第五話 長々々々々々々々々々とした説明台詞
お姉ちゃんは天才である。
なんでもやって、なんでもできちゃう系の、現実味が更々ない、創作上の存在だと思われていた、万能な天才である。
万能の、なんでもやって、なんでもできちゃう天才は、なんと、努力まで出来てしまうのである。わお、驚きだぜ。
やりたい放題かよ。凡人が唯一、天才に立ち向かうための武器を奪い取らないで欲しいね。おかげさまで、私たち劣等は無論、凡人ですら、お姉ちゃんに敵うことは叶わなくなってしまった。
努力すれば天才に勝てる? そりゃあ、天才が努力を怠っていた場合だろう。
才能は努力には敵わない。
才能をもたない、あるいは見つけることができない輩たちが、それでも言い訳のように、ぶつくさぶつくさ言ってることだろう。だからこそ、天才が努力しちまったら、私たちは勝てないんだ。
そして驚いたことに、天才っやつは、基本的に努力するんだ。
だって、出来るんだもん。やれるんだもん。そりゃ、頑張っちゃうだろう。
頑張れないやつが頑張らないのは、出来ないからだよ。知ってるだろう?
出来ないことを頑張るなんて、そんなこと、誰にも出来ない。
そしてお姉ちゃんは、天才の中でも更に天才だ。
才能なんてやつは、一人一つか二つあればいい方だと思うのに、お姉ちゃんは欲張りなことに、千とか万とか持ってるに違いない。もしくは、『天才』という才能を持っているとか。
まあ、とにかく。
お姉ちゃんはなんでも出来る。出来すぎちゃう。
人間は出来ることを頑張る。
お姉ちゃんは人間だ。
つまるところ。イコール。帰結。
お姉ちゃんは頑張りすぎてしまう。
***
「笛吹花。四月一日産まれ。十四歳。中学二年生。逆立ち中学校二年C組。出席番号24番。身長146センチメートル。体重40.6キログラム。好きなものがあるかと言われたらなにもなく、得意なことはあるのかと問われたらなにもなく、出来ることはあるのかと聞かれたらなにもない。就職試験において、面接において、人間関係において。まず一番初めに、とりあえず最初に除外される、典型的な『いらない子』である。おっと失礼。今は『ガワだけを見て』。もとい、グロィ・フラワーという友達がいるんだっけ。大昔、小学生の頃。両親が事故で亡くなった。車と一緒にぺちゃんこになった。母親の死体は未だ見つかっていない。ぐしゃしゃぐしゃになって焼き尽くされて爆発で散り散りになったんだろう。と笛吹花は考えている。そこで、彼女は自分が『いらない子』であったことを初めて自覚する。今まで自覚していなかった。と言えば嘘になる。足し算引き算もできなかったし、九九なんて二の段から答えられなかったし『いんぱちがはち』という呪文の意味もよく分かっていなかった彼女ではあったが、それでも、『いらない子』として扱われているような気は、なんとなく、感じ取っていた。それが、如実に、明らかに、バカでも分かるぐらいに、彼女の目の前に出現したのは、両親が事故で死んだ後のことだ。笛吹花を、親族の誰もが、引き取ることを、拒んだのである」
倒れたお姉ちゃんを、私とコスプレィヤは――本名を知ったわけだから、そっちで話しかけようかちょっと迷ったけど、もうコスプレィヤに慣れちゃったので、そのままにすることにした――お姉ちゃんの部屋へと運んだ。
仕事部屋ではなく、寝るためのベッドがある部屋である。
その部屋が、お姉ちゃんの本来の『自分の部屋』というやつなんだけど、絶望的に多忙なお姉ちゃんは、自分の部屋には眠るために(それも三日に一回とかそんなの)使うぐらいで、殆どこの部屋に入ることがないから、部屋の中は閑散としている。ベッドしかないのだ。刑務所よりもなんにもない。
そんな部屋の状況を見て、コスプレィヤが唖然としているのを傍目に、私はお姉ちゃんをベッドに寝かせると、濡らしたタオルを持ってきて、それを額の上に載せた。じゅぅっと音がして、タオルから蒸気が出てきた。倒れたときの熱は、いつもこれぐらいだ。
はぁ。とため息をついていると、チャーシューのように巻きに巻いていたはずのテーテが、私の前に姿を現して、あの、例の、私について書いてある資料を読み上げたのだ。
じろり。と睨む。
「なんのつもり」
「いや、別に。僕は今まで出番らしい出番。必要らしい必要性がなかったから、出現したわけじゃあないよ」
ウサギのぬいぐるみは、ニヤリ。と笑った。
「笛吹りすが倒れた理由を、一から説明しているだけだよ。きみの口からは、説明しづらいだろう?」
「あんたって、そんな最高に面白い性格だったっけ?」
「昔から僕は、こんな性格だよ。まあ、最近話してなかったから、性格の正確性についてはとやかく言わないで貰いたいね。ただ、これだけは言わせておくれよ。僕は今も昔も『説明役』だ」
「ハナ……引き取るのを拒んだって、どういうことですか?」
コスプレィヤが、不機嫌さをそのまま口にしているような私に、少し気を使いながら声をかけてきた。いけない、友達に気を使わせてしまった。
とはいえ、この話は、自分自身で話すのはあんまりよろしくない。私の精神衛生上よろしくない。
自分で傷口を抉るのはつらいが、他人に悪口を言われることには慣れている。むしろ、他人には悪口しか言われたことがない。
私はコスプレィヤに対して、申し訳ない笑み(実はあんまりしたことがない。『申し訳ない』なんて思ったことがないからだ。私はいつも『私が出来ないことは知っていますが、お前が悪い』としか思ったことがない)を向けてから、テーテに。
「続き、話してよ」
と促した。
テーテは久々の仕事に腕がなるのか。
「さて。さてさてお立合い。これは、彼女の『願い』の真相についての話でもある」
なんて口上をあげてから、再び話し始めた。
***
「両親を失った小さな、経済的な援助が必要な子供は、親族に預けられることになるのが、普通だろう。笛吹りすと花も、そうなる予定だった。しかし、悲しいかな。出来ることと言えば、息をすることと二足で歩くことと目で物を見ることぐらいである笛吹花を引き取ろうとするものはいなかった。バカな子ほど可愛らしいの言葉でさえフォローできないぐらい、当時の彼女は、今の彼女と変わらないぐらい、愛することが難しい、出来ない子供だった。対して、姉、笛吹りすを引き取ろうとする親族はいくらでもいた。幾つもの手があがっていた。一度も話したことがないような遠縁の相手まで。初めまして家族になりましょう。なんて、もはや詐欺を疑うレベルだね。そんな状況を見て、今よりもバカで、今よりは薄汚れていない頃のハナは『お姉ちゃんは人気者だなあ』とか、そんな悠長なことを考えていた。このままでは、自分は児童養護施設に送られてしまうとか、お姉ちゃんと離れ離れになってしまう。とか、そんなことすら考えることができていなかった。無垢なまでに愚かだったから。垢だらけの愚かな今を見ると信じられないね。ハナに無垢なんて恐ろしく似合わない。さて、ハナが怒りだす前に、話を変えるとしよう。笛吹花という女の子の性格についてだ。彼女は天邪鬼でなんでもかんでも、とりあえず否定するタイプで、どうしようもないクズで、どうしようもない子だ。目つきは悪く、性格も悪い。そんなやつとどうして友達になろうと思うだろうか。当然、学校では孤立気味。というか普通にイジメられている。泣き寝入りすることなく、ついついまず手が出てしまうタイプだから、その状況は泥沼化している。笛吹りすというジョーカーカードがあるけど、それを切るのはつまり『なんでもかんでもお姉ちゃんに頼る奴』という烙印が押されてしまうことになるので、絶対に手は借りないようにしている。ん、なんだいハナ。そんな文句を言いたげな目をして、続きを話せと言ったのはきみだろう。それとも、きみは自分の過去を脚色して着色して、感動を煽るように語られたいタイプだったりするのかな。そんなはずはない。そんなわけがない。きみは『それは話に感動したわけじゃあなくて、感動したいから他人を利用してるだけだろ。偽物の感動だ。感動という行動が先にある紛い物だ。そんなやつは、私でも分かる人でなしだよ』ってケンカを売るタイプだろう。そんな笛吹花――聞けば聞くほど、性格が悪い。ということだけはよく分かる性格をしている彼女だけど、同時に『笛吹りすという姉に、引け目と負い目を感じている』という悪い子らしからぬ情報も混じっている。姉に対して申し訳ないと思っている。それはどうしてだろうか。ハナらしくないそんな性質ができたのは、この時だ。出来ない子笛吹花を誰も引き取ろうとする様子がないことに気がついた出来すぎる子笛吹りすはこう言ったんだ。『私は誰のところにも行きません。私は、花ちゃんと、この家で、二人っきりで暮らします』この、天才の奇行には、さすがの凡百の大人たちも、ポカンと口を開けて、なにも言い返せなかった。確かに、笛吹りすは天才だ。しかしとはいえ、当時まだ中学生だ。中学生の子供が、小学生の、しかも出来損ないの妹を育てながら、大人の援助もなく生活をしてみせるというのだ。善良で平凡なつまらない大人たちは、常識的に考えて、それは無理だと笛吹りすを説得しようと試みた。しかし、りすは頑としてそれに従おうとしなかった。天才ってやつはときに横暴だ。どれだけ無謀でもどれだけ非常識でも、それを実行できるだけの、反対意見を全て黙らせるだけの力と才がある。その反対意見はなにも間違っていない。まさに正論というやつだ。ただし、きみたちだったら。という前提条件がつくけどね。と言ってのけることを許可されている――自論を言うのは、『説明役』としての矜持に反することだけど、僕は『天才』っていうのはそんな『許可』を持っている人のことを言うんだと思ってるよ。きみはどうだったっけ、ハナ。努力が出来るだけの才能を持っている人。才能を使えるだけの努力をしている人。だったね。コスプレィヤ、きみはどんな人が天才だと思う? ……『自信』のある人。か、なるほど。コスプレィヤらしい意見だ。そう考えてみると、笛吹りすはまさに天才だ。『許可』があり、『才能』があり、『自信』があり、『努力』もする。なんでもありだ。さて、その日から笛吹りすは、その天才性を露骨に表に出すようになった。本来、天才というものは、見せびらかそうとしない限り、表に出てこないもののはずなんだ。なにせ、出来ないものが出来ているんじゃあなくて、出来るものが出来るだけだからね。当然すぎて、普通にするっと、気づかれない。つまり、天才が目立つということは、自発的なことなんだ。目立とうとして目立っている。そう考えると、笛吹りすはかなり目立とうとしているようにも思える。彼女はそんなに目立ちたがり屋だったかな。違うよね。彼女は元来、平和に、平凡に、好きな相手とのんびりと暮らしたいと思っているタイプだ。彼女がこうして、天才性を見せびらかしているのは、ひとえに『最後の家族、笛吹花とずっとずっと、一緒に暮らしたい』という願いのもとだ。もしも彼女が天才ではなかったら、彼女も、魔法少女に選ばれたかもしれないね。天才だったから、自力でどうにかできるから、選ばれなかったけど。ハナは一度、どうして、『私を迎え入れるのなら、花ちゃんも迎え入れてください。それが私からの条件です』とか、そういうことを言わなかったの? と尋ねたことがある。笛吹りすは「そんなこと思いついたこともなかった」と前置いてから、こう答えてくれた。『花ちゃんは私のついでなんかじゃあ決してないし、そんな風にしか、花ちゃんを評価しないし、触れてもくれないような相手なんか、こっちから願い下げだよ』と。本当に、それだけのことのために、この状況をつくりだしたのだ。さて、その日から、笛吹りすは更にさらに努力を重ね、才能を発揮するようになった。誰でも使えるスーパーコンピューターのようになって、彼女は多忙を極めるようになった。人間には休暇が必要なのに、休む暇がなくなってしまった。一緒に暮らすために頑張っていたはずなのに、一緒に話すことがめっきり減ってしまった矛盾。これはりすの資料の情報だけどね、彼女、それに対してはすごく申しわ――言うなって? 聞きたくないって? それは天才の弱音を聞きたくないってことかな、それとも、聞かなくたって分かってるってこと? あ、ごめん。ふざけすぎた。頭掴まないで千切ろうとしないで、綿が! 綿が出る! ……まったく、自分で説明するのが恥ずかしいから僕に任せたくせに、文句が多いんだから。ここから先、自分で説明する? やだ。だったら静かにしててよね、もう。えっと、どこまで話したっけ。ああ、そうだ。矛盾までだね。矛盾した生活は続き、笛吹りすは人知れず何度も倒れて、笛吹花はすくすくと性格悪く成長した。年を重ねれば、どんなバカもバカなりに賢くなる。バカにしては、だけどね。九九もそらで言えるようになったし、自分の置かれている状況がどこか変だということもなんとなく察せるようになるし、姉がその状況をつくるために、身を削っているんだということも理解した。笛吹りすを嫌いになる人間はいない。無論、ハナも姉のことが好きだった。だから、この状態を守ってくれていることはとてもありがたかったし、自分を庇ってくれたのはとても嬉しかった。しかし、そのために姉が体を壊してしまっては、元も子もない。どうにかしたい。そう考える一方で、天才の手伝いなんて自分に出来るはずもなく、むしろ足手まといにしかならないことも分かっていた。足手まとい。あるいは枷。あるいはお荷物。手伝いをしてもしなくても、その事実は変わらないけど。というか、きみがお荷物にならない状況ってなかなかないよね。姉が体を壊しても頑張り続けるのは自分がいるからだ。だったら、自分がこの家から出ていけばいいのではないか? とも考えたが、家を出て一人で生活できるとは思えなかったし、離れ離れにならないために頑張っている姉のために、離れ離れになるなんて、そんな無意味なことをする気にはなれなかった。ただ、独り立ちする。ということ自体は良いアイディアだと思った。我ながら、無能ながら、名案とまではいかないまでも、妙案ではあると思った。結局のところ、とどのつまり、姉がここまで頑張り続けているのは、笛吹花自身が、彼女の庇護下にあるためだ。扶養家族であるためだ。手厚く、巣の中の小鳥のように、育てられているからだ。だったら、私はもう大丈夫だ。私だって、自分のことぐらい、自分で出来るんだと証明することができたらいいのではないだろうか。それは、ある種の拒絶のようにも感じた。今まで力を借りておきながら、ある日突然、あなたはもう必要ありません。と突っぱねるのである。親不孝者――姉不孝者も甚だしい。後味が悪い。裏切ってるみたいだ。誰も裏切っていないのに。しかもだ、そもそもだ。どうやってそれを証明したらいいのだ。相手は笛吹りす――どんな意見を黙らせれるだけの才能と、それを十全に扱える努力をしている天才である。どうやれば敵うというのだ。才能? そんなものはない。努力? そんなこと出来っこない。そんな風にいかにもクズらしく、グズグズ考えていた。悩んでいた。放置していた。放棄していた。そんな折、笛吹花の前に、僕が現れた。魔法少女にならないか? そんな言葉に、ハナは運命を感じざるをえなかった。なにせ、魔法だ。才能なんて関係なくて、努力なんてどうでもいい。誰も知らない、第三の選択肢。これなら、天才である姉にも勝てるのかもしれない。決め手は、究極魔法の存在だ。何でもできる魔法だったら、天才にだって勝てるはずだ。私はもう、姉に頼らなくても大丈夫なんだって証明できるはずだ。さようならを言うように、おやすみなさいと言おう。自分の欲のために、自分のために動くやつばっかりが選ばれる、クズの見本市である魔法少女にあるまじき行動原理だ。本当に信じられない。だから実は、今まで笛吹りすばかり見ていて、自分に見向きもしなかったやつらを見返してやろう。とも考えているということも、情報に追加しておこう。あくまでも、ついでの目的だけどね。さあ、これで分かっただろう。笛吹花、魔法少女名『365日イタい子』の願いは『姉に勝ちたい』どうして勝ちたいのかと言えば――決別であり、感謝であり、お詫びだった。という話さ」




