第二話 魔法少女使い、委員長
魔法少女『幸せも悲しみも半分こ』と、急に姿を現した紫色の妖精は名乗った。
紫色の、ハゲのビニル人形のような姿である妖精の口から、落ち着いた女子の声がするというのは、なかなかどうして、違和感が拭えないけれども、とかく、私は変身してから、安全カミソリを取りだすと、妖精に安全カミソリを振り下ろした。
さながらとろとろに溶けたバターにナイフを通すように、すっと切れた妖精は、そのまま粒子に変わり、体になにかが浸透する感覚を味わう。
「ん、あれ。妖精一匹分もないじゃん、こいつ。どんだけ妖精を退治してないんだよ」
「こんの、バカっ!」
不満を垂らしていたら、緑野が机の上に上半身を乗り上げるようにしながら、私に怒鳴りかかってきた。つばが顔にひっつく。
顔についた唾を腕でぬぐいとってから、私は緑野を睨み返す。
「バカってなにさ、目の前に魔法少女を名乗る妖精がいた。だったらさっさと倒して、魔法力を奪えばいいじゃん。妖精ってことは、私より弱いわけだし」
「クズ」
「なにを今更」
「悲しいことです」
また、あの妖精から聞こえた声がした。
今度は机からではなく、真上から。
私と緑野がキョロキョロと辺りを見回していると、ずっと天井を見上げるように座っていた不良こと怒鳴は、天井の端っこの方を指さした。
そこにはエアコンが設置されている。エアコンは天井に鉄棒で吊り下げられる形で設置されていて、天井とエアコンの間には少しばかりの隙間がある。
その隙間に、妖精は座っていた。
今度の色は、緑色だ。
「悲しいことです。どうして、妖精だからという理由だけで、彼らは真っ二つにされないといけないのでしょう。悲しいことです。もしかしたら、彼はまだ一度も、イタズラをしていないかもしれないのに。そもそも、イタズラというのは、真っ二つにされなくてはいけないような、重罪なのでしょうか。ああ、悲しいことです。悲しいことです。悲しいことは、半分にしなければ」
「……? なに言ってんの?」
眉をひそめる。
ちくり、と指に痛みがはしった。
指を見てみると、人差し指のつけねが白い骨が見えるぐらい深々と抉られていて、血が床に垂れていた。
「なんで……?」
もちろん、私はこんなケガに見覚えはない。した覚えもない。
血の流れ方からして、多分、今さっきケガしたばかり……十秒も経っていないと思う。
「そして、喜ばしいことですね。喜ばしいことですね。あなたは今、微量ですが、魔法力を手に入れました。それは、とても喜ばしいことです。ですから、それも、半分にしないと。喜ばしいことは、半分こです」
「……さっき、妙に魔法力が少ないなと思ったら、半分ぐらいしかないな。と思ったけど、まさか、そういうこと?」
「はい、半分こにさせてもらいました。なにか、おかしいことがありますか? 幸せも、悲しみも、半分こに。私たちは全て平等で、同等であるべきでしょう」
ああ、これは。面倒なタイプだ……。
緑野が『正しくあろうとするタイプ』であるとするならば、この、ハーフ&ハーフとかいう魔法少女は恐らく、『己が正しいと信じて疑わないタイプ』だ。
嬉しいことは半分こ、悲しいことも半分こ。なんて綺麗ごとを図々しくも言いつつも、人から奪っていることになんら抵抗のないタイプ。
自分は正論を言っているのだと自信満々に言うものも、結局は自論に過ぎず、感情論に過ぎないタイプ。
『嬉しいことは半分こ、悲しいことも半分こ』なんて、なんど聞いても『嬉しいことは奪い取って、悲しいことは押しつける』にしか聞こえない濁った心の持ち主こと、魔法少女クズたちは、うわぁ……という顔を緑色の妖精に向けている。
「あいつ絶対分煙派を名乗っているけど、普通に喫煙可の喫茶店に行って『なんで彼は煙草を吸っているのでしょう。皆さんが嫌な顔をしているのが、分からないのでしょうか』とか言いだすタイプだよな」
「自分が正しいと疑ってないから、あっさり自爆しそう」
「SNSやらせてはいけませんね。危ないです」
「ある意味、一番魔法少女に向いてそうな感じではある」
「「「夢見る社会不適合者」」」
緑色の妖精は、私たちが口々に否定を繰り返していると言うのに、一向に反応を示すことなく、自分の考えがいかに素晴らしいかを滔々と語っていた。と思ったら、不意に、言葉をすっと止めて、私たちの方を見た。
「私は、あなた達と友達になりに来ました」
「……はあ?」
「ですから、友達になりに来たんです。仲良くなりに来たんです。もしかして、仲良くする機会がなさすぎて、仲良くする方法が分からないとか、そういうことはありませんよね?」
「ぶっちゃけある」
「あるんですか……悲しいことです」
私の返答に妖精は本当に悲しそうな顔をして、後ろにいた魔法少女と元魔法少女二人も、若干引いている顔をした。
なんだよ、あんた達も魔法少女なんだから、仲良くする方法が分からないとかそういう……ないか、こいつら、意外とクラスに順応していて、人と話せているし。
「私は、あなた達と友達になりに来ました」
ハーフ&ハーフは再び言う。
「……なんだ、てっきり宣戦布告でもしにきたのかと思ったよ」
「宣戦布告? どうして、そんなことをする必要があるのでしょう」
ハーフ&ハーフは本当に困ったような口調で言う。
「そこにいる魔法少女、いえ、今は元でしたね。怒鳴夢、魔法少女名『井の中の蛙大海を欲す』が魔法少女狩りなんて始めたせいもありますが、そもそも魔法少女が戦う理由はないはずですよ?」
「そっちの方が、魔法力を効率よく回収できるだろ」
「その結果、あなたは魔法少女じゃあなくなっている」
机の上に足を置いた不良然とした姿勢の怒鳴の眉がぴくりと動いて、ハーフ&ハーフを睨んだ。
「なに、潰されたいのか。あんた」
「妖精の力に、一般人が敵うわけがないでしょう」
「試してみないと、分かんねえだろ?」
「その喧嘩早さゆえに、夢を諦めないといけなくなったのを、理解できていないのですね。悲しいことです」
「てめっ」
「落ち着いて、怒鳴。実際、その通りなんだし」
机から足を下ろして立ち上がろうとした怒鳴を、緑野は片手で制すると、じろりと妖精を睨む。
「ねえ、ハーフ&ハーフ。友達になりに来たんじゃあなかったの? どうしてそう、喧嘩腰なのかしら」
「おお」
ハーフ&ハーフは、露骨に驚いてみせる。
「会話が成り立つ相手がいましたか。喜ばしいことです」
「笛吹花。お前なら分かるよな、あいつ叩きのめしていいよな」
「なんで私なら分かると思ったのかは分からないけどすっごく分かる。あいつ嫌い」
緑野より性質が悪い。緑野は苦手だけど、ハーフ&ハーフは嫌いだ。
「そうです。私は友達になりに来ました。魔法少女は本来、戦う必要なんてないんですから。仲良く、互いに邪魔せずいようじゃあ、ありませんか」
緑野は私とコスプレィヤの方を見た。
どうするかってこと? まあ、そこの二人は元魔法少女であって、正確に言うのなら、この場では部外者に近いわけだし、当事者が考えるのが妥当か。うーん……。
「面倒くさいから、委員長。全部任せる」
「こいつ」
「ほらほら、私が究極魔法を手に入れたら、自分の願いも叶えてもらうんでしょう? だったら、少しは活躍してみせてよ」
「はぁ……じゃあ、代理として答えるけど、私自身、友達になるのは別に問題はない」
「ああ、良かった。それは、喜ばしいことです」
「ただし。そっちの魔法と願いを教えて。それが条件。いいでしょ、私たち、友達でしょ?」
拍手をしていた妖精の動きがピタリと止まった。
嫌なセリフだよなあ、『私たち友達でしょ?』。なにが友達だよ、利用する気満々じゃん。
「友達になりに来た。魔法少女同士で戦うつもりはない。だったら、別に、魔法を教えても問題はないでしょ? それとも、教えたくない理由がある?」
「……別に構いませんよ。私の魔法は、今まさに見せています」
「……妖精を操作する魔法? それとも、幻覚を見せる魔法?」
「変身する魔法かもしれません」
「それはキャラが被る」
「違いますよ。私の魔法は『分配』です」
「『分配』?」
「はい」
緑色の妖精は、にこりと笑って両手を広げる。
「分け与え、配り与える魔法です。例えば私がリンゴを一つ持っていたとして、それをこの場にいるあなた方全員に平等に分けることが出来る魔法。そうお考え下さい」
「ふうん……あれ、待って。でも、それじゃあ妖精を介して話している今の状況はどうやってできているの?」
「私の声を『分配』しました」
そういうこともできるのか。
私は納得したけども、緑野は眉をしかめている。
「それだと、今話しているのはハーフ&ハーフではなくて、ハーフ&ハーフの声を『分配』された妖精と話していることになるんだけど。私と友達になりに来たのはハーフ&ハーフじゃあなくて、妖精だってこと? それなら、お断りなんだけど」
「喜ばしいことです。悲しいことです」
ハーフ&ハーフの声で、妖精は喜んだり悲しんだりを繰り返す。
情緒不安定。
「私のことをきちんと理解している。それはとてもとても喜ばしいことです。しかし、妖精だったら友達になりたくない。その反応は悲しいことです。なぜ、妖精だと友達になりたくないのですか。差別は悪いことですよ」
「誰だって、ゴキブリと仲良くなりたいとは思わない」
「悲しいことです」
つまらなそうに、ハーフ&ハーフはため息をついた。
ああ、結局お前も、そういうタイプかという落胆の声。
「確かに、『分配』しているのは声だけではありません。私、つまりハーフ&ハーフの『意識』も『分配』しています」
ハーフ&ハーフ――彼女の意識を分配された妖精はこんこんと、自らの頭を小突いた。
なにかが詰まっているとは到底思えない、軽い音がした。
「妖精の頭は小さく、同時に脳や意識といったものも小さいので、私の『意識』をちょっとだけ『分配』すれば、彼らの体を操ることもできます」
「ロイコクロリディウムみたいなマネするのね」
「なんですか、それは」
「カタツムリの寄生虫。寄生したカタツムリの動きを変え、生態を変えて、鳥に食われるように誘導する。あんたのやっていることは妖精の意識を奪う行為と同じ。でも、あんたはさっき妖精を殺すことは悲しいことだと言っていた。あんたが今やっている行為はそれとなんら変わらない。矛盾している。いや、ダメなことはダメだけど、自分は例外って感じね。無自覚で、自分がやっている行為だけはすべて正当化している。そんなやつと友達になったとしても、損しかない。やっぱり友達にはならない。赤の他人で、関わりなくいましょう。以上。エブリフール、そいつ切っちゃって」
「言われなくとも」
私は魔法少女の姿に変身する。たん、と跳躍。エアコンの上にいた妖精の頭を、なんとなく、横に五枚ぐらいにスライスした。
バラバラバラ、と頭の輪切りが落ちていく。光の粒子になって消えて、私の中に魔法力が吸収される。
落下しながら、すぐに変身を解く。
別に、いつもの私と違ってポップでキュート(ただし、目つきは悪いし、クマがある)な魔法少女の姿を見られたところで、きっと、私だと分かる人は殆どいないだろうし、他人の目を気にするなんて、自意識過剰なことをしているつもりは更々ないんだけど、まあ、なんか、学校であんな格好をしていることに抵抗があるんだと思う。
目立つ。悪目立つ。
それは、損でしかない。
着地する。しようとして、失敗した。
まるで、靴底の厚さが違う靴を片方ずつ別に履いてしまったみたいな、そんなバランスの悪さで、私はこけた。
ずてん。と転げてから、私は自分の左足を見た。
左足は、五枚にスライスされていた。
「う、ええええええええええええええええ!?」
スライスされた指のついた足や、足の甲や土踏まずは、あっちにころころ、こっちにころころ。断面から血を流して、空き教室に赤い道を描いていく。
足の付け根からはとめどなく、だくだくと血が溢れている。こっちには残量なんてものは、それこそ、失血死しない限りない。
くらぁ。と頭から意識が一瞬遠のいた。血が一気に無くなりすぎだ。
ああ、くそ。なんか最近、体の一部が千切れたりする展開が多いなあ!
体を持ち上げて、私はスライスされた左足に手を伸ばす。
非常に、非常に遺憾だけど、少量とはいえ、魔法力を使ってしまうのだけれども、死んでしまっては元も子もない。
ケガした部分を掴んで、回復をかけようとした。
その手を、青色の妖精が蹴り飛ばした。
「悲しいことです」
妖精が言う。さっきから何度も聞いた声。
ハーフ&ハーフに『意識』を『分配』された妖精だ。
「悲しいことです」「悲しいことです」「とてもとても」「悲しいことです」「私はあなた方と友達になりたかった」「戦うことに向いた魔法ではありませんし」「そもそも戦いたくはありませんし」「一体全体、なんの意味があるのでしょう」「しかし」「あなた方は私からの提案を拒否しました」「敵となってしまいました」「危険です」「危ないです」「ゆえに私は」「あなた方を倒す方へと」「話を変えることにしました」「火の粉は飛ぶ前に」「火を消すものですので」「ああ」「なんて、悲しいことでしょう」
声が、あちらこちらから聞こえてくる。
教室の中を見回してみれば、赤、黄、橙、黒、白、茶、藍、水――数えきれないほどの妖精が、教室の端によせた机の上に、下に、掃除ロッカーの上に、ドアにひっかかるように、窓にくっつくように、どこにも、かしくにも、私たちを囲うように、立っていた。
まさかこれ全部、『意識』を『分配』されているとか言わないよな。
いやでも、妖精の頭は小さくて意識も小さいと言っていた。意外と、これぐらいの数なら、出来てしまうのかもしれない。
「話し合えば、人は互いを知りあうことができます」「仲良くなることができます」「話し合いは」「この世から闘争を無くします」「ただし」「相手が話し合いを拒否するというのならば」「話し合う。が出来ません」「悲しいことですが」「闘争が産まれます」「悪いのは」「拒否をしたあなた方です」
「拒否はしてねえだろ、お互い無関係無理解でいよう。っていう、ある種一番楽な楽な回答だっただろうに」
脂汗を滲ませながら、私は言い返す。
なにが、あなた方が悪いだ。この数の妖精、初めから用意していただろう。
責任を私たちになすりつけるんじゃあねえよ。
妖精たちはにじり、にじり。とにじり寄ってくる。恐らく、私たちが対話に応じるのを待っているのかもしれない。
この場に来てまで、こんな状況にしておきながら、未だに対話を求めている辺り、こいつのお花畑な感じには呆れるばかりだが、しかし、追いやられているのは確かである。
私たちを囲うようにいる無数の妖精。
イタズラをするだけ。妖精の中でも一番弱いらしい、小さいタイプ。
中ぐらいと大きいサイズは未だ見たことはない。
だから、勝てなくはない。カミソリを振るえば、切り裂ける。
そう、魔法が使えるなら。魔法少女であるのなら――。
しかし、ここにいる四人のうち、魔法少女は二人。二人は『元』魔法少女。
人間と妖精なら、妖精の方に分がある。踏みつけようとした私を、ひっくり返してでんぐり返しできるぐらいの膂力は、妖精にはある。
さらに私は今、足をケガしている。足をケガしている。回復を使って、治してはいるけど、もう少し時間がかかる。文字通り、足手まといだ。
妖精と戦って、かつ、この教室から出れる機動力があるのは――コスプレィヤただ一人。
でも、コスプレィヤは、私と違って、優しい。
彼女の魔法少女らしい点は、過度なまでの、自己否定だけだ。
それ以外は、どうして魔法少女に選ばれたのか、不思議なぐらい、優しくて、良い子だ。
だから、彼女は絶対、妖精と戦えない『元』魔法少女である怒鳴と緑野、それとケガをしている私を見捨てて逃げたりはしないだろう。むしろ、大嫌いな自分を残して、他を逃がそうとするだろう。そういうやつだ。
どちらを先にするべきだろうか。回復? それとも、『切断』で逃げ道をつくって、コスプレィヤに荷車かなにかになってもらって、逃走する?
そう考えている間にも、私たちは教室の真ん中に追い詰められていく。
「ま、これぐらいでいいか。コスプレィヤ」
「ハイ」
頭の上から、澄ました声。
見上げてみると、緑野がさして驚いてもいないような表情でコスプレィヤに声をかけていた。
コスプレィヤの方も、驚いている様子はない。
まるでこの状況が、予定通りだったと言わんばかりに。
「妖精とは言えど、力はあるにしろ。別に、強度があるわけではない。それは、魔法少女時代に確認したこと。『偽装』解いちゃって」
「イエッサー!」
コスプレィヤが、敬礼をする。
瞬間。
目の前から、机と椅子と掃除ロッカーと妖精が――一気に消えた。
次に聞こえたのは、水が滴る音。
「……え?」
いつの間にか私は、六個ぐらい(二×三)並べられた机の上に座っていた。
床には刃が上を向くように固定された包丁がたくさん並んでいて、妖精たちは包丁に刺さって、びくびくと震えていた。
「コスプレィヤの魔法。『偽装』。見たことがあるものならなんにでも変身できる。前に杖を『偽装』させたことがある。可能性は二つ。なんでも『偽装』させることができる。自分しか『偽装』できない。ただし自分のものなら『偽装』できる。コスプレィヤの場合は、後者だった」
「たくさんお水買ったので、今月お小遣いピンチです……」
コスプレィヤはぐったりと頭を項垂れた。
つまり、こういうことらしい。
魔法少女と元魔法少女が集まってなにやら話し合いをしている。
そんな情報をもし自分が手に入れたら、必ず接触を試みる。と考えた緑野は、私を呼ぶより先にコスプレィヤに声をかけ、罠をしかけることにした。
理由としては私の魔法『切断』より、コスプレィヤの魔法『偽装』の方が使い勝手がいいし、自由度が高く、罠に利用しやすいからだそうだ。
『偽装』ができる範囲が、自分のものまでだと知った緑野は、コスプレィヤに水を買ってもらい、水を、床に『偽装』させた。元の床には家庭科室から拝借した包丁をぎっしり。
あとは、魔法少女がなんらかの接触をしてきた際、この落とし穴を使うつもりだったのだという。
「包丁って明らかに殺す気じゃん」
「魔法少女なら、衣装が守ってくれるし、大丈夫でしょ」
いや、腕とか足なら貫通しますけど?
ちなみに私に罠について話さなかった理由は、私が罠の存在を知っていた場合、ずっとニヤニヤしていて、明らかに怪しいだろうから。だそうだ。妥当な意見だ。
私にもバレないように、私をこの教室に入れるときはぽいっと投げていれたし、すぐに扉を閉めて鍵を閉めたのは、外の廊下の景色を見て『部屋と廊下の床の高さが違うことに気づかれないため』だそうだ。
魔法少女じゃあなくなっても、魔法が使えなくなっても、究極魔法を手に入れる権利を失っても。
それでも、魔法少女を利用して、魔法を活用して、究極魔法の恩恵を得ようとする。
なんだ、こいつ。
魔法少女じゃあなくなったときの方が、よっぽど本領発揮してない?
操る妖精を失ったハーフ&ハーフは、それから新たな妖精を投入してくることはなかった。意識を『分配』するんだ。つまり、あの数の視界も彼女は見ているわけで、それはかなり脳に負荷がかかるだろうから、これ以上の追撃はないだろう。という緑野の判断で(あとはまあ、落ちた先に包丁が一杯あって、それに刺される映像を見るショック。もあるだろう。なんだかんだで、精神は弱そうだ。ハーフ&ハーフ。魔法少女っぽい)、私たちは家に帰ることになった。
緑野と怒鳴は借りていた包丁を返しに、家庭科室に向かった。
驚くことに、あの量の包丁を緑野は、勝手に拝借したのではなく、きちんと手続きをもって、先生からの快諾を得たうえで、学校から正式に借りたのだという。
一体どんな理由があったらあれだけの包丁を借りれるのか。というか、どんな好感度と信頼度だよ。どんな理由があっても、普通貸さないだろう。
手伝うのが面倒だった私は、さっさと家に帰る。
家の玄関に、知らない靴があった。サイズは私と同じぐらい。
一体誰だろう。お姉ちゃんの取引相手とかだと、サイズがちょっと小さい気もするけど。
居間に続くドアを開くと、コスプレィヤがいた。
…………いや、なんでだよ。
どうやら、まだ、今日は一人になれないらしい。




