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第六話 味方を偽装してみる

 点々と血のあとが続いている。

 私の左肩からだくだくと流れる血が垂れてできたあとだ。

 左肩から先にあるはずの左腕はない。

 さっき、錨を振り回す水兵のコスプレ衣装を着こんだゴリラ魔法少女こと、ロングロングフィールドに引き千切られて、引き裂かれたからだ。

「ああ、くそ。いってぇ、滅茶苦茶いてぇ、すげえいてぇ……!!」

「大丈夫ですカ、ハナ?」

 重いエンジン音。

 男の子だったら誰でも興奮しそうなハーレーとかいうバイクの上に横たわっていると、ハーレーが話しかけてきた。

 口のない無機物であるハーレーが女の子の声で話しかけてくるのはなんだか妙な感じである。


「腕が無くなっていることと、血が足りないことを除けば大丈夫」

「私、血になりましょうカ?」

「……あんた、血液型なに?」

「私の血液型に何か意味があるというのですか? 私に一体何の意味があるというのですか?」

「あるよ、普通にあるよ。私を拒絶反応で殺すつもりか」

「ハナの血液型に合わせて『偽装』することも出来ますケド」

「便利だなあ、魔法……」

 嘆息。

 まあ、他人が変身した血液が体の中を流れている状態を想像してみると、生きたゴキブリを縫い合わせてつくった服を着るよりも気持ち悪いから、どんな状況になってもそれだけはごめんだけど。


「ねえ」

「なんですか?」

「なんであんたは、私を助けてくれたわけ?」

 ドドドドドドドドド。という重たいエンジン音と、ハーレーのタイヤが地面を蹴る音が聞こえる。

 返事がない。あれ、もしかして無視された? こんなやつにすら?

 いつも無視されていることの多い私ではあるけれども、無視されることがデフォルトであるのが私ではあるけれども、あんたみたいなのにすら無視されるようになってしまったの?


「助けたことは、おかしなことですか?」

 コスプレィヤが不意に声をあげた。

 どうやらさっきまで考え込んでいただけのようらしい。

 疑問に感じていることに、疑問を感じている。


「だって、おかしいでしょ。私とロングロングフィールドが争い合って、消耗しあったところで、私たちを襲うというのならともかく」

「漁夫の利というやつですか?」

「ぎょふのり……ああ、うん。それそれ。そういうの。それが言いたかった」

 一体どんな味のする海苔なんだろうか。


「まあとにかく、その、『ぎょふのり』を狙うのならともかく、あの状況で私を助ける理由が分からない」

「そうですか?」

「そうよ」

「困っているようだったので、助けました。それは、おかしなことですか?」

 コスプレィヤはなんともない風に言った。


「おかしなことではないとは思う……けど」

 私では絶対考えれないことではあると思うけれど。

「あんた、私のことを一度襲おうとしてなかった?」

「襲おうとしていタ……?」

 コスプレィヤは不思議そうな声をあげる。


「私はハナを襲おうとなんテ、していまセンヨ?」

「してただろ。拳銃に偽装して、私を、撃とうとした」

「拳銃? ああ、あれは、クラッカーですよ」

「はぁ?」

「言ったじゃあないですカ。実弾『も』ト。あれは撃ったら紙が飛ぶんです。楽しいデスヨ」

 脱力感が体を襲った。

 なんだろう。この世界観が凄い重厚な物語を読んでいたら最終回で夢オチだったと語られるような感じは。


「なんでそんなものを」

「ハナと仲良くなりたかったのデ。仲良くなるにはドッキリとかするといい。と聞いたので」

「……私と?」

「はい、ハナとです。いけませんか?」

「いや、別に悪くはないけど」

 仲良くなりたい?

 私と?


「なんで?」

「ハナはとっても可愛くて、素晴らしい子だと思ったからです」

「そんなに話してないと思うんだけど、そんなこと、分かるものなの?」

「たくさん話せば、必ず分かるものでもないでしょう?」

 それに。とコスプレィヤは続ける。


「私がそう思ったから。そうなのです。これは私の感想で、私の意見で、私の事実です。勘違いはあれど、間違いなんて、あるはずがありません」

「……私の価値は、誰かが決める。ってやつ?」

「なんですか、それ?」

「うちのクラスの委員長にして元魔法少女のセリフ。最近、これに当てはまることが多くて覚えた」

「他にも魔法少女がいるんですか。会ってみたいですね」

「やめておいた方がいいと思うけどね。性格が合わなさすぎて、委員長が卒倒しそうだし」

 二人が出会ったときのことを想像すると、それはそれで面白いので、出会わせてみたい気持ちにはなった。

 絶対委員長が悲鳴をあげて奇声をあげるに違いない。

 けけけ。と喉を鳴らすように笑ってから、私はハーレーの側面を叩いた。バンバン、と良い音がした。


「まあ、つまり。あんたは私の味方ってことでいいわけ?」

「はい。味方です」

「そうかそうか、なるほどなるほど……じゃあ、味方のコスプレィヤにお願いがあるんだけどさ」

「なんですか?」

「左腕の止血、手伝ってくれない?」


 ***


 止血の必要はなかった。

 止血どころか、左腕が戻ってきたのだから。

「魔法、本当便利だなぁ……」

 家から少し離れた突き当りの道で、元通り復元した左手をぐーぱーぐーぱー開いたり閉じたりしてみる。

 違和感がなに一つなかった。いつもの左腕でいつもの感覚だ。

 それゆえに、気持ち悪くもある。

 だって、私の記憶の中では確かに、腕は引き千切られているはずで。

 魔法によって、まるで体からツタみたいなものが何本も生えて絡み合うようにして、にゅるんと復元して回復した左腕が、いつもの左腕であるとは中々思えなかった。

 コスプレィヤは体が変わっても私は私のままであったと悲しみに暮れていたけれども、しかし、体が変わると気持ち悪くて、どうにも自分のものとは思いたくないし、やはり、私では無くなっているのではないかとすら思える。気分の問題なのだろうか。


 魔法少女の基本魔法。

 変身ドレスアップ

 隠身ステルス

 そして――回復リカバリー

 壊れたものや傷ついたものを回復させることができるこの魔法は、どうやら腕が引き千切られるぐらいはすぐに直せるようだった。


「ふぅん。そう考えると、ケガとかを気にして戦う必要はないのかも」

「ただし、回復リカバリーには魔法力を利用するから注意が必要だね。左腕一本なら妖精十体分かな?」

「二度とケガしないし、ケガしても絶対治さねえ」

「さすがハナ。考えが幼い」

 そんなわけで回復して復元した左手の調子を確かめてから、ハーレーの姿から魔法少女の姿に戻ったコスプレィヤの方を向く。

 魔法少女のというか、魔女見習い。みたいな姿だけど。


「さて、どうする?」

「どうするとは?」

「ロングロングフィールドについて」

「逃げればいいと思いますけど」

「あんたはね。私は家を知られてるから、逃げることができない」

「そういえば、どうしてハナの家が分かったのでしょう」

「その目立つ格好であんたがうちの家に来たからに決まってるでしょう」

「……ごめんなさい」

「許さない」

「そこは許してくれる場面ではないのですか?」

「私そんなに器大きくないし」

 自分に甘く他人に厳しいのが私だ。


「そんなわけで、あんたには責任をもってロングロングフィールドと戦うことに協力してほしいんだけど」

「いいですよ」

「いいんだ……」

 即決だった。

 即断だった。

 私だったら絶対渋ったりはぐらかして逃げたりしそうなものだけれども。

 負けた気分だ。


「でも、私の魔法では戦えるとは思えませんけど」

 彼女の魔法。

 『偽装』

 なんでも自分以外の者に変身することができる。

 自分ではないものになることができる。

 生物から非生物まで。なんでもありだ。自分以外なら。

 しかし、確かにそれだけ。

 戦闘力という面では期待はできない。

 もちろん、拳銃に偽装してもらう。とか、そういう手はあるにはあるけれども、魔法少女のコスチュームに拳銃が効くとも思えないし、コスチューム以外の部分を的確に狙えるような器用さが私にあるとも思えない。


「あ、ちょっと待って。ショットガンとかなら、私でも当てられるかも。あの、当たる範囲が広くなるやつ。ソードオフショットガンだっけ」

「ハナ、よく知ってますね」

「いや、この前見たゲーム実況で、そういう銃を使っているのを見てさ……で、どうなの? できそう?」

「ハイ、ソードオフショットガンなら一度見たことありますし」

 見たことあるんだ。

 そう思った瞬間だった。

 ズン。と重い音がして、私たちの背後にあった壁が吹っ飛んだ。


「ん、なあっ!?」

 私は大声をあげる。煉瓦造りの壁が粉々に吹き飛び、もくもくと土煙があがる。

 その煙の中から錨が飛びだしてきて、反対側の壁にめり込んだ。

 あいつ、まさかっ!

 辺りを適当に攻撃しまくって、私たちを探しだすつもりか!?


「聞こえたああああああああああああああああああああああああ!!」

 ビリビリと地面と空気が震えるような大声が、遠くの方から聞こえた。

 私は口を両手で塞いだが、少し遅い。

 というか、さっきの声が聞こえたのかよ。野性児かよ地獄耳かよ!

 錨のアンカーリングについている太い鎖がピンと張ったかと思うと土煙の向こうから再び、なにかが飛びだしてきた。

 腹の部分をばっさりカットしてへそを露出させている水兵のコスチュームの魔法少女。

 言うまでもなく、ロングロングフィールドである。

 錨を固定して、鎖を引っ張ることによって、逆に自分の体を引っ張ったようだった。

 着地。カツン、と、濃い青色のローファーがアスファルトの地面を叩く。

 ぎん! と殺意とやる気に満ちた顔がこっちを見たかと思うと、錨のシャンクを左手で持って、横薙ぎに振るった。


「……っ!!」

 私は咄嗟にコスプレィヤを自分の後ろに突き飛ばした。

 突き飛ばした?

 後ろに?

 おやおや、私としたことが、前と後ろを間違えてしまったようだ。

 私の性格キャラクターならば、背後ではなく、前に突き飛ばして、盾にして自分は逃げるとか、そういうことをする側だろうに。

 まあ、こいつを盾にするよりかは、自分の魔法で防御した方が、勝ち目はあるんだけど!


 くるりと安全カミソリを回す。刃の方を錨の軌跡に合わせた。

 さっきはギリギリで止められたから、今度は腕を限界まで伸ばして迫る錨を切るように振るう。

 下から上へ。アッパーカットのように、振りぬいた安全カミソリはしかし、空を切るだけだった。

 ロングロングフィールドは横薙ぎに振るっていた錨を、私が安全カミソリを振るうタイミングを見計らって振るうのをやめて、逆に、回転して振るったのだ。

 左から右を。

 右から左へ。

 まるでロングロングフィールドを軸にした独楽みたいに回転して加速した錨は、私の横っ腹にめり込んだ。

 口から血を吐き、体がくの字に折れ曲がった。

 錨を振り抜く。

 私は近くの壁めがけて吹き飛び、壁を破壊して、その向こうにある庭に転びこんだ。

 土の地面を叩いて起き上がる。

 庭のある家の住人がなにごとかと騒ぎだしたが、騒いでいる原因は、いきなり崩れた壁の方にあるようで、隠身ステルスがかかっている私とロングロングフィールドには見向きもしない。

 これぐらいでも気づかれないって、どれだけ騒いだら隠身ステルスは意味を為さなくなるのだろうか。

 ちょっと調べてみたい気もする。


「ハナ!!」

 崩れた壁の向こうからコスプレィヤが飛びだしてきた。

 その手には杖――ではなく、銃身の短いショットガンが握られている。

 ソードオフショットガン。

 銃身を極端に短くすることで、射程距離が著しく短くなる代わりに、散弾の拡散がはやくなり、至近距離での命中率と殺傷力が高くなるという品物。

 やはり、彼女の魔法は自分だけでなく、持っている道具にも作用するようだった。


 トリガーを引く。

 日本ではまず聞くことのない音が響いた。

 ロングロングフィールドは銃口の前に立ったまま、微動だにしていない。

 彼女の周りを海の厚い膜が覆っていた。

 水の塊に銃を撃つと意外にも止められてしまう。

 そんな動画を、動画投稿サイトで見たことがあった。


「おしい!」

 ロングロングフィールドが錨を振るう。赤い筋がコスプレィヤの顔の横から天にまで伸び、勢いを失って私の方へと落ちてきた。

 べとりと落ちたそれは、コスプレィヤの右耳だった。

 コスプレィヤは、右耳があった場所を手で押さえて、蹲る。


「てっめえ!」

 私は地面を蹴る。

 ロングロングフィールドがギラギラした目を私に向ける。

 左手で持っていた錨を軽く揺らしてから、袈裟斬りでもするかのように斜めに振り下ろしてきた。

 しゃがみこんで、回避しつつ、コスプレィヤの方へと走ろうとして、体が浮いた。

 喉の中に水が入り込んできて、息ができない。


 ロングロングフィールドの『大海』だ。

 自分の周りを海にする。という彼女の願いの縮小バージョン。

 コスプレィヤの願いは『自分以外のなにかになりたい』で『偽装』。

 私は自分の目つきが悪いから『切断』。

 あれ。

 私だけなんか方向性違う?

 息が詰まる。空を飛んでいるわけではない。なにかに覆われている結果の浮遊感に気持ち悪くなりながら、体を捻って背後のロングロングフィールドを見る。

 彼女は、ぎひ。と笑って袈裟斬りで振り下ろした錨を両手で持って、再び振ろうとする。

 ぐるり。と体を上下ひっくり返して――地面に頭を向けて天に足を向けて、安全カミソリを思いっきり振るって、『大海』を切り裂いた。

 地面に肩から落ちると同時に、背後を錨が通り過ぎた。ブーツの底が引っかかって、吹っ飛んだ。

 ブーツはやっぱり、走りづらかったから、丁度いい。

 体を回し、仰向けになって手と足で地面を叩きながらコスプレィヤの方へ走ると、彼女の首根っこを掴んで逃げた。


 ***


「きひっ。きひひひひひひっ。やっぱりダメだね、ダメダメだね。『大海』で溺れさせてもあいつの切る魔法は海を切っちゃうわけで。足止めにしかならない。こりゃあ、どうしたものだろうか。どうしたものかなアーニー?」

「知らねえよ、どうでもいいよ。相手からすれば、お前に近づくには一度海を切る必要があるんだから、近接に臨むわけにもいかず、しかし、あいつの魔法はどうやらあの刃物で切る必要があり、近づく必要がある。どちらもどちらで、ちと厄介な状況ってわけだ」

「なるほど。賢いアーニー」

「お前に褒められても嬉しくねえや」

 逃げた二人を目で追いながら私は頭の上にいるアーニーに話しかけた。

 アーニーは心底くだらねえ。みたいな声で返した。


 アーニー。私のマスコット。

 フルネームは確か『アーニー・ラバーダック』だったっけ?

 基本、アーニーとしか呼んだことがないから、フルネームはよく覚えていない。

 黄色い、お風呂に浮かべて遊ぶおもちゃみたいな見た目をしている。

 性格はわりと投げやり。適当で雑でどうでも良さげ。

 こいつは数ヶ月前、唐突に私の元に現れて「願いがあるだろう、あるよなあ。現実的ではない滅茶苦茶な願いがあるよなあ。じゃあ魔法少女になろうぜ」と勧誘にしてももっと言い回しがあるだろう、みたいな勧誘をしてきた。


 私は長野県に住んでいて、海が好きだった。

 でも近くに海がなくて、近くに海がある人たちが羨ましかった。

 だから、長野県に海が欲しいなあ。と常々思っていた私にとっては渡りに船。というか、船を浮かばせるための海が来たって感じで、即、魔法少女になることを了承した。

 契約をする前に話を聞くに、どうやら魔法少女は妖精を倒して、そいつが持っている『魔法力』とかいうものを集める職業らしい。

 マスコットには黒幕がいて、それは『魔女』というらしく、本来、妖精退治は彼女たちの仕事らしい。

 しかし、『魔女』はとても面倒くさがりでやる気がなくて、私たちのような『現実的ではない願い』を持っている子に、その願いを叶えるための手段を提供する代わりに、私たち魔法少女が手に入れた魔法力の一部を取っているらしい。

 魔女と魔法少女の契約は、マスコットキャラクターを経由して行われるため、マスコットが死んだら魔法少女に変身することはできなくなる。

 また、同じ理由で杖を破壊されると魔法少女ではなくなってしまうらしい。

 それを聞いたとき、私は杖をできるだけ硬いものにしようと思った。


 私はふと、そこで思ったのだ。

 魔法力を回収できればそれでいいのではなかろうか。と。

 例えば――他の魔法少女、とか。

 可能だろうか?

 聞いてみたら、『前例はないけど、不可能とは言い切れない』だそうだ。

 だから私は、硬くてついでに、人を思いっきりぶん殴れるようなもの――錨を、魔法のステッキに選んだんだ。

 その錨を肩に担ぎながら、私は逃げた魔法少女――ピンクの髪のいかにも暗くて性格悪くて友達いませんみたいな目をしているやつと、金色の髪のバカを擬人化したみたいなやつ――を追いかける。


 崩れた壁の先に飛びだしてみると、二人の姿はなかった。

 逃げ出した二人の背中を見てから、そんなに時間は過ぎていない。遠くに跳んで逃げた様子もなかったはずなんだけど。

 はて、これは一体どういうことだろう。

 あいつらは実は幽霊だった。とか、そういうオチ?

 おいおい、魔法少女モノだぜこれは。お門違いだ。それはオカルト系でやるべきだろう。

 魔法少女の幽霊なんて、見栄えが悪いか?

 サバイバルナイフぐらいの厚さがある剣とか拳銃とか錨とかソードオフショットガンとかを振り回して撃ちまくって、左腕を落としたり右耳をそぎ落としたりしておきながら、こんなことを言うのはどうかとは思うけどさ。

 ん、待てよ。

 耳をそぎ落とした?

 私はアスファルトの地面を見下ろす。

 地面には真新しい血が点々と、まるで誰かを導くかのように続いていた。

 それは突き当りの、本来なら行き止まりになっている場所まで続いていて、そこで途切れている。


 ふうん、ふうん、へえ。なるほどねえ。

 肩に担いでいた錨を下ろす。シャンクを左手で、鎖を右手で持つ。

 錨を振りかぶって、突き当りの壁にめがけて投げつけた。

 魔法少女ってやつになってから知ったことではあるけれど、魔法少女は意外と膂力がある。

 その中でも私は特に力がある方らしいが。

 他の魔法少女も、錨をぶん投げれたりするんだろうか。


「なあ、ピンク髪。お前、意外と投げれたりするんじゃあねえの?」

「お前と一緒にすんな、ゴリラ魔法少女」

 ガラガラと崩れる壁の向こうで、ピンク髪の魔法少女がへたくそな笑顔を浮かべている。

 お前みたいなやつは、仏頂面の方が似合うぜ?


「なるほどねえ、なるほどなぁ。行き止まりの壁を切る魔法でぶった切って、その後すぐに回復リカバリーで直したわけか。血の跡がなかったら、気づけなかったかもなあ」

 シャンクを肩に当てて、錨を担ぎながら私は辺りを見回す。

 金髪のバカっぽい見た目の奴がいない。

 血の跡も、私の足元で消えている。

 ここで回復をしたのだろうか。そしてこの場にいないということは――見捨てられたか?

 仲間ではない。なんて言ってたけども、まさか売ったこいつが見捨てられる側にいるなんてよ。


 ……いや、違うな。

 このピンク髪は金髪を売ったが(・・・・)、金髪はピンク髪を助けた(・・・)

 ならば、だったら、見捨てるなんてあるか?

 金髪の魔法は『偽装』――変身の魔法だと聞いた。

 だったら、どこかに隠れている可能性もある?

 私は『大海』を使う。私の周りを海にする魔法。

 どれだけの範囲を海にできるのかは考えたことはないけれども、恐らく4~5メートルぐらいなんじゃあないかと思っている。

 これなら私の近くに来ることもできないだろう。あいつの『偽装』は銃にもなれるらしいけれども、銃じゃあ私の海は貫けない。

 けけけけ。

 自分でも分かるぐらいニヤニヤ笑いながら私は、目の前のピンク髪に声をかける。


「なあピンク髪。お前、名前なんて言うんだ? お前だけ名前が分かるのは不公平だろう。そういえば金髪がお前のことをハナ、ハナ読んでたけど、あれが名前なのか?」

「『365日イタい子(エブリフール)』。魔法は『切断』。金髪の方は『ガワだけを見て(コスプレィヤ)』。魔法は『偽装』。テストに出ないし二度とお前が呼ぶことのない名前だろうから、覚えるだけ無駄だろうけど」

「そうか。じゃあ私も改めて自己紹介だ。『井の中の蛙大海を欲すロングロングフィールド』。魔法は『大海』。中間テストまでと、魔法力を奪うまでの間ぐらいは、覚えておけよ?」

 私は一歩進む。

 エブリフールは安全カミソリを構えた。

 頼りない刃物。しかしその刃は私の海すら切り裂く。

 頼りにならないようで、頼りになる。

 どうしようもないようで、でも、やるときはやる。

 そういう性格なのか?


 実際、私が一歩距離を詰めた途端、安全カミソリを構えたエブリフールはまるで、死を怯える被害者のようで、同時にあのへらへらとした笑みは勝ちを確信している加害者のようだ。

 海を裂けば勝てるとでも思ってるのか?

 私は錨を両手でしっかりと持つ。


「さあ」

 一歩進む。

「勝負しようぜエブリフール。魔法少女同士、魔法をぶつけ合おうぜ。私の『大海』とお前の『切断』。どっちが強いか勝負しようぜ――」

 一歩進む。なにかに足が引っかかった。

 そこにあったのは、崩れた壁の一部。

 私が壊した壁の一部――いや、違う!

 ぶっ壊した壁の断面じゃあない! 鋭利なもので切り裂かれた綺麗な断面だ!

 これが、ここに、落ちているということは、つまり、こいつ(・・・)壁を(・・)直していない(・・・・・・)


「直すわけねえじゃん」

 べえ。とエブリフールは舌をだしながら、嘲笑うように言った。

「そんな、魔法力を消費するようなバカなこと、するわけねえじゃん!」

「てめっ!?」

 私は振り返ろうとした。

 壁は直していない。しかし、壁は綺麗な状態だったはずだ。

 それはつまり、壊れた部分に別のパーツが入っていたということだ。

 そう、例えば、壁に『偽装』したコスプレィヤとか――!!


 ジン、と。足に熱がこもった。

 業火で足を焙られているのかとすら思った。

 足が動かなかった。バランスを崩して倒れこむ。

 動かない左足を見てみる。

 長い長い銛が、私のふくらはぎを貫いていた。銛の切っ先は真っ赤に染まっていて、先端から海に血がぼやぁ。と広がっていく。

 銛にはゴムのような紐がついていて、それを目で追ってみると、崩れた壁の上に立っていたコスプレィヤが持っている銃の銃口に繋がっていた。

 変な銃だった。まるでゴム鉄砲を巨大化したような、銃身が細く長い銃。


水中銃(スピアガン)


 戸惑っていると、私の目の前にいたエブリフールが走りだしながら言った。


水中で撃つための銃(・・・・・・・・・)水中で撃てる銃(・・・・・・・)そういえばそういえば(・・・・・・・・・・)そんなものもあったよ(・・・・・・・・・・)なあああああああああ(・・・・・・・・・・)ああああああ(・・・・・・)!!」

「こ、こんのおおおおおおおおおお!!!!」

 私は『大海』を限界まで展開する。シャンクを両手で持って、錨を構える。

 前方の刃。

 後方の銃。

 どっちを、どっちをぶん殴ればいい!

 逡巡する。その隙に私の左腕に銛が突き刺さった。

 激痛に錨を持つ手が緩む。

 目の前で金属がきらめいた。

 安全カミソリが私の『大海』を切り裂いたのだ。

 エブリフールはぎこちない勝ち誇った表情をしている。

 けけけけ、勝ったことがないから、勝ち誇る表情がやりづらいってか?


 舐めてんじゃあねえぞ!

 私は負傷していない右腕で錨を振り回した。

 片手でだって、錨を振り回すことだってできる。錨はエブリフールの左腕、肘から先を安全カミソリごと吹っ飛ばした。

 エブリフールの顔が苦悶に歪む。

 コスプレィヤの焦った声が背後から聞こえる。

 負けてない、負けてない、負けてない。

 まだ私は負けてねえ――ぐわし、と。襟元を掴まれた。


「『切断』なんてなくても……」

 苦悶に歪んだ頭を右へ左へ揺らしながらエブリフールは言う。

「お前の顔面をへこますことぐらいはできる」

 ぐちゃあ。とか、ぬちゃあ。とか、そんな音がした。

 水分を多く含んだものを金槌で殴ったような音。

 それが、エブリフールの額が私の顔面にめり込んだ音だと気づくのには少し時間がかかった。


「ぷらっ……!」

 のけぞる。背中から倒れこむ。

 頭が痛い。顔が痛い。痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!

 大海、大海を、錨は、錨はどこだよ!?

 血が入って痛い目をどうにか開く。

 最後に見えたのは、エブリフールの足の裏だった。

 それと、ぐち。という、私の顔面が踏み潰された音。


 ***


 魔法少女対決第二試合。

 『365日イタい子(エブリフール)』対『井の中の蛙大海を欲すロングロングフィールド』。

 『切断』対『大海』

 勝者――『365日イタい子(エブリフール)』。

 決まり手――顔面への複数回に及ぶ、全体重を乗せた踏みつけ。

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