第四話 変身整形コスプレィヤ
テセウスの船。という哲学がある。らしい。
聡明で賢明で明るく元気な、クラスの人気者であろう読者さん達ならきっともう理解しているだろうけれども、愚鈍で愚昧で暗く虚しい、クラスで存在を忘れられている私が、そんな賢そうな事柄を知っているはずもなく、これはお姉ちゃんから聞いたことである。
つい最近まで、そんなものを教えてもらっていたこと自体忘れていたぐらいだ。
確か初めて聞いたとき、私は「プリウスの船?」とか聞き返した気がする。それは車だ。
ともかく、テセウスの船である。
テセウスという名前の誰かさんは、船を持っていた。
ものはいつしか必ず壊れるというトンチが好きな小僧の言うように、その船も少しずつ壊れていき、そのたびに直していった。
当然、そうするうちに初めからあった部品の量は減り、新しく追加した部品の量が増えていく。いつしかいつのまにか、すべての部品が新しく交換したものになっていた。
さて、ここで問題。
全ての部品が交換されてしまったテセウスの船。果たしてそれは、同じ船と言えるのか。
いやはや、頭のいい人たちってなんでそんなどうでもいい話で考えることができるんだろうか。
実はバカなんじゃあないか?
海を眺めながら「どうして我々は海をこんなにも綺麗だと思えるのだ?」とか考えてるに違いない。
すごくバカっぽい。よかった、バカに産まれて。そんなこと考えないでよくて。
どういう理由でこの哲学の話になったのかはいまいち思いだせないんだけれども、そんな話をお姉ちゃんに尋ねられたことがある。
「ねえ、花ちゃん。花ちゃんは同じだと思う? 違うと思う?」
問いに、確か私は。
「違う」
と、答えたはずだ。
理由はあんまり覚えていない。確か、偶然たまたまネットで仕入れた『人々は同じ川に入ったとしても、常に違う水が流れている』という言葉を引用して語った気がする。
誰が言ったのかは知らない。もしかしたら近所のおばちゃんかもしれない。
対してお姉ちゃんは。
「ヘラクレイトスだね」
と言ってから(誰だその神話の英雄みたいな名前の人は)。
「私は、同じだと思うな」
と答えた。
お姉ちゃんがそういうのだから、きっと『同じ』が正解なのだろう――世界の正解がお姉ちゃんなのである。
「言いすぎだよ。それに、哲学や思考実験に答えはないよ。思考して自分の答えを提示することが大事なものなんだから」
答えよりも思考が大事。結果よりも経過を重視する。
委員長が聞いたら激昂しそうな話である。
「『人々は同じ川に入ったとしても、常に違う水が流れている』。確かにその通りだね。同じ水だったとしたら、腐ってしまうもの。でも、私ならこれに、もう一つ言葉を加えるかな。『人々は同じ川に入ったとしても、常に違う水が流れている。しかしそれでも、川の名前は同じである』。それとも、川の名前は水の流れとともに変わっていくのかな?」
つまるところ、どれだけ見繕っても、どれだけ変わろうとしても、結局人の本質は変わらないのである。そういう感じの話だろう。
私がクズであることも、変わらないのだろう。
ともかく。
なにごともまずは考えるのが大事らしい。
なので考えてみよう。
テセウスの船ならぬ――コスプレィヤの体。
***
「私は同じだと思いマス」
考えるのも面倒だったので、階段をあがりながら、コスプレィヤに尋ねてみた。
考えるとは言ったけれども、考える方がいいとは思うものの、本人に聞いた方が絶対はやいもんね!!
体を覆っている鼠色のローブを引きずりながら階段をあがりながらコスプレィヤは言った。
同じなんだ。と私は思った。
だって美容整形をして自分の体の殆どを交換しているような輩だ。
高みを目指して、より綺麗になるため――ではなく、低みを消して、意味のない自分を消すために体の部品を交換している輩だ。
だから、交換したら違うものになると思っているとばかり思っていたんだけど。
「私も昔ハ、違うモノになるとばかり思っていましタ」
私の前にいるコスプレィヤは、平坦な声で言った。
「デモ、眼球を変え、鼻を変え、口を変え、肌を変え、腕を変え、足を変え、胸を変え、腹を変え、肉を変え、内臓を変え、頭蓋を変え、私の体の殆どが別のものになってから、気づきまシタ」
「頭蓋を変え……」
どこまで変えてるんだこいつは。
「どれだけ私の体を変えても、私は私のままデシタ。私を象リ、私をつくるのハ、体ではナカッタ。デシタ」
常に違う水が流れていたとしても、川の名前は同じである。
私が私を捨てることは、不可能である。
「同じだって結論がついたのなら、もう整形はしてないの?」
「No」
コスプレィヤはかぶりを振った。
あれ、でも同じなんなら、するだけ無駄じゃあないの?
「また汚れると分かってモ、人はホコリを払イ、泥を拭うものデス」
ですから私は望みマス。
二度と汚れることのない――汚れのない別の体ヲ。
それが、コスプレィヤの願い――私以外の何者かになりたい。というもの、らしい。
意味のない自分を捨てたい。ということらしい。
***
「で、コスプレィヤ」
二階にある私の部屋。
ベッドとタンスと机ぐらいしかあげるものがない質素というか簡素というかつまんない部屋。
その真ん中にある丸机を挟んだ先に、コスプレィヤは鼠色のローブごとひざを抱えてちょこんと座っている。
その姿はなんだかとっても可愛らしくて庇護欲かきたてられる。
ああ、やっぱり人って外っ面なんだなあ。って気分になる。中身は私と同じくクズなのに。
「ハナの場合は、持ち前のクズらしさが外っ面にまで滲んでるからね。仕方ないね」
「私さぁ。他の魔法少女にあんたを切り刻まれないために、あんたを薄汚くて暗くて湿気ている物置の中に縛って隠しておこうと思うんだ」
「ハナはとっても可愛いよね! もう心の中までちょう綺麗なぐらいかわいい!」
「屋根裏は何一つ掃除してないはずだから安心してネズミの糞まみれになれ」
「グレードアップ!?」
横でぎゃあぎゃあ騒ぐテーテの頭を押さえつけながら、私はコスプレィヤの顔をじろりと睨んだ。
「結局、名前を言うつもりはないわけね」
「Yes」
彼女は頷く。
「名乗るだけの意味は私にはありまセン」
セリフだけを抜き出せばなんだかカッコいいことを言っているようにも聞こえなくはないけれども、実際のところは、謙遜ではなく卑下であり、言い訳であり、自己否定である。
全然かっこよくない。
「まあいいけど……で、あなたの願いは」
「『私以外の何者かになりたい』」
臆面もなく抵抗もなく、彼女はさらりと答えた。
無意味な自分を消す。
なるほど、確かにそれも、努力でも才能でもどうにもならない、魔法だからこそどうにかなるような願いなのかもしれない。
私たちらしい、報われない、どうしようもない願い。
――しかし。
ちらり。と私は机の上に置かれている檜の杖を見た。
先端がぐるん。と丸まっているその杖は、どこからどう見ても魔法の杖にしか見えない。
壊れてしまったら魔法少女ではなくなってしまう、魔法少女にとっては命のようなものである杖を、こんな目につくところに置いておくなんて、実はこいつ、結構バカなのではないか?
「クズって自分より下がいると思うとすごく喜ぶよね」
「なんで今それを言い出したのかはよく分からないけど、確かにその通り」
神妙に頷く。
自分よりもバカ――もとい、コスプレィヤは不思議そうに小首を傾げている。
「ハナのお願いはなんですカ?」
「……私のはどうでもいいでしょ」
「よくないです。私は教えたのにハナは教えてくれないのは不公平デス」
「……お姉ちゃんに勝つこと」
そっぽを向いて、唇を尖らせながら私は呟いた。
聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で言ったのだけれども、コスプレィヤにはきちんと聞こえていたみたいで、青色の目をぱちくりと瞬いている。
驚いているようだった。ビックリしているみたいだった。
まあ、傍から見てみれば、それは果たして究極魔法なんてものを使ってまで叶えたいような願いなのか? みたいな感じではあるよね。
実際のところは、魔法でないと叶わないような、敵わない相手なんだけれども。
なんだか点数の悪いテストを親に見せる子供のような気分で、私はコスプレィヤの顔を伺うようにちらりと見た。
彼女は喜色満面な顔で、私を見ていた。
ぱちぱちと両手を叩いている。
やめろまぶしい。日陰者に光を向けるな最悪眩しさで失明するぞ!
「それはとってもいい願いデス。素晴らしい! Beautiful!! 私はハナを応援しマス!!」
へ? という声が漏れた。
そ、そんな手放しですごいと褒められるような願いではないと思うんだけど。
「そんなことないデス!」
コスプレィヤがずずい。と上半身を机の上に載せるようにして、私に顔を寄せてきた。鼻先がちょんと当たるぐらい近い。
「どんなものでも夢は良いものです。素晴らしいものです。夢を抱き、願いを望む。それはとても、喜ばしいモノなのです」
「そ、そうかな……」
そんな露骨に褒められると、照れる。
赤くなった顔を、私は思わず隠すようにして俯いた。
「もっとも罪深く欲深い願いだなんて言われちゃったんだけどね」
「夢とは元々罪深いまでに欲深いものでショウ?」
それにしても。とコスプレィヤは首を傾げた。
「どうして急に私の願いを聞いてきたんですカ?」
「ああ。いや、もしもあんたの願いが私の邪魔になるようなものだったら困るし。例えば、『この世に存在するお姉ちゃんという存在を抹消する』とかだったら困るでしょう?」
「そんな願いを望む人がいますカ?」
「いるかもよ。この世には二段ベッドの上で寝るために姉を間接的にとはいえ殺した弟だっているんだし」
まあ、あれは副産物てきなことだし、そもそも小説の話なんだけれども。
「それでも、魔法の力だ。究極の魔法だ。どんなことだってできるのだろう。もっと突拍子のない願いをしても、おかしくはないでしょう。例えば――長野県に海を。とか」
「ナガノケン?」
「知らない?」
まあ、見た目外国人のようだし、知らないこともあるのか。
美容整形で顔のほぼ全てをいじっているのだから、外国人と思われる見た目をしていても(金髪碧眼美少女)日本人である可能性も無きにしもあらずなんだけれども。
名前も名乗っていないし、そういう可能性も普通にありそうだ。
「日本の真ん中にある山しかない田舎県。もしここに海をつくろうと思ったら、日本は沈没する」
コスプレィヤは「oh」と声を上げる。
「すごいことを考える人もいますネ。人の迷惑も考えれないんですカネ」
「まあ、魔法少女になるようなやつだし。自己中心的なのも普通でしょ」
しかし、それでもすごい発想力であるとは思う。
なんでもできる魔法の存在を知って、願おうと思っているものが「姉に勝ちたい」だったり「自分ではないものになりたい」だったり、自分本位のちっちゃな願いである私たちとは大違いだ。
ロングロングフィールドの願いに近いのは、委員長ぐらいだろうか。
なにせ委員長は世界の倫理を変えようと企んでいたのだから。
ん。いや待て。
でもその願いは結局のところ「皆が良い子になる」ことを目的にしているのではなくて「そんな偉業を達成した自分がもてはやされる」ことを目的としているわけだから、なんだかんだ言って、自分本位の自分のための、ちっちゃな願いなのではないか? スケールが大きいだけの自分本位。
みんな自分本位な願いしか願ってない。
そんなものか。
そんなものだから、願いに躍起になれるのか。
他の魔法少女を蹴落とすことだってできるぐらいに。
「…………」
私は「へーへーほーほー」と声をあげているコスプレィヤから視線を外して、机の上にある杖の方を見た。
あれ、今ならあの杖。切れるんじゃあない?
こいつ、なんだか私よりも弱そうだし。
思わず私はポケットの中にある安全カミソリに手を伸ばして――「お前、コスプレィヤの杖を狙ってるだろう」「わっひゃい」机の下から聞こえた声に驚いて安全カミソリを落としてしまった。
さっと拾って、声のした方を向いてみると、机の下に隠れていたらしいジェムがわたしのことをじとーっ。と見ていた。
「お前、いまこいつの杖を斬ろうとしていただろう」
「ちっ」
「せめてごまかせよ。露骨に嫌そうな顔をするなよ」
はぁ。とため息をつくジェムに、コスプレィヤは頭の上に「?」マークが浮かんでいるような顔で、首を傾げている。状況が理解できていないようだった。
危機感のない魔法少女に危機管理はしっかりしているマスコット。
まるで魔法少女に足りない部分を補っているかのようなものだった。
「私の場合はなんだろう……ダメだ。足りない部分ばかりで思いつかない」
「ほらそこ、自傷行為にはしらない」
「一応伝えておくがな、こいつはかなり鈍くさいから、妖精だってほとんど倒せてないぞ。魔法少女になってから一年とちょっと過ぎたけれども、まだ二十数体しか倒せていない」
「ハナの六分の一ぐらいだね」
「はあ? 何体倒してるんだよ、そいつは」
「百二十七体」
「……いつ魔法少女になったんだ? 二年? 三年?」
「一週間と少し前」
「…………」
「そこのマスコット。絶句しない」
え、なにこいつ。必死すぎないか? 引くわー。みたいな表情のマスコットに私は悪態をつきながらコスプレィヤの顔を見る。
整った形をしている顔――整えた形の顔。
話の内容が分かっていないのか、きょとんとしていた彼女は、私の視線に気がつくと私の目を見返してきた。
くりっとした綺麗な青い瞳に、淀んで燻っている私の顔がうつりこむ。
恥ずかしくて、思わず目をそむけた。
机の下からもそもそと這いでたジェムが、困ったように頭をかいた。
「しかし、最近の魔法少女どもはどうもやる気に満ち溢れすぎているというか、過激というか。やりすぎな節があるな。この街の妖精を全て狩りつくしてしまうんじゃあないかっていう怒涛の妖精狩りをしているやつもいれば、魔法少女を狩る同族狩りの魔法少女も現れるしよぉ」
「なに」
私はジェムの顔を見ながら、目を細める。
「あんたらも同族狩りについては知ってたんだ」
「知っているというか、目撃している。だな」
ジェムはため息をつく。
「お前を目撃した日のことだよ。コスプレィヤは同じ魔法少女を初めて見てえらく興奮して、お前の方がいる方に跳んでいって、そその途中で偶然にも同族狩りを目撃したんだ」
「こんな姿をしていましタ」
私はコスプレィヤの方を向いた。こんな。とは一体どういう姿なのかを確認するためだ。
てっきり私は同族狩りことロングロングフィールドの特徴を羅列した紙なり、その恰好を描いた絵を見せびらかしたりしてくるとばかり思っていたのだけれども、そのどちらも間違いだった。
さっきまで鼠色のよれよれとんがり帽子とローブに身を包んでいた彼女の姿はなく、その代わりに知らない人が立っていた。
藍色の目に、青い髪。
髪の長さは腰ぐらいまであって、後頭部で二つに分けて結われている。
まるで新体操のリボンのように、風になびいてひらひらと揺れている。
青色のリボン胸元に添えられているセーラー服を着ている。
ただし、胸の下あたりでバッサリとカットされていて、腰とへそが露出している。激しく動けば胸が見えてしまいそうだ。
半ズボン。濃い青色のローファーを履いている。
頭の上にはつばが全面的に折り曲がった水兵帽を被っている。
いわゆる水兵の格好だ。
腰辺りの大胆なカットなせいで、コスプレ感は否めないけれども。
さっきまで魔女見習いがいたところに、コスプレイヤー水兵が立っている。
それはとてもとても、違和感の塊であった。
「……あんた、誰?」
「私は私ではありません。名乗る程度も、語る程度もない、無意味なものです」
「ああ、コスプレィヤか」
「これで分かるというのもなんかなんというか微妙な感じではありマスガ」
水兵のコスプレは苦笑しながら肩をすくめた。
ごきげんなテンションの海外コメディドラマみたいな反応だなと思った。
「それにしても、あんた。そんなにはやく全身美容整形できるわけ?」
「違いますよ。整形はそんなにはやくできません。少しの間、顔は包帯でグルグル巻きです」
水兵のコスプレは包帯で自分の顔を巻くような仕草をしながらケラケラと笑った。
姿だけでなく声も違っていて、彼女が本当にコスプレィヤかどうかすら怪しいと思えてくるほどだ。
整形でないとすると、これは一体どういうことなのだろうか。
「魔法ですよ」
水兵のコスプレは言った。
その姿は既に、水兵のコスプレではなくなっていた。
燃え盛る炎のようなボサボサな赤い髪の毛が全身を包み込むように広がっている。
裾が広い長ズボンを腰より少し低い位置で、茶色いベルトで固定している。
踵の後ろに金属製のギザギザした歯車みたいなのがついている。
まるで西部劇にでてくるガンマンのようではあったけれども、しかし、ガンマンは上着をかなぐり捨てて、上半身下着姿であることはないだろう。
健康的に少し焼けている肌と豊満なバストを主張するかのように露出は多く、派手派手しい柄のそれは、下着というより、水着って感じだった。
「これが私の固有魔法。名前は『偽装』」
また姿が変わる。
今度は桜色の髪をした少女。
肩にかからない程度の長さの髪で、飾り気も化粧っ気もなく、桜の花びらのピンが止められている。
ひらひらでふりふりでふわふわな、桜色と白色で彩られたロリータ衣装に身を包んでいるというのに、その目は不機嫌そうに淀んでいて、目の下には濃いクマがある。
手には桜の花と二本のリボンがついた、肘の手前まで覆える大きな手袋をつけていて、高いヒールのひざ下までの白いブーツを履いている。
それはまさしくというか、どこからどう見ても――変身した私の姿だった。
「能力は『見たことがあるものに限り、なんにでも変身することができる』です」
今変身したのは、同族狩りの魔法少女と、同族狩りに遭った魔法少女、そして、花の魔法少女姿です。と、コスプレは私の声そのままに言った。
うわ、私の声ってこんなに陰気なんだ。くらっ、声にカビが生えてそう。
「ちなみに私が変身したのは、魔法少女狩り、その被害者、そしてハナの順番です」
口調はビーチで見上げる太陽のように明るく、しかし声自体はカビが生えそうなぐらい陰気で、中々どうして、アンバランスな感じだった。
「へ、へえ。委員長ってあんな、マジメの服を着こんでいるような性格をしているくせに、魔法少女の姿は結構不真面目な感じだったんだ。ふうん。誰も自分だと分からないような――自分の評価が下がらないような状態なら、不真面目にいたって気にしないとか、そういう性格か。性格わるっ。性格わるっ! 性格わるっ!!」
「嬉しそうにするな性格悪いやつ筆頭」
「私のクズさ加減はとても小さく可愛らしいものよ」
「小さいクズって一番クズっぽいよな」
「確かに」
クズって結局巨悪にはなれない雑魚的な感じもあるし。
まあ、私がクズであるかどうかはともかくとして。
「ねえ、コスプレィヤ。例えば人以外に変身することもできるわけ?」
「できますよ」
目の前にいた私の姿が消えた。
床の方からコスプレィヤの声がしたので見てみると、黄色い傘が落ちていた。
「それからそれカラー」
次々とコスプレィヤの姿は変わっていく。
サッカーボール。
チョコレート。
狸の置物。
キャベツ。
ハンバーグ。
パン。
チーズ。
コカ・コーラ。
「コスプレィヤ。今日のご飯はファストフードでハンバーガーだった?」
「なんで分かりましタ!? もしかしてハナはサイコパスですカ!?」
「サイキックだろう、それを言うなら」
コーラが入った紙コップのフタが声に合わせてパカパカと動く。
なんで英語本場みたいな見た目をしているあんたが間違えるんだよ。
コスプレィヤは更に姿を変えていく。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
目まぐるしく、やりたい放題に。
もはやなにに変身したのかも分からない速度で変わっていく。
元の彼女の姿が分からなくなるぐらい様々な姿になり、彼女も自分の姿を忘れてしまっているのではないかっていうぐらい色んな形を成していく。
「そしてそしてそして」
コスプレィヤはようやく変身をやめた。
ぐるぐるぐると回転していたシルエットが固定される。
それは黒い光沢に覆われていた。
スチールとかアルミニウムとか、そういうやつの光沢。
筒に持っ手がついたような形をしていて、日常ではまずお目にかかれない――ゲームとか漫画とかでしか見たことのない重そうな武器――拳銃がそこにはあった。
「もちろん、実弾もでますヨ」
ぞわぁっ。と背中に氷を入れられたような悪寒がはしった。
そうだ。そうだ。
こいつも、魔法少女狩りの存在を知っている。
だから普通に考えて――魔法少女を倒せば魔法力が手に入るという図式も、知っているはず!
ちくしょう!
こいつ思ったよりもバカっぽいから多分気づいていないとばかり思ってたのに!!
私はまず、テーテの位置と魔法のステッキの位置を確認する。
魔法少女を倒さないと、魔力は奪えない。
狙うとすれば、テーテか魔法のステッキだ。
私を殺しても――意味はない。
でも、もしかしたら狙ってくるかもしれない。動けなくしてからゆっくりとテーテとステッキを倒す算段かもしれない。
ポケットの中にあるステッキに手を伸ばす。
変身。
光のリボンに包まれて、視界が一瞬見えなくなる。
桜色と白色のロリータ衣装に包まれて、桜色の髪の間から私は拳銃をなったコスプレィヤを睨む。
拳銃は床の上に落ちていた。
「…………」
「…………」
「…………アァ」
「あぁ?」
「拳銃に『偽装』をしたら、トリガーを引けないじゃあないですカ」
「…………」
すたすたと地面に落ちているコスプレィヤを取ると、部屋の窓を開けて外に放り捨てた。
「良し」
パンパンと手を叩く。
これでバカを追い払えた。
ちょっとすっきりした気持ちで窓ガラスを閉めようとして、玄関のインターホンを押そうとしている人影に気づいた。
茶色い髪の女子だ。
中学三年か、高校一年ぐらい。
ぐるぐるとなにかが渦巻いているような目をしていて、勝気な笑みを浮かべていて、ギザギザの白い歯を見せびらかしている。
その顔は――私の方を見ていた。
魔法少女の――私を。
一般には見えない状態であるはずの私を!!
「みいぃ――」
がごん。と重たいものがアスファルトを叩く音。
茶髪の女子の背後には、少なくとも人が持てるとは到底思えない、大型船とかを止めるためにあるんじゃあないかっていうぐらい大きく重たそうな錨があった。鎖に繋がれていて、女子は鎖と錨を手に持っている。
彼女の体がかっ。と光り輝いた。
海のような色合いの光――変身の光。
泡のように光は弾け、現れたのは、藍色の目に、青い目の、胸の下でばっさりカットされた水兵の魔法少女。
コスプレィヤが『偽装』でみせた魔法少女狩りの姿。
「『井の中の蛙大海を欲す《ロングロング・フィールド》』!!」
「――ぃつけたあぁぁ!!」
ぶおん! と風を切り裂き、ロングロング・フィールドは手に持っていた錨を軽々と振るい、私のいる部屋にめがけて錨をぶん投げてきた。




