第四話 あなたの名前は?
友達というものはどういうものなのか、果たして私に語る資格はあるのだろうか。
なにせ、私には友達というものがいないし、友達というものをつくったことがないからである。
しかしどうだろう。
どんなものでも、『持っているもの』より『持っていないもの』の方が、なにごとも、俯瞰的に、客観的に、語れるものではないか?
友達に良い思い出のある人や、悪い思い出がある人は、多分きっと、主観的に、良いものだったり悪いものだと言ってしまうだろう。
リアリティ追求主義者みたいなものだ。
試合に負けた方がリアル。
そりゃあ、勝者より敗者の方が多いのだから、リアルだと感じる人が多いんだとは思うけど、敗者がいれば、勝者もいる。勝者だって別に、幻想ではないはずだ。
勝つも負けるも、そもそも私は、戦ったことすらないのだけれども。
私のリアリティは、予選に参加すらしないということだ。
嫌だなあ。そんなの。打ち切り必須ではないか。
さて。
友達とはどういうものなのだろう。
俯瞰的に、客観的に、語るとするなら。
メリットデメリットの差が激しいものであると思う。
こういうことを言うと『友達をメリットデメリットで選ぶなんて』と言われそうだが、心外である。私はメリットデメリットで選んでいない。
というか、友達をつくる。ということ自体、メリットとデメリット同時に発生するものだろう。
メリットは、まあ、楽しいとか、多分、そんなの。
デメリットは、自分の時間が減ることとか、人の気を使わないといけないとか。
そんな感じで、メリットデメリットを考えて、周りの目を見て、友達がいない寂しいやつだと思われないように、人は友達をつくり、周りの目を忘れるように、人はいつの間にか友達ではなくなっていくのだろう。
席が変わって、クラスが変わって、学年が変わって、学校が変わって、住む場所が変わって。
いつのまにか、友達ではなくなっている。
友達というのは、そう考えると、結構軽いものなのかもしれない。
友達のためなら、私は死んだって構わない。
そこまで言える人は、きっとこの世にはいないだろうし、なにより気持ち悪い。友達に、なんの幻想を抱いているのだ。
友達というのは、スナック菓子だ。
結局、友達なんていうのは、そういうものなんだと思う。
「と、友達ぃ?」
「はい。友達です。私とハナは友達です。違いますカ?」
「え、あ。いや……」
胸に手を当てて、コスプレィヤは言った。
私は突然のことに少しどもって、口をうまく動かせないでいた。
確かに、前にもそんなことを言っていたような気もしないでもないけど、それでも、急に言われたら、なんていうか、その、困るっていうか。
友達? あんたと私が?
「いつ?」
「いつからなんて分かりませんよ。いつまでも分かりませんし」
友達にいつなったかなんて、分かるはずがない。
午後四時が、お昼なのか夕方なのか、いまいちよく分からないみたいに。
「それともハナは、私のこと、友達だと思っていないのですカ?」
「味方だとは思ってる」
「じゃあ、友達です!」
ぱん。と手を叩いて、嬉しそうに、コスプレィヤは破顔した。
「別に、味方であることはすなわち友達である。というわけではないでしょ」
友達が敵であった展開も普通にある。
燃える展開だ。
コスプレィヤは困ったように笑った。
「やっぱりハナは面倒くさいですネ」
「あんたにだけは言われたくない」
「私も面倒くさいのですか?」
「言うまでもなく」
「酷いです。私は至って普通です」
「普通のやつが、魔法少女になれるかって。面倒くさいやつは、自分が面倒くさいことに気づかないもんなの」
「じゃあハナも、自分が気づいていないだけの、面倒くさい人ですネ」
否定はできないですよネ? と、コスプレィヤは唇を尖らせて、ぶーたれながら言った。
彼女の顔立ち自体は、とても可愛らしいから、その不機嫌そうな表情も絵になる。ズルい。私がそんな顔をしたら、近所の悪ガキみたいな、マイナスイメージしか浮かばなそうなのに。
つまり。とむくれるのをやめたコスプレィヤは言う。
「友達もそういうものです。本人たちはいつ友達になったか気づけない。けど、友達である。と気づくことはできます。少なくとも、私はハナのことを、友達だと思っていマス」
「友達」
「はい、友達デス。ハナがどう思っているのかは、分かりませんが。ハナはめんどっちーので」
いー。と、コスプレィヤは白い歯を見せつけるように笑う。
この歯も、元の歯ではなくて、人工の歯だったりするのだろうか。
「……ねえ、コスプレィヤ」
「なんですか?」
「友達って、結局、メリットとデメリット。どっちが多いんだろうね」
「メリットとデメリットどちらが多いかと言えば、十対ゼロで、メリットばかりですよ」
「そうなの? どんな人だって、デメリットがあるようなもんだと思うけど」
「それを言うなら、どんな人にも欠点はある。ですね。メリットデメリットと、長所短所は別物ですよ。長所短所は皆同じように感じますが、メリットデメリットはあくまでも主観的な、人によって意見の異なる概念です」
「お姉ちゃんみたいなことを言う」
「あの人は、この質問に対して、なんと答えてました?」
「聞いてない。聞いたら自分が嫌になりそうだから」
そんな風に正しく考えることができない自分に、嫌気が差すだろうから。
それでも、どうだろう。
聞いてみたら、お姉ちゃんはどんな風に答えるのだろうか。
「メリットデメリットで考えるのなら、友達はメリットしかありませんよ。欠点が許せないような、デメリットが頭に浮かんでしまうような相手は、一緒にいて楽しくありませんし、友達とは、呼べません」
「そうなると、私とコスプレィヤは友達と呼べない気がするんだけど」
「大丈夫です。ハナの欠点は気になりません。ダメなところが、とっても可愛いですから」
「なんでデメリットがあるのは私ってことになってんのさ。あんたに決まってるでしょう、あんたに」
「え?」
「そこで疑問を覚えるな。あんたが」
なんて面倒なやつなんだ。
「さあ、ハナ。私と一緒にいても、メリットしかないですよ。フレンドになるしかないですよ?」
「やだ」
両手を広げて、まるでさながら、飛び込んでくることを待っているかのような体勢でにっこりと笑っているコスプレィヤに、私は手でバツをつくって、頭を振る。
コスプレィヤは、ぶう。と頬を膨らませる。
「どうしてですカ、どうしてハナは、私と友達になってくれないのですカ!」
「どうしてって、そりゃあ……」
そりゃあ。と言って、私はその先を言い淀んだ。
そりゃあ……なんだ?
ん。待てよ。ちょっと待てよ。
別に、私には、こいつを拒絶する必要なんてないのではないか?
私は、友達がいないことに、一人でいることに、アイデンティティを持っているような悲しいやつであるつもりはない。
だから、別に、こいつからの友達宣言を拒否する必要性はないのではないだろうか。
「ハナは友達のことを重たく考えすぎなんですよ」
「そんなことない。私は友達のことをスナック菓子だと思っている」
「それは軽く考えすぎです」
訂正します。とコスプレィヤは苦笑する。
「友達のことを複雑に考えすぎなんですよ」
「そうかな」
「そうですよ」
「そうなのか」
「もっと単純に考えたらいいんですよ」
『友達になりましょう』
と言われたら。
『ありがとう。嬉しいわ』
それで、いいではないですか。
と、コスプレィヤは言った。
それは単純に考えすぎだと思ったけれども。
確かにそれぐらいで考えてもいい気もした。
「『私は』ハナのことを友達だと思ってます。『ハナは』私のことをどう思ってますカ?」
それは。
それはなんだか、誘導尋問みたいな、手のひらで転がされているみたいな気分であったけれども、ここで返事をしなかったら、いつ返事をするんだろう。という気分ではあったので、私は笑って口を開く。
単純に。簡単に。
「『私は』――」
コスプレィヤの背後に、お姉ちゃんの姿が見えた。
反抗期の不良娘の卒業式を見て、滂沱の涙を流す母親みたいな。
今まで一匹で歩くことができなかった小鹿が、一匹だけで歩きだした瞬間を見てしまったような。
友達がいなかった妹に、初めて友達ができたのを喜んでいるような。
そんな表情をしていた。
「――あんたと友達じゃあない!」
「うええええええええええええっ!?」
悲痛な悲鳴をあげたのは、コスプレィヤではない。
非業な妹の、悲惨な悲報を受けた、お姉ちゃんのものである。
半開きにしたドアの影に隠れていたお姉ちゃんは、地球に飛来する超巨大な隕石を目撃した人みたいな、悲壮な顔をしている。
どたどたどたと、大きな足音をたてながら、お姉ちゃんは私とコスプレィヤの方へと近づいてくる。
「な、なんで。なんで花ちゃんそんなこと言うの!? お姉ちゃんすっごく残念なんだけど!!」
そんなお姉ちゃんのせいですよ。とは口が裂けても言えない。
捻くれ者な私ではあるけれども、いちいち口にだすような面倒な性格はしていないのでありまして。
「なんでも!」
「ああ、もう。花ちゃんは本当に、捻くれ者なんだから!」
しかしまあ、どうやらお姉ちゃんには私が否定した理由は、お見通しのようではある。
天才には凡才の気持ちが分からない?
そんなわけがない。凡才の気持ち程度を理解できなくて、どうして天才が天才と呼べるのか。
理解できないやつは、その程度だ。
だからどっちかというと、こう言うべきだ。
凡才には、天才の気持ちは自己啓発書の見出しぐらいしか分からない。
ぺろっと表面を舐めるぐらいだよ。
実際、行動を予測することができないお姉ちゃんは、もー。と呆れたように鼻を鳴らしたかと思うと、コスプレィヤの方を向いて、彼女の両手を自分の両手で覆うようにして掴んだ。
「グロィ・フロワーさん」
「…………なんで私の名前を知ってるんですカ!?」
私も初めて知った。
まあ、お姉ちゃんのことだから、いつの間にか調べていて知っていてもおかしくはないんだけど。
「あなたは自分自身のことを『意味がない』と評しているみたいだけど、花ちゃんにとっては意味があるみたい。ああ、安心して。私は人の意見を否定できるような高尚な存在じゃあないから。否定ができるのは、明らかに数値と出ているようなものだけだよ。足し算の答えとかね」
「お姉ちゃんが高尚な存在じゃあなかったら私はなにになるんだろう。哄笑な存在?」
「座布団一枚あげたいところだけど、自虐ネタだから、一枚没収」
だからなんで、口頭で同音異字が分かるんだ。
「は、はぁ……」
コスプレィヤは少しばかり混乱しているようだった。
そりゃあ、勝てない存在だと理解している相手が急に現れて自分の手をぶんぶんと振っているのだ。なんて返せばいいのか分かるまい。
わたしだって、その状況になったらなんにも返すことができなくなるだろう。
「『意味のない人なんていない』。ああ、すごく優しい言葉だ。とても生温い言葉だ。しかし、この言葉はいつだって答えは教えてくれないし、その『意味』とは果たして『私自身にとっての意味』なのか『あなたにとっての意味』なのか、はたまた、『世界にとっての意味』を指しているのか分からない。『学校での成績が悪いんです』と言ってる子に対して『きみは野球が上手いじゃないか!』と返してるようなものだね。これは、答えになってない。意識をよそに向けているだけだ。きみの場合は『私自身にとって』の話だ。それならば、私がどれだけ高説たれても仕方ない。それこそ本当に『意味がない』。あなたの悩みを私がかき乱して、目をそらさせているだけだ。きみの意味はきみが決めないといけない。大丈夫。それは誰にも否定することができないものだ。なによりも自由なものだ。でもね、覚えておくといいよ。誰にも否定できないということはつまり――あなたもそれを否定してはいけないってことだ」
分かる? とお姉ちゃんはにこりと笑った。
コスプレィヤは怯えた表情で、頷いた。
私に、あなたを救うことは出来ない。と言ってるだけなのに、なんだろう。この圧迫感。
いや、それこそ、『私』が圧迫を感じているだけなのかもしれないけど。ただの、弱者の被害妄想なのかもしれないけど。
コスプレィヤが頷いたのを見て、お姉ちゃんは満足そうに「うむ」と言うと、コスプレィヤの手を離した。
「見つかるといいね。フロワーさんにとっての『意味』」
「……はい」
息を吐いて、じっくり時間を取ってから、コスプレィヤは頷いた。
今度は少しばかり、落ち着いた表情で。
「きっと、ハナと一緒にいたら、分かると思います」
「わ、私ぃ?」
「はい。頼りにしてマス」
「いや、頼りにしてるって言われても……」
「あはは。花ちゃん。人に頼りにされたのなら、それに応えるべきだよ。自分のことを、頼りにしても問題はない。凄い人だと言ってくれているようなものなんだから」
「……お姉ちゃんは応えすぎだけどね」
「うふふ、そうかな。まあ、確かにここ数日寝れてないような気もするし、ちょっと熱っぽいかもしれないけどね――」
と、言って。
お姉ちゃんはぐでぇ。と床に倒れこんだ。
突然のことに、コスプレィヤは驚いて目を見開いている。
よくあることだから、私はそんなに驚いていない。
ああ、だから言ってるのに。
応えすぎなんだって。




