレィヤを片手で制してから、私はニマリと笑った。
「会いに来てくれるんだ。嬉しいねえ」
「いえ、違いますよ」
妖精もニマリと笑った。いつもの笑い顔だ。
「あなたが、私のところに来るのです」
と、言った刹那。
家が大きく揺れた。
地震かと最初は思った。けれども、それにしてはタイミングが良すぎるし、なにより、地面は揺れていないのである。私たちの体も揺れていない。ただ、家が揺れている。つまり。それは。
「誰かが家を揺らしてる?」
我ながら、バカな私でもアホらしいと思うような結論に至った瞬間、お姉ちゃんが寝ているベッドの横の壁が吹っ飛んだ。
まるでさながら、壁に爆弾でもつけられていたかのような爆発に、私は、思わず顔を腕で隠す。
「ハナ、変身するんだ! 妖精の仕業だこれは!」
「そういえば、操れる妖精の数は一つだけじゃあなかったっけ!」
ポケットからステッキを取り出す。コスプレィヤの方は、最初から、いつも、変身しているから、声をかける必要はないだろう。
いつもの、ポップでキュートな、ひらひらふりふりの、魔法少女らしいコスチュームに身を包み、『切断』の魔法で、目の前の土煙を切った。
ぶわっ。と視界がはれ、爆発の原因があらわになる。
壁から、巨大な紫色の柔らかそうな柱が伸びていた。それがお姉ちゃんのベッドを掴んでいた。
「ってめ!」
「攻撃をしない方がいいですよ。私の魔法を、あなたはお忘れですか?」
私は床を蹴り、その紫の柱をぶった切ろうとしたが、ハーフ&ハーフの声に急ブレーキをかける。
「……『分配』」
「はい。正解です。喜ばしいことに。私の魔法は『分配』。分かち与え、配り耐える魔法です。その妖精の腕を切れば……どうなるか、分かりますよね?」
足がスライスされたときのことを思いだし、私は切ることを躊躇してしまう。その間に、紫色の柱――妖精の腕は、お姉ちゃんのベッドを家の外に持ち出そうとする。
「ハナ、お姉さんが!」
「分かってる!」
私は、紫色の柱を切るのではなく、ハーフ&ハーフの声が『分配』されている妖精の方へと走り、その顔にカミソリを押し付けた。
「お姉ちゃんをどうするつもりだ」
「どうにもしません。ケガもさせませんし、殺しもしません。人が死ぬのは悲しいことです。あってはならないことです」
妖精はケラケラと笑いながら答えた。
「ただ、彼女は『平等』ではない存在です。『対等』でない存在です。それは、あってはならないことです」
ですので、私は彼女の才能と努力を『分配』しようと思います。
と、妖精が口を開いた瞬間に、私はその妖精を縦に、真っ二つにぶった切っていた。もう反射的なことで、気づいたときには、私の左手の甲に、赤い一本線ができていて、そこから血がだくだくと流れていた。骨が見える。力が込めれなくて、ステッキを落としそうになって、思わず、右手で持った。
「あなたがそういう反応をするだろう。と思っていました。なので、この後、顔を合わせましょう。と言ったのです」
争いは悲しいことです。話し合いは喜ばしいことです。
どこかからハーフ&ハーフの声が聞こえる。
なにが話し合いだ。人質をとって、自分の言い分をムリヤリ聞かせようとしているだけではないか。
「それでは、また。顔合わせのときに。場所はあとで、お知らせします。良い返答をお待ちしてますね。私、争いごとは嫌いですし。なにより、あなたと友達になりたいので」
言うだけ言って、声は聞こえなくなった。
パラパラと破片が落ちる壁の穴から、外にいる大きな妖精の姿が見えた。私の家と同じぐらいの大きさだ。あれが、大型の妖精か。
「……あの、ハナ?」
「許さない……」
「大丈夫ですカ?」
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!!」
思わず。私は床を思いっきり靴の裏で蹴ってしまった。だぁん。という強い音。
「お母さんとお父さんとの思い出の家をぶっ壊しただけでなく、お姉ちゃんから才能と努力を奪うだと! ふざけたこと言いやがって! それは! 負けても越えてもいいものだけど、奪ってはいけないものだ! 裂く! 切り裂く! 徹底的に! 完膚なきまでに! 圧倒的に! 限界まで! 細かくざっくらばんに! ぶっ裂いてやる!!」
だぁん。だぁん。だぁん。だぁん。
何度も何度も床を蹴りながら、私はハーフ&ハーフへの宣戦布告という名の罵倒を口にした。
おめえとなんか、誰が友達になってやるか!




