第五話 左腕が引き千切れたので中指をたてる
木曜日を一時間ほどオーバーしてしまいました(申し訳ありません)
錨。イカリ。いかり。
これにも漢字表記があるのかちょっと驚きだぜっていうこれを知らない人は、まあ、そんなにいないだろう。私ですら知っているのだから、知らないとなればちょっと勉強しなおした方がいいと思う。
中心に一本の太い金属の棒があり、湾曲した金属の爪が二本ついている。
錨を思い浮かべたときにまず考えるであろう、一般的な形をしたこの錨はストックレス・アンカーというらしい。意味は知らない。私に英語を尋ねるな。
爪が海底土砂に食い込むことで、船を水上の一定範囲に固定させる。もちろんのことながら、錨の実物はなかなか見かけることはなく、ぶん投げられたこの錨を見たのが初めてだった。
私の体よりも大きな錨が、風を裂きながら私の元へと飛んでくる。
思わず私は、後ずさろうとした。
二階から目薬。というわけではないんだけれども、一階から二階に物を投げ入れるのも、実は結構難しい。まっすぐ投げ入れようとすると、壁や床が邪魔をするからだ。
だから私は後ずさった。部屋の奥の方に入れば、錨は私に当たることなく、壁とか床にぶつかる。
家の壁とか床に――お母さんとお父さんとの思い出の家の壁とか床に。
「ふっ――ざけんなくそっ!!」
後ずさろうとしていた足に、力を入れる。後ろに下がるために動いていた力に反発するように、バネでも仕込んでいたみたいに、私は開けている窓から外に飛びだした。丁度、目の前に錨があった。
激突。腹に錨がめり込む。
胃とか腸とかが体の奥の方に追いやられて、押しだされた空気を口から吐き出そうとすると、一緒に黄色い液体とお姉ちゃんが作ってくれた弁当が混ざったゲロがあふれた。ツン、とした酸っぱい臭いが鼻からする。多分、鼻からも噴きでているんだと思う。
魔法少女のコスチュームを着ていなければ、胃液どころか、内臓とかを体を真っ二つにしてまき散らしていたであろう衝撃がこれだけで済んでいるのだから、魔法少女のコスチュームの鎧としての防御性能は本当に高いのだろう。まあ、正直に言うのならば、胃液を吐き出すこともないぐらいに防御性能を高めてほしかった気もする。
錨の勢いは私に激突した程度ではおさまることはないようで、私の体は錨に引っかかるようにして、家の方へと吹き飛ぶ。
「ちぃ!」
錨の上に上半身を覆いかぶせてバランスを取ってから、私は錨を蹴り上げた。
魔法少女の膂力は錨をぶん投げることはできるし、魔法少女の脚力は錨を頭上高く蹴り飛ばすことだって出来るのである。
空に向かって高々と飛んでいく錨を見上げながら、私は地面に向けて落下する。ぐるり、と体を回転させて、四つん這いの大勢で着地する。それはまるで靴を舐めようとしている人のようで、車に轢かれて地面に引っついたカエルみだいだった。
靴の視線から、ロングロングフィールドを見上げる。
彼女はギラギラとした勝気で自信に満ち溢れた笑みを浮かべていた。ジャラジャラジャラと鎖が天高く飛んでいる錨に引っ張られて動いている音がする。
ロングロングフィールドはジャラジャラと動く鎖を掴んだ。魔法少女は膂力と脚力だけでなく握力もあるようで、鎖の動きはぴたりと止まった。
にまぁ。と彼女は笑うと、握った鎖を力いっぱい振り下ろした。鎖は錨に繋がっている。だから、鎖を引けば当然、錨も引き寄せられるということ。
ひやり、とした悪寒。
私は四つん這いのまま、横にはね跳んだ。直後、さっきまで私がいたところに錨がめり込んだ。アスファルトの塗装が吹っ飛び、土の地面に錨の爪が深々と刺さっている。
鎖がぴんと張り、錨はすぐにロングロングフィールドの方へと引き戻された。
まさかり担いだ金太郎のごとく、錨の棒の部分(シャンクと言うらしい)を肩に当てて担いでいる。
あれだけ重たい錨も、魔法少女の手にかかればステッキのように軽く扱いやすいものになる。
重たく攻撃の威力は高く、鉄で出来ているからもちろん硬くてそう簡単に折れたりしない。
確信した。ロングロングフィールドは魔法のステッキを選ぶ時点から、魔法少女狩りをする考えがあったんだ。そうでなければ、わざわざステッキに錨を選ぶ理由はないだろう。というか、よくもまあ、それをステッキだと言い張れるな。どこがステッキだよ、いや、私も人のこと言えないけど。
「本当に長い棒状だったらなんでもいいのか……私も同じ刃物なら、包丁とかにしておけばよかった」
「刺殺系魔法少女。新しいけど奇をてらいすぎてあんまり人に好かれないかもね」
「もとより私、人に好かれるタイプじゃあないし」
「自分で認めているくせに直そうとしないあたり、本当にクズって感じだ」
「あっはぁ」
と。
ロングロングフィールドが大口を開けて笑った。
「見てみろよ、アーニー。前に見たつまんねぇぐらい普通の魔法少女だ。近くで見てみると、濃いクマがあったりゲロ吐いてたり普通っぽくねぇな。魔法少女らしくねぇな。リアル志向ってやつ?」
「あんたもオタクに囲われることに私服を感じる露出過多レイヤーにしか見えねえよ、ロングロングフィールド」
「あん?」
頭の上に小さく被っている水兵帽の隣に乗っかかっている黄色いアヒルのおもちゃに話しかけているロングロングフィールドに、私は立ち上がりながら声をかける。
右手をポケットの中に突っ込む。態度が悪いが、別に態度を気にするような相手でもない。
彼女はぴくりと体を震わせて、右目を大きく見開きながら、私の顔をめねつけた。
「どうして、私の名前を知っている?」
「ちょっと知り合いに教えてもらったんだよ、魔法少女狩り」
「……ああ、なるほど。あの炎使う水着ガンマンが教えたんだな。殺したわけでもないわけだし、伝わってもおかしくはないか」
炎使い?
水着ガンマンと聞くと、委員長の魔法少女姿を思いだす。魔法少女狩りが今のところ狩っている魔法少女は委員長のみである。へえ、委員長の魔法って炎だったんだ。それはちょっと見てみたかった。
「じゃあ、私の目的も知っているわけだ」
「ああ、うん。知ってる。魔法少女を狩って、魔力を手に入れるなんて、よくもまあ、考えたもんだね。私だったら絶対やらない。同じく魔法を持っている奴を相手にするなんて、自殺行為も甚だしい」
「クケケ、弱気だねえ。弱虫だねえ。ま、そっちの方が魔法少女っぽいけどさ」
「お前みたいに、端から魔法少女を狙うことを考えていたやつはいねえよ。なんでお前みたいな強気なやつが魔法少女に選ばれたのか未だに分からねえよ」
頭の上に乗っかかっている黄色のアヒルが(確か、アーニーとか言ってたか?)呆れたように口にする。くちばしをひん曲げて、やれやれとためいきをつく。それは同意。強気なやつ苦手なんだよね。自分が正しいんだと信じ切っているそういう感じとか。
自分が正しいことを信じて疑わない強気な奴は、自分が正しいなんて露とも思えない弱気な私を見てぎひ、と笑う。
その笑みはまるでクラスで誰とも話さずに一人でいる私を、からかい話の小ネタにするクラスメイトとそっくりだった。
やっぱりこいつ、絶対仲良くできない。
「まあいいや。知っているのなら話は早い。おい、お前。私に魔法力をよこせ」
「嫌に決まってんじゃん。バカじゃあないの?」
私は心底呆れた顔でロングロングフィールドを睨み返した。
なんだ、次は痛い目にあわないだけいいだろう。とか言いだすつもりか? そこでジャンプしてみろとかそういうことも言いだしちゃうのか? そんなステレオタイプな不良みたいなことして恥ずかしくないのか?
「だよなあ」
しかし、ロングロングフィールドは特に独りよがりで自分本位なことを言い返してくることはなく、拒否されることが当然みたいな反応をしてきた。
なんだ、思ったよりも話が通じるやつじゃあないか。
長野県に海を。なんて意味の分からないことを考えているやつだからきっと、生涯話が通じることがないような頓珍漢なやつだとばかり思っていたのだけれども。
「まあ、嫌だと言われても奪うんだけど……ああ、そうだ。じゃあ、こういうのはどう?」
右手の人差し指をぴんと立てて、ロングロングフィールドは言う。
「お前の家に入っていったあの魔女っ子。あいつを引き渡したら、お前のことは見逃してやるよ」
「……あー」
ああ。
なるほど。
どうしてうちを突き止められたのか分からなかったんだけど、なるほど。あいつをつけてきたのか。
まあ、確かに、あんな格好で歩いてきたのだとしたら目立つよね。しかも魔法少女の姿なら誰も気にしないわけだから、誰も気にしていない変な恰好の奴っていうわけで、更に目立つよね。
あまりにも堂々としているものだから見逃してたよ!!
「……今のところ災悪しか持ってきてないなあいつ」
思わず頭を抱える。じくじくと頭痛がしてきた。
片手で頭を抱えたまま、私はさっきコスプレィヤを投げた方向を指さした。
「さっきあっちにぶん投げた。変身の魔法――偽装だっけ? それを使って拳銃になってるから、多分見つけやすいと思う。あいつバカだし、多分、そのままの状態で喚いてるんじゃあない?」
「やけにあっさり教えるな」
「別に、友達ってわけでもないし、私が助かるなら、問題はないし」
「いいねぇ、クズだねぇ」
くけけけけ、と喉を鳴らすようにして笑ったロングロングフィールドは「ありがとさん」と言うと、錨を肩に担ぎなおして、指さした方向へと歩きだした。
私のすぐ横を通り過ぎようとする――ぐりん、と体を捻って担いでいた錨を振るった。
「まあ、それはそれとしてお前も倒すんだけどな!!」
「そうだろうと思ってたよ!!」
だから、私は、ずっとポケットの中に片手を突っ込んでいた。
ポケットの中に忍ばせていた安全カミソリを手に取り、私は錨の軌跡に合わせるように構えた。
迫りくる質量と轟音。思わず目を閉じる。
ばおっ。と空気の塊が私を殴った。
しかし、一向にカミソリがなにかを切った手ごたえがなかった。
恐る恐る、目を開けてみる。
錨は――安全カミソリの刃の手前数ミリのところで、止まっていた。
「どうして、それで受け止めようとした?」
ロングロングフィールドは、シャンクを両手で掴み、さながらボールだと気づいてスイングを止めたバッターのような体勢のままで言う。
「藁にもすがる思いってぇやつか? いや、違う。その割には刃は錨の方を向いているし、錨の軌跡に合わせてる。まるで、それでなら、安全カミソリなら、錨を受け止めれるのだと言っているみたいだ。どうやら、普通の安全カミソリじゃあないみたいだなあ。なあ、普通でつまんねぇ魔法少女。もしかしてそれが、お前の魔法のステッキか?」
ぞわり、と背筋が凍った。
ああ、まずいまずい。
私と同じ魔法少女だからって、ちょっと油断していた。
こいつ、普通に頭がいいのかもしれない!
「魔法のステッキだとして、魔法はなんだ? 錨を受け止めれるほどの防御魔法か? 違うよな、防御魔法だとしたら、わざわざ刃を錨の方に向ける必然性がない。そしてお前は、この錨が魔法のステッキであることをあの炎使いから聞いていてもおかしくない。つまりお前は、身を守りつつ、同時に私の魔法のステッキを破壊しようと考えている……もしかして、お前の魔法は『切る』系統の魔法か?」
やばい、やばい、やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!
これ以上はやばい!!
正直。
振り返ってみれば、これは悪手だったと思う。
つい手が出てしまったというか、いつもの悪い癖がでてしまったというか、思いのほかロングロングフィールドが賢いことに焦ってしまったというか。
考えるよりも先に、手が出てしまった。
これだから私は、いつまで経っても私なんだ。
四つん這いになっていたときに、左手でこっそりとかき集めて握っていた小石や砂を、私はロングロングフィールドに投げつけた。
錨と安全カミソリがギリギリ当たっていないだけの距離。避けることもできずに、小石や砂が目の中に入ったロングロングフィールドは「うげっ!」と声をあげて、頭を抱え込むように丸まった。
その隙に、私は安全カミソリを振りかぶった。
こいつとはすぐに決着をつけないとまずい。すぐに終わらせないと!
錨に向けて、安全カミソリを振るって――私は、溺れた。
まるで海の中にいるみたいに、息もできずに、身動きをとることも、うまくできない。
「~~~~、~~、~~~~~~~~~~~!!」
歪み揺らいでいる視界の中で、くねくねみたいにぐにゃぐにゃしているロングロングフィールドはなにかを言っている。
しかし下手くそな低音管楽器みたいな音しか聞こえない。
もしくは魚類の宇宙人みたいな変な声。
無論、ロングロングフィールドがふざけて意味の分からないことをしているわけではないだろう。
彼女の言語能力が悪いわけではなくて、頭がとてもとても悪いわけでもなくて、私の耳の奥の奥まで水が入っているのが原因だろう。
私は本当に、水に包まれているのだ。
さながら――ではなく、本当に、私は海に包まれている。
「私の魔法は『大海』!! 私の周りを海に変える魔法!!」
ロングロングフィールドは、そんなことを叫んでいた。
歪み揺らんでいるロングロングフィールドは、なにかを両手で掴んで、上段で構えている。
なにか? いや、はぐらかすほどのものでもない。
あいつが持っていて構えているもの――それは、錨以外なにがあるというのだ。
ぶおん。と私の真横を上から下に、錨がすごい勢いで振り下ろされた。
耳たぶをかすり、ちっ。という音と熱が耳に届く。
しかし、それは変な話だ。
顔のすぐ横をなにかが上下に横切れるはずがないではないか。
だってそこには――。
私は、錨が横切った軌跡を見た。
左腕がなくなっていた。乱雑に、力任せに引き千切ったみたいな断面が肩よりもちょっと先にあって、白い骨とか赤いチューブとかが海藻みたいにゆらゆらと揺れている。
気づくと、ゆっくりと痛みが全身を駆け巡り始める。まるで神経を食い散らかすミミズが縦横無尽に体の中を蠢いているようだった。
左肩からは血が噴きでる。しかし海の中にいるからか、びゅーびゅー勢いよく出るわけではなくて、水に血が滲むようにじんわりと広がっていく。
塩水が直接断面に塗られて、じくじくとした痛みで目から涙がでそうだ。
左腕は錨のシャンクと爪の間に肘の部分で曲がって、干されている布団みたいに引っかかっていた。
ロングロングフィールドはそれを見て「んー?」と訝しむ表情を浮かべている。
「ああ、しまった。お前が魔法のステッキを持っていたのは右手だったな。左腕を引き千切っても意味ねえじゃん」
ぐるん。と錨をバトンみたいに手の内で縦に回した。シャンクと爪の間に引っかかっていた私の左腕は天高く飛んでいって、ぐるんぐるん回転しながら断面から血を庭用スプリンクラーみたいにまき散らしている。
冷静に眺めてていい光景なのか? とは思ったものの、多分血が結構な勢いで体から抜けているから、もう、なんか、なんでもどうでもいい感じになっているのかもしれない。
血液不足による脱力感無気力虚無感。
あれ、いつものことじゃん。
血液不足のせいにできないじゃあないか。
というか、こいつ。もしかして私の左腕を引き千切った理由は魔法のステッキを奪い取るためだったってことか?
やりたい放題かよ。さすが勢いのあるどうしようもないクズだな!
……あー、クソ。一言二言三言四言。文句と罵倒と仕返しとやり返しと復讐をやろうかと思ったんだけど、腕を引き千切られるって思った以上に痛いし血が流れるし意識が朦朧とする。
今ならすぐ、気分よく眠れそうな気すらする……。
「ハナになにしてるんですカ?」
そんな。
私の海の中での安眠にして永眠なんていう、出来損ないのクズにしてはとてもとても綺麗な眠りを阻害したのは、そんな発音がちょっと変な声だった。
聞き覚えのある、無性に明るい声。
閉じていた目を開いてみると、ロングロングフィールドの背後に誰かが立っていた。
よれよれの三角帽子に、鼠色のローブ。
金色の髪の合間に覗く青色の瞳。
本名不詳。
魔法少女名『ガワだけを見て』だった。
先端がぐるん。と丸まっている、彼女の背丈よりも大きな檜の杖を両手で持っている彼女は、じっとその青い瞳で、ロングロングフィールドを睨んでいた。
ロングロングフィールドは頭だけを動かして振り向くと、にぃ。と笑った。
ああ、そうだ。こいつ初めはコスプレィヤを追いかけてきていたんじゃあねえか。
「なにをしているんですカ?」
「いや、なに。お前の居場所を聞いて、ついでにこいつの魔法力もいただこうと思っただけだよ」
怒っている様子のコスプレィヤに、ロングロングフィールドはしかし、特に怯える様子もなく、むしろにへらにへらと笑いながら、コスプレィヤを見る。
「私の居場所? どうしてそんなものを聞くためニ、ハナは片腕を引き千切られないといけないんですカ? 私に意味はありません。腕を引き千切る必要があるような意味も、無論です」
「……けけっ。なるほど、なるほど。確かに魔法少女だな」
「私を狙うことは構いまセン。しかし、ハナを巻き込むのは許しませン。ハナには素晴らしい願いがあるんです。誰だっテ、それを邪魔する権利はないはずデス」
コスプレィヤは檜の杖の先をロングロングフィールドに向けた。
その杖の先から――サバイバルナイフほどの厚さの刃が飛びだした。
「う、おおおおおおおおっ!?」
ニヤニヤ笑っていたロングロングフィールドは一転、慌てたような表情で横っ飛びで刃を避けた。へたくそのドッヂボールみたいだった。
攻撃は外れた。
でも、それでいい。
それでも、構わない!
私は安全カミソリを手に、思いっきり振った。
周りの海を、ぶった切った。
海の包み込むような圧迫感と束縛感から解放され、私は大きく息を吸う。ああ、空気が美味しい!
同時にさっきまで滲むように溢れていた血が、どくどくと心臓の鼓動に合わせて噴きでるようになった。
くらぁ。と意識が遠のく。足取りがおぼつかない。しかし、まずは逃げるのが先決だ。せっかくのチャンスを見逃すわけにはいかない。
私は地面を蹴ってコスプレィヤのところまで走る。
コスプレィヤは。
「あァ、ハナ。無事でしたカ!? 酷いケガでス! 大丈夫ですカ!?」
なんて私のことを心配してくれた。
きょとんとしてしまう。
なんだこいつは。『自分には意味はない』なんて言うものだから、私(価値はない)みたいに、周りすら嫌悪しているのかと思っていたんだけど、そうではないようだった。
なんだよ。それじゃあ、私だけなんか性格悪いやつみたいじゃあないか。別に間違っちゃあいないけれど。
私はコスプレィヤの手を掴む。温かくて柔らかい手だった。
心配そうな顔のコスプレィヤの顔を見上げる。
「なんか速く走れるものに変身しろ! 今は逃げる!!」
「は、ハイ!!」
コスプレィヤは上擦った声で頷くと、馬力のありそうな大きなバイクに『偽装』した。私はその座席の部分に干されるように横たわっていた。
エンジンが大きな音をたてて、車体が震える。
「しっかり捕まっていてくだサイ!」
バイクは走りだした。
ロングロングフィールドが、私たちが逃げようとしていることに気づいて、錨を振りかぶるが少し遅い。
私はロングロングフィールドに向けて中指をおっ立てながら叫んだ。
「てめえ、あとで覚えてろよ! 左腕の分はしっかりきっちり四倍で返してやるからなああああああああああああああ!!」




